
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】
スーパーやコンビニの冷凍コーナーを思い浮かべてください。
100円前後のアイスが並ぶなか、ひときわ目を引く存在があります。300円を超える価格帯で、堂々と鎮座するハーゲンダッツです。
普通に考えれば、「高いから売れない」はずです。しかし現実は逆。多くの日本人が、仕事帰りのコンビニで、あえてハーゲンダッツを手に取ります。「今日は頑張ったから」「自分へのご褒美に」——そんな言葉とともに。
なぜ、高いからこそ選ばれるのか。今回は、この「価格のパラドックス」を解き明かします。
- 「高い=高品質」という直感が働く
- ヴェブレン効果——高いから欲しくなる心理
- 「自分へのご褒美」というリフレーミング
- プレミアム戦略を支える「一貫性」
- 「安くしないと売れない」という思い込みを捨てる
- よくある質問(FAQ)
「高い=高品質」という直感が働く
私たちは無意識のうちに、価格を「品質のバロメーター」として使っています。
ワインを選ぶとき、3,000円のボトルと500円のボトルがあれば、多くの人は「3,000円の方が美味しいだろう」と考えます。中身を飲み比べたわけでもないのに。
ハーゲンダッツも同じです。300円という価格を見た瞬間、私たちの脳は「これは100円のアイスとは違う、特別なものだ」と判断しています。
価格は「品質の証明書」になる。高いからこそ、信頼される。
ここで、興味深いパラドックスがあります。もしハーゲンダッツが100円だったら、どうでしょうか。おそらく、今のような「ご褒美感」は消えてしまいます。「普通のアイス」として認識され、特別な日に選ばれることはなくなるでしょう。
つまり、高い価格そのものが、ブランドの価値を支えているのです。

ヴェブレン効果——高いから欲しくなる心理
この現象を、心理学・経済学の視点から分析してみましょう。
「ヴェブレン効果」という言葉を聞いたことがありますか。19世紀の経済学者ソースティン・ヴェブレンが提唱した概念で、価格が高ければ高いほど、需要が増えるという逆説的な現象を指します。
通常、価格が上がれば需要は下がります。しかし、ある種の商品では逆のことが起きる。高級ブランドのバッグ、高級時計、そして——ハーゲンダッツ。
| 心理効果 | 内容 |
|---|---|
| ヴェブレン効果 | 高価格が「特別感」を生み、むしろ欲しくなる |
| 価格の品質信号 | 中身が分からない時、価格を品質の指標にする |
| セルフギフティング | 自分への贈り物として、高い出費を正当化する |
なぜこのような現象が起きるのか。理由のひとつは「顕示的消費」——つまり、「よいものを選べる自分」を確認したい、という欲求です。高いものを買うことで、自分の価値を実感できる。ハーゲンダッツを選ぶ行為は、小さな「自己肯定」なのです。
「自分へのご褒美」というリフレーミング
ハーゲンダッツのマーケティングで特筆すべきは、「自分へのご褒美」というナラティブ(物語)を確立したことです。
300円の出費は、冷静に考えれば「贅沢」です。100円のアイスで十分なはずです。しかし、「自分へのご褒美」というフレームで捉えると、話が変わります。
「今日一日頑張った自分へのご褒美」——こう考えると、300円は「浪費」ではなく「セルフケア」になります。むしろ、自分を大切にしている証拠になるのです。
「高い出費」を「自分を大切にする行為」にリフレーミングする。
これが、ハーゲンダッツの魔法である。
広告、パッケージデザイン、店頭での陳列——すべてが「プレミアム感」を演出しています。金色を基調としたパッケージ、落ち着いたトーンのCM、そして「Häagen-Dazs」という北欧風(実際はアメリカ発祥ですが)のブランド名。徹底的に「特別」に振り切ることで、価格の高さに対する「納得感」を作り上げているのです。

