心が病んだら精神科に行くのは当たり前?
今日の内容は踏み込んでると感じる人が
おられるかもしれません。
これはあくまで個人的な意見です。
以前も、発達障害について記事をあげたことがありますが、
私自身、精神科に通っていたことがありました。
正確には、通わされていた、
そして精神薬を飲まされていた、
と言ってもいいでしょう。
親と、精神科医にです。
その時は未成年で、
家出しても追い出されても行くところはなく、
私は普通に生きて行くことは難しい人間で
当たり前というように処置され、またそういう対処をされており
私の心と向き合ってもらうことなく、
自分が病人とされたことにたいして
疑ったことがありませんでした。
が、しかし、その疑問を持たない姿勢自体が
自分は洗脳されていたのだということに気がついたのは
彼らから離れて、
さらに10年、20年単位の時間が経ってからのことです。
それは、
私たちの生きている世界のおかしさ、違和感、
なぜ一生懸命生きている人が報われないのか、
悔しさ、自分も経験して来た経験を通して、
この世は何重にも色々な仕掛けと、
表立って見える世界と
見えていないところでどんなことが起こっているのか、ということに
気づいて調べて行く過程で
あるとき、ハッと気がついたのでした。
私が10代の頃、親や医師に飲まされていた精神薬は
一体、なんだったのだろう?
なぜ、希死念慮が生まれたりしたのか?
断薬するのに何年も苦しんで、地獄のような辛さを
味わったのは、一体なぜか?
薬にはどんな効能があり、
体や脳、心にどんな影響と変化、
ダメージをもたらして来たのか?
などということを考えるようになり、
詳しく調べるようになりました。
例えば、
美味しいコーヒーやチョコレートの原料カカオ豆が、
奴隷のように買われた子供達が日がな足を擦り切らせて働いて
収穫されたものだと知ったら、
同じ気持ちで買ったり食べたりできますか?
そしてその子達は一度も自分の収穫したコーヒーやカカオ豆を
味わったこともなく、ただ働き同然という労働条件で、
どんなルートを辿って、今食べているものが生産される工程を
経て来ているかを知ったら、どうしますか?
それは同じことなんです。
例えば家族関係が荒れはてた末、
子供の心が荒んでしまって、
グレた子供は病気ですか?
何かしらの原因があって
落ち着きのない子供は、
全員が病気で薬を必要としているでしょうか。
家で家族が食卓で喧嘩ばかりしていたり、
親との関係が閉鎖的で、
食事を摂れなくなって
摂食障害と診断されたら
それは心の病なのでしょうか?
普通の心を持っていたら、
食事が楽しい時間ではないと感じるのは
至極まともといえると私は思います。
答えは白黒、10-0ということはないでしょうし、
ケースは様々で、誰が悪いとか、親が悪いとか、
そういうことを言いたのではありません。
それは救いきれない社会や、病んだシステムの
ひずみのしわ寄せのサインのようなものと思っています。
アダルトチルドレン、とか、
家族の機能不全とか、
愛着障害とか、
現代では色々な名前がついていて、
私自身も本を読んで学んで来たので
ある程度のことは知っているつもりですし、
自分が生きて来た世界の一部でもあります。
そして今わかるのは、10代の頃、
そして成人してからも、
鬱と診断された時、
病院へ連れて行かれて、まるでそれが
解決策、とでもいうがごとく精神薬を処方されて、
半信半疑でいながら、誰も間違っていることを
教えてはくれませんでした。
私が今までの人生をかけて
体験を交えて学んだことの一つに
薬は、解決ではない、
というものがあります。
依存症を持つ関係者が話しているのを聞いたのですが、
ある人たちは、アルコール依存、ギャンブル依存など
依存も病気だ、と言っていました。
それも一理あるのでしょうが、
しかし病気と、健康をライン引きするのはとても難しいことです。
特に心の問題は。
そもそも心ってなんでしょうか。
健康な心は人間関係や環境からくるものです。
体に何かしら問題があったとしても、
心が元気で本人が気にしてさえおらずに
その人の人生を謳歌していたら
その人は病気なのでしょうか。
その人の気持ちの持ち方が大きく影響してくることというのは、
多くの人が感じることなのかもしれません。
人がその人を病気といったとしても
本人がそう感じていなければ
ただそれはレッテル貼りでしかありません。
一時的に薬を飲むことで
不眠が改善されたり、
食事が取れるようになったり、
対処することはできますが、
薬は根本治療ではなく、
どういう風に自分や自分の人生に向き合うか、
向き合えるか、
それを熱くしつこく続けられるか、
まずは自分に対して、そして半径5メートル以内の
身近な人に対して。
(というのが、私の意見です)
泥臭く関わることができるか。
それが一番大事だと、今は痛感しています。
ただ、一旦飲み始めると
精神薬は厄介です。
自分だけで止めるのは意志力のみの問題ではなく
とても難しいからです。
止めるのは時間をかけて、
体から薬を徐々に抜いて行く必要性があり、
普通の人にはかなり難易度の高いものですので、
そういう人がもしも読んでいたら、
専門家に相談したり、焦らず、
周りに一人でも理解者を見つけたり、
理解者がいなくても、自責しないでゆっくりいってください。
焦りは禁物です。
私自身も、薬をやめて色々なことが分かってから、
鍼灸や諸々の東洋医学、デトックスなど
相当通いました。
心が弱っている時、
気合いとか、意志の力とか、
強いとか弱いとか、勝ち負けとか、
そういうことは無意味です。
助けを求めるのはとても大事なことですが、
専門家の言うことでも丸呑みにせず、
まず自分の手で調べてみて
自己判断することがとても大切だと思っています。
あれは愛じゃなかったと気づくまで
日本を出てフランスに行くことを決めた時、
周りの多くの人から疑問、反対を受けました。
そしてその大半が、
今更日本離れて何するの?何しに行くの?
