
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。
まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!
マーケターの飲み会に参加すると、必ずと言っていいほど出てくる愚痴があります。
「うちの社長はCPA(獲得単価)しか見ないんですよ」
「ブランディングのような長期施策を提案しても、一瞬で却下されるんです」
「もう少し視座を上げてほしいんですけどね……」
こうした愚痴を聞くたびに、私は思います。
悪いのは経営者ではありません。あなたです。
経営者の仕事は「利益を出すこと」です。あなたが提案している「ブランディング」が、将来的にどう利益に貢献するのか。そのメカニズムを論理的に説明できていないから、却下されているに過ぎません。
今回は、マーケターが身につけるべき「経営者を動かすためのPL翻訳術」を解説します。
- その不満は、あなたの「説明力不足」を告白しているのと同じ
- 経営者は「ポエム」に金は払わない。「PLの変化」に金を払う
- ブランディングがPLに与える「3つの物理的衝撃」
- 「時間がかかる」のではない。「時間軸の設計」がないだけ
- PLで語れるマーケターになれ
その不満は、あなたの「説明力不足」を告白しているのと同じ
考えてみてください。
あなたが経営者なら、回収の見込みが「なんとなく」しか分からない投資案件に判を押すでしょうか?
押さないはずです。
「上司が理解してくれない」という不満は、裏を返せば「私は経営者を説得できるだけのロジックを持っていません」と自白しているのと同じです。厳しい言い方をすれば、それは「説明力不足の告白」なのです。
この記事を読み終えた後、あなたの提案書は見違えるほど変わるはずです。
経営者は「ポエム」に金は払わない。「PLの変化」に金を払う
あなたの説明が失敗する理由は明確です。
あなたが「認知拡大」「ファン作り」「世界観の醸成」といったマーケティング用語で語っているからです。
これらを私は「ポエム」と呼んでいます。
ポエムは、「ゆるふわマーケター」同士の会話では心地よく響きます。しかし、経営者の耳には何も届きません。なぜなら、経営者が聞きたいのはただ一点、「それがPL(損益計算書)のどこを良くするのか?」だからです。
視点を変えましょう。
ブランディングとは、おしゃれなクリエイティブを作ることではありません。
「将来のPL構造を、利益が出やすい形に整形手術すること」です。
これを説明せずに「待ってください」「信じてください」と言うのは、ビジネスマンの提案ではありません。子供のおねだりです。
経営者を子供扱いする前に、自分が子供のような説明をしていないか、胸に手を当てて考えてみてください。

ブランディングがPLに与える「3つの物理的衝撃」
ここを言語化できていないから、あなたの説明は弱いのです。
ブランディングがPLに与えるインパクトは、大きく分けて3つあります。この3つを経営者の言葉で語れるようになれば、あなたの提案は通ります。
衝撃①:販管費(広告宣伝費率)の劇的な圧縮
ブランドがない状態とは何か。
それは、常に「一般名詞」で戦い続けることを意味します。
たとえばあなたがパソコンメーカーのマーケターだとしましょう。ブランドがなければ、「パソコン おすすめ」「ノートPC 軽い」といったビッグワードで広告を出し続けるしかありません。
ここはオークション会場です。競合がひしめき合い、クリック単価(CPC)は高騰し続けます。いわば「プラットフォーム税」を払い続ける小作人です。どれだけ広告費を投下しても、自社に資産は残りません。
一方、ブランディングが成功するとどうなるか。
「指名検索」が増えます。
指名検索とは、サービス名や社名で直接検索されることです。「MacBook 買い方」「MacBook 価格」といった検索です。
指名検索のクリック単価は極端に安い。競合がいないからです。SEOでも1位を取りやすい。自社名で検索されて、自社サイトが1位に来ないことはまずありません。
【PL翻訳のポイント】
「認知を広げたいんです」と言うから却下されます。
「3年後の広告費率を5ポイント下げるための先行投資です」と言えば、コストに厳しい経営者も聞く耳を持ちます。
同じことを言っているのに、PLに翻訳するだけで、経営者の反応はまるで変わるのです。
衝撃②:営業利益率を押し上げる「価格決定権」
差別化されていない商品は、必ず価格競争に巻き込まれます。
「A社より高いからやめよう」と比較され、粗利を削って値下げせざるを得なくなる。これは、価格の決定権を顧客(あるいは競合)に握られている状態です。
ブランドがある状態は違います。
「高くても、あなたから買いたい」という状態を作れれば、値上げが可能になります。
ここで、PLのインパクトを考えてみてください。
売上高100億円、営業利益率10%の会社があるとします。営業利益は10億円です。
もし、ブランド力によって10%の値上げができたらどうなるか。売上高は110億円になります。コスト構造が変わらなければ、増えた10億円はほぼそのまま営業利益に上乗せされます。営業利益は20億円、営業利益率は18%に跳ね上がります。
マーケターがなし得る最大のPL貢献は、この「価格決定権の獲得」です。
ここを語らずに「フォロワー数が増えました」「いいね数が伸びてます」と報告するから、経営者の信頼を得られないのです。
SNSの数字は、価格決定権につながって初めて意味があります。その接続を説明できないなら、あなたは単なる「SNS運用係」であり、「マーケター」ではありません。
衝撃③:CVR向上による組織全体の生産性アップ
3つ目のインパクトは、成約率(CVR)の向上です。
信頼がある状態で流入した顧客は、LP(ランディングページ)を隅から隅まで読み込ませる必要がありません。営業マンが必死に説得する必要もありません。
「御社のことは以前から知っていました。ぜひお願いしたいです」
こう言ってもらえる状態を作れれば、同じ広告費でも獲得数は倍になるかもしれません。営業マンの疲弊も減ります。成約までのリードタイムも短くなります。
これは単なる「イメージアップ」ではありません。組織全体の「生産性改善施策」です。
BtoBのサービスなら、この説明が特に効きます。営業部門の人件費は高い。CVRが上がれば、その人件費の効率が劇的に改善されます。経営者が無視できる話ではありません。
ブランディングを「ふわっとした施策」から「生産性改善施策」に読み替える。これがPL翻訳です。
【補足】AI時代、「指名検索」の価値はさらに高まっている
ここまで説明した「指名検索の重要性」は、AI時代に入ってさらに加速しています。
2024年以降、Googleは検索結果の上部に「AI Overview」を表示するようになりました。これは、ユーザーの質問に対してAIが要約した回答を直接表示する機能です。
これが何を意味するか。
「パソコン おすすめ」のような一般名詞で検索しても、ユーザーはAI Overviewの要約を読んで満足し、個別のサイトをクリックしなくなるのです。いわゆる「ゼロクリック検索」の増加です。
つまり、これまで以上に「一般名詞での流入」に依存するSEO戦略は効果が薄れているということです。
一方、「MacBook 価格」のような指名検索は、AI Overviewの影響を受けにくい。ユーザーは特定のブランドを目指して検索しているからです。
「名前を覚えてもらっていること」のビジネス価値は、AI時代に入って急激に高まっています。ブランディングへの投資を「コストカット施策」として説明する論拠は、ここにもあるのです。

