
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
Season1では、マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識までを体系的に解説しました。Season2は、配属されてしばらく経ち、実務をこなしながらさまざまな「壁」にぶつかり始めた方に向けて、より実践的なテーマを掘り下げていきます。
まだSeason1を読んでいない方は、まずそちらからどうぞ。▶ 新人さんのためのマーケティング講座 Season 1【全14回まとめ】 ——マーケティングの基礎知識を徹底解説!
管理画面では目標CPAを達成している。レポートの数字は悪くない。なのに、会社全体の売上は伸びていない。
この「怪現象」に心当たりがあるなら、あなたが信じている広告評価の仕組みそのものを疑うべきです。
私もかつて同じ罠にはまりました。ENGLISH COMPANYの広告運用で、管理画面のCPAを必死に追いかけていた時期があります。数字は改善している。でも、肝心の問い合わせ総数が増えない。原因を突き詰めた結果、たどり着いたのは「ラストクリック評価」という構造的な欠陥でした。
本記事では、広告効果測定の「嘘」を暴きます。管理画面の数字に踊らされる「運用者」から、事業の成長に責任を持つ「マーケター」へ。そのために必要な視点を解説します。
なお、今回の内容は新人がすぐに実務で使うものではありません。アトリビューションモデルを変更したり、リフトテストを実施したりするのは、もう少し先の話です。ただし、概念として理解しておかないと、上司や広告代理店との会議で置いてけぼりになります。「このYouTube広告、CPAが悪いのになぜ続けるんですか?」と的外れな質問をして恥をかく前に、この記事で「広告評価の構造」を頭に入れておいてください。
- 管理画面のCPAは「嘘」をつく
- 「刈り取り偏重」が未来の顧客を枯渇させる
- マルチタッチ・アトリビューション(MTA)という考え方
- インクリメンタリティ——「その広告、なくても売れたのでは?」
- 広告を「費用」から「成長のレバー」へ
管理画面のCPAは「嘘」をつく
まず、不都合な真実をお伝えします。広告管理画面に表示されているCPAは、あなたの広告の「真の貢献」を表していません。
なぜか。ほとんどの広告プラットフォームは「ラストクリック」で成果をカウントしているからです。ユーザーがコンバージョンする直前にクリックした広告だけが、すべての手柄を持っていく。それ以前に何度接触していようが、最後の一押しをした広告だけが「成果を出した広告」として記録される。
これを、サッカーに例えてみましょう。ゴールキーパーからパスをつなぎ、中盤でボールを回し、サイドを突破してクロスを上げ、最後にセンターフォワードがヘディングで決めた。この一連の流れで、「ゴールを決めた選手だけが偉い。他の選手は貢献ゼロ」と評価したらどうなるでしょうか。パスを出した選手は全員クビ。残るのはゴール前で待っているストライカーだけ——そんなチームが勝てるはずがありません。
広告運用で起きているのは、まさにこれです。

「刈り取り偏重」が未来の顧客を枯渇させる
ラストクリック評価の何が問題か。それは、「刈り取り型広告」への過剰投資を招くことです。
リスティング広告(検索連動型広告)は、すでに購買意欲のあるユーザーを捕まえる「刈り取り」の広告です。ユーザーが「英語 コーチング」と検索した瞬間に広告を出す。このユーザーは、すでに英語学習サービスを探している。だから、コンバージョン率が高い。管理画面上のCPAは良好になる。
しかし、ここで考えてほしいのです。そのユーザーは、なぜ「英語 コーチング」と検索したのか。どこかでコーチング型の英語学習を知ったからです。YouTube広告を見たのかもしれない。SNSで記事を読んだのかもしれない。友人から話を聞いたのかもしれない。
『「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている』で解説した通り、検索は「想起の結果」です。想起されなければ、そもそも検索されない。つまり、リスティング広告が刈り取っている成果の多くは、認知施策が種を蒔いたものなのです。
ところが、ラストクリック評価では、この因果関係が見えません。認知広告(YouTube、ディスプレイ、SNS広告など)はコンバージョンに直結しないから「効果がない」と判断される。予算を削られる。すると何が起きるか。数ヶ月後、指名検索が減り始める。種を蒔く人がいなくなったのだから、刈り取る作物も育たない。当然の帰結です。私自身、認知広告を止めた3ヶ月後に指名検索数が激減し、結局リスティング広告のCPAも悪化するという痛い経験をしました。

マルチタッチ・アトリビューション(MTA)という考え方
では、どうすればいいのか。ここで登場するのが「マルチタッチ・アトリビューション(MTA)」という考え方です。
MTAは、コンバージョンに至るまでの複数の接点(タッチポイント)に、それぞれ貢献度を割り振る手法です。最後のクリックだけでなく、最初の認知、途中の比較検討、すべてのタッチポイントを「アシスト」として評価する。
