じむいんパパのinterest日記

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自分にもできる!

新しいことや難しいことに挑戦しようとするとき、必ずと言っていいほど、ある“おまけ”がついてきます。

 

それは、「自分にはできないかもしれない…」 という気持ち。むしろ、この感覚がないほうがレアケースなのかもしれません…

 

自分自身、「できないかもしれない」と思うことは、全然悪いことじゃないし、弱さでもないと考えています(甘いのかもしれませんが…)。

 

ただ、ここでひとつだけ大事にしていることもあるんですよね。それが、「できないかもしれない」だけで止まると、何も始まらないっていうこと。

 

そして、そこにもうひとつのフレーズ(「できると信じてみる!」)をそっと足してあげるのが大切であるということ…

 

「できないかもしれない」という気持ちは、ブレーキみたいなものです。失敗したらどうしよう、恥をかくかもしれない、うまくいかなかったら時間のムダになるかも、そもそも自分に向いてないかも…こういう不安は、行動を止める方向に働いてしまいます。

 

ブレーキがあるのは悪いことじゃないけど、ブレーキだけ踏んでても車は動かないですよね。

 

一方で、「できると信じる」はアクセルみたいなものなのかな…

ここでいう“信じる”って、絶対できる!」と叫ぶ必要もない。もっと静かで、もっと現実的で、もっと優しいもの。

 

もしかしたらできるかもしれない、 やってみたら意外といけるかも、今は無理でも、続けたらできるようになるかも…

 

このくらいの“ゆるい信じる”でも十分なはず…だって、アクセルって、いきなり全力で踏む必要はないですよね。ちょっと踏むだけで車は前に進むし、「できると信じる」ことが次の行動を生んでくれる。

 

初めての仕事、新しいスキルの勉強、見たこともない分野への挑戦、これまで避けてきた苦手分野…こういうものは、経験がないから「できる根拠」がない。

 

だから、根拠の代わりに「信じる」が必要になる。逆に言えば、信じることができれば、経験ゼロでもスタートできる。「信じる」は未来の自分への投資「できると信じる」って、未来の自分に対して声をかけていきたい…“お前ならいけるよ”って…

 

信じて行動した人だけが、未来の自分に会える。信じずに止まってしまったら、未来の自分は永遠に登場しない。「信じる」は才能じゃなくて習慣。

 

「ちょっとだけ信じて、ちょっとだけ動く」行動すれば、経験が増える。経験が増えれば、できることが増える。できることが増えれば、信じる力も強くなる。この循環が回り始めると、きっと新しい景色が見えるはずですよね…

 

できないかも…って感じたらこう自分に声をかけていこう。「できるかもしれないし、とりあえずやってみるか!」

 

この一言が、自分の未来を大きく変えるスイッチになると信じて…

 

ゆるく、無理なく、バランスよく

「自分を苦しめない」「人の嫌がることはしない」この2つって、一見すると別々のテーマに見えるけど、実はめちゃくちゃ深いところでつながってるんですかね…

 

どちらか片方だけを守ろうとすると、もう片方が犠牲になりがち…

たとえば、「人の嫌がることはしない」を徹底しようとすると、気を使いすぎて自分が疲れちゃうことがある。逆に「自分を苦しめない」を優先しすぎると、周りへの配慮が薄れてしまうこともある。

 

だからこそ、この2つを“セット”で扱うことが大事になるのかな…そのバランスをどう取ればいいのかな…

 

まずは「自分を苦しめない」が土台になりますかね…

他人に優しくするためには、まず自分がある程度満たされている必要がある。心に余裕がないと、どんなに「人の嫌がることはしない」と思っていても、イライラしたり、無意識にきつい態度を取ったりしてしまう。

 

だから最初のステップは、「自分を苦しめない」=自分の心のスペースを守ること…

 

無理な約束をしない、疲れているときは休む、嫌なことを「嫌だ」と言う、自分のペースを大事にする、完璧を求めすぎない…

 

こういう小さな積み重ねが、自分を苦しめない生き方につながるし、自分が苦しくない状態であれば、自然と周りにも優しくできるのかな…

 

次に大事なのが、「人の嫌がることはしない」という姿勢。これは単に「迷惑をかけないようにしよう」という話じゃなくて、相手の気持ちを想像するということなのかもしれませんね…

