なるたけ遠くに逃避計画

THE ULTIMATE ESCAPE PLAN

シーズン・オブ・カジカミ・ハンズ

 

 

  • Tangerine Dream『Phaedra』、かのKraftwerk『Autobahn』と同年にリリースされた傑作らしいのだが、何が面白いのか全然わからなかった。催眠的なプログレッシヴ・ミュージックを想定して身構えてしまったのが良くなかったと思う。結構アンビエントな造りだったので、またこんど作業用BGMとして流してみる。

 

  • Drexciya、とりあえず『Neptune's Lair』まで聴き終わった。大した刺激はなかった。うーん。

 

  • Abiuro『落』
    国産ドゥーム~スラッジ。デスメタル寄りのダークな音遣いを土台に、スラムデスやブラックメタルっぽいアプローチまでをも柔軟に取り込んだギターワーク。ベースはその単なる補佐役に留まらず(時には分離して足元をsludgyに液状化しながら)、妖しいトーンと揺らぎをもってアンサンブル全体の不気味さに貢献している。この手の音楽では単線的になりがちなボーカルの手数にも驚く。どす黒く濁った底流の如きグロウル、ホイッスルボイス混じりの邪悪なシャウト、ハードコア的な地声シャウトブラックメタル寄りの甲高い嗄れ声、etc。そしてドラムは、質素なフレージングで溜め・モタりを際立たせながら緊張を引き延ばし、闇を拡大していく。この重苦しいバンドサウンド疲労なく聴き通すことができ、またドゥームの特質であるスローなアンサンブルの揺らぎが自然に伝わってきたのは、各々の技量はもちろん、程良い音響バランスのおかげでもあった。▶特に好きな曲は、後半の3曲。激重展開の連続に加えて和風な趣さえある “悪魔。”、CorruptedやSLUGを思い出す(というかそれしか知らない)ノイズ・スラッジ “Endless Depression”、ストーナー寄りの明るいリフと不協和音スラッジを繰り返したのち突然Gorgutsのような弾力性のあるリフに移行する “八”。最後は、逆再生で再現されたオープナーの音風景の上で抽象的な詩が呟かれて〆。ここまで徹底的に暗く沈んできたのに、どこかさっぱりした余韻が残る。良い。

 

  • なんだかんだドゥーム~スラッジには疎いので、もっと聴きたくなりますた。

 

あぶくてくの

 

  • 『ブラック・マシン・ミュージック』の肉付け作業。Cybotron以来のデトロイト・エレクトロを更新したアーティスト・Drexciya92~95年リリースを聴いた。「奴隷船から大西洋に投げ捨てられた病人たちの子孫、エラ呼吸に進化を遂げた新人類の水中都市」といった壮大なコンセプトは、サウンド面にもしっかり反映されていた。波の音のサンプリング、そんなちゃちなものだけではない。デトロイトの面々も使ってきたアシッドなシンセ・サウンドに(おそらく)LFOによる滑らかなピッチ変化を施し、まるで泡のような非楽音的な音響効果を生みだしているのだ。ドラムスに至るまで大胆に効いたフランジャーもそう。まさに水中にいるような臨場感のあるサウンドを、テクノの伝統の延長線上で違和感なく繰り広げているのが面白い。『Aquatic Invasion』あたりからはダークな音階(b2,b5)と質素なエレクトロを前面に押し出し始める。それはかつてCybotronが受け取ったKrafrwerk "Trans-Europe Express"の影響を再投射することでもある。4枚目の『The Unknown Aquazone』になると先祖返りの度は余計に強まり、「Derrick May以前」ともいえるドラムを中心に据えたチープなサウンドに。露骨に題名をパロディしたり("Aquabahn")、テクノ・ポップっぽい曲まで作ったりしている("Take Your Mind")。ここまでくると新鮮味には欠けるが、ルーツへのリスペクト精神は嫌というほど感じられる。

 

  • 世界文化賞のニュース、Marina Abramovićが彫刻部門に選出されていて、この人パフォーマンス以外もやってるのかと驚いた。パフォーマンス・アート自体がインターメディアと関係してるからそれはそうか。みんな色々やっている。

 

  • 作品と作者を分けるより、両者を客体として否定も肯定もせず享受したうえで、その客体と自身との距離を調節する能力を持てればいいと思うのです。

 

『ブラック・マシン・ミュージック』読了!