【代表的なアトリビューションモデル】
ラストクリック:最後の接点に100%の貢献。従来の標準だが、認知施策を過小評価する。
ファーストクリック:最初の接点に100%の貢献。認知の重要性を評価できるが、刈り取りを過小評価する。
線形(リニア):すべての接点に均等に貢献を配分。シンプルだが、重要度の差を反映できない。
減衰(タイムディケイ):コンバージョンに近い接点ほど高く評価。現実的だが、認知の過小評価は残る。
データドリブン:機械学習で各接点の貢献度を算出。精度は高いが、十分なデータ量が必要。
MTAを導入すると、これまで「効果がない」と思われていた認知広告に、きちんとアシストのスコアがつきます。「この広告は直接コンバージョンは取れないが、アシスト数は多い」——こう説明できれば、認知施策への投資を正当化できます。
ただし、MTAにも限界があります。ユーザーの行動をすべて追跡できるわけではない。Cookie規制が進む中、クロスデバイスの行動把握はますます難しくなっている。MTAは「ないよりマシ」ですが、万能ではありません。

インクリメンタリティ——「その広告、なくても売れたのでは?」
ここで、もうひとつ重要な視点を紹介します。インクリメンタリティ(純増効果)です。
これは、「その広告がなかったら、売上はどうなっていたか?」を問う考え方です。広告を見た人が買った。でも、その人は広告を見なくても買っていたかもしれない。もしそうなら、その広告に価値はありません。広告費を払って「どうせ買う人」に広告を見せただけです。
経営者が本当に知りたいのは、これなのです。「広告によって、売上はいくら"純増"したのか?」
『あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由』で解説した「PL翻訳」の視点で言えば、インクリメンタリティこそが広告のPL貢献を示す真の指標です。管理画面のCPA改善ではなく、「この広告がなければ失われていた売上」を示せるかどうか。ここが勝負です。
インクリメンタリティを測る方法
インクリメンタリティを正確に測る方法は、実は古典的です。RCT(ランダム化比較試験)を行うのです。
ユーザーをランダムに2群に分ける。一方には広告を配信し、もう一方には配信しない。その後、両群のコンバージョン率を比較する。差があれば、それが広告の「純増効果」です。
【リフトテストの例】
広告配信群:コンバージョン率 2.5%
非配信群:コンバージョン率 1.8%
→ 純増効果(インクリメンタルリフト):0.7ポイント
Facebook(Meta)やGoogleも、この「リフトテスト」機能を提供しています。大規模な広告予算を持つ企業では、定期的にリフトテストを実施し、「本当に効いている広告」を見極めています。
さらに先進的な企業——たとえばAmazon——は、機械学習を使って「広告を出さなくても買うはずだった人」を予測し、その人への配信を抑制することで、広告費の無駄を削っています。これが「インクリメンタリティ最適化」の最前線です。
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広告を「費用」から「成長のレバー」へ
ここまでの話を整理しましょう。
管理画面のCPAは、あなたの努力を評価してくれます。しかし、事業の成功を保証するものではありません。ラストクリック評価は、認知施策の貢献を見えなくし、刈り取り偏重を招く。その結果、未来の顧客を枯渇させる。
この構造を理解した上で、あなたがやるべきことは2つです。
1. アトリビューションの視点を持つ
すべての広告を「ラストクリックで評価」するのをやめる。認知広告のアシスト貢献を可視化し、ファネル全体で広告効果を評価する。
2. インクリメンタリティを語れるようになる
経営層に「管理画面のCPAが改善しました」と報告するのではなく、「この広告によって、売上が純増でいくら増えました」と語る。これができれば、広告は「費用」ではなく「成長のレバー」として認識される。予算獲得の説得力は10倍になります。
管理画面の数字に踊らされる「運用者」を卒業してください。事業の純増に責任を持つ「マーケター」へ。それが、あなたのキャリアを次のステージに進める道です。
【本記事のまとめ】
1. ラストクリック評価の罠
最後にクリックされた広告だけを評価するのは、ゴールを決めた選手だけを評価するのと同じ。認知施策の貢献が見えなくなる。
2. 刈り取り偏重のリスク
認知広告を止めると、数ヶ月後に指名検索が減少する。種を蒔かなければ、刈り取る作物は育たない。
3. MTAで「アシスト」を可視化
複数の接点に貢献度を割り振ることで、認知施策の価値を正当化できる。
4. インクリメンタリティが真のPL貢献
「広告がなくても売れていた分」を差し引いた純増効果こそ、経営者が知りたい数字。
5. 運用者からマーケターへ
管理画面のCPA改善ではなく、事業の純増に責任を持つ視点を持て。
【広告評価 見直しチェックリスト】
□ 認知広告を「効果がない」とラストクリックだけで判断していないか?