 

ただし、ここで気をつけたいのは、「相手の気持ちを想像する」=「相手に合わせすぎる」ではないということ。相手が嫌がることを避けるのは大事だけど、相手の要求を全部飲み込む必要はない。むしろ、全部飲み込んでしまうと、自分が苦しくなってしまう。

 

だから、相手が嫌がりそうなことは避ける、でも、自分が無理をしすぎない範囲でお互いに気持ちよくいられる距離感を探すこのバランスが大事。

 

「自分を苦しめない」と「人の嫌がることはしない」この2つを両立するために必要なことは、自分と相手の境界線をはっきりさせること。境界線が曖昧だと、相手に合わせすぎて疲れる、自分の意見を押しつけてしまう、どこまでが自分の責任か分からなくなる…みたいなことが起きやすい。

 

境界線を持つっていうのは、「ここから先は自分の領域」「ここから先は相手の領域」と理解すること。

たとえば、相手の機嫌は自分の責任じゃない、自分の気持ちは自分で守る、相手の気持ちは相手のもの、無理なお願いは断ってOK…こういう感覚を持つと、自分を苦しめずに、相手にも嫌な思いをさせないっていう状態に近づけるはず…

 

「自分も相手も、どちらも大事にする」どちらか片方だけを大事にすると、どこかで無理が出る。

自分を苦しめない、人の嫌がることはしない。この2つは、どちらも“優しさ”の方向が違うだけで、根っこは同じ。どちらも大事にしながら生きるためには、

 

・自分の心の余裕を守る

・相手の気持ちを想像する

・境界線を持つ

・無理しないルールを作る

 

もちろん完璧を目指す必要はないし、全部を一気にやる必要もない。少しずつ、自分のペースで、ゆるく続けていけばいい…ですよね。



思い切りよく手放す…

気づかないうちにいろんなものに執着してしまっている自分がいます…

 

仕事の成果、人間関係、評価、過去の失敗、未来への不安。

 

「ちゃんとしなきゃ」「もっと頑張らなきゃ」って気持ちが強いほど、知らないうちに心のどこかでギュッと握りしめてしまうんですかね…

 

もちろん、執着すること自体が悪いわけじゃない。大事にしたいものがあるってことだし、そこに向かって努力できるのは素晴らしいこと。でも、問題は“握りしめすぎる”こと。力を入れすぎると、逆にうまくいかなくなる。手のひらに汗をかいて、指が痛くなって、気持ちまでカチコチになってしまう。

 

じゃあどうすればいいのかな…

 

よく「執着しないほうがいい」って言われるけど、これがまた難しい。頭では分かっていても、心がついてこない。「手放したら失うんじゃないか」「頑張りが無駄になるんじゃないか」って不安がどうしても出てきてしまう…“執着しないようにしよう”と自分に言い聞かせても、逆に意識してしまって余計に苦しくなることもある。

 

そこで大事なのは、“ゆるめる”という感覚ですかね…

 

いきなり全部を手放す必要はない。まずは、握りしめてる手を少しだけ開いてみる。肩の力を抜いて、深呼吸して、「まあ、なんとかなるか」とつぶやいてみる。それだけで、心の中にちょっとした余白が生まれるような気もする…

 

ただし、ここで気をつけたいのは、ゆるめることと放漫にならないことは別だということ。

ゆるめる=適当にする、ではない。手放す=投げ出す、でもない。

 

大事なのは、必要以上に抱え込まないこと。自分のキャパを超えてまで頑張り続けると、どこかで必ず無理がくる。だからこそ、ちゃんと自分を守るために、あえて距離を置くことが必要なときがある。

 

そして、ある瞬間が来たら、思い切って方向転換する勇気も必要ですよね。中途半端に手放そうとすると、結局また戻ってきてしまう。「やっぱり気になる」「やっぱり不安だ」って、心が引き返してしまう。だからこそ、ある程度のタイミングで、思い切りよく、潔く、スパッと切り替えることをもう少し意識していきたい…

 

ずっと悩んでいた仕事のやり方を変えるとか、合わない人との距離を置くとか、完璧を目指すのをやめるとか、自分を苦しめている考え方を見直すとか。

 

そういう“心の整理”って、実はすごくエネルギーがいる。でも、そのエネルギーを使う価値は十分にある。なぜなら、思い切って手放すことで、初めて入ってくるものがあるから。

