1. 欧州有機市場における構造的変革と Green Organics の位置づけ
世界の食料システムが、気候変動、生物多様性の喪失、そして地政学的な供給不安という複合的な危機に直面する中、有機農業への転換はもはや単なる環境保護活動ではなく、国家の食料安全保障および経済戦略の中核をなす重要課題となっている。特に欧州連合(EU)は「Farm to Fork(農場から食卓まで)」戦略を掲げ、2030年までに農地の25%を有機農業に転換するという野心的な目標を設定している。この巨大な潮流の中で、オランダの有機食品企業 Green Organics B.V.(以下、Green Organics)は、伝統的な卸売業の枠を超えた「チェーン・ディレクター(連鎖の監督者)」としての地位を確立し、持続可能な農業ビジネスの新たな成功モデルとして注目を集めている。
本レポートは、Green Organicsの事業構造、生産者支援体制、市場開拓戦略、そして未来への投資を網羅的に分析するものである。日本の農業界、特に有機農業への参入や規模拡大を目指す農業経営者にとって、同社の事例は極めて実践的な示唆に富んでいる。日本政府が推進する「みどりの食料システム戦略」においても、有機農業の拡大が重要政策として位置づけられているが、現場レベルでは販路の確保、価格の安定、技術的課題が依然として壁となっている。Green Organicsが実践する「負担の軽減(Ontzorgen)」と「全量買取に近いチェーン管理」のアプローチは、これらの課題に対する具体的な処方箋となり得るものである。
1.1 企業概要と沿革:ドロンテンから欧州全域へ
Green Organicsは、オランダ中部のフレヴォラント州ドロンテン(Dronten)に本社を構える。この地域は干拓地であり、大規模かつ近代的な農業が展開されるオランダ農業の心臓部である。1999年の法人化以来、同社は急速な成長を遂げ、現在では年間5,000万キログラム以上の有機青果物を取り扱う欧州有数のプレイヤーへと進化した。CEOのJan Groen氏のリーダーシップの下、同社は単なる農産物のトレーダーではなく、種子の選定から消費者の口に入るまでの全プロセスを管理する「Soil to Mouth(土壌から口元まで)」という哲学を実践している。
1.2 経営理念:チェーン全体の接続と最適化
同社のミッションは、「有機食品のチェーンをつなぎ、生産者、バイヤー、消費者の利益を代表すること」にある。特筆すべきは、彼らが自身を「仲介業者」ではなく「コネクター(接続者)」と定義している点である。従来の市場流通では、生産者と実需者の間に情報の非対称性が存在し、需給のミスマッチが頻発していた。Green Organicsはこの構造を打破し、透明性(Transparency)、信頼(Trust)、協力(Collaboration)を核としたサプライチェーンを構築することで、生産者には公正な価格を、バイヤーには安定した品質と供給を保証している。
2. 事業モデルの詳細分析:市場主導型農業(Market-In)の実践
日本の農業が長らく抱える課題の一つに、「作ってから売り先を探す(プロダクトアウト)」傾向の強さが挙げられる。これに対し、Green Organicsのビジネスモデルは徹底した「マーケットイン」アプローチに基づいており、需要予測に基づいた計画生産を実行することで、食品ロスと価格変動リスクを最小化している。
2.1 三つの柱:Fresh, Frozen, Industrial のポートフォリオ戦略
Green Organicsの強みは、取り扱う製品カテゴリーの多様性にある。同社は製品を以下の3つのセグメントに分類し、リスク分散と全量利用を実現している。
| カテゴリー | 概要と特徴 | 主な顧客層 | 戦略的意義 |
| Fresh (青果) | 収穫後、迅速に市場へ供給される新鮮な野菜・果物。高い鮮度が求められる。 | スーパーマーケット、有機専門店、外食産業 | ブランド価値の向上、消費者との直接的な接点。 |
| Frozen (冷凍) | 収穫直後に加工・冷凍された製品。栄養価を保持しつつ長期保存が可能。 | 食品メーカー、業務用食品卸、小売の冷凍食品部門 | 供給の安定化(周年供給)、需給調整弁としての機能。 |
