
月曜日の朝7時。満員電車でスマホを見ながら思う。
「もっとやりがいのある仕事がしたい」「何かスキルを身につけなきゃ」
先週も先月も、同じことを考えていた気がする。でも、簿記の本は3日で挫折。Excelの勉強も1週間でやめた。オンライン講座? 最初の動画だけ見た。自動再生で次の動画に進んでたかもしれないけど、記憶にない。
こうした「学習挫折ループ」に陥る人は少なくありません。なぜ続かないのか。それは「この勉強が、将来の何につながるのか見えない」から。
でも、ある思考法を使えば、この霧のような不安を晴らし、明確な道筋を作ることができます。「理想から逆算する」バックキャスティングに、「ゴールは固定せず、柔軟に見直してOK」という要素を加えた考え方。それを、ここでは「ゆるバックキャスティング思考」と呼んでみたいと思います。
「理想の自分」を仮置きして、そこから逆算して「今日やること」を決める。そして定期的に見直す。そうした柔軟な姿勢を、この記事では「ゆるバックキャスティング思考」と名付けて、変化が激しい現代に最適なキャリア戦略の作り方をお伝えします。
- なぜいま「柔軟な計画」が必要なのか
- VUCA時代のキャリア計画、3つの壁
- 「ゆるバックキャスティング思考」とは?
- 実践:ゆるバックキャスティング 3ステップ
- 見直しで陥る罠:サンクコストバイアス
- 事例:3つの職種で見る「ゆるバックキャスティング」
- 今日から始める「ゆるバックキャスティング」
なぜいま「柔軟な計画」が必要なのか
5年前、誰が「リモートワークが当たり前になる」「AIが仕事を変える」と予測できたでしょうか。「Zoom?何それ」って言ってた時代が懐かしい。現代は、ビジネス環境の変化がかつてないほど速く、予測が難しい時代です。
こうした状況を表す言葉として、VUCA(ブーカ)という概念があります*2。これは4つの英単語の頭文字です。
・ Volatility(変動性)——変化のスピードが速い
・ Uncertainty(不確実性)——先が読めない
・ Complexity(複雑性)——要因が絡み合っている
・ Ambiguity(曖昧性)——因果関係が不明瞭
つまり、「昔のように『5年計画を立てたら、その通りに進む』とは限らない時代」なのです。
VUCA時代のキャリア計画、3つの壁
こうした予測が難しい時代に、「将来のために勉強しよう」と決めても、多くの人が挫折します。その理由は3つあります。
・ ゴールが曖昧で、今日やることが見えない
・ 環境や価値観が変わったとき、修正できない
・ 「ここまでやったから」と、合わない目標を続けてしまう
特に変化が激しい時代では、5年前に立てた計画が今も最適とは限りません。でも、だからといって「何も考えない」のは危険です。
必要なのは「具体的だけど、柔軟に修正できる計画」です。それを実現するのが「ゆるバックキャスティング思考」です。
「ゆるバックキャスティング思考」とは?

「ゆるバックキャスティング思考」*3の特徴は、一見矛盾した2つの要素を持っていることです。
厳密なところ:ゴール設定は具体的に
- 「クリエイティブな仕事」ではなく「○○会社のマーケティング部長」
- 「稼ぎたい」ではなく「年収800万円」
- 曖昧だと逆算できない
ゆるいところ:ゴールは仮置き
- 「これが正解」と固執しない
- 3〜6ヶ月ごとに見直す
- 変更は失敗ではなく、柔軟な戦略
つまり、「具体的に仮置きする」という考え方です。具体的だからこそ逆算できる。仮置きだからこそ柔軟に修正できる。
なぜ「具体的」でないとダメなのか
「将来はクリエイティブな仕事がしたい」という目標では、今日何をすればいいかわかりません。でも「3年後にWebマーケティング会社のコンテンツディレクターになる」なら、必要なスキル(SEO、ライティング、ディレクション)が見えてきます。
なぜ「仮置き」でいいのか
未来は変わります。会社の状況、業界のトレンド、そして自分の価値観も。だから「これが絶対の正解」と固執する必要はありません。今の時点でのベストな仮説を置いて、進みながら修正すればいいのです。
年始に「5年後には完璧な理想の自分になっているはず!」と固く誓った決意、大体2月には忘れてますよね。それでいいんです。
実践:ゆるバックキャスティング 3ステップ

ステップ1:仮ゴールを具体的に設定する
まず「3〜5年後の自分」を具体的に描きます。ただし、ここで重要なのは「個人の希望」だけでなく「未来の予測」も含めることです。
仮ゴール設定の2つの視点
【予測】外部環境はどう変化しそうか?
・ この業界・職種は5年後も需要があるか?
・ AIや技術革新で、仕事内容はどう変わるか?
