簾満月の「バスの助手席」

鉄旅、車旅、バス旅、歩き旅、旅なら何でも好きなシューちゃんのブログです。

2024-02-01から1ヶ月間の記事一覧

消えた家棟川隧道(東海道歩き旅・近江の国)

針公民館の「きづな街道休憩所 おやすみ処」を後に、再び街道に出 て西に向けて歩を進める。 相変わらず旧街道らしい趣のある家並みが続いている。 暫く行くと左手に、近江の地酒「御代栄」で知られる北島酒造の白壁 の建物が見えてきた。 創業が文化2(180…

針文五郎(東海道歩き旅・近江の国)

由良谷川隧道を抜けると、「針川村」とも言われた「針村」集落に入っ て行く。暫く進むと、右手に「針公民館」があり、「ようこそ きづな街 道(東海道)へ」 の看板が掛かっていた。 建屋の前が「おやすみ処」となっていて、椅子が置かれ、今時分なのに、 …

由良谷川隧道(東海道歩き旅・近江の国)

天井川の大沙川を過ぎると東海道は、吉永から夏見の集落に入る。 嘗ての夏見村は、立場の有ったところで、名物は春から秋にかけて売ら れる心太であったが今その面影は何所にも見ることが出来ない。 旧街道筋らしく、平入りの家並みの続く落ち着いた静かな通…

大沙川の隧道(東海道歩き旅・近江の国)

「きずな街道休憩所」で暫し身体を休め、猿飛佐助の実在説を知り何 とはなく納得し、再び街道に戻る。 とすぐ目の前に、立派で頑丈そうなトンネルが現われた。 地元では、「吉永のマンポ」と呼び親しまれている、「大沙(おおすな) 川の隧道」である。 長さ…

猿飛佐助(東海道歩き旅・近江の国)

右手にはほぼJR草津線が併走し、その向こう側を野洲川が流れている。 反対側は、吉永山など標高数百メートルほどの山並みが続き、間近まで 迫っていて旧街道はそれらに挟まれた地をやや頭を北に向けながら進路 は西に向けて延びている。 旧道らしく広くは無…

きずな街道(東海道歩き旅・近江の国)

旧東海道は嘗ての伊賀領に入り、三雲駅前三叉路の、「微妙大師萬里 小路藤房卿墓所」の石碑を見る。 民家の建て込む余広くも無い通りを更に行くと、民家の前に立派な自 然石の「明治天皇聖跡」が立っている。 天皇は大政奉還以後、各地を行幸され、当地では…

国道橋は命がけ(東海道歩き旅・近江の国)

横田の渡し場跡に橋は無く、今は少し下流に昭和27(1951)年の国 道1号線の開通で架けられた橋がある。 500m程川に沿って歩き、国道の泉西交差点に迂回し、そこで甲賀市か ら湖南市に入る。 暫く国道を歩き、朝国の交差点で左折し、橋を渡り野洲川を越える…

横田の渡し(東海道歩き旅・近江の国)

その先で県道を越えると、野洲川の堤防に突き当る。 そこが「東海道十三渡し」の一つ、「横田の渡し場」跡である。 伊勢参宮や東国に向かう旅人に取っては通り道で、このため古くから 交通の要地とされたところである。 この辺りの野洲川は杣川や泉川との合…

日吉神社御旅所 (東海道歩き旅・近江の国)

「泉村 いづみ縄手 松並木あり 立場なり 白菊と云う銘酒有」 ここ泉村も北脇に続く、松並木が美しい畷と言われた地である。 残念ながら今日松並木は消滅してしまった。それでも旧立場(旅人の休 憩する場所)の村らしく、趣のある平入りの家並みが残されてい…

泉村 「五重相伝」(東海道歩き旅・近江の国)

田圃の中の直線道を歩き北脇の集落に入ると、中之町の交差点角に、 「料亭 米新楼」の看板を掲げた建物が有る。 以前は料亭らしく、今は仕出し・宅配弁当屋さんのようだ。 嘗ての茅葺き屋根を、瓦に葺き替えたような、堂々とした大屋根を 持つ建物で、奥にも…

北脇縄手(東海道歩き旅・近江の国)

蔵元「美冨久酒造」の酒蔵横から北に延びる参道があり、奥には柏木 神社が鎮座している。創建が白鳳期という古社で、古くから「若宮八幡 宮」と称し、柏木荘近隣16ケ村の総鎮守として崇められてきた。 水口城の築城以降は、歴代城主の守護神・祈願所として崇…

林口一里塚と西の見附(東海道歩き旅・近江の国)

百軒長屋跡辺りにも、平入り町屋の美しい町並が残されている。 この辺りまで来ると、新たに出来た武家町を避けて迂回した鍵の手も終 わりが近づいてきて、やがて行く手に、「天照大御神」をお祀りする五 十鈴神社の森が見えてくる。 藤原時代の長寛2(1164…