武州桑都徒然日誌

高尾山、温泉、バイク、写真・カメラ──懐かしさと好奇心を詰め込んだ、気ままな日誌。

【時空の肖像】#17「JR奥多摩駅 駅舎」

大都市の果て、大自然への境界駅

1944年(昭和19年)竣工「JR奥多摩駅 駅舎」(2025年撮影)

こんにちは。
写真は東京都西多摩郡「JR奥多摩駅 駅舎」です。1944年(昭和19年)、戦時中に「氷川駅」として開業しました。JR青梅線の終着駅であり、東京都で最も西に位置する駅です。標高343m、都内の鉄道駅としては最も高所にあり、奥多摩の山々への玄関口として知られています。1971年(昭和46年)に奥多摩のシンボルとすべく「氷川駅」から「奥多摩駅」へと改名されました。

外観はヨーロッパの山岳ホテルを思わせる山小屋の佇まい。木造2階建ての瓦葺き屋根に、丸窓や木肌の質感が映え、自然との調和を意識した温かみのあるデザインとなっています。駅名板も著名な作家によると思われる筆文字と彫刻で描かれ、駅舎全体に独特の風格を添えています。

山小屋風と言われるが、自分には老舗の温泉旅館の方がイメージが合う(2025年撮影)

2019年(平成31年)にはJR「東京アドベンチャーライン」の終着駅として大幅に改装されました。ユニオン建設株式会社さんが工事を担当し、山小屋風の外観はそのままに、登山客や観光客に配慮した機能的な駅へと生まれ変わりました。木のぬくもりを感じさせる見事な施工です。駅舎2階のカフェ「PORT OKUTAMA」もリニューアル、ライブイベントなども開催され地域の魅力を発信する拠点、憩いの場として親しまれています。

JR東日本の観光広告 (引用)ーJR東日本Webサイト

建設当時と同じ  木のぬくもりを感じる内部(2025年撮影)

駅舎2階のカフェ「PORT OKUTAMA」への階段(2025年撮影)

一方で、「奥多摩駅」の原点は観光ではありませんでした。戦時下の建設・工業需要に応えるため、石灰石の輸送拠点として建設されました。また、東京の水源確保のために建造された小河内ダムの資材輸送にも大きな役割を果たし、国家的なインフラを支える重要な物流拠点でした。

つまり、当初の”奥多摩駅”は「山奥の観光駅」ではなく、都市の生命線を支える「戦略的な物流駅」だったのです。それは戦時下ゆえ、木造の突貫工事での建設だったのかもしれません。

しかしながら、この駅舎には効率だけでは語れない美意識が宿っているように思えます。山小屋風の意匠を施したのは、厳しい時代にあっても風景と調和する建築を求めたからではないでしょうか。そこには「美しいものを残したい」という関係者の静かな願いが息づいているように感じられます。

駅の周囲にはこの景色が広がる 聞こえるのは川の流れる音だけ(2025年撮影)

現在、「奥多摩駅」は登山愛好家や観光客に愛され、穏やかな時間が流れる駅となりました。長い歴史の中で役割を変えながらも、変わらず山と人をつないできたこの駅には、時代を超えて受け継がれる“境界の気配”が漂っています。大都市の果てにありながら、ここから始まる風景はいつも新しく、訪れるたびに心を静かに整えてくれる。「奥多摩駅」は、そんな不思議な力を持った駅だと思います。いつまでも今の姿で人々を癒してほしい駅です。

ー1997年 関東の駅百選 選定
ー2019年 鉄道建築協会賞  佳作 受賞

シリーズ「時空の肖像」は、古き良き建物等をモノクロ、横長のパノラマ写真として撮影し、その歴史や開発者の想いについても振り返る写真シリーズです。

※本記事に掲載している写真・画像の無断転載・転用を禁じます。著作権は撮影者に帰属します。

【時空の肖像】#16 国立天文台「第一赤道儀室」

武蔵野の森に静かに佇む天文学の老名誉教授

1921年(大正10年)竣工 国立天文台「第一赤道儀室」(2025年撮影)