・ 働き方のトレンドはどう変化しそうか?
【希望】自分はどうなりたいか?
・ どんな仕事をしていたいか?
・ どんなスキルを持っていたいか?
・ どんな働き方をしていたいか?
この2つを組み合わせて仮ゴールを作ります。
では実際の例を見てみましょう。ここでは「マーケティング職」を例にしますが、あなたの職種に置き換えて考えてください。
【未来予測】5年後の環境
・ AIが定型業務を代替し、戦略立案や創造的な企画がより重視される
・ データ分析スキルは必須に(BIツール、SQL等)
・ リモート前提で、地方企業とも協業が増える
【個人の希望】
・ 事業全体を見渡せるポジションで働きたい
・ チームをマネジメントする経験を積みたい
・ データに基づいた意思決定ができるようになりたい
↓ これらを踏まえた仮ゴール
【仮ゴール:5年後の自分】
年齢 38歳
所属 ○○会社 マーケティング部 部長
【仕事内容】
・ データ分析に基づく新商品の企画立案
・ AIツールを活用した市場調査とトレンド予測
・ リモートチーム(地方拠点含む)のマネジメント
【必要スキル】
・ 戦略的思考力、データ分析力(SQL、BIツール)
・ AIツールの活用スキル
・ リモートマネジメント、オンラインコミュニケーション力
※これは「仮置き」です。予測が外れたら、3ヶ月後、半年後に見直して変更してOK。
ステップ2:逆算して今の行動を決める
仮ゴールから今日まで、階段のように目標を配置します。
ゴールからスタートまでの階段
- ✓ 5年後 マーケティング部の部長として事業を統括する
- ↓
- ✓ 3年後 社内の大型プロジェクトを担当する
- ↓
- ✓ 1年後 提案した企画を仕事で実行する
- ↓
- ✓ 3ヶ月後 自分の仕事や部署の課題から企画を作る
- ↓
- ✓ 今日 マーケティング本を読んで、企画書の書き方を学ぶ
こうして逆算することで、今日やるべきことが明確になります。
ステップ3:3ヶ月ごとに見直す
ここが「ゆる」の本質です。定期的に見直して、必要なら修正します。
見直しのチェックポイント
外部環境の変化(VUCA要素)
- ✓ 業界や会社の状況は変わっていないか?
- ✓ 目指すポジションや職種の需要は変化していないか?
- ✓ 新しい技術やトレンドで、必要なスキルは変わっていないか?
- ✓ 働き方や雇用形態の選択肢は増えていないか?
個人の内面の変化
- ✓ このゴールに向かうのが、今も楽しみか?
- ✓ 自分の価値観や優先順位は変わっていないか?
- ✓ 新しく興味を持ったことはないか?
これらに「YES」があれば、ゴールを修正してOK。それは失敗ではなく、柔軟な戦略です。
見直しで陥る罠:サンクコストバイアス

見直しの際、最大の敵が「サンクコストバイアス」です。
「すでに投資した時間・お金・努力」を惜しんで、本来やめるべきことを続けてしまう心理
たとえば、こんな思考に陥っていませんか?
「プログラミングスクールに50万円払ったから、エンジニアを目指すしかない」
「ここまで営業を続けてきたから、今さら職種を変えられない」
本棚に並ぶ、一度も開いてない参考書たちが無言の圧力をかけてくる…。
なぜ人はサンクコストに囚われるのか
サンクコストバイアスが生まれる理由は、大きく3つあります。
理由1:損失回避の心理
人間は「得をする喜び」より「損をする苦痛」を2倍強く感じます*1。「ここでやめたら、今までの努力が無駄になる」という損失感が、冷静な判断を妨げます。
理由2:一貫性への執着
人は「自分の過去の決断は正しかった」と思いたい生き物です。方向転換することは、「過去の自分の判断ミスを認めること」になるため、心理的に抵抗があります。
理由3:「もったいない」という感情
特に日本人は「もったいない精神」が強く、投資したものを手放すことへの罪悪感があります。しかし、この感情が未来の機会損失を生んでいることに気づきにくいのです。賞味期限切れの調味料を捨てられない心理と同じですね。
サンクコストの正体:すでに「取り戻せないコスト」
ここで重要な事実があります。サンクコストは、どんな選択をしても取り戻せません。
・ エンジニアを続けても → 50万円は戻らない
・ 別の道に進んでも → 50万円は戻らない
つまり、50万円はすでに「過去のこと」であり、これからの判断には関係ない。痛いけど、これが現実です。
考えるべきは「過去の投資を取り戻せるか」ではなく、「これから先、どちらの選択がより良い未来につながるか」だけです。
サンクコストバイアスを克服する3つの質問
見直しの際に自問すべき3つの質問
1. もし今日ゼロから始めるなら、同じ道を選ぶか?