| Industrial (加工用) | 形状やサイズが規格外であっても、成分や味が基準を満たす加工原料。 | ベビーフード、スープ、ジュース、レディミール製造業者 | 歩留まりの最大化。規格外品の収益化による生産者の所得安定。 |
このポートフォリオ構成は、日本の有機農業者にとって極めて重要な示唆を含んでいる。特に「Industrial(加工用)」市場の開拓は、見た目を重視する日本の青果市場において廃棄されがちな「B品・C品」に正当な価値を与え、農家全体の収益を底上げするために不可欠な戦略である。Green Organicsは、食品加工メーカーの厳格なスペック要求に応えることで、この分野を確固たる収益源としている。
2.2 サプライチェーン管理の核心:「Ontzorgen(負担の軽減)」
オランダ語の「Ontzorgen」は「ケアする」「負担を取り除く」という意味を持つが、Green Organicsのビジネスにおいて、これは生産者とバイヤー双方に対する付加価値提供の根幹をなしている。
- 生産者に対して:作付け計画の策定、種子の手配、栽培技術指導、収穫物流の手配、そして確実な販売先の確保を提供する。これにより、生産者は最も得意とする「栽培」に専念することができ、営業や物流手配の煩雑さから解放される2。
- バイヤーに対して:必要な時期に必要な品質・量の有機原料を確実に届けることを保証する。バイヤーは個々の農家と交渉するコストを削減でき、トレーサビリティが担保された製品を一括で調達できる。GlobalGAPのChain of Custody(CoC)認証を取得していることは、この信頼性を客観的に証明するものである。
3. 生産者パートナーシップとアグロノミー(栽培技術)支援体制
Green Organicsが他の商社と一線を画す最大の要因は、社内に高度な専門性を持つ「栽培技術チーム(Team Agriculture)」を擁している点である。彼らは単なる仕入れ担当者ではなく、生産者のパートナーとして栽培現場に深く関与している。
3.1 Team Agriculture の役割と構成
同社のウェブサイトおよび公開資料によると、Team Agricultureには専任のアグロノミスト(栽培指導員)が配置されている。
| 氏名 | 役職 | 役割と専門性 |
| Jos Nieuwenhuijse | Agronomist | 栽培技術指導、品質管理、生産者とのリレーション構築 |
| Niels de Winter | Agronomist | 作付け計画の立案、病害虫管理のアドバイス |
| Klaas Bergsma | Agronomist | 収穫時期の調整、土壌管理指導 |
彼らの業務は多岐にわたる。
- 作付け計画の策定: バイヤーからの需要予測に基づき、どの畑で、どの品種を、いつ播種するかを生産者と共に決定する。
- 栽培期間中のモニタリング: 定期的に圃場を巡回し、生育状況を確認。病害虫の発生予兆があれば、有機JASやEU有機基準で認められた防除方法を即座にアドバイスする。
- 転換(コンバージョン)支援: 慣行農業から有機農業へ転換する際の最大の障壁である「技術的未熟さ」と「収入減」に対し、専門的なガイダンスと転換期間中作物の販路提供を行う。
日本の農業普及指導員(普及員)やJAの営農指導員に相当する機能を、民間企業が自社のコストで、かつ「販売」と直結させた形で提供している点は注目に値する。これにより、市場ニーズと栽培現場のギャップが極小化されているのである。
3.2 契約形態と価格決定メカニズム
Green Organicsと生産者の関係は、長期的な信頼関係に基づいているが、同時に明確な契約関係でもある。CEOのJan Groen氏は、「バイヤーが一次生産者と長期的なコミットメントを結ぶことが不可欠」であると強調している。
- 事前契約の徹底: 多くの作物は播種前に契約が結ばれる。これにより生産者は販売リスクから解放される。
- フェアプライス: 市場価格の乱高下に左右されない、再生産可能な価格設定を目指している。契約条件には、原材料費や輸送コストなどの外部要因が一定以上変動した場合(例:10%以上のコスト増)に価格を見直す条項が含まれる場合があり、インフレリスクをサプライチェーン全体で分担する仕組みが構築されている。