こんにちは。
写真は東京都三鷹市国立天文台にある「第一赤道儀室」です。1921年(大正10年)竣工で、三鷹キャンパス最古の観測施設です。

東京天文台が麻布から三鷹へ移転する直前に建てられ、近代日本の天文学の出発点を象徴しています。

森の中に静かに佇む「第一赤道儀室」時間の長さを感じる(2025年撮影)

鉄筋コンクリート造りの2階建て、高さは7.8m。上部には直径6mのドームを載せた端正な円筒形で、無駄のない美しい姿が印象的です。ドームは鉄骨に木板を貼った構造で、手動で一部が開閉し、全体が回転します。

設計は東京帝国大学営繕課、施工は西浦長大夫氏。学術施設としての機能性と堅牢性を重視した設計が特徴で、武蔵野の森の中に建設当時の姿のまま静かに佇んでいます。訪れると、時の流れがそのまま封じ込められているような感覚を覚えます。

回転式木製ドーム(2025年撮影)

小さなバルコニー(2025年撮影)

内部の床は板張り(2025年撮影)

奥には小さな勉強机(2025年)

内部には、1927年(昭和2年)設置の太陽観測用の口径20cmカール・ツァイス屈折望遠鏡が据えられています。1938年(昭和13年)から61年間にわたり太陽黒点の観測が続けられました電気を使わず、「おもり」と「歯車」だけで約1時間半、太陽を自動追尾する赤道儀は非常に珍しいものです。機械式で精度を出すのは非常に難しく現代では作る事ができない匠の技術です。注油や校正など日常のメンテナンスも必要なのではないでしょうか。そして小さな机が置かれた質素な空間が、静かな研究の時間を今に伝えています。

ドイツ カール・ツァイス製20cm屈折望遠鏡と赤道義(2025年撮影)

ドームを回転させるレール(2025年撮影)

手書きの説明、いつからあるのか?(2025年撮影)

黒点観測は、日常生活に影響する太陽活動を知るうえで最も基本的で重要な観測のひとつです。そして現在、日本の天文観測技術は世界トップレベルにあります。「第一赤道儀室」は、その礎を築いた多くの優秀な研究者を生み、育ててきた場所でもあります。

現在は無料で一般公開され、休日には太陽黒点観測の体験会も行われています。天文観測の重要性や楽しさを共有する場として、大きな役割を果たしています。建設から100年以上が経過していますが、まさに“現役”と言ってよいでしょう。

今後も必要な補強や補修を重ねながら、現在の姿のまま、科学技術の歩みを後世に伝え続けてほしいものです。

ー2002年 国の登録有形文化財 登録

研究施設として化粧直しなどはせず時の流れをそのまま受け入れている(2025年撮影)

【補足】
国立天文台「第一赤道儀室」は、東京海洋大学・旧天体観測所/第一観測台・第二観測台に次ぐ日本で3番目に古い観測施設ですが、現存する稼働可能な施設としては日本最古と思われます。

【追記】
三鷹国立天文台には、ほかにも天文学の100年を物語る建物や装置が保存・公開されています。森の静けさの中で研究者たちの時間や空気が今も息づく場所です。ただの“見学施設”ではない不思議な空間です。もちろん、最先端の技術にも触れることができます。何度も訪れたくなる、とても魅力的な場所です。

見学コースMAP (引用)ー入場時配布資料

古い施設だけではなく最新観測技術の展示室もある(2025年撮影)

国立天文台三鷹の敷地内はこんな感じ(2025年撮影)

【参考資料】
国立天文台公式サイト →リンク第一赤道儀室 | 国立天文台(NAOJ)

国立天文台公式音声ガイド →リンク| 国立天文台 三鷹キャンパス 音声ガイド

シリーズ「時空の肖像」は、古き良き建物等をモノクロ、横長のパノラマ写真として撮影し、その歴史や開発者の想いについても振り返る写真シリーズです。

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【時空の肖像】#15「水戸市水道低区配水塔」

街の近代化のシンボル、日本で最も美しい配水塔

1932年(昭和7年)竣工 「水戸市水道低区配水塔」(2025年撮影)

こんにちは

写真は1932年(昭和7年)竣工、茨城県水戸市の「水戸市水道低区配水塔」です。

高低差が約24mある水戸の市街地を「上市」と「下市」に分け、下市側への配水を担うために建てられたそうです。大変美しい塔であり、近代水道の黎明期における技術と美意識の結晶です。

