
バッターボックスに立つ大谷翔平選手。
彼は必ず同じ動作を繰り返します。視線をピッチャーに固定し、深く呼吸を整え、バットを一定のリズムで構える――。
この一連の動作、じつは単なる「癖」ではありません。スポーツ心理学に基づいた、超集中状態への入り方なのです。
心理学では、このような極限の集中状態を「フロー状態(ゾーン)」と呼びます。時間を忘れ、雑念が消え、パフォーマンスが最大化される瞬間。
そして重要なのは、この技術は一流アスリートだけのものではないということ。適切な条件を整えれば、あなたの仕事や学習にも今日から応用できるのです。
- 大谷が使う「PPR」という技術
- これ、ビジネスでも使えます
- フロー状態の科学的メカニズム
- 実践法①:あなた専用のPPRをつくる
- 実践法②:環境を整える
- 実践法③:集中を「保つ・戻す」
- 大谷のような集中力は、あなたにもつくれる
大谷が使う「PPR」という技術
大谷選手がバッターボックスで行なっているのは、スポーツ心理学で「Pre-Performance Routine(PPR)」と呼ばれる技術です。
PPRとは、パフォーマンス前に行なう一連のルーティンを通じて、集中状態に入るための心理的・身体的準備を整える手法。
2021年に発表されたメタ分析では、PPRを実践した800名以上のアスリートを対象に調査した結果、導入していない選手に比べて中程度から大きな効果でパフォーマンスが向上することが確認されています。*3
大谷選手の動作を分解すると、以下の要素が含まれています。
- 視線の固定:目標(ピッチャー)に意識を向け、雑念を排除
- 深呼吸:心身をリラックスさせ、最適な覚醒レベルに調整
- 決まった順序の動作:同じルーティンを繰り返すことで「スイッチ」を入れる
- 時間の一定化:毎回同じタイミングで行動することで、心理的安定を確保
これらは偶然ではなく、スポーツ心理学で効果が実証されている要素なのです。

これ、ビジネスでも使えます
「野球選手の技術が、自分に関係あるの?」と思うかもしれません。
しかし、PPRの原理はあらゆるパフォーマンスに応用可能です。実際、以下のような場面で誰もが似た経験をしているはずです。
- 締切前に異様に集中できた:プレゼン資料を一気に仕上げた
- 気づいたら時間が経っていた:データ分析に没頭し、夕方になっていた
- 周囲の音が消えた:試験勉強で過去問を解いているうちに、雑音が気にならなくなった
- アイデアが次々に出てきた:会議での議論に没頭し、的確な発言ができた
これらの瞬間こそが、フロー状態(ゾーン)です。
そして、大谷選手が実践しているPPRの技術を応用すれば、こうした状態を意図的につくり出すことが可能です。

フロー状態の科学的メカニズム
フロー状態は、心理学者ミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した概念で、以下のような特徴をもつ心理状態です。*2
- 明確な目標と即時フィードバック:何をすべきか明確で、結果がすぐわかる
- 挑戦とスキルの最適なバランス:課題の難易度と自分の能力がちょうど釣り合っている
- 行動と意識の融合:「考えて動く」のではなく、体が自然に動く感覚
- 時間感覚の変化:時間を忘れ、「数時間が数分」のように感じる
- 自己意識の消失:「自分がどう見られているか」を気にしなくなる
- 活動そのものが報酬:外的な評価ではなく、その作業自体に没頭することが喜びになる
重要なのは、これらの状態が「気合い」や「才能」ではなく、条件設計によって再現できるという点です。*1*2
実践法①:あなた専用のPPRをつくる
大谷選手のルーティンをそのままマネする必要はありません。重要なのは、「入る・保つ・戻す」という3段階の構造です。
1. 入る(スイッチを入れる)
深呼吸、視線の固定、簡単なストレッチなどで「これから始める」という心身のスイッチを入れます。
2. 保つ(集中を維持する)
セルフトーク(心のなかでの自己対話)や呼吸法を使い、雑念を排除しながら安定した意識状態を保ちます。
3. 戻す(リカバリー)
集中が切れたと感じたら、決められた動作や呼吸で元の状態に戻ります。
職場・勉強での具体例
- プレゼン前
会議室に入る→深呼吸3回→資料を開く→「今日の目標は〇〇」と心の中で唱える→開始 - 資料作成前
デスクを整理→スマホを引き出しにしまう→タイマーを25分にセット→目を閉じて深呼吸3回→開始 - 試験本番
着席→目を閉じて深呼吸3回→手首を回す→「できる」と心で言う→問題用紙を開く
こうした小さなルーティンが、脳に「集中モードに入る」という信号を送り、フロー状態への入り口を開くのです。
実践法②:環境を整える
フロー状態は、内的・外的の両面から環境を整えることで成立します。*1
内的環境:心の準備
- 目標を具体的に:「今日は企画書の構成を完成させる」など明確に設定 *2
- 「できる」と信じる:自己効力感がフロー体験を促進する *1
- リラックスする:深呼吸や瞑想で緊張を和らげる *1
外的環境:物理的な準備
- ノイズを排除:スマホの通知オフ、イヤホンで雑音遮断
- デスクを整頓:散らかった空間は集中力を削ぐ
- 安心感を確保:必要なものをチェックリスト化し、忘れ物ゼロに

実践法③:集中を「保つ・戻す」
集中状態に入っても、長く維持するには意識的な工夫が必要です。
- 「いま」に集中:未来の不安や過去の後悔ではなく、この瞬間に意識を向ける
- 呼吸を使う:意識が散りそうになったら、呼吸に注意を戻す
- リセット動作:中断があったら「手を1回叩く」など決まった動作で気持ちをリセット
大谷のような集中力は、あなたにもつくれる
バッターボックスでの大谷翔平選手のルーティン。それは才能ではなく、科学的に裏づけられた技術です。
そして、その技術は一流アスリートだけのものではありません。
小さなルーティンで心と環境を整え、「入る・保つ・戻す」の流れを習慣化する――それだけで、あなたの集中力は「再現可能なスキル」へと進化します。
明日の会議、来週のプレゼン、次の試験。
あなたもご自身のピーク・パフォーマンスを、意図的につくり出してみませんか?
*1: PMC|A Review on the Role of the Neuroscience of Flow States in the Modern World
*2: Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row.
*3: Taylor & Francis Online|The effectiveness of pre-performance routines in sports: a meta-analysis
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。