- 透明性: 生産者は自分の作物がどこに出荷されるかを知り、バイヤーは誰が作ったかを知る。この「顔の見える関係」は、単なる情緒的なものではなく、トラブル発生時の迅速な対応や品質改善のフィードバックループを回すために機能的な意味を持つ。
4. 戦略的イノベーションと事業多角化
Green Organicsは、現状の有機野菜流通に安住することなく、将来の食料システムの変化を見据えた積極的な投資を行っている。特に「プロテイン・トランジション(タンパク質源の移行)」への取り組みは、同社の先進性を象徴している。
4.1 Dutch Soy:国産タンパク質への挑戦
欧州や日本において、植物性タンパク質の主役である大豆の多くは輸入に依存しており、南米などでの森林破壊や長距離輸送に伴う環境負荷が問題視されている。Jan Groen氏はこの課題に対し、2018年に「Dutch Soy」プロジェクトを立ち上げた。
- 目的: オランダ国内での大豆栽培を確立し、輸入依存を脱却すると同時に、持続可能な植物性タンパク質を供給する。
- 戦略: 大豆は空気中の窒素を土壌に固定する能力を持つため、地力回復作物として優れている。Green Organicsは、有機農業への転換を目指す生産者に対し、まずは慣行栽培や転換期間中の作物として大豆を導入することを推奨している。
- 成果: フレヴォラント州政府との連携や、献身的な生産者グループとの協力により、栽培から加工、販売までの一貫したチェーンを構築した。これにより、消費者は「森林破壊のない大豆」を選択できるようになり、生産者は新たな収益源と土壌改良の手段を得た。
これは、日本の水田転作における大豆栽培(特に有機大豆)の振興においても、極めて有効なモデルケースである。単に「作る」だけでなく、それを「環境価値」としてブランディングし、加工品まで含めた出口戦略を持つことの重要性を示している。
4.2 Bring Green Food と BOON Foodconcepts の買収
2022年、Green OrganicsはJamael Food Groupとの合弁会社「Bring Green Food」を設立し、植物性食品市場への垂直統合を進めた。その象徴的な動きが、豆類ベースの食品開発企業「BOON Foodconcepts」の買収である。
- 垂直統合の深化: 原料(野菜・豆類)の供給にとどまらず、最終消費者向けの加工食品(代替肉、惣菜など)ブランドを傘下に収めることで、バリューチェーンの付加価値を最大化した。
- 市場への直接アクセス: 消費者の嗜好変化をダイレクトに把握し、それを育種や栽培計画にフィードバックすることが可能となる。
このように、川上(生産)から川下(消費者ブランド)までを統合的に管理する戦略は、農業ビジネスの収益性を高める上で極めて合理的である。
5. 日本の農業従事者への詳細な提言と戦略的示唆
Green Organicsの成功事例は、日本の農業、特に有機農業が抱える構造的課題に対して、どのような解決策を示しているか。ここでは、日本の文脈に即した具体的なアクションプランを提示する。
5.1 「個」の限界を超えた「組織的チェーン管理」の構築
日本の有機農業は、小規模な生産者が個別に販路開拓(直売所、個人宅配、マルシェ等)を行うケースが多い。これは消費者との距離が近いという利点がある反面、物流効率が悪く、大口需要(スーパー、加工業者、学校給食)に対応できないという欠点がある。
- 提言: 地域単位あるいは品目単位で、Green Organicsのような「チェーン・ディレクター」機能を持つ組織(地域商社、専門農協、生産者組合)を設立・強化すべきである。
- アクション: 生産者は栽培に特化し、営業・物流・需給調整はその組織に委任する。この際、単なる「集荷業者」ではなく、栽培指導機能(日本版アグロノミストチーム)を内包させることが成功の鍵となる。
5.2 加工・業務用需要を組み込んだ「全量販売モデル」への転換