 

  • 『ブラック・マシン・ミュージック』上下巻ともに読み終わった。とても良い本だった。Kraftwerk以降のテクノ、とりわけクラブ・カルチャーにおけるそれの源流には、アフロ・フューチャリズムの系譜を持つシカゴ~デトロイトの黒人たちが存在する、という重要な事実を脳内の音楽地図にしかと刻んでおいた。

 

  • リズムの面でラテンの影響が非常に大きいこともわかった(ファンクよりも)。最初期シカゴ・ハウスとそれ以前のディスコ、サルソウル辺りを掘るんじゃ。

 

  • 聴いてきた範囲だと、一番良かったのはCarl Creigのコンピ盤『Elements 1989-1990』だ。同時代にBellebile Threeが強調したハードな勢いやハウスに由来する高揚感から距離を置きながらもDerrick Mayの"It Is What It Is"以降にみられるアンビエント要素を継承し強めたようなソフトな音響は、まさにIDMの先駆けといえる。ローパスフィルタが深めに効いたシンセパッドは、かなりAphex TwinのSAWシリーズを思い出す。空気に淡く滲むあの感じ。

 

  • Underground Resistance(Mike Banks)の『Nation 2 Nation』から始まる「Hi-tech Jazz」三部作も凄い。テクノ~ハウスにジャズのハーモニー…というより長和音の平行移動でフュージョンに近いハーモニーワークを取り入れている。生楽器のソロも含めて。平行和音はハウス黎明期から、意図的な選択というよりシーケンスにおけるサンプリング機能の産物として*1多用されてきた(例:Inner City "Paradise" "Big Fun" "Good Life")。他にも絶対あるけど全然聴けてないな。同様の仕組みから、オーケストラ・ヒットもその延長線上にある(例: X-101 "Sonic Destroyer" The Suburban Knight "Nocturbulous")。こうした背景があって、Mike Banksがバンドマンとして楽器の知識を持っていたということも考慮すると、このジャズとハウスの自然な融合は狙って作られた…のだろうか。わからんよーん。

 

  • ほかに平行和音で連想する音楽ジャンルといえば、印象派クラシック、Thorns以降の第二波ブラックメタルがある。となれば、ハウスはこれらと親和性を持っている。調べたら全然ありそう。記憶の中では、Witch Houseというジャンルがブラックメタルの視覚的美学を借りているとかなんとか。音楽性の方はどうだったか…。 Clams Casinoしか知らないし、正直よく覚えてないな。

 

アフロ・フューチャリズムの世界初論考を読んでみる

 

  • 文章ベースで知識を得始めてしばらく経つ。圧倒的に楽。BTOで勝手に引き出しが用意される。今までは引き出しそのものを作る必要があったのだから。いやー楽すぎる。しかし他人の枠組みに依存してしまうという唯一にして最大の欠点がある。悩みどころだが悩むにはまだ早い気もする。肉をつけながら、コンスタントにオリジナルの引き出しを作っていけたらいい。

 

  • 野田努『ブラック・マシン・ミュージック』で言及されていた世界初のアフロ・フューチャリズム論考「Loving the Alien」のことが気になり、Wayback Machineを当たったらその掲載元である英『WIRE』本誌が丸ごと上がっていた。折角なので読んでみた。「アフロ・フューチャリズム」という語句が使われていないこと以外、骨格?は昨今見られるものと変わりないのかな。奴隷制以降のアメリカン・ブラック・カルチャーの根底には身近な素材を再配置するブリコラージュ的・折衷主義的な発想があり、Sun Raの一見胡散臭い宇宙観も、Public Enemy『Fear of a Black Planet』でみられるビデオゲームやコメディの引用も、ビバップの伝統(おそらく「スタンダード」や「アヴェイラブル・ノート・スケール」といったルールや仕込んでおいたリック~引用などの素材を組み立てる即興演奏のこと)も、漏れなくその特徴を持つ。音楽に限らず、文学の分野では、サミュエル・R・ディレイニーやオクタヴィア・バトラーといった黒人SF作家が挙がっている。筆者Mark Sinkerはこうして生き残ってきた文化およびブラックSFのリアリズムを称揚しつつ、ブラック・カルチャー全体の性質を南部に由来する「偉大なソウル神話(Great Soul Myth)」に還元するとか、ビートジェネレーションの作家みたいに非インテリ的な「高貴な野蛮人」の前提で黒人音楽を捉えるとか、そういうことはやめよ~ぜ!と言っている。サイバーパンクを現実化したヒップホップとテクノの台頭を見ろと。参照されたSF作家の作品はフィリップ・K・ディック以外読んだこと無いし、まだSun Ra影響下の哲学は全くと言っていいほど咀嚼できていないが、論旨は掴んだつもり。ColtraneはSun Raの弟子であることを知らないと理解できない、ということも書かれているので、そちらのほうも進めたい。まずは映画『スペース・イズ・ザ・プレイス』から…

