2025年7月、海の日。ほんのわずかの時間実家に帰った。
昼前に起床、セブンイレブンの弁当を食べ、母に貸すマンガ(何食べなど)を持って電車に乗った。
途中錦糸町駅で10分乗り換え時間があり、キオスクでお土産を買った。
船橋屋はコンコース中央の出店を出すのはやめ、代わりにキオスクで売るようになったみたいだ。ちゃんと箱に入れて、保冷剤も付けてくれた。ありがたい。

父が地元の駅まで迎えにきて、3人であんみつを食べた。
母は顎関節症で口が開かないと言うから、あんみつにして良かった。
「あんみつはみはしのほうが好きだけど、これは亀戸に住んでたときの思い出の味なんだよね。この白いモチモチしたのが船橋屋のくず餅で、小麦粉でできてるんだよ」と言うと、
母は「寒天は、船橋屋のほうが美味しいよ」と言う。
船橋屋は広尾の赤十字病院の近くにも店を出している。
2016年、母が脳腫瘍の手術をして退院する直前に「くず餅プリンを食べたい」というから、買いに行って2人で食べた。(父は薄情なもんで、たいして見舞いにも来なかったが、私は独立したてで時間の融通がきいたので、入院中、毎日広尾に通った)
くず餅プリンは当時は広尾店の限定だったが、現在は、ペリエ千葉エキナカ、グランスタ東京、渋谷エキュートでも買えるらしい。今度行ったら千葉駅で「くず餅プリン」を買いたいな。
お菓子一つとっても、家族の歴史がある。
カーテンの隙間から庭を眺めていたら、父が「そこに植えてあるのはお母さんのトマトだから、もいで食べてみたら」と言う。
母が赤いのを選んで採ってくれて、もぎたての温かいのを食べた。

私「これ、《プチぷよ》とかいうやつ?」
父「《ぷるるん》というんじゃなかったかなぁ」
母「ミニトマトの皮が硬いと、歯にはさまるのがイヤでね。これは皮がやわらかいから、挟まらなくていいよ」
父「雨に当たるとすぐにダメになるから、軒先で大切に育ててるんだよ」と教えられた。
確かに、皮がやわらかくて実が甘かった。
それとは別に父が畑で育てたミニトマトとナスもお土産にもらった。
「母の日」にプレゼントした型紙を使って、母はブラウスを仕立てたが、しっくりこなかったみたいで「着てみれば」という。
結果、母手製のブラウスと、友だちからもらったという夏用の反物を1反持ち帰ることになった。(行きより、だんだん荷物が増えている)
ほんとは、今回、弟のグループホームにも寄るつもりだったが、海の日はワークセンターがあるんだって。しかも、施設内でコロナが流行っているから「面会は控えてください」と言われたそうだ。(その状況でワークセンターは行ってるんだろうか)
ここ数年は、祝日もワークセンターがあり、弟が疲れるとイライラして人に迷惑をかけるから遠慮して、1年以上会っていない。
またチャンスがあれば、日曜日、弟が休みの日に寄ってみようと思う。
父母も(どこに投票したかは聞かなかったが)昨日、投票に行ったそうだ。
私は「参政党みたいなところに投票すると、障害者の予算を減らされて、弟が放り出され、家族全員が不幸になる。家族の平和のためにも、私は、障害者を手厚く支援してくれそうなところに投票したよ」と話した。
政治と生活は、こういうところで結びついている。
実家は全室にエアコンがあり、リビングもリフォームして二重窓にしたから、ばっちりエアコンが効いて涼しい。
ただし、廊下が暑かった!
西日があたって窓からも熱が入るから、納戸や、二階の廊下やトイレがものすごく暑い! 都内のマンションより全然暑い。熱中症になりそう!
これ、見に行ってよかったな……。後々やんわり、使わない部屋は雨戸を閉めたほうがいいとか、廊下やトイレの暑さ(寒さ)対策とか、話し合ったほうがいいなと思った。
実家は6時頃夕食を取る習慣で、そんな早い時間に食事すると私は調子が狂うので、早めに帰ってきた。
車窓から見る緑は濃く、田の中にぽつぽつ人がいて、農作業しているのが見えた。
日暮れ前、こんなに暑いのに……ああやって近所の農家が作った米を、実家にいる頃は私も食べていた。
都心から二時間余り離れた、田舎の風景だ。

父も母も元気なうちに、何度でも時間を作って顔を見に行くといいなと思った。
もはや生活時間が合わないし、実家のじゅうたん敷きの部屋で寝るとアレルギーがひどいから宿泊することもできない。それでもたまに帰って、会話して、両親がどうやって日々生活しているのか見ておいたほうがいい。dポイントカードが使えない云々と言われれば、見てあげることもできるしね!