 

新しいアイデア、新しい出会い、新しい余裕、新しい自分。手がふさがっていると、どれだけ良いものが目の前にあっても掴めない。だからこそ、手放すことは「失うこと」じゃなくて、「受け取る準備」のはずですよね…

 

もちろん、手放すのは怖い。不安になる。でも、その不安を抱えたままでもいい。大事なのは、少しずつでも前に進むこと。そして、自分の心が軽くなる方向を選ぶこと。

 

執着することも、執着しないことも、どちらも人生には必要。ただ、どちらか一方に偏りすぎると苦しくなる。だからこそ、バランスを取りながら、自分にとってちょうどいい距離感を探していきたい。

 

何かにギュッとしがみついて苦しくなったときは、その手を少しだけゆるめてみよう…

そして、タイミングが来たら、思い切り手放してみる。その瞬間、きっと自分の中に新しい風が吹き込んでくるはずだから…

どんなときも冷静に…

どんなときも冷静でいるって、実はめちゃくちゃ難しい…でも大事ですよね。

 

気づかないうちに衝動に身を任せる瞬間がたくさんあります。たとえば、仕事で理不尽なことを言われたとき。ちょっとしたことでつまずいたとき。誰かの言葉に引っかかったとき。

そんなとき、胸の奥からふっと湧き上がってしまうのが怒り…

 

この怒りって、悪者みたいに扱われがちだけど、本当は「自分が大事にしているものを守ろうとしているサイン」でもあるんですよね。だから怒りそのものを否定する必要はないとも思っています。

 

でも、怒りに引っ張られて行動してしまうと、あとで「ああ、やっちゃったな…」と後悔することが多いんですよね。どうすればいいのかな…

 

きっと、どんな場面でもキーワードになるのは どんなときも、冷静に、落ち着いて という姿勢なんですかね…でも、これが難しい。頭では分かっていても、心がついてこない。

 

「冷静にいよう」と思った瞬間に、逆にイライラが増すこともある…

 

冷静さって“その場で急に作るもの”じゃなくて、日頃から少しずつ育てていくものなのかもしれませんね…



冷静でいるために一番大事なのは、実は準備です。って聞いたことがあります。

そのときは、「え、冷静さに準備って必要なの?」と思いました…でも必要なんですね。

 

日々「こういう状況ではこう動く」というパターンを身体に染み込ませていることができれば、いざというときに冷静でいられる…冷静さは“事前に積み上げたもの”ともいえるのかな…って今では思っています。

 

「怒りが湧いたらまず深呼吸する」「衝動に身を任せる前に10秒だけ立ち止まる」「自分が落ち着いていられる言葉を心の中で唱える」

 

こんな感じでいいのか分からないけれど、小さな準備をしておくだけで、いざというときの行動を少しでも変えていきたい…

 

衝動に任せて行動すると、気持ちは一瞬スッキリすることもある…でもその後に残るのは、モヤモヤや後悔だったりする。

 

一方で、冷静に選んだ行動は、たとえその場では地味でも、あとから「よかったな」と思えることが多いはず…

 

きっと冷静さって、未来の自分へのプレゼントみたいなものなんですね。

 

落ち着いて行動するって、特別な才能じゃなくて、習慣で身につけることができると考え、小さな準備を積み重ね、いざというときの“自分”を支えるようにしていきたい…

 

冷静さって、ただ我慢することじゃない。感情を押し殺すことでもない。

むしろ、自分の感情をちゃんと理解して、そのうえで「どう行動するか」を選べる力。

怒りが湧いても、衝動が走っても、その波に飲まれずに「自分で選ぶ」。

それができるようになれば、自分自身もブレにくくなるし、いろんな場面で“後悔しない選択”ができるようになりますよね…

間違ってしまったときは…

誰だって間違える。これはもう、人間である以上避けられない“仕様”みたいなものだと思う。でも、同じ間違いでも、その後の向き合い方ひとつで、ただの失敗にもなるし、成長のきっかけにもなる。

 

だからこそ、間違えた瞬間にどう振る舞うかって、実はめちゃくちゃ大事。

間違えたときに大切なことって、実はそんなに複雑じゃないはずですよね…どうすれば、間違いとの上手な付き合い方をしていけるのかな…

 

