
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】
完成品を届けてもらう方が、楽に決まっています。プロが作った家具を、玄関先で受け取って、そのまま部屋に置けばいい。なのに、なぜIKEAは世界中で愛されているのでしょうか。
六角レンチを握りしめ、説明書とにらめっこしながら、汗をかいて組み立てる。完成までに2時間。途中でネジを間違えてやり直す。それでも、組み上がった椅子を眺めたとき、妙な達成感と愛着が湧いてくる。
結論から言いましょう。この「不便さ」こそが、IKEAの最大の武器です。そして、この心理メカニズムは、あなたのマーケティングにも応用できます。
「不便」が価値に変わる瞬間——努力の正当化
人間には、「自分が投入した労力を、正当化したい」という心理があります。
2時間かけて組み立てた椅子を見て、「まあまあかな」とは思いたくない。「苦労した分、いいものに違いない」と思いたい。これが「努力の正当化」と呼ばれるメカニズムです。
つまり、あなたが費やした時間と労力は、そのまま「対象の価値」に上乗せされる。同じ椅子でも、自分で組み立てた椅子は、完成品で届いた椅子より価値があるように感じてしまうのです。
ただし、重要な分岐点があります。
「完成できないほど難しい」と、この効果は逆転する。
途中で挫折したら、労力は「無駄になった時間」として記憶されます。だからIKEAの説明書は、言葉を使わず、誰でも完成できるように設計されている。「ちょっと大変だけど、必ず完成できる」——この絶妙な難易度設計が、愛着を生む鍵なのです。

イケア効果——行動経済学が証明した「参加」の力
この現象は、行動経済学者ダン・アリエリーらの研究によって「イケア効果(IKEA Effect)」と名付けられました。
彼らの実験では、被験者に折り紙を折らせたり、レゴを組み立てさせたりしました。その後、自分で作った作品と、他人が作った同じ作品に、いくら払うかを聞いたのです。
結果は明確でした。自分で作った作品には、他人の作品より高い金額を提示した。しかも、客観的な品質は他人の作品の方が上だったにもかかわらず、です。
| 条件 | 支払意思額 | 客観的品質 |
|---|---|---|
| 自分で作った作品 | 高い | 低い(素人作品) |
| 他人が作った作品 | 低い | 高い(プロ作品) |
これがイケア効果の核心です。消費者が生産プロセスに参加すると、その製品への愛着と支払意思額が上がる。
現代のカスタマイズ文化——NIKEのスニーカーカスタマイズ、スターバックスの細かいオーダー、Spotifyのプレイリスト作成——これらはすべて、イケア効果を活用したマーケティングです。
「完璧」を提供しすぎていないか?
ここで、新人マーケターのあなたに問いかけたいことがあります。
あなたの会社は、顧客に「完璧」を提供しすぎていないでしょうか?
「お客様の手を煩わせない」「ワンクリックで完結」「すべてお任せください」——これらは一見、素晴らしいサービスに思えます。しかし、便利すぎるサービスは、顧客から「関与する余地」を奪っている可能性があります。
関与する余地がないと、愛着が生まれない。愛着がないと、他社に簡単に乗り換えられる。結果として、価格競争に巻き込まれる。
あえて顧客に「一工程」を委ねることで、ファン化を促す方法があります。
| 手法 | 顧客の関与 | 例 |
|---|---|---|
| キット販売 | 組み立て・調理 | ミールキット、DIY家具 |
| カスタマイズ | 選択・設計 | オーダースーツ、PC構成 |
| コミュニティ参加 | 貢献・共創 | ファンイベント、UGC |
「誇り」を設計せよ
今すぐ製品設計を変える権限は、あなたにはないかもしれません。しかし、この原理を知っておくことには意味があります。
「なぜこのサービスは、あえて手間をかけさせているのか」「なぜこのブランドは、カスタマイズ機能を重視しているのか」——その背景にある戦略を理解できるようになります。
そして、いつか企画を任されたとき、思い出してください。
「お客様を楽にさせる」だけが、よいサービスではない。
「お客様に誇りを持たせる」ことも、マーケティングの重要な仕事である。
IKEAの椅子に座るとき、私たちは「この椅子を自分で作った」という小さな誇りを感じています。その誇りが、ブランドへの愛着を育てているのです。

【本記事のまとめ】
1. 努力の正当化
人は自分が投入した労力を正当化したい。だから、苦労して作ったものほど価値があると感じる。
2. イケア効果
消費者が生産プロセスに参加すると、製品への愛着と支払意思額が上がる(行動経済学で実証済み)。
3. 「完成できる難易度」が鍵
難しすぎると逆効果。「ちょっと大変だけど必ず完成できる」設計が愛着を生む。
4. 便利すぎると愛着が生まれない
顧客から「関与する余地」を奪うと、他社に簡単に乗り換えられる。
5. 「誇り」を設計する
お客様を楽にさせるだけでなく、お客様に誇りを持たせることもマーケティングの仕事。
よくある質問(FAQ)
イケア効果は、どんな製品にも使えますか?
「完成できる」ことが前提です。高額商品や専門性の高いサービスでは、プロに任せたい心理が勝ることもあります。顧客が「自分でできた」と感じられる範囲で関与ポイントを設計することが重要です。
BtoBビジネスでもイケア効果は有効ですか?
有効です。たとえば、導入時のワークショップで顧客企業に設定を一部任せる、カスタマイズ可能なダッシュボードを提供するなど、「自分たちで作り上げた」感覚を持たせることで、解約率の低下やロイヤリティ向上につながります。
手間をかけさせると、顧客満足度が下がりませんか?
「面倒」と「達成感のある手間」は別物です。重要なのは、必ず成功体験で終わる設計にすること。途中で挫折させたら逆効果です。また、手間をかけるかどうかを顧客が選べるようにするのも有効な方法です。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
- 第1回:ルブタンの靴底はなぜ赤く、Appleのイヤフォンはなぜ白いのか?
- 第2回:なぜ私たちは、自分で組み立てたIKEAの椅子を最高だと思うのか?(本記事)
- 第3回:なぜダイソンは、あえて「不快なゴミ」を丸見えにしたのか?
- 第4回:なぜティファニーは、中身を見る前に人をときめかせるのか?
- 第5回:なぜパタゴニアは「このジャケットを買わないで」と言ったのか?
- 第6回:なぜNetflixは「TOP 10」という小さな枠を作ったのか?
- 第7回:なぜレッドブルはロンドンの街中を「自社のゴミ」で埋めたのか?
- 第8回:なぜスターバックスは「手書きメッセージ」をやめないのか?
- 第9回:コストコの「180円」が、数万円の買い物のハードルを下げるカラクリ
- 第10回:なぜハーゲンダッツは、他より高くても選ばれ続けるのか?
- 第11回:なぜAmazonは「欲しいもの」を言い当てるのか?
- 第12回:なぜ楽天トラベルの「残り1室」を見ると、つい予約してしまうのか?
- 第13回:なぜコストコの「会費制」は、顧客を逃がさないのか?
- 第14回:なぜユニクロは、店頭でわざわざ「実験」をしてみせるのか?
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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/ 著書(amazon)