1999年(平成11年)3月まで水圧調整施設として活躍していました。

塔の構造は、高さ21.6メートル、直径11.2メートルの鉄筋コンクリート造。水槽は鋼鉄製で、内径8メートル、水深6.5メートル、容量358立方メートル。接合部はすべてリベット止めという、堅牢かつ精緻な構造です。

設計を手がけたのは、東京、津、熱海、真鶴などで豊富な水道開発の経験を持つ水道技師・後藤鶴松氏。ゴシック風の入口、バルコニー風の回廊、消防ホースを象ったレリーフ、丸窓やアーチ窓など、当時の美意識と技術力が結晶した意匠が随所に見られます。

細部に渡り細かな装飾が施されている(2025年撮影)

1930年代、日本各地で近代水道が整備され始めた時代。水道は単なるインフラではなく、「近代化の象徴」であり、「市民の生活を支える誇り」でもありました。堅牢でありながら優美なこの建築は、「この街の水は安全で豊かだ」というメッセージを、静かに、しかし確かに伝えているようです。

いつまで見ていても飽きないデザインです(2025年撮影)

後藤氏は、起工式の日に生まれた娘に「塔美子」(とみこ)と名付けたと伝えられています。設計の初期段階からその名を心に決めていたのでしょう。とにかく美しいものにしたいという想いが、建築の隅々から伝わってきます。この塔は、氏にとって最後に携わった建築であり、人生の記念碑でもあったのだと思います。

左;入り口の銘板  右;敷地内に立つ流量計棟(2025年撮影)

水戸市水道低区配水塔」は水戸市のシンボルとなり、敷地は小さな公園として整備され、地域の憩いの場となっています。定期的に丁寧な補修が施されているのでしょう。昭和初期の建築とは思えないほどの清潔感と気品を保ち続けています。いつまでも水戸市民の誇りとしてその場にあり続けて欲しいと願います。

写真を撮り終え、立ち去る際に何度も振り返りました。必ずまた訪れたい。そう思わせる、記憶に残る素晴らしい建物です。

―1985年 近代水道百選 選出
―1996年 国の登録有形文化財 登録
―2006年 ヘリテージング100選 選定
―2014年 土木学会選奨土木遺産 選奨

【追記】
水戸市と聞くと、これまで「水戸黄門」や「わら納豆」くらいしか思い浮かばず、正直なところ知識不足でした。ところが実際に訪れてみると、街は美しく整備され、歴史ある建物や施設が数多く残されており、それらが大切に守られていることに驚かされました。落ち着いた時間を過ごせる魅力的な街で、ぜひまたゆっくり訪れたいと思います。

JR水戸駅前の水戸黄門と助さん、格さん像 水戸の水道事業の先駆けは水戸光圀さんだそうです(2025年撮影)

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【時空の肖像】#14「旧四谷見附橋」

余生を過ごす都内最古の美しい陸橋、その姿は時を癒す

「四谷見附橋」(現名;長池見附橋)1913年(大正2年)竣工 (2025年撮影)

こんにちは。
写真は東京都八王子市別所、長池公園にかかる長池見附橋」です。

実はこの橋、もともと東京都千代田区の新宿通り(国道20号)に架けられていた1913年(大正2年)竣工「四谷見附橋」なんです。東京都内最古の陸橋です関東大震災や第二次大戦を耐え忍びました。

交通量の増加に伴い四谷見附橋は1991年、新しい橋に架け替えが行われましたが、文化財的価値の高さから旧橋は保存されることとなり、1993年に約30キロ離れた八王子市別所、長池公園へ移築されました。現在も一般道の橋として現役で人々の生活を支えています。

橋越しに見える公園の紅葉が美しい(2025年撮影)

設計は日本橋も手掛けた樺島正義氏。近隣の赤坂離宮(現・迎賓館)との調和を意識し、橋灯や高欄に優美な装飾を施したネオ・バロック様式の鉄製アーチ橋で、その姿は今も人々を魅了します。

