恋愛に学ぶ「カテゴリー」の罠。顧客のベネフィットはカテゴリーを越える【新人さんのためのマーケティング講座 Season2 vol.10】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2

Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。

まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!

あなたは今、どんな「カテゴリー」で戦っていますか?

柔軟剤市場。英語学習市場。SaaS市場。BtoBコンサル市場。——新人マーケターが最初に教わるのは、「自社が属するカテゴリーの定義」です。競合を特定し、シェアを計算し、差別化ポイントを探す。これがマーケティングの基本だと。

しかし、その「カテゴリー」こそが、あなたの思考を狭めている檻かもしれません。

本記事では、カテゴリーの中でスペックを競い合うことの限界と、そこから抜け出す方法を解説します。

カテゴリーという名の「思考の檻」

カテゴリーを定義すると、思考が楽になります。競合が明確になり、比較軸が定まり、勝ち負けが測定できる。たとえば上司に「柔軟剤市場でシェア2位です」と報告すれば、なんとなく仕事をした気になれる。

しかし、ここに落とし穴があります。

「柔軟剤市場」と定義した瞬間、あなたの視界には「柔軟剤を作っている競合他社」しか映らなくなる。比較軸は「柔軟剤としての性能」に限定される。ふっくら感、価格、安全性——競合と比べて「うちのほうがちょっと柔らかい」などの、誤差レベルのスペック競争に明け暮れることになります。

問題は、顧客はそんな比較をしていないことです。

店頭で柔軟剤を手に取る人は、「A社とB社、どちらが3%柔らかいか」なんて考えていません。考えているのは「洗濯物をいい感じにしたい」くらいのことです。もっと言えば、柔軟剤を買うかどうかすら決まっていない。「別に使わなくてもいいかな」と思っている人も多い。

つまり、あなたが必死に戦っている「柔軟剤市場」という土俵は、顧客の頭の中には存在しない。vol.3で解説した通り、お客様はあなたの会社に1ミリも興味がありません。企業が勝手に引いた線の中で、企業同士が競っているだけなのです。

P&Gが柔軟剤市場で変えた「問い」の立て方

P&Gの「レノア」が柔軟剤市場で何をしたか、ご存じでしょうか。

かつて柔軟剤市場は、まさにスペック競争の泥沼でした。「うちのほうがふっくら」「うちの方が容量が多い」——各社が微差を競い合い、消費者はどれも同じに見えていた。

P&Gは、その土俵に別の切り口を持ち込みました。

彼らが着目したのは、「洗濯物を柔らかくする」というカテゴリー内の価値ではなく、ユーザーの生活に潜む別の痛みでした。「部屋干しすると、生乾きの嫌なニオイがする」という、柔軟剤とは直接関係なさそうな悩みです。

雨の日が続いて部屋干しが増えると、洗濯物から何とも言えない臭いがする。乾いたはずなのに、着てみると不快なニオイが気になる。——これは「柔軟剤市場」の問題ではなく、「生活者の不満」の問題です。

レノアは「防臭」を前面に打ち出しました。柔軟剤なのに、ベネフィットは「ふっくら」ではなく「部屋干ししても臭わない」。これにより、従来の柔軟剤ユーザーだけでなく、「洗濯物のニオイが気になる」という別の悩みを持つ層を丸ごと取り込んだのです。

カテゴリー内のスペック競争だけでなく、ユーザーの生活の中にある「痛み」に着目した。これが、市場の常識を覆すマーケティングの本質です。

高校生の恋愛に例えてみましょう

もう少しわかりやすく、恋愛で例えてみます。

ある男子高校生が、同じクラスの女子を好きになりました。彼は考えます。「女子高生が好きなのは、イケメンか、スポーツマンか、面白いやつだろう」と。

これが「カテゴリー思考」です。

彼は必死に努力します。美容院で髪型を整え、スポーツの練習に励み、人気芸人のネタをチェックする。「彼女を落とすスペック」を磨こうとするわけです。

しかし、彼は決定的なことを見落としています。彼女のことを何も知らない。

実は彼女は、おじいちゃん子で、小さい頃からおじいちゃんと一緒に落語を聴いて育ちました。古今亭志ん朝が大好き。休日は寄席に通う。でも、学校でその話ができる相手がいない。「落語? なにそれ、おじさんっぽい」と言われるのが怖くて、誰にも言えない。

彼女が抱えているのは、「イケメンにおしゃれなカフェに連れて行ってほしい」という欲求ではありません。「自分の偏愛を否定せず、面白がってくれる相手がほしい」という、もっと深い孤独なのです。

スペック競争では届かない

髪型を整えた彼が「今度、表参道のカフェ行かない?」と誘っても、彼女の心には響きません。それは「女子高生カテゴリー」の一般的なニーズであって、「彼女」のニーズではないから。

もし彼が、たまたま雑談の中で彼女が落語好きだと知って、「志ん朝、好きなの? 俺、芝浜が一番好きなんだよね」と話しかけたら——彼女の反応はまったく違うでしょう。

「えっ、落語わかるの?」

その瞬間、彼は「イケメン枠」でも「スポーツマン枠」でもなく、「唯一の理解者」という、競合ゼロのポジションを獲得します。デートは表参道から浅草になるかもしれませんが、彼女にとって特別な存在になれる。