 

  • 知らない単語・慣用句が多くてとても時間を食った。「save one's bacon」おもしろいですね。「no more than」構文もこれをきっかけに知れてよかった。

 

  • ところで、「Loving the Alien」の次のページにはLouise Grayによる「Detroit Techno」と題された論考がある。これも読んだ。当時「テクノ」と呼ばれていた音楽の全体像を軽く描いたのち、デトロイト・テクノの発展と高速化(ハードコア・テクノ)が突き当たる創造力の壁について書かれている。これ自体には何の問題もない。『ブラック・マシン・ミュージック』では、なぜかこの文章がMark Sinkerによるもの、つまり「Loving the Alien」の一部だと捉えられていた。うーん。まあ、別に気にする必要のない些細な瑕疵なのかもしれないY。

 

冬と散歩精神の訪れ

 

二週間弱も留守にしてしまった。明確な理由はない。代わりに曖昧な理由ならある。大雑把に言うと、気分が若干落ち込んでいたということになる。おわり。書き損ねていたことを書こう。まず、9月のリスニングログは今月分とまとめて出そうと思う。グレゴリオ暦を公理、人生を寸断するシークエンスだと思い込んではいけない。次に、不毛な生活を危惧し、日課として散歩を習慣づけ始めた。一日30分、家の周りをただ歩くだけなのだが、まだ数日しか続けていないのにも拘らず、その効果を実感している。外の空気を吸って閉塞感から逃れることができるし、軽運動にもなる。そして何より絶好の「調理場」でもある。否応なしに五感が刺激される大都会とは違って、見慣れた場所に驚きはない。よって考えることも少ない。カラになった頭で歩いてみると、どういうわけか、自然と思考がアウトプットの方向にいく(インプットが多すぎるから、吐きだそうとしている?)。家で発掘した素材を煮たり焼いたりする。必ずしも有益な推論ができるとは限らないが、とにかく無の空間を歩くと、いろいろ「降りて来る」のである。具体的な例を挙げると、初期ハードコアパンクに登場する短2度が技術的制約に由来するのではないかという説、良さげな歌詞のワンフレーズ、Beatles~Hellhammer~Nirvanaの接続からポピュラー音楽の調性拡大についての疑問、など。今後、点と点を繋ぐ作業の大部分は散歩中に行われるようになるかもしれない。といってもしばらくは30分のメリハリをつけて続けていく。交通事故と通り魔に気を付けさえすれば、さまざまな欲望と睡魔を忘れて創造的な時間を過ごすことが出来る。さらには散歩自体がリフレッシュになるため、帰ってきてからも生活の質の向上を見込める。すごい!なぜ今まで散歩をしてこなかったのか。(音楽を聴きながらしていた過去の散歩は、純粋な散歩では無かった。)

 

 

作品たちとの対話が、それらの間を移動する時間さえも包み込んでいたような、瀬戸内国際芸術祭での感覚を思い出す(似ているというわけではない)。あの全てが新鮮な世界は近所の散歩とは対極にあった。あれはサンピングを丸ごと覆いつくしてより重層的にしたものだ。

 

聴いている音楽について。8月から聴き始めたハードコアパンク、当初はMeshuggahやメタルコアへ連なる系譜を追うために、基礎を終えたらそっち寄りの「遅い」ハードコアに移っていこうとしたが、9月にはD.R.I.やSiegeとの出会いで「速い」ハードコア、すなわちスラッシュコア方面に興味を持ってしまった。これは単なる寄り道に留まらず、グラインドコアへの道程を知るキッカケ、また上述した短2度を含む悪魔音程(b2,b5)の系譜を追及してメタルとハードコアの境目を知るキッカケにもなった。これはメタルコアやメタリック・ハードコアより一世代前ではあるものの、メタル史を超えてポピュラー音楽全般に関わるかなり重要なものではないかと、個人的には思う。こういった成果を得てキリがついたので、今はいったん「速い」ハードコアから離れつつ、元来聴き進める予定だった「遅い」ハードコアのほうに。

 

youtu.be

 

先日購入した『ブラック・マシン・ミュージック』の上巻は、五日くらいで読み終わった(昨日から下巻に突入している)。ディスコからシカゴ・ハウス~デトロイト・テクノに至る歴史を知った。とてもおもしろい。Kraftwerkの存在感。ヒップホップとの共通点と相違点。当書では言及されないであろうディスコ以前のダンス・ミュージック(スウィング・ジャズやファンクあたり?)も逆に気になって来たところ。