鋼材は米国カーネギー社から輸入し、石材は小豆島産の花崗岩を使用するなど、当時の技術と美意識が凝縮されています。

移築工事は株式会社 川田工業さんが請け負い、単なる保存ではなく「都市の記憶を未来に継承する」という理念のもと、文化財的価値を守り精密に再構築する」大規模プロジェクトでした。

アーチ部分など主要構造の約84%は旧橋の部材を再利用し、高欄や橋灯は忠実なレプリカで再現されています(装飾のオリジナルパーツは新四谷見附橋に継承)。

美しい橋灯(2025年撮影)
左;橋欄干の装飾 右;小豆島産の花崗岩(2025年撮影)
左;橋中央に銘板「四谷見附橋 大正二年九月成」 右;レンガの目地は「覆輪目地」 (2025年撮影)

移築に際し詳細な調査の結果、100年以上前の鋼材が、強度を保ったまま再利用できることが分かり驚きだったそうです。また長年の使用による腐食などはありましたが、致命的な亀裂はなかったとの事です。オリジナル設計の確かさに感銘を覚えます。また、この移築を完遂した川田工業の皆さんの卓越した技術と情熱に、心からの敬意と感謝を捧げます。

橋の近くの広場に移設時に分かった技術的な解説が展示されている(2025年撮影)

長池見附橋」に名前を変え静かに余生を送る(2025年撮影)

現在、「旧四谷見附橋」は「長池見附橋」に名前を変え人々に愛されています。都心で交通に追われていた頃とは異なり、静かな余生を過ごしているかのようです。その美しい姿を眺めていると、時の流れを忘れ、静かな感動が胸に広がります。110年以上前の橋、今後もその姿をとどめて欲しいです。

【追記】
東京に残る装飾橋梁は、皇居正門の「石橋」、国道起点の「日本橋」、そして「旧四谷見附橋」の3ヶ所のみ。鉄橋としてはこの「旧四谷見附橋」が唯一残された貴重な橋だそうです。

ー 「登録有形文化財」認定
ー 「日本の近代土木遺産」認定
ー 「土木学会田中賞」受賞

【参考文献】 
ー 「四谷見附橋の移設・保存工事」 川田工業(株) 技術部、川田技報 Vol.10 1991/1
ー 「四谷見附橋移設復元工事誌」 住宅・都市整備公団 南多摩開発局 1994/3

シリーズ「時空の肖像」は、古き良き建物等をモノクロ、横長のパノラマ写真として撮影し、その歴史についても振り返る写真シリーズです。

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【キャンプ】ベテランキャンパー絶賛の自作キャンプツール紹介

シングルバーナー用 防風板 固定具

友人のベテランキャンパーとキャンプに行くと、必ず大絶賛される「自作キャンプツール」があります。あまりに好評なので、今回はそのツールをご紹介します。

私はキャンプでお湯を沸かす際、小型のシングルバーナーを愛用しています。しかし、このバーナーは風に弱いことが多くのキャンパーの悩みではないでしょうか。そこで登場するのが、今回紹介する シングルバーナー用の風対策ツール です。

風対策として、一般的にはアルミ製の防風板を使いますが、これがまた風に煽られてゆらゆら動き、安定しません。イライラしますよね。そこで、防風板を「軽く固定」できるツールを自作しました。(次の写真、茶色の板)

携帯性を考慮し2分割 4カ所のミゾに防風板を差し込むだけ 質量119g

実際の使用イメージ バーナーはスノーピーク製(純正風防装着)、防風板はDAISO製(大型タイプ)

綺麗な8角形で周囲を覆い風を防いでくれます。多少の風では防風板が動くことはありません。ここで重要なのは“軽く固定”という点。強く固定すると突風や不意に引っ掛けた際に転倒し危険ですが、ゆるく固定することで安全性を保っています。(ちなみに、コールマンのシールは私がコールマン大好きなので貼っただけです!)

