
あなたは普段、毎日の忙しい生活、家族や仕事、家事に追われて、自分の健康をおろそかにしていませんか?
本音を言うと、どんなに忙しくても元気でいたいですよね。
私も最近仕事と家事で忙しくて疲れが取れないので、山田養蜂場のプロポリスを飲み始めてみました。
まだ飲み始めてから3週間ほどですが、心なしか、疲れが緩和しているような気がします(*^^*)
今はわざわざ探しに行かなくても欲しい商品がネットで簡単に購入できるのでとっても楽ですよね。
実は現在当たり前のように購入できる山田養蜂場のプロポリスは、現社長の山田英生がきっかけで全国どこでも購入できるようになったのだそうです。
山田英生社長、何気にすごい人ですね!
そういうわけで今回は、山田養蜂場ブランドを確立した立役者、山田英生社長について記事を書いてみたので、ぜひ読んでみてください。
- 山田英生社長はどんな人物?プロフィールを紹介
- 山田英生が現社長の山田養蜂場はどんな会社?
- 山田養蜂場の成長を築いた家族愛のストーリー
- 山田英生が掲げる山田養蜂場の経営ビジョン
- 山田英生は通販を確立して自社製品の全国展開に成功
- 【まとめ】山田英生社長と山田養蜂場まとめ
山田英生社長はどんな人物?プロフィールを紹介
まずは山田養蜂場の山田英生社長について、簡単にプロフィールをまとめてみました。

画像:株式会社山田養蜂場
名前:山田 英生(やまだ ひでお)
生年月日:1957年
出身地:岡山県出身
出身大学:八幡大学 (現九州国際大学) 法経学部卒
肩書:日本の実業家。山田養蜂場の代表取締役社長。
【経歴】
1980年 八幡大学卒業
1983年 山田養蜂場に入社
1994年 通信販売会社株式会社ミコー設立
1995年 山田養蜂場代表取締役社長就任
山田英生社長は大学卒業後すぐに山田養蜂場に入社せず、3年間別会社でサラリーマンをしていたそうです(. ❛ ᴗ ❛.)
その後山田養蜂場に入社し、1995年に二代目社長に就任して以降は事業拡大や商品開発を精力的に進めています。
山田英生は山田養蜂場を急成長させた立役者

山田英生社長は、山田養蜂場の2代目社長です。
先代の山田政雄社長が病に倒れたことで家業である養蜂場を引き継ぎ、企業の発展とミツバチ産品の普及に尽力。
山田養蜂場の売り上げを大幅に拡大させ、会社を急成長させた立役者でもあります。
山田英生社長が山田養蜂場を急成長させることができた背景には、「通信販売の確立」があります。
山田英生社長が山田養蜂場に入社した昭和58年に、郵便局で開始された各地域の産物を郵便小包で届けることができる「ふるさと小包」を利用したのが、山田養蜂場の通信販売の始まり。
通信販売と言えば顧客データの収集が不可欠ですが、山田養蜂場ではまだ普及して間もないパソコンで山田英生社長自身が顧客のデータベースを作ることから始め、地道に顧客を増やして通信販売により全国にまで顧客を拡大することに成功したのです。
こうした地道な努力が実を結び、山田養蜂場は次第に知名度を高め、蜂蜜やローヤルゼリー、プロポリスなどのミツバチ産品を軸に通信販売事業で大きく業績を伸ばしていきました。
現代では当たり前となった通販戦略を、時代に先駆けて導入・展開した山田英生氏の手腕は、まさに山田養蜂場の飛躍を支えた立役者といえるでしょう。
山田英生が現社長の山田養蜂場はどんな会社?