□ 指名検索数の推移を、認知広告の出稿量と照らし合わせて見ているか?
□ アトリビューション分析で「アシスト」を可視化しているか?
□ 経営層への報告に「純増効果」の視点を入れているか?
□ 定期的なリフトテストで広告の真の効果を検証しているか?
広告評価とアトリビューションに関するFAQ
Q. アトリビューション分析は高価なツールがないとできませんか?
A. 高度な分析には専用ツールが必要ですが、まずはGoogle広告やGoogle Analyticsの標準機能で始められます。Google広告には「アトリビューションモデル比較」機能があり、ラストクリック以外のモデルでコンバージョンを評価できます。GA4では「コンバージョン経路」レポートで、ユーザーがどのような経路をたどったかを確認できます。完璧を目指す前に、まず「ラストクリック以外の視点を持つ」ことが重要です。
Q. インクリメンタリティのテストはどう始めればいいですか?
A. Meta(Facebook/Instagram)広告には「コンバージョンリフトテスト」、Google広告には「ブランドリフト調査」といった機能があります。一定の広告予算があれば利用可能です。まずは最も予算の大きいキャンペーンで試してみてください。結果に驚くはずです——「効いていると思っていた広告が実は効いていない」「効いていないと思っていた広告が実は効いている」ということが、しばしば起こります。
Q. 小規模な広告予算でも、この考え方は使えますか?
A. 使えます。リフトテストは難しくても、「認知広告を止めた前後で指名検索数がどう変化したか」を観察するだけでも価値があります。また、アトリビューションの視点を持つだけで、広告の評価軸が変わります。「この広告はCPA悪いけど、初回接触として重要な役割を果たしている」——こう考えられるようになれば、無意味な削減を避けられます。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season2
配属されてしばらく経ち、実務で壁にぶつかり始めた方へ。より実践的なテーマを掘り下げます。
- 第1回:あなたの「ブランディング施策」が却下されるたったひとつの理由。
- 第2回:「企業SNS運用、どれに集中すべき?」ランチェスター戦略で導く"捨てる"判断基準
- 第3回:お客様はあなたの会社に「1ミリも興味がない」。マーケティングの全戦略は、この残酷な事実を認めることから始まる
- 第4回:広告費で負けているなら、広告で勝負するな。弱者のための「地上戦」マーケティング
- 第5回:「ググる」で見つけてもらえる時代は、終わりかけている——AI時代に、自社を顧客に届けるには。
- 第6回:「バズったのに売上が上がらない」と悩むあなたへ。SNS評価の3層構造とPL翻訳報告
- 第7回:B2Bこそ「情緒」で売れ。決裁者も結局は「人間」であるという当たり前の事実
- 第8回:ゴールを決めた選手だけが偉いのか? 広告評価の「アシスト問題」を理解せよ(本記事)
- 第9回:その記事、誰の「痛み」を解決していますか? 読まれないコンテンツに共通する「自分語り」の病
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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