 

これくらいで。

 

狙われんご♪豆お

 

  • 毎日更新を途切れさせてしもーたヨ!友人に誕生日プレゼントを渡しに行き、そのついでに喫茶店で喋りまくってしまい、気が付いたときには0時を回っていた。毎日更新がすべてではないので、大して気にすることでもないが。

 

  • 9月の月間まとめは、しっかり書いています尾。軸がなかったので、いつもとは違うやり方で書き進めている。

 

  • andrew lee『How Heavy Metal Upholds White Supremacy』- YouTube

    カリフォルニアに住む台湾系アメリカ人のDIYグラインダー(グラインドコア・ミュージシャンのこと)が、自身の出自と周囲も含んだ体験談を交えつつ、今なおメタルシーンに蔓延る白人至上主義的な視野狭窄について批判する動画。コメ欄には「白人が主流の文化で疎外感を感じるのは当たり前」とか「白人だけが叩かれるのはおかしい」とか、案の定ズレた意見も多い。焦点は音響ではなくヘイトスピーチにある。彼は、アジア人に対する消去法的なステレオタイプ、吐き気を催すほどの頻度で「君は日本人かと思ってた」と言われる原因に、戦後日本のコンテンツ産業が持つ無国籍性(statelessness)や、有色人種・アジア人の同業者が少ないことを挙げた。前者は単に文化特性なのでどうする話でもないが、後者については反差別の連帯を呼びかけている。あのHerman Liでさえ、被差別体験を表立って口にし始めたのが4年前…。我々の日常生活からは想像しえない抑圧。日本でも差別的な言説が広まっている昨今、重要なトピックだ。文化的にプレゼンスを持っているからこそ、排斥する側になってしまったら余計ヤバい。▶白人側がギターのデザインなどに表層的に旭日旗を用いていることも指摘されていた。日本側からの発信で思い起こされるのはLOUDNESS、ポピュラー方面だと椎名林檎がいる。世界的に近い概念としてはハーケンクロイツよりも南部連合旗、Panteraは大々的に使ってて、Meshuggahもドキュメンタリーかなんかでしれっと家に飾ってあったのをみた。

 

  • 新しい総裁がメタラーで、嬉し、くない!!!!!!!!それとは別に、メタルとウヨクの関係には興味あるかも。

 

  • Rush『Hemispheres』、こっからがニュースクール・プログレ期なのかという感じ。前作の『A Farewell to Kings』も入りかけてたけど、より複雑化している。インストだけでも魅せはじめてるし。アンサンブルに留まらず構成の面白さまで手に入れ始めたら、確かにヤバいな~。

 

  • 最近、目を覚ましてから3~4時間経つと眠気が襲ってくるようになった。なんのせいなのかわからない。とりあえず早く寝ます。

 

自然光が一番だよ

 

  • Occulted Death Stance『Feathered Serpent』
    YouTubeレコメンドからとてつもないものが出てきた。空間を腐食させるノイジーディストーション・ギター、ゾンビの如きボーカル、ブルータルデスの風味も備えた無骨なドラム、アンサンブルに埋もれない図太さを持つベース、チープさと壮大さを兼ね備えた謎のシンセ。並大抵の人間には辿り着けないであろう凄まじい禍々しさ。ノイズ音響とブラックメタルを土台にしながら、少々デスとジャンクを通る。これだけイカれていながら、各楽器のバランスはかなり丁度いい具合なのが逆に怖い。Mayhem『Live in Leipzig』よりも病み付きになるかも。中国のアングラレーベル・GoatowaRex、チェックしておこう。

 

  • M-1グランプリYouTubeチャンネルにupされた某政治家絡みの「ナイスアマチュア賞」動画に、シンパが殺到して異常な伸びを見せている。政治活動と芸能活動をいったん区切って色眼鏡抜きに視聴したが、ネタの質は大会の基準をだいぶ下回っていた。コメ欄が絶賛の嵐になるのはまだいいとして、画面に映っている客がバカ笑いしているのは、かなり気分が悪いものだ。そもそも、なんでこれがナイアマに選出されたのか。選ぶ権利を持つその日の予選MCしましまんずツイッター垢を確認してみたら、元来そういう思想の方で、なんなら氏のファンであったということが判明した。あ~おもんね!

 

  • 本を一冊読み終わった。