山田養蜂場は、1950年に創業された日本の養蜂業者で、蜂蜜、プロポリス、ローヤルゼリーなどのミツバチ産品を提供しています。
創業以来、山田養蜂場は高品質なミツバチ産品を提供することで信頼を築き上げてきました。ミツバチ産品の研究積み重ね、有用性に関する科学的な裏付けを蓄積してきたことが当社の強み。
特に、自然の力を活かした健康食品としてのミツバチ産品の利用を促進し、多くの消費者の健康と美容をサポートしています(. ❛ ᴗ ❛.)
山田養蜂場の成長を築いた家族愛のストーリー
山田養蜂場が現在のように大きな会社となったのには、ある家族愛の物語が大きくかかわっています。
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創業者山田政雄の愛娘は、生まれながらにして難治の心臓疾患を患っていました。
治療には手術が必要です。
でも、それには手術に耐えうるだけの体力をつけなければいけません。
そこで山田政雄は「何とか元気に育てて、心臓の手術をさせたい」と決意し、父親としてあらゆる手を尽くしました。
そして誕生したのが、山田養蜂場のローヤルゼリーです。
「このローヤルゼリーなら娘を元気に成長させることができるかもしれない」
その思いで研究を重ね、山田政雄はついにローヤルゼリーの大量生産技術の確立に成功しました。
残念ながら、手術の甲斐なく山田政雄の娘は亡くなっています。
しかしこのことがきっかけとなり、娘と同じく病気や障害で苦しんでいる人たちの健康を守るため、山田養蜂場はなお一層ミツバチ産品の開発に取り組むようになりました。
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これが山田養蜂場のストーリーです。
娘さんが亡くなったのは非常に辛いことだったと思います。
それでも立ち止まらず、必要とする人にローヤルゼリーを届けようとする思いに心打たれました。
山田英生が掲げる山田養蜂場の経営ビジョン

初代社長から想いを受け継いだ山田英生社長は、山田養蜂場の経営ビジョンとして以下を掲げています。
品質第一 : 常に最高品質の製品を提供することを重視。
顧客満足 : 顧客のニーズに応える製品とサービスを提供。
持続可能性 :環境に配慮した持続可能な養蜂業の実践。
イノベーション :新しい製品開発と市場開拓に積極的に取り組む。
山田養蜂場では製品とサービスに対する信頼と満足度を高めるために、品質管理を徹底。
顧客の声に耳を傾けることを第一にしています。
また、持続可能な養蜂業を実践し、自然環境を守ることにも従事。
たとえば、国内外での植樹活動、世界遺産の保全にも積極的に取り組んでいます。
また、ルーマニアのドナウ・デルタではNPO法人を現地保護官と共に立ち上げて、絶滅危惧種のハイイロペリカンの保護に取り組んでいるそうですよ(*^-^*)
このように山田英生社長のリーダーシップにより、山田養蜂場はミツバチ産品の分野でリーディングカンパニーとしての地位を確立しています。
山田英生は通販を確立して自社製品の全国展開に成功

山田養蜂場は、ローヤルゼリーやプロポリスをはじめとする健康食品を、独自の通信販売によって全国に広め、大きな成長を遂げてきました。
前社長就任時の1988年に1億円だった売上高は、山田英生が社長に就任した1998年には100億円まで拡大。
この急成長の裏には、山田英生自身が提案・確立した通販システムの存在があります。
当初は郵便局のふるさと小包や新聞記事広告からスタートし、その後は新聞の純広告や雑誌広告、折込チラシ、さらにはテレビ通販へと販路を広げました。
山田英生が確立した通販戦略
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郵便局のふるさと小包
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新聞広告や折込チラシ
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雑誌広告
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テレビ通販
当時、健康食品を通販で直接届けるスタイルはまだ珍しく、山田養蜂場はその先駆け的な存在となったのです。
こうして売上は何倍、何百倍と伸び、現在の山田養蜂場の知名度を支える基盤に。
さらに、この通販システムは進化を続け、今では定期購入制度やオンラインショップとして発展しています。
つまり、山田養蜂場が全国ブランドとして成長できたのは、山田英生が築いた革新的な通販戦略があったからこそ。
彼の会社への貢献は、今も大きな影響を与え続けていると言えるでしょう(^-^)✨
【まとめ】山田英生社長と山田養蜂場まとめ

今日は山田養蜂場と社長の山田英生についてご紹介しました。
二代目社長というと、あまり成功しているイメージがないかもしれませんが、山田英生は通販事業を確立し、売上高をわずか10年で100倍に拡大させました!!!
現在の山田養蜂場の全国的な知名度やブランド力は、彼の戦略と挑戦の積み重ねによるものです。
会社の発展という面では、創業者である父親以上に大きな貢献を果たしたといえるでしょう(. ❛ ᴗ ❛.)♩
山田英生もすでに70代を迎えています。
近い将来、世代交代の時期が訪れるでしょう。
しかし、創業者から始まり、山田英生が築いた「通信販売を軸に全国へ広げる仕組み」は、これからも山田養蜂場の強みとして受け継がれていくはずです。
次の世代がこのバトンをどう発展させていくのか、今後にも大きな期待が高まります。