防風板差し込み部 ミゾの深さ、幅はかなり緩く作った方が使いやすく、安全

熱がこもらないように結構隙間を開けていますが、使用時は手前を開けています。しかしながら効果は抜群。すぐにお湯が沸きます。通常の風程度なら防風板が安定し本当に便利です。当初はガス缶が熱くならないか心配でしたが、周囲を覆って使用してもガス缶は冷たいままでした。

そして、中央で2分割の構造にし、バイクツーリングや登山にも気軽に持っていけるコンパクトサイズにしました。大きさに拘らないなら一体の方が便利ですね。

DAISO製のソフトケースにピッタリ収納

表面はやすりで丁寧に仕上げ、ニスを何度も塗って完成させました。そのため「どこで買ったの?」とよく聞かます

気をよくしてアルコールストーブ用の小型版も製作。こちらは一体型で、中央に熱対策で石膏のコースター(勿論、DAISO)を貼り付けてあります。

アルコールストーブ用風よけ固定具 やはりDAISOの防風板(小型)を使います

とても便利なツールですが、同様のものを作る際には、バーナー使用時の事故防止に十分留意し 自己責任 でお願いします。

【廉機礼讃】#02「ぎょぎょっと20」の魅力

(レンズ)ニコンらしい描写 遊び心と知恵が詰まった魚眼風レンズ

(ILCE-7_露出/Auto_ASA800_WB/Auto 以下作例同様)(2025年撮影)

ニコンおもしろレンズ工房」は、一眼レフのレンズ交換の楽しさをもっと知ってもらいたいという想いから企画されたレンズ3本セット。1995年に破格の定価18,000円で販売されました。「ぎょぎょっと20」はその中の1本で広角レンズを楽しんでもらうのが狙い。(他に「どどっと400」「ぐぐっとマクロ」「ふわっとソフト」がセット内容)

このレンズは、設計者たちが多忙な業務の合間に意見やアイデアを持ち寄り、知恵と工夫を集めた末、形にしたものです。開発の詳細は、大下孝一氏によるニッコール千夜一夜物語に記されています(リンクを記事末尾に掲載)。

諸元表 / 外観 / レンズ構成

レンズは2群3枚というシンプルな構成ですが、見事に収差を消しておりベテラン設計者の匠を感じます。試作品による試写の結果の良さに設計者自身驚いたそうです。このことが社内での製品化推進に弾みをつけたとのことです。

一方で、ニコンのように堅実な社風を持つ企業がトイレンズを開発・生産・販売する過程では、『ニッコール千夜一夜物語』には記されていない、さまざまな苦労や葛藤があったことが想像されます。低価格を実現するため、どこをどう割り切るか苦慮されたのではないでしょうか。

ピントリングや絞りはありませんが、さすがニコン。四隅の光量と画質の低下が僅かにあるものの、抜けの良さや発色、コントラストの高さが際立ちます。絞りやピントを気にせず、露出をアンダー気味にしてポップな被写体を狙うと、ユニークで楽しい魚眼風写真が仕上がります。 「ぎょぎょっと20」は、遊び心を持ってシャッターを切ることの楽しさを感じさせてくれるレンズです。純粋に写真を楽しむことができます。

現在、デジタルカメラ開発は高性能センサーを生かすためのレンズ設計にしのぎを削っている事と思います。そんな中で「おもしろレンズ工房」のような企画は、開発者にもユーザーにも豊かな体験をもたらすはずです。是非またこんなレンズの開発をお願いしたいものです。

「ぎょぎょっと20」は、技術と遊び心のバランスが生み出した、まさにニコンらしい挑戦の製品と言えるでしょう。廉価ですが本当に楽しいおすすめレンズです。

(作例はフルサイズデジタル一眼レフにアダプターを介してマウントし撮影。修正は加えていませんが解像度を落とす際に残念ながら若干、彩度が落ちています。)

販売当時のリーフレット 遊びごごろ満載 諸元の数値が「約・・」となっているのは愛嬌か

参考 『ニッコール千夜一夜物語』第五十四夜 リンク

シリーズ「廉機礼讃」は、決して高価ではない、普及機として開発された古いカメラやレンズに光をあて、その良さを味わい開発者の想いを今に感じるシリーズです。(レンズ性能に関しては精密計器等による計測などはできておらず筆者の印象です。設計意図なども当時の関係者に伺ったわけではなく推測です。何分、誤った記述もあるかと思いますがご了承の上、拙文ご笑覧下さい)

※本記事に掲載している筆者が撮影した写真・画像の無断転載・転用を禁じます。著作権は撮影者に帰属します。