皆さんこんにちは❗
◉ スケジュール
❋ 1日目
道の駅あがつま峡 ~ 吾妻峡遊歩道 ~ 八ッ場ダム ~ アガッタン吾妻峡八ッ場駅 ~ レールバイクアガッタン乗車 ~ 雁ヶ沢駅 ~ 吾妻峡周辺地域振興センター ~ パン工房 日野製パン ~ 花の駅 野反峠休憩舎 ~ 野反湖東岸展望台~野反湖展望台 ~ 野反ダム ~ 野反湖キャンプ場 ~ 野反湖ビジターセンター ~ 道の駅 六合 ~ たくみの里 ~ 法師温泉 長寿館宿泊
❋ 2日目
法師温泉 長寿館出発 ~ 三国街道 永井宿 ~ 三国峠 ~ クロソイド曲線碑 ~ ル•ヴァンベール湖郷 ~ 相俣ダム ~ 赤谷湖記念公園 ~ 赤城高原 SA ~ 上里カンターレ ~ 上里 SA ~ 帰宅
前回ブログでは鶴舞う形の群馬県1泊2日で ”左羽根付け根を完全制覇” 法師温泉 長寿館編 !! を紹介しました。
今回のブログで鶴舞う形の群馬県1泊2日で ”左羽根付け根を完全制覇” 三国峠編 !! を紹介します。
【法師温泉 長寿館】
◉ 朝御飯
❋ 米へのこだわり
みなかみの米作り名人が丹精込めて育てた絶品コシヒカリを使用してるそうです。
❋ 水へのこだわり
館内の水は三国山系の大自然に育まれた法師川の最上流から取水している自家水源の清水を使用しております。トリチウム分析によると降った雨が大自然のミネラルを湛え約 5年の歳月を経て再び清水として姿を現すそうです。

本日も晴天なり
良かったよ〜、お世話になりました 🙏
【三国街道 永井宿】
◉ 三国街道 永井宿
❋ 概要 永井集落は鎌倉時代初期の寛治年間(1089~1092年)に奥州阿倍家家臣、長井左門兼政が開いた村で当初は長井村と呼ばれたが後に永井となったとも云われています。
江戸時代に入り三国街道が本格的に開削されると宿場町として永井宿が整備、本陣1軒、脇本陣1軒、家屋25軒、元禄 2年(1689)には米問屋場も設置され飛躍的に発展します。
三国街道の難所で街道の名称の由来にもなった三国峠を控えている事から多くの旅人や商人などが利用し、特に越後で産出された米が上野に搬出する場合は米問屋場として永井宿で吟味された上で売買された事から商業的にも重要視されたそうです。

◉ 永井宿郷土館
❋ 概要 江戸時代の三国街道は越後と江戸を結ぶ交通の要衝であり、永井宿は三国峠を越えてから最初の宿場町でした。現在でも宿場町の名残を見ることができ、永井地区の中央には町指定史跡 永井宿本陣跡が残されています。
郷土館には参勤交代で大名が宿泊する際に本陣玄関にかかげられた木札や、地元永井十二神社で奉納される獅子舞の頭ほか民俗資料などを展示しています。

❋ オーロラの詩
平成元年に厳冬のアラスカマッキンリーで逝った不世出の世界的登山家 山田昇、三枝照雄 両君の死を悼み、世界五大陸の八千米峰十四座中九座の登頂を果たし、世界歴代三位の偉業を成し遂げた山田昇と、四座の登頂を共にした同郷同窓の後輩 三校照雄 両君の偉業を讃える。
マッキンリーの極寒熱烈風に昇天した時、極北の冬空に三筋のオーロラが駆けめくり神秘の光の交響曲を奏でたという、アラスカエスキモーの伝説によればオーロラは大いなる不幸の前兆であるという、山々の神が申し子である両君の死を悲しんだ慟哭の調べだったのではと考える。山田昇・三校照雄は沼田市に生まれ、沼田高校山岳部で育てられ群馬の山岳界で磨かれました。名峰 稲包山・谷川連峰の山懐で育てられ故郷の自然と人情をこよなく愛した二人のたましいを、末永く後世に伝えるべく日本の水源ともなっている稲包山の登山基地に自然と人をこよなく愛した登山家 山田昇、三枝照雄 両君の偉業を顕彰して、このケルンをこの地に建立しました。
平成三年五月十九日 ケルン委員会
【三国街道 • 三国峠】
◉ 三国街道
❋ 概要 上信越高原国立公園に含まれ峠下の群馬県側・新潟県側の両方から登山道があり、群馬県境稜線トレイル(三国・四万エリア)、中部北陸自然歩道(上州路三国峠のみち)、上信越自然歩道、三国路自然歩道、スノーカントリートレイルが指定されています。
戦国時代の頃は峠を挟んで越後の上杉氏と関東の北条氏が睨み合った歴史を持ち、江戸時代には越後と江戸を最短距離で結ぶ三国街道の一部として整備されましたが、明治時代になると主要幹線から外れ、碓氷峠経由の信越線が新潟と東京を結ぶ主軸となり、交通量が激減した従来の宿場町は衰退を余儀なくされました。
昭和に三国トンネルが開通すると自動車での上越県境通過が可能になり、改めて関東と新潟を結ぶ物流の大動脈となリました。交通の便が良くなったことで大規模なスキー場ができるなど景色が一変しましたが、関越自動車道の開通により交通量は再び減少しました。
燃料や一部の薬品などの危険物を搭載した車輌は関越自動車道の関越トンネルが通行禁止されているため、現在でもこの峠を経由しています。
バブルの時は月夜野 ICから苗場までスキー客の大渋滞が起こったりと大変な賑わいだったらしいが、時代の変遷に翻弄された街道なのが理解出来ました。
✡ ユーミンの苗場でのコンサートは有名、今年も行われれば45回目かな凄っ 😱

