彦根といえば彦根城、滋賀といえば琵琶湖。そんなイメージがあったけれど、住んでみたら意外とどちらもわざわざ行くことは少ない。でも、彦根城がある風景を目にしながら暮らし、大きな琵琶湖がすぐそこに横たわっていることを感じながら生活している。
わたしは大学進学と同時に彦根に越してきた。卒業した年に友人と「半月舎」という古本屋を始め、店は11年目になる。学生時代は大学のあった彦根南部ののどかな地帯に住み、卒業してからは半月舎のある彦根北部の旧城下町付近に暮らしている。

おおむね地味な暮らしをしているけれど、商店街にある「フルカワ」という昔ながらのフルーツ屋さんに時々行くのが贅沢のひとつ。ちょっとお高めだけどおいしい果物が売っていて、贈答用のフルーツなども売っている。わたしはいつも、お店の入り口にあるガラスばりの冷蔵庫をのぞきこんで、カットフルーツを吟味する。年中あるのはパイナップルとグレープフルーツ。季節によって、いちじく、スイカ、メロン、すこしめずらしい柑橘、なども並ぶ。果物の質がいいのはもちろんだと思うけど、フルーツを切り分けるのにも技術がいるんだろうか、ここのカットフルーツはいつでもきらきらと美しくて、おいしい。見ているだけで元気になる。大好きだ。
フルカワさんの横は、対向車は譲り合わなくてはすれちがえないような路地が通っていて、その路地越しに小さく彦根城が見える。わたしは、ここから見る彦根城がいちばん好き。こんもりした城山に、ちょこんとのって見える彦根城。こぢんまりしていて、意匠もどこか雅びな感じがあって、いい。江戸時代のはじまりに、豊臣との戦いに備えてつくられた城ということだけど、そんなことは忘れたような趣で、そっとまちの風景になじんでいる。かわいいかわいい彦根城。
フルカワさんでは、みかん箱をもらうのも忘れない。みかん箱は仕事に使う。大きすぎないサイズといい丈夫さといい、本の箱詰めに最適なのだ。それに、箱にプリントされたみかんの絵もかわいい。みかん箱は夏には品薄になるので、寒くなってきてみかんの時期が訪れると、ますますフルカワさんへ行くようになる。カットフルーツのお会計が済んだら、いつも「箱もらってもいいですか?」と訊くので、フルカワさんには段ボールがほしくて来ている客と思われているかもしれない……そう思うと心配になる。でも、そんなことのためだけにお店に通うことなんかできない。とにかくフルカワさんのフルーツが大好きなのだ。

フルカワさんの横の道から小さく見える彦根城
火曜日の朝には隔週で、店の前に野菜が届く。わたしは、店にはいつもだいたいお昼前に出勤するので、店の前に野菜の入った黄色いカゴが見えると、「今日は戸松さんの日だ!」とうれしくなる。 「戸松農場」さんは彦根の南端、びわ湖沿いの地域で農業していて、主に配達で直接お客さんに野菜を届けている。野菜と一緒に今回のお野菜リストが入っていて、そこには「虫にやられてしまい、〇〇がお届けできません(涙)」「暑すぎて〇〇が育ちません(涙)」など、最近の農場での悪戦苦闘のようすがつづられている。そんなお手紙を読んでいると、ちゃんと育った野菜がわたしの手元に届く貴重さを思う。確かにこれはちょっと虫に食われすぎでは!?とか、こんなに大きくなるの!?とか、スーパーにならぶ野菜では考えられないようなものが届いたりもするけれど、それもいい。そして、戸松さんの野菜はほんとうにおいしい。さっと茹でる、さっと和える、さっと焼く、さっと揚げる。シンプルな調理でいただくのがいちばんおいしく、これがいちばんの贅沢だと思える。ひとり暮らしのわたしが毎日野菜を食べて元気に暮らしているのは、戸松さんの野菜のおかげだという気がしている。
戸松さんのお野菜が届くのは隔週なので、月に1度か2度、「やさいの里 二番館」という産地直売所にも行く。こちらはJAが運営していて、地元の農家さんが新鮮な野菜を出品している。パクチーとかルッコラとか、無農薬の柑橘とか、地元産のきのことか、ちょっとめずらしいものも売っていて、楽しい。野菜以外にもこの辺のひとには「原さんの卵」として知られる原養鶏場さんの卵も売っている。わたしは、花や榊もよく買う。店に入ると野菜がもりもりと並んでいて、いつでもにたくさんのひとでぎわっていて、野菜に真剣なまなざしを注ぐお客さんが多く、その雰囲気にわたしも「よーしつくって食べるぞ~」と、なんだか元気が湧いてくる。わたしにとってのパワースポットだと思っている。
やさいの里さんの近所には近江牛で有名な「千成亭」もあって、たまに寄る。29日の「肉の日」前後はスジ肉が安く大量に出ていたりするので、それを目当てに行ったりする。彦根に来て驚いたことのひとつはお肉屋さんの多さで、商店街はじめ、昔ながらの小さなお肉屋さんがたくさんある。そういうお店の店頭のガラスケースに並んでいる揚げ物を買ったりするのも好きだ。