「形が悪いから売れない」「少し傷があるから廃棄する」というロスは、有機農業の収益性を著しく低下させる。Green Organicsの「Industrial(加工用)」セグメントの活用は、この問題を解決している。
- 提言: 生鮮市場(A品)だけに依存せず、加工・業務用(B品・C品)の販路を事前に確保するポートフォリオを組むこと。
- アクション: ベビーフードメーカー、介護食メーカー、カット野菜工場など、「見た目」よりも「安全性(オーガニック)」や「成分」を重視する実需者と提携する。特に有機加工食品市場は日本でも拡大しており、原料供給のニーズは高い。
5.3 有機転換(コンバージョン)期間の戦略的マネジメント
日本政府の「みどりの食料システム戦略」により、慣行から有機への転換を目指す農家が増加すると予想されるが、転換期間中の収入減がボトルネックとなる。
- 提言: Green Organicsの「Dutch Soy」事例のように、転換期間中の作物を戦略的に位置づけること。
- アクション: 転換期間中の農産物を「未来のオーガニックを育てる応援商品」としてブランディングし、エシカル消費に関心の高い層や企業に販売する。また、大豆や緑肥作物を輪作体系に組み込み、地力増進と収益確保(加工用原料として販売)を両立させる。
5.4 デジタル技術を活用したトレーサビリティと効率化
Green Organicsは、欧州全域にまたがる複雑なサプライチェーンを管理するために、高度なデータ管理を行っていると推測される(GlobalGAP認証の維持には必須である)。
- 提言: 日本のスマート農業技術を活用し、栽培履歴、出荷予測、在庫状況をリアルタイムで共有するプラットフォームを導入すること。
- アクション: 紙ベースの台帳管理から脱却し、クラウドベースの生産管理システムを導入する。これにより、バイヤーに対して「いつ、どれだけの量が供給できるか」を正確に伝えることができ、信頼性が向上する。
5.5 グローバル市場との接続と情報収集
Green Organicsは、BioFach(ドイツ)やFruit Logistica(ベルリン)、Fruit Attraction(マドリード)といった国際見本市に積極的に出展し、トレンドの把握とネットワーク構築を行っている。
- 提言: 日本国内の市場だけでなく、世界の有機市場の動向に目を向けること。
- アクション: アジア太平洋地域の有機市場も成長しており、日本の高品質な有機農産物には輸出のポテンシャルがある。国際的な認証(GlobalGAP等)の取得は、そのためのパスポートとなる。
6. 日本市場の現状と将来展望
2024年現在、日本の有機食品市場は約17億米ドル(約2,500億円)規模と推計されており、2033年には39億米ドル規模へ倍増すると予測されている(年平均成長率約9.7%)。政府による「みどりの食料システム戦略」の後押しもあり、学校給食への有機食品導入や、環境配慮型農業への補助金拡充が進んでいる。
しかし、生産現場の高齢化と人手不足は深刻である。だからこそ、Green Organicsのような「効率的なサプライチェーン管理」と「生産者を支える仕組み」の導入が急務なのである。市場の拡大期において、安定供給能力を持つプレイヤーが市場の覇権を握ることになるだろう。
7. 結論:持続可能な未来への架け橋として
Green Organics B.V. の分析から見えてくるのは、有機農業を単なる「思想」や「運動」としてではなく、高度に洗練された「産業システム」として構築することの重要性である。彼らは、生産者の哲学を尊重しつつも、ビジネスとしての合理性を徹底的に追求している。
CEOのJan Groen氏が目指す「2030年までに欧州のマーケットリーダーとなり、農業界を100%有機化する」というビジョンは、決して夢物語ではない。それは、日々の緻密な需給調整、泥臭い栽培指導、そして未来を見据えた戦略的投資の積み重ねによって現実のものとなりつつある。
日本の農業従事者がGreen Organicsから学ぶべき最大の教訓は、**「一人で戦うな、チェーンで戦え」**ということである。信頼できるパートナーと繋がり、情報を共有し、リスクを分担する。この「共助」のビジネスモデルこそが、日本の農業を次世代へと繋ぐ唯一の道であると言えるだろう。