これがベネフィットの本質です。彼女にとってのベネフィットは、「おしゃれなカフェに連れて行ってもらえる」ではない。「自分の偏愛を否定されず、むしろ面白がってくれる存在が現れた安堵感」なのです。

📝「芝浜」とは

古典落語の代表的な「人情噺」で、江戸の夫婦愛を描いた名作。酒で失敗した男が女房の機転で改心する再生の物語です。滑稽さより人間ドラマに重きを置き、年末の風物詩として現代でも語り継がれる珠玉の傑作です。

ユーザー理解、ニーズ、ベネフィット、スペック

ここで、言葉を整理しましょう。

ユーザー理解:その人の背景を知ること。彼女がおじいちゃん子で落語好きだという事実。

ユーザーニーズ:その背景から生まれる悩みや欲求。「学校で落語の話ができる相手がいない孤独」。

ベネフィット:その悩みが解決された状態、約束される変化。「自分の偏愛を面白がってくれる理解者が現れる安堵感」。

スペック:ベネフィットを信じてもらうための証拠。「志ん朝の芝浜が好き」という具体的な知識。

多くのマーケターは、この順番を逆にしています。まずスペック(うちの製品の機能)を語り、それをベネフィットっぽく言い換え、ユーザーニーズは後付けで考える。ユーザー理解にいたっては、ほとんど手をつけない。

だから、「うちの柔軟剤は5%柔らかい」という、誰も求めていないスペック競争に陥るのです。

 

【正しい順序】

1. ユーザー理解(背景の特定)
→ その人はどんな生活をしていて、どんな価値観を持っているか?

2. ユーザーニーズ(悩みの抽出)
→ その背景から、どんな痛みや欲求が生まれているか?

3. ベネフィット(変化の約束)
→ その痛みが解決されたら、どんな良い状態になるか?

4. スペック(証拠としての機能)
→ なぜ、その約束を信じてもらえるのか?

スペックは、ベネフィットという「約束」を信じてもらうための証拠です。証拠が先にあるのではなく、約束が先にある。約束を決めるのはニーズであり、ニーズを発見するのはユーザー理解です。

カテゴリーの「住人」から、人生の「相棒」へ

本記事で伝えたかったことをまとめます。

カテゴリーを定義した瞬間、思考は檻に入ります。「柔軟剤市場でシェア何%」という報告は社内では意味があっても、顧客にとっては何の関係もない話です。顧客は、あなたのカテゴリーになど興味がない。自分の人生がどう良くなるかだけを気にしている。

カテゴリーの中でスペックを競っても、顧客の心には届きません。P&Gがやったように、カテゴリーの外にある「生活者の痛み」を発見すること。落語好きの彼女を口説きたいなら、イケメン競争を降りて「唯一の理解者」になること。

ユーザー理解から始めてください。その人の背景を知り、ニーズを発見し、ベネフィットを定義する。スペックは最後です。

カテゴリーの「住人」として競合と争うのではなく、顧客の人生の「相棒」として隣に立つ。その視点を持てたとき、あなたのマーケティングは次のステージに進みます。

 

【本記事のまとめ】

1. カテゴリーは思考の檻
「柔軟剤市場」と定義した瞬間、提供価値の検討スコープは柔軟剤の性能に限定される。

2. P&Gは別の切り口を持ち込んだ
「ふっくら」だけでなく「部屋干しの生乾き臭を防ぐ」という、カテゴリー外の痛みを解決した。

3. スペック競争では届かない
イケメン枠で競っても、落語好きの彼女の心には響かない。彼女が求めているのは「理解者」。

4. 正しい順序を守れ
ユーザー理解→ニーズ→ベネフィット→スペック。スペックは約束を信じてもらうための証拠にすぎない。

5. 人生の「相棒」になれ
カテゴリーの住人として競合と争うのではなく、顧客の人生に寄り添う存在を目指す。

 

【ベネフィット発見チェックリスト】

□ カテゴリー内のスペック比較に終始していないか?

□ ユーザーの「背景」を具体的に把握しているか?

□ カテゴリー外にある「痛み」を発見しようとしているか?

□ ベネフィットは「状態の変化」として定義されているか?

□ スペックは「約束の証拠」として位置づけられているか?

ユーザー理解とベネフィットに関するFAQ

Q. ユーザー理解はどうやって深めればいいですか?

A. まずは顧客に直接会って話を聞くことです。アンケートやデータ分析も有効ですが、それだけでは「落語が好き」のような深い背景は見えてきません。「なぜそれを選んだのか」「それはなぜ?」と掘り下げていく。表面的な回答の奥に、カテゴリー外のニーズが隠れています。

Q. スペックをまったく語らなくていいのですか?

A. いいえ。スペックは「約束を信じてもらうための証拠」として必要です。ただし、順番が重要。先にベネフィット(約束)を提示し、その約束が信頼できる理由としてスペックを示す。「だから柔らかい」ではなく「1日中ニオわない。なぜなら○○成分が△△時間作用するから」という順序です。

Q. カテゴリー外のニーズは、どうやって見つけますか?

A. 「その商品を使う前後で、生活にどんな変化がありましたか?」と聞いてみてください。機能の話ではなく、生活の話をしてもらう。すると「実は、これを使い始めてから会議中に自信が持てるようになった」のような、カテゴリー外の価値が見えてくることがあります。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2

配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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