大都市の果て、大自然への境界駅

こんにちは。
写真は東京都西多摩郡、「JR奥多摩駅 駅舎」です。1944年(昭和19年)、戦時中に「氷川駅」として開業しました。JR青梅線の終着駅であり、東京都で最も西に位置する駅です。標高343m、都内の鉄道駅としては最も高所にあり、奥多摩の山々への玄関口として知られています。1971年(昭和46年)に奥多摩のシンボルとすべく「氷川駅」から「奥多摩駅」へと改名されました。
外観はヨーロッパの山岳ホテルを思わせる山小屋風の佇まい。木造2階建ての瓦葺き屋根に、丸窓や木肌の質感が映え、自然との調和を意識した温かみのあるデザインとなっています。駅名板も著名な作家によると思われる筆文字と彫刻で描かれ、駅舎全体に独特の風格を添えています。

2019年(平成31年)にはJR「東京アドベンチャーライン」の終着駅として大幅に改装されました。ユニオン建設株式会社さんが工事を担当し、山小屋風の外観はそのままに、登山客や観光客に配慮した機能的な駅へと生まれ変わりました。木のぬくもりを感じさせる見事な施工です。駅舎2階のカフェ「PORT OKUTAMA」もリニューアル、ライブイベントなども開催され地域の魅力を発信する拠点、憩いの場として親しまれています。



一方で、「奥多摩駅」の原点は観光ではありませんでした。戦時下の建設・工業需要に応えるため、石灰石の輸送拠点として建設されました。また、東京の水源確保のために建造された小河内ダムの資材輸送にも大きな役割を果たし、国家的なインフラを支える重要な物流拠点でした。
つまり、当初の”奥多摩駅”は「山奥の観光駅」ではなく、都市の生命線を支える「戦略的な物流駅」だったのです。それは戦時下ゆえ、木造の突貫工事での建設だったのかもしれません。
しかしながら、この駅舎には効率だけでは語れない美意識が宿っているように思えます。山小屋風の意匠を施したのは、厳しい時代にあっても風景と調和する建築を求めたからではないでしょうか。そこには「美しいものを残したい」という関係者の静かな願いが息づいているように感じられます。

現在、「奥多摩駅」は登山愛好家や観光客に愛され、穏やかな時間が流れる駅となりました。長い歴史の中で役割を変えながらも、変わらず山と人をつないできたこの駅には、時代を超えて受け継がれる“境界の気配”が漂っています。大都市の果てにありながら、ここから始まる風景はいつも新しく、訪れるたびに心を静かに整えてくれる。「奥多摩駅」は、そんな不思議な力を持った駅だと思います。いつまでも今の姿で人々を癒してほしい駅です。
ー1997年 関東の駅百選 選定
ー2019年 鉄道建築協会賞 佳作 受賞

シリーズ「時空の肖像」は、古き良き建物等をモノクロ、横長のパノラマ写真として撮影し、その歴史や開発者の想いについても振り返る写真シリーズです。
※本記事に掲載している写真・画像の無断転載・転用を禁じます。著作権は撮影者に帰属します。
























