「時間がかかる」のではない。「時間軸の設計」がないだけ
「ブランディングは成果が出るまで時間がかかるので、経営者が許してくれないんです」
この言い訳も、よく聞きます。
しかし、経営者が長期施策を許さない本当の理由は、期間が長いからではありません。
「いつ、何が起こるか」のシミュレーション(地図)がないまま、闇雲に時間を要求するからです。
「成果が出るまで時間がかかります」はNGワードです。
「いつまで待てばいいのか」が分からない投資は、投資ではありません。恐怖です。
【プロの提案はこうだ】
「最初の3ヶ月で指名検索の種を撒きます。具体的には、〇〇と△△の施策を実行します。PL上のCPA低下として効果が現れ始めるのは6ヶ月後の見込みです。その代わり、1年後には広告費率を現状の20%から15%に下げられます。これは年間で〇〇万円のコスト削減に相当します」
これが「時間軸の握り」です。
不確実な未来であっても、ロジックに基づいた仮説とタイムラインを提示する。中間指標(KPI)を設定し、軌道修正のタイミングも明示する。
それがなければ、どれだけ正しい施策であっても、経営者から見れば「投資」ではなく「浪費(道楽)」と判断されて当然です。
「信じてください」は、ビジネスの言葉ではありません。「この仮説を、このタイムラインで検証させてください」と言うのです。

「数字が読めない」は言い訳にならない
ここまで読んで、こう思った人もいるかもしれません。
「でも、ブランディングの効果って、結局のところ読みにくいですよね……」
その通りです。ブランディングの効果は読みにくい。
しかし、考えてみてください。
営業部は、来期の売上を完全な精度で予測できていますか? 経営者が営業利益の計画を立てるとき、確証なんてありますか?
ないはずです。
それでも、営業部は売上目標を立て、達成に向けて動きます。経営者は営業利益の計画を株主に説明し、そこに向けて組織を動かします。
不確実だから数字を出さなくていい、という理屈は、ビジネスのどの領域でも通用しません。
ブランディング担当者も同じです。完璧な予測はできなくても、できる限り正確に数字を算出し、仮説を立て、検証しながら施策を進める。それがプロの仕事です。
「読みにくいから」を免罪符にして数字から逃げている限り、あなたの提案が通ることはありません。
PLで語れるマーケターになれ
経営者やリーダーが分からず屋なのではありません。
あなたの説明が、ビジネスの共通言語(PL)になっていないことが全ての原因です。
「信頼」「共感」「世界観」といった無形資産を、「コスト削減」「利益率向上」「生産性改善」という財務インパクトに翻訳すること。
それが「PL翻訳術」です。
この翻訳ができるマーケターは少ない。だからこそ、できるようになれば希少価値が生まれます。
PLで語れるようになったとき、経営者はあなたを単なる「マーケティング担当者」ではなく、事業を共に作る「事業家」として認めるでしょう。
そして初めて、長期投資の決裁が下りるのです。
「上司が理解してくれない」と嘆く暇があったら、ブランドの価値を数字で語れるようになってください。
それが、あなたのキャリアを切り拓く最短ルートです。

PL翻訳術に関するFAQ
Q. なぜブランディング施策は経営者に却下されやすいのですか?
A. 多くのマーケターが「認知拡大」「世界観の醸成」といった抽象的な言葉で説明するためです。経営者が知りたいのは「PL(損益計算書)のどこがどう良くなるのか」という一点のみ。財務インパクトに翻訳できていないことが却下の原因です。
Q. ブランディングをPLに翻訳するとはどういうことですか?
A. ブランディングの効果を①広告費率の圧縮(コスト削減)、②価格決定権の獲得(利益率向上)、③CVR向上(生産性改善)という3つの財務インパクトで説明することです。「認知を広げたい」ではなく「3年後の広告費率を5ポイント下げる先行投資」と言い換えるだけで、経営者の反応は変わります。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。
- 第1回:あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由。【新人さんのためのマーケティング講座2 vol.1】(本記事)
- 第2回:「企業SNS運用、どれに集中すべき?」ランチェスター戦略で導く"捨てる"判断基準
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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