まずは“言い訳しない”ところから始めてみることですかね…

 

間違えたときって、つい反射的に言い訳したくなる。

「いや、あれは状況が悪くて…」「本当はこうするつもりだったんだけど…」「相手がちゃんと言ってくれなかったから…」こういう言い訳って、短期的には自分を守ってくれるように見えるけど、長期的には何も残らないことが多い。むしろ、自分の成長のチャンスを奪ってしまう。

 

言い訳をしないって、別に自分を責めることじゃないはず…ただ、「起きた事実をそのまま受け止める」っていう、シンプルな姿勢を忘れないようにしていきたい…

 

次に、“素直に耳を傾ける”こと。

間違いを指摘されたとき、耳が痛いのは当たり前。でも、そこで心を閉ざしてしまうと、せっかくの学びのチャンスがスルッと逃げていく。素直に耳を傾けるっていうのは、相手の言うことを全部そのまま飲み込むって意味じゃない。「自分にとって必要なヒントがあるかもしれない」と思って、一度ちゃんと受け取るように意識していきたい…

 

そして、“原因を改善する”ことも忘れてはいけませんよね…

間違いを受け止めたら、次は「なんでそうなったのか」を冷静に見つめる時間が必要になる。ここで大事なのは、感情ではなく“事実”を見ること。

 

準備不足だったのか、確認を怠ったのか、そもそもやり方が間違っていたのか、環境や仕組みに問題があったのか…

 

「次はこうしよう」と言えるレベルまで落とし込めれば少しは前進できるはずだから…

 

そして最後に忘れてはいけないことは、間違いは、改善して終わりじゃないっていうこと。

むしろここからが本番ですよね。改善したことを実際の行動に反映させて、次の挑戦に活かす。これができれば、間違いが“経験”に変わる。

 

間違いを「痛い思い出」で終わらせず、「自分を強くしてくれた出来事」に変えていければ嬉しいな…

 

間違いって、できれば避けたいし、できればしたくない。でも、間違いがゼロの人生って、たぶんすごく味気ない?間違いがあるからこそ、気づけることがあって、変われる(間違いは、成長のための“材料”みたいなもの)部分があって、成長できる。

 

どんな失敗も“未来の自分の味方”に変えることはできるはず…

間違いを恐れず、でも軽く扱いすぎず、ちょうどいい距離感で付き合っていく。

そんな姿勢が、日々をちょっとだけ生きやすくしてくれるのかな…

忙しいときほど、「何のため?」を思い出す…

忙しいときって、どうしても“目の前の作業を片っ端から片づけるモード”になりがち…

 

気づけば、朝から晩までずっと走り続けて、気力も体力もすり減っていく。

「なんでこんなに疲れてるんだろう…」とふと立ち止まった瞬間に、空っぽになっている自分に気づくこともあります。

 

そんなときこそ一度だけ深呼吸して、「これ、何のためにやってるんだっけ?」と自分に問いかけることが大切なのかもしれませんね…

 

忙しいときって、タスクが“点”でしか見えなくなります。メール返信、資料作成、買い物、家事、連絡、調整…ひとつひとつは大したことなくても、積み重なると圧力みたいにのしかかってくる。でも、「何のために?」を思い出すと、その点が線につながりますかね…

 

この資料は、相手に安心してもらうため、この家事は、気持ちよく暮らすため、この連絡は、関係をスムーズにするため、この勉強は、未来の自分を楽にするため…

 

目的が見えると、作業が“意味のある行動”に変わるはず。同じことをしていても、気持ちの疲れ方もきっと全然違いますよね。

 

そして、もうひとつ大きなメリットも…それは、「本当に必要なこと」と「別にやらなくてもいいこと」が自然と分かってくること。忙しいときほど、全部やらなきゃいけない気がしてしまうけれど、実際はそんなことないことが多い…

 

目的に関係ない作業、効果が薄いのに時間だけかかる作業、“なんとなく続けているだけ”の習慣…

 

こういうものは、目的を意識すると自然に手放せる。

「これ、別に今日じゃなくてもいいな」「これ、やらなくても困らないな」、「これ、もっと簡単な方法があるかも」…

 

そんな気づきが生まれるだけで、心の余裕が戻ってくるはず。

 

とりあえず目の前のタスクを片付けて、少しでもスッキリしたい。でも、その状態が続くと、優先順位がぐちゃぐちゃになる、大事なことが後回しになる、気づいたら時間だけが過ぎている…という悪循環にハマりやすい。だからこそ、「何のため?」という問いは、忙しいときの“思考の軸”になるのかな…

 

軸があると、判断がブレにくくなる。忙しさに流されず、自分のペースを取り戻せる。

 

「目的を考える」と聞くと、なんだか面倒に感じるかもしれません。でも実際は、ほんの数秒でできる小さな習慣ですよね。

 

この作業のゴールは何?、 誰のため?、何が変わる?、やる価値はどこにある?