過去の投資を無視して、純粋に今の自分にとって最適か考える。
2. このまま続けて、3年後に後悔しないか?
未来の自分の視点で判断する。
3. 過去の投資は「学び」として活かせないか?
無駄ではなく、別の形で役立つ経験として捉え直す。
「ここまでやったから」ではなく、「今の自分にとってベストか」を基準に判断しましょう。
事例:3つの職種で見る「ゆるバックキャスティング」
事例1:営業職(28歳・女性)
当初の仮ゴール
5年後:営業部長として部下10名をマネジメント
3ヶ月後の見直し
【外部環境】業界でインサイドセールス(非対面営業)が主流になり、マネジメントより専門性が重視される傾向に
【個人的要素】「マネジメントより、顧客と向き合う仕事が好きだと気づいた」
修正後のゴール
5年後:大手企業専門のアカウントマネージャー(インサイドセールスのエキスパート)
→ 時代の変化に合わせ、営業スキルを深める方向へシフト
事例2:エンジニア(32歳・男性)
当初の仮ゴール
5年後:フリーランスエンジニアとして独立
半年後の見直し
【外部環境】AIツール(GitHub Copilot等)の普及で、単純なコーディング案件の単価が下落。一方、大規模システム開発の需要は増加
【個人的要素】「チームで開発する方が楽しいと実感。独立への興味が薄れた」
修正後のゴール
5年後:テックリードとしてチームを率い、大規模プロジェクトを統括
→ 市場の変化と自分の適性を踏まえ、組織内でのキャリアへ軌道修正
事例3:事務職(26歳・女性)
当初の仮ゴール
5年後:人事部門で採用担当
1年後の見直し
【外部環境】リモートワーク普及で、データ分析ができる人材の需要が急増。会社でも「データドリブン経営」を推進
【個人的要素】「業務改善プロジェクトで、データ分析に興味を持った」
修正後のゴール
5年後:データアナリストとして経営企画に関わる
→ 市場の需要と自分の新しい興味を軸に方向転換
いずれも「外部環境の変化(VUCA)」と「個人の内面の変化」の両方を踏まえて見直した事例です。修正は失敗ではなく、変化に対応した柔軟なキャリア形成そのものです。
今日から始める「ゆるバックキャスティング」
まずは、以下の3つの質問に答えることから始めましょう。「未来の予測」と「自分の希望」の両方を考えます。
仮ゴールを描く3つの質問
1. どの業界・職種が、5年後も需要があると思うか?
【予測】AIや技術革新で衰退する分野、逆に伸びる分野は?
【希望】その中で、自分が興味を持てる領域は?
2. 5年後、どんなスキルが必要になると思うか?
【予測】自動化される仕事、逆に人間が担う仕事は?
【希望】そのために、今から身につけたいスキルは?
3. 働き方はどう変化し、自分はどう適応したいか?
【予測】リモート、副業、フリーランス…選択肢はどう広がる?
【希望】自分はどんな働き方をしていたいか?
この3つを書き出すと、現実的で実現可能な仮ゴールが見えてきます。そして、それをステップ1の形式で具体化します。
今日やること3つ
- ✓ 3つの質問に答えて、仮ゴールを書き出す
- ✓ 5年後→3年後→1年後→今月と逆算する
- ✓ カレンダーに「3ヶ月後の見直し日」を登録する ← 地味に重要
小さく始めて確実に実行。欲張らないことが継続の秘訣です。
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変化の激しい現代、完璧な計画は存在しません。でも、「具体的な仮ゴール」と「柔軟な修正」があれば、不確実な未来も怖くない。
あなたの5年後は、今日からつくれます。ここで紹介した「ゆるバックキャスティング思考」で、変化を味方につけたキャリア戦略を始めましょう。
*1 Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291. / ダニエル・カーネマン(村井章子訳)(2014)『ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?』早川書房
*2 グロービス経営大学院|VUCA(ブーカ)とは?予測不可能な時代に組織・個人に必要となる3つのスキル
*3 ぎょうせい教育ライブラリ|キーワードで読み解くVUCA時代のリーダーとは [第4回] 鼎談「バックキャスティングで持続可能な世界を描く」
STUDY HACKER 編集部
「STUDY HACKER」は、これからの学びを考える、勉強法のハッキングメディアです。「STUDY SMART」をコンセプトに、2014年のサイトオープン以後、効率的な勉強法 / 記憶に残るノート術 / 脳科学に基づく学習テクニック / 身になる読書術 / 文章術 / 思考法など、勉強・仕事に必要な知識やスキルをより合理的に身につけるためのヒントを、多数紹介しています。運営は、英語パーソナルジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」を手がける株式会社スタディーハッカー。