なるたけ遠くに逃避計画

THE ULTIMATE ESCAPE PLAN

冬と散歩精神の訪れ

 

二週間弱も留守にしてしまった。明確な理由はない。代わりに曖昧な理由ならある。大雑把に言うと、気分が若干落ち込んでいたということになる。おわり。書き損ねていたことを書こう。まず、9月のリスニングログは今月分とまとめて出そうと思う。グレゴリオ暦を公理、人生を寸断するシークエンスだと思い込んではいけない。次に、不毛な生活を危惧し、日課として散歩を習慣づけ始めた。一日30分、家の周りをただ歩くだけなのだが、まだ数日しか続けていないのにも拘らず、その効果を実感している。外の空気を吸って閉塞感から逃れることができるし、軽運動にもなる。そして何より絶好の「調理場」でもある。否応なしに五感が刺激される大都会とは違って、見慣れた場所に驚きはない。よって考えることも少ない。カラになった頭で歩いてみると、どういうわけか、自然と思考がアウトプットの方向にいく(インプットが多すぎるから、吐きだそうとしている?)。家で発掘した素材を煮たり焼いたりする。必ずしも有益な推論ができるとは限らないが、とにかく無の空間を歩くと、いろいろ「降りて来る」のである。具体的な例を挙げると、初期ハードコアパンクに登場する短2度が技術的制約に由来するのではないかという説、良さげな歌詞のワンフレーズ、Beatles~Hellhammer~Nirvanaの接続からポピュラー音楽の調性拡大についての疑問、など。今後、点と点を繋ぐ作業の大部分は散歩中に行われるようになるかもしれない。といってもしばらくは30分のメリハリをつけて続けていく。交通事故と通り魔に気を付けさえすれば、さまざまな欲望と睡魔を忘れて創造的な時間を過ごすことが出来る。さらには散歩自体がリフレッシュになるため、帰ってきてからも生活の質の向上を見込める。すごい!なぜ今まで散歩をしてこなかったのか。(音楽を聴きながらしていた過去の散歩は、純粋な散歩では無かった。)

 

 

作品たちとの対話が、それらの間を移動する時間さえも包み込んでいたような、瀬戸内国際芸術祭での感覚を思い出す(似ているというわけではない)。あの全てが新鮮な世界は近所の散歩とは対極にあった。あれはサンピングを丸ごと覆いつくしてより重層的にしたものだ。

 

聴いている音楽について。8月から聴き始めたハードコアパンク、当初はMeshuggahやメタルコアへ連なる系譜を追うために、基礎を終えたらそっち寄りの「遅い」ハードコアに移っていこうとしたが、9月にはD.R.I.やSiegeとの出会いで「速い」ハードコア、すなわちスラッシュコア方面に興味を持ってしまった。これは単なる寄り道に留まらず、グラインドコアへの道程を知るキッカケ、また上述した短2度を含む悪魔音程(b2,b5)の系譜を追及してメタルとハードコアの境目を知るキッカケにもなった。これはメタルコアやメタリック・ハードコアより一世代前ではあるものの、メタル史を超えてポピュラー音楽全般に関わるかなり重要なものではないかと、個人的には思う。こういった成果を得てキリがついたので、今はいったん「速い」ハードコアから離れつつ、元来聴き進める予定だった「遅い」ハードコアのほうに。

 

youtu.be

 

先日購入した『ブラック・マシン・ミュージック』の上巻は、五日くらいで読み終わった(昨日から下巻に突入している)。ディスコからシカゴ・ハウス~デトロイト・テクノに至る歴史を知った。とてもおもしろい。Kraftwerkの存在感。ヒップホップとの共通点と相違点。当書では言及されないであろうディスコ以前のダンス・ミュージック(スウィング・ジャズやファンクあたり?)も逆に気になって来たところ。

 

これくらいで。