プレミアム戦略を支える「一貫性」
ここで重要なのは、ハーゲンダッツが決して値下げ競争に参加しないという点です。
スーパーで「2割引」「半額」といったシールが貼られることは、ほとんどありません。もし頻繁に値引きされていたら、「300円の価値」という印象は崩れてしまいます。
ブランドは、一度「安売り」のイメージがつくと、なかなか元には戻れません。価格を守ることは、ブランドの価値を守ることなのです。
| 戦略 | 短期的効果 | 長期的効果 |
|---|---|---|
| 頻繁な値引き | 売上増加 | ブランド価値の毀損 |
| 価格維持 | 機会損失の可能性 | プレミアム感の維持・強化 |
ティファニーが「ティファニー・ブルー」を守り続けるように、ハーゲンダッツも「プレミアム価格」を守り続けている。この一貫性が、ブランドの信頼を築いているのです。
「安くしないと売れない」という思い込みを捨てる
この事例から学べることを、今日からの実務に活かしてみましょう。
新人マーケターが陥りがちな罠があります。「安くしないと売れない」という思い込みです。
もちろん、価格競争が有効な場面もあります。しかし、「安さ」だけで選ばれている商品は、より安い競合が現れた瞬間に負けます。価格競争には、終わりがないのです。
一方、ハーゲンダッツのように「価値」で選ばれる商品は、価格競争に巻き込まれません。顧客は「安いから」ではなく、「自分を大切にしたいから」選んでいるからです。
価格設定は、ブランディングそのものである。
「いくらで売るか」は「何者であるか」を決める。
自社のサービスを見直してみてください。顧客が「これだけのお金を払う価値がある」「自分を大切にしている感覚になれる」と思える要素は、どこにあるでしょうか。
その要素を見つけ、磨き、伝える。それが、価格競争から抜け出す唯一の道です。

【本記事のまとめ】
1. 価格は品質の証明書
消費者は無意識に、価格を品質のバロメーターとして使っている。高いからこそ、信頼される。
2. ヴェブレン効果
価格が高いほど欲しくなる逆説的な心理。高いものを選ぶことで「自己肯定」を得ている。
3. リフレーミングの力
「浪費」を「自分へのご褒美(セルフケア)」に言い換えることで、高額出費を正当化させる。
4. プレミアム戦略の一貫性
値下げ競争に参加しないことで、ブランドの価値を守り続ける。
5. 価格競争からの脱却
「安さ」で選ばれる商品は、より安い競合が現れた瞬間に負ける。
6. 価格設定はブランディング
「いくらで売るか」は「何者であるか」を決める。価格そのものがメッセージである。
よくある質問(FAQ)
高価格戦略は、知名度がないと難しいのでは?
確かに、いきなり高価格で勝負するのは難しい面があります。しかし、重要なのは「価格に見合う価値を伝えられるか」です。小さな市場でも、明確な価値提案があれば高価格は成立します。まずは限られた顧客に深く刺さることを目指してください。
BtoBでも「ご褒美」のような訴求は有効ですか?
有効です。ただし、表現は変わります。BtoBでは「投資対効果」「業界のリーディングカンパニーが採用」といった形で「選ぶ価値」を伝えます。担当者が「この選択は正しかった」と社内で説明できる材料を提供することが、BtoBにおける「ご褒美」に相当します。
価格を上げたいのですが、既存顧客が離れないか心配です。
価格改定は慎重に行う必要がありますが、「価値の向上」とセットなら受け入れられることが多いです。新機能の追加、サポートの充実、パッケージの刷新など、「価格が上がった理由」を明確に示すことが重要です。また、既存顧客には猶予期間を設けるなどの配慮も有効です。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
- 第1回:ルブタンの靴底はなぜ赤く、Appleのイヤフォンはなぜ白いのか?
- 第2回:なぜ私たちは、自分で組み立てたIKEAの椅子を最高だと思うのか?
- 第3回:なぜダイソンは、あえて「不快なゴミ」を丸見えにしたのか?
- 第4回:なぜティファニーは、中身を見る前に人をときめかせるのか?
- 第5回:なぜパタゴニアは「このジャケットを買わないで」と言ったのか?
- 第6回:なぜNetflixは「TOP 10」という小さな枠を作ったのか?
- 第7回:なぜレッドブルはロンドンの街中を「自社のゴミ」で埋めたのか?
- 第8回:なぜスターバックスは「手書きメッセージ」をやめないのか?
- 第9回:コストコの「180円」が、数万円の買い物のハードルを下げるカラクリ
- 第10回:なぜハーゲンダッツは、他より高くても選ばれ続けるのか?(本記事)
- 第11回:なぜAmazonは「欲しいもの」を言い当てるのか?
- 第12回:なぜ楽天トラベルの「残り1室」を見ると、つい予約してしまうのか?
- 第13回:なぜコストコの「会費制」は、顧客を逃がさないのか?
- 第14回:なぜユニクロは、店頭でわざわざ「実験」をしてみせるのか?
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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/ 著書(amazon)