三国トンネルの群馬県側からの写真です。
◉ 三国峠
❋ 名前の由来 三国とは古来より越後国、信濃国、上野国の国境と信じられていたことによる、ここに立つことで上記の三国を一度に見渡せるからとも言う。付近にある三国山や三国村は三国峠にちなんで呼ばれるようになった。

新潟県側からの三国トンネルの写真です。
ちなみに県境はトンネルの中です。
【クロソイド曲線碑】
クロソイド曲線碑
クロソイド曲線記念碑
三国峠付近の国道は、古くは三国街道として江戸と越後を結ぶ主要な街道であったが、 戦後本格的な自動車交通時代に対応する道路に改良すべく、建設省三国国道工事事務所が昭和27年より工事に着手し昭和 24年の三国隧道の貫通により完成したものである。
この区間は小半径の曲線が連なる山岳道路のため、車両が安全かつ快適に走行できるように道路の直線部と曲線部の間に、緩和区間としてクロソイド曲線を昭和 28年に日本で初めて設置した。
これを記念してここに碑を建立する。
昭和61年12月 建設省高崎工事事務所長 田崎忠行

❋ クロソイド曲線のメリットは?
道路を走っていくにつれ徐々にカーブがきつくなる曲線ということです。 ただ、クロソイド曲線を使うことで、曲率が直線から円弧に変化する間を連続的につなぐことができ、ドライバーにとって急ハンドルにならないようなカーブの設計ができる。
✡ いろいろ調べたけどいまいちよく解らない、たぶん安全にカーブが曲がれるように工夫してるってことだと思う。
【吉川晃司 愛の宿 ルヴァンベール湖郷】
吉川晃司 愛の宿 ルヴァンベール湖郷
以前テレビにオーナーさんが出ていて、吉川晃司愛を語っていたのを観たことがある、まさかホテルの名前にまで吉川晃司の名が、本当にすきなのね !!
昔は私も良く吉川晃司に似てると言われたなぁ !!

❋ オールインクルーシブで味わう大人の休日
夕食、朝食をはじめ、夕食時のお飲み物、ラウンジでのソフトドリンクや軽食などがご宿泊料金に含まれている、また他では類をみない、当館オリジナルのオールインクルーシブとして夕食は通常のコース料理ではなく、お好きな物をお好きなだけオーダーいただけるお客様だけのフリーコースが楽しめます。当館ならではのオールインクルーシブ形式でお好きなだけお楽しみ下さいとのこと、温泉も赤谷湖を眼下に眺み、小鳥のさえずりを聞きながら贅沢空間を味わえる露天風呂も格別です。
テレビで紹介されてたのを観た時に吉川晃司似のワタクシメとしましては、いつかは泊まってみたいと思っていたので、写真を撮って紹介してみました。
(このブログは各ホームページを引用してます)
三国街道も苗場まで行ってみようかという話も出ましたが、帰りの関越道が混むと予想、三国トンネルを通って県境を確認して Uターンすることに、この決断は正解でした。
故障車、事故渋滞でヘトヘトに 😭
話を戻すと、三国トンネルを走ってる時に思い出したのが原田知世さん主演映画の私をスキーにつれてって、それからユーミンの苗場コンサート、その頃の私は青春絶好調だったなぁ~ 😓
薬師丸ひろ子派か原田知世派、松田聖子派か中森明菜派、避暑地では軽井沢、清里どっちが好きなんて論争もしてたっけ、なんか三国街道を走ってると若い時分を思い出しました。
青春と言えば泊まったことがないのに吉川晃司 愛の宿 ルヴァンベール湖郷を紹介しました。いつか必ず泊まるとの思いを込めて、吉川晃司ファンの方はぜひに !!
次回ブログで鶴舞う形の群馬県1泊2日で ”左羽根付け根を完全制覇” 相俣ダム編 !! を紹介します。
最後までご一読ありがとうございます m(_ _)m