このどれかひとつを思い浮かべるだけでも十分。深い答えじゃなくていい。“なんとなくの方向性”が見えれば、それでOK。

 

目的があると、疲れても「よし、やりきった」と思える。

目的がないと、疲れだけが残って「なんでこんなにしんどいんだろう」と感じる。

これは、心のエネルギーの使い方の違い?目的は、心のガソリンみたいなもの。忙しいときほど、そのガソリンが必要になります。

 

 “忙しいときこそ目的を考える”は、未来の自分を助ける習慣と考えていきたい…

 

そのためにも、忙しさに振り回されるのではなく、忙しさをコントロールしていく必要がありますね。

 

コントロールできるようになるためには、きっと日々の小さな「何のため?」の積み重ねしかないはず…たった数秒でできる小さな問いかけが、毎日の忙しさを少しずつラクにしてくれるはず…

 

“目的を思い出す”という習慣は、未来の自分へのプレゼント(自分を守る力)みたいなものですかね…



余裕は才能じゃなくて選択の積み重ね…

気づけば予定がパンパンで、気持ちも体もギリギリ。

 

「なんでこんなに余裕がないんだろう…」とため息をつく瞬間って、誰にでもありますかね…余裕がなくなる原因の多くは“外側の環境”よりも“自分の積み重ねた選択”にあることが多いのかもしれません…精神的・肉体的な余裕を守るために、日常で意識したい「余白の作り方」を考えてみました。

 

まずは「余裕=贅沢」ではないと理解する

 

「余裕を持つことは甘え」とか「忙しいほうが頑張ってる感じがする」という思い込みを捨てようと思います。余裕がない状態って判断力も鈍るし、感情も荒れやすいし、体も疲れやすい。つまり“パフォーマンスが落ちる状態”だから…余裕は贅沢じゃなくて、むしろ“生産性の土台”のはず。こう考えれば、余白を作ることへの罪悪感がスッと軽くなるような気がします…

 

次に、考えすぎないことかな…精神的な余裕を奪う最大の敵は、“常に頭の中がいっぱい”という状態だったりすることが多い…

 

あれもやらなきゃ、これも忘れちゃいけない、なんであの時あんな言い方したんだろう、もし失敗したらどうしよう…こういう思考がずっと回り続けると、脳のメモリが常に満タン。

精神的な余白がゼロになってしまう。精神的な余裕を取り戻すには、「考えなくていいことを減らす」ことが大事ですかね…

 

精神的な余裕は、気合いで作るものじゃなくて、仕組みで作るものであることを忘れないようにしていきたいな…

 

そして同じように肉体的な余裕を作るために、「回復を後回しにしない」ことも必要ですよね…

 

睡眠を削らない、休む日を予定に組み込む、スマホを見ない時間を作る、軽い運動で血流を良くする、食事を適当にしすぎない…こういう“地味だけど効く習慣”が、肉体的な余白をじわじわ育ててくれますよね。

 

「余白」は意識しないと勝手には生まれない…余白って、放っておくとすぐに埋まります。

予定も、気持ちも、頭の中も、油断するとすぐ満タンになる。だからこそ、意識的に余白を確保するようにしていきたい…

 

余白は「空いている時間」ではなく、「空けておく時間」。ここを意識して行こうと思います。

 

あとは、自分を追い詰めるクセに気づくことかな…無意識に自分を追い詰めるクセがあります。まずは「自分はどんな時に余裕を失いやすいか」を知ることで余白を守っていきたいな…

 

余裕は「作るもの」であり、「守るもの」。余裕は才能じゃなくて、選択の積み重ね。

今日の小さな一歩が、明日の大きな余白につながりますよね…