外観は、なんの変哲もない産直

なかは野菜がいっぱい。朝はとくに野菜もお客さんも多く活気がある
半月舎では、主に地元の方から本を買い取らせてもらって、そうじして値段をつけて、また売っている。だから扱う本のジャンルはさまざまで、いわゆる昔ながらのスタイルの古本屋といえると思う。新刊本や、知人の作家さんの品ものなども少し売っていて、たまに個展なども開いてもらう。コロナ以前は、小さな音楽ライブや、イベントなども企画していた。
古本屋をはじめた理由は単純で、彦根には古本屋がなかったから。「彦根みたいに古いものがのこってるまちには古本屋が似合うんじゃないかな~」という、今思えば若気の至りと言ってもさしつかえないような思い込みがきっかけだったけれど、「やったらいい」と後押ししてくれたひとがたくさんいて、店を開けることができた。半月舎がある昭和なつかしい感じの商店街には、昔ながらのお店のほかに、最近は自転車屋さん、楽器屋さん、おしゃれな洋服屋さんなどもふえてきた。
営業日は、いろんなお客さんが来る。お客さんがまったく来ない日もある。周囲からは「どうやって生活しているのか」と若干いぶかしがられている節もあるが、ここ4年ほどは古本で生計が成り立っている。はじめの数年は自分でも古本で食べていけるとは想像できなかったし、べつの仕事も長らくかけもちしていたが、古本業に専念するようになったら、まがりなりにも経営がまわり、ちゃんと生計が立つようになった。それは、古本の仕事が少しはわかってきたということもあるし、年とともに身の丈の金銭感覚や生活するすべも多少身について、このまちで心地よく暮らしていくための「あんばい」みたいなものが徐々にわかってきた、というのも大きいと思う。生活を自分で楽しむすべがあれば、そんなにがむしゃらに働かなくても暮らしていけるバランスがありそうだし、彦根はそういう意味でわたしには程よい気がしている。

昭和なつかしい雰囲気の商店街。アーケードや、おそろいのレトロな看板がなんともいい味。新しいお店も増えてきている
定休日は週に3日もうけていて、その間わたしは古書組合の市場に行ったり、倉庫整理したり、店の片付けをしたり、デスクワークしたりと、働いている日も多い。でも、休日を満喫する日もある。部屋をそうじして、洗濯して、布団を干して、日用品を買い物して、お茶を淹れて飲んで、本を読んで、昼寝して。
そんなに休日に友だちが遊びにきてくれたりすると、びわ湖岸にある「かんぽの宿」に行ったりする。宿泊するわけではなく、目当ては最上階にあるお風呂。大きな窓ガラスいっぱいにびわ湖が一望でき、天気のいい日など最高だ。洗い場と大きな浴槽がふたつあるだけのこざっぱりしたつくりも潔くて好きだ。ぬるめのお湯に浸かりながらいつまでもぼんやりびわ湖を見ていられる。
それから、近所の「大洞弁財天」という神社にもときどき散歩しにいく。彦根城から見て鬼門の向き、北東を守るこの神社は、彦根藩の藩主が建立したもので、小高い山の中腹にある。桜の古木がもたれかかった鳥居をくぐり、小さな踏切がある線路を超えて、息をきらせながら160段ほどある石段をのぼる。山門をくぐって振り返ると、門で額縁のように切り取られた彦根城が、城山ごと見える。呼吸がしずまるまでの数分、ぼーっと見る値打ちのある風景。境内はたいがい閑散としているが、日中は本堂のなかにおじゃますることができる。わたしはここにいる大きな弁天さんがすきで、ときどきお顔を見に行く。ここの弁天さんはどっしりしていて強そうで、父方の祖母にちょっと似ている。今住んでいる住宅をほとんど即決したのも、実は近くに大洞弁財天があったから、というのは大きい。
この神社に初めて来たのは、彦根に来た年の春、18歳の時だった。大学に入学してはじめてのフィールドワークの授業は「彦根の古い絵葉書にうつされた風景が現在どこにあるのか探そう」というもので、そのとき課題になったのが、この大洞弁財天の近くの風景だった。古い絵葉書の風景越しに今の風景を見てみると、その変化がドラマチックに浮かび上がり、18歳のわたしは強く心を惹かれた。この授業をきっかけに、わたしは彦根の城下町に興味を持つようになり、学生時分から時々あてもなくまちをぶらついていた。古いものと新しいものが隣り合って混ざり合っているようすを観察しているだけで楽しく、まちの歴史を調べるとなお楽しかった。このまちで古本屋をしようと思ったのも、まちのことが漠然と好きだったからだ。
それから17年、まだ彦根に居るなんて想像もしなかったけれど、今日もわたしは彦根のまちをぶらついて、地味だけど意外と機嫌のいい暮らしをしている。

鳥居と一体になっているような木は桜。春はとてもよい風情

著者:御子柴泰子(みこしばやすこ)
長野県伊那市で生まれ育ち、2005年に大学進学と同時に彦根へ移住。
2011年より彦根旧城下町で古本屋「半月舎」を営む。
編集:ツドイ