というような意見でした。
確かにそれはもっともでまともな意見でした。
私は一人暮らしだったので、
その頃暮らしていたアパートを処分してしまえば、
実質上帰るところは無くなってしまうし、
それはとても恐ろしいことに思えて、
帰るところが(日本に)なくなる、ということは
大きな恐怖感の出所でありました。
その上、自分の家族、特に母親は
反対どころか邪魔をするような発言、言動を
しだしましたので、協力を求めることは無理。
そうなってくると、経済的な心配の他に、
精神的に自立してやっていけるか、
知人友人、その時持っていた環境を捨て
リセットすることはとっても怖いことでした。
それでも、今振り返って思うことは、
実質上自分がどんなに弱ってもごまかしがきかない
大海にポトン、と落とされたような頼りない中で
日本にいたら見えなかった視点を与えられたり、
稀有な出会いがあったりしたことだったと思います。
楽しいことばかりではありません。
どちらかというと、大概がうーんと頭を抱えて
寝られない夜を過ごしていました。
今は時代が変わりつつあって
オンラインが主流になり
分野、立場など飛び越えて
色々な人と出会える場所が増えました。
海外に住む人と、直接話を聞いたり繋がることもできるし、
活動家、著書の講演などもオンライン、録画で聞けるし
どこにいても学ぶことができます。
それでも、航空券を買って、半日以上かけて移動し、
その空気感を肌で感じることは、オンラインや本の世界とは全く別。
体の感覚が開いていく感覚や、
その国に住む人の空気感が五感で入ってくる。
差別もされるし、
列をなして待っているとどんどん割り込まれるし、
フランス語が通じないと露骨に嫌な顔されるし、
バスで座っていたら、譲りなさい、とおばあちゃんに
怒鳴って叱られたこともあります。
なんなの?と思うようなことがたくさんあったのですが、
出てみると得られる視点というものも多くあったと思います。
私は長いこと、この恐怖感が消えずに
手放せないまま苦しい思いをしていました。
弱くてずるくて、賢くない自分。
自立できていない自分。
かっこ悪い自分。
毎日のように自分のマイナスを向き合わざるを得ませんでした。
そうして自分の心仮面を剥がしていくたびに
見えていく自分のずるさ。
優しい人間は実は強くて
弱さをさらけ出せる人ということ。
そして助けて欲しい時に、
助けを求められるということもです。
そうしているうちに
優しさのつもりでしていた言動も
後になってあれは本当の愛じゃなかった、
じぶんのエゴだったということに
ある時気がつきました。
優しさの押し売りをして
自分のできることはここまで、と
自分のことも見くびっていたと思います。
日本人は、
優しさを徳としたり、
人に迷惑をかけてはいけないと教わったり
わがままは毒と言われたり
とにかく出る杭は打たれる傾向にあります。
けれども、
もっと、わがままに生きて良いのです。
でもわがままというのは自分勝手とは違っていて、
その見極めをする必要があって
その線引きはけっこう難しいです。
人によって考え方も感じ方も違うから。
結局、私一人でできたことなど
ほぼなかったように思います。
ですから、一瞬一瞬に感謝を込めて
生きるしかないと思った時、
未来の心配や、
今まで積み重ねてきたものを捨ててリセットすることが
真っ暗闇に思えていたものが
少しずつ変わっていきました。
周りの人と暖かく関わっていくということ。
本来の自分にイエスをいって、そのままであることに
恐れずに淡々といきていけば、その先に必ず見えてくるものが
あるということに、当時は気づきませんでした。
条件なしの、大きすぎる目標と夢を描いてみてください、
一生かけてもできないだろうというくらいに大きな夢を
持てたらそれはまず幸せへの第一歩です。
そして次はそこへ向けてどう生きるかということを
自分だけのマッピングをしていくのです。
どんな親の元で育っても、
どんな環境で恐ろしく洗脳を受けていて
生きづらい日々でも、そこから少しずつ自分の人生を
作って(取り戻して)いくことは可能だし、
問題があるということに気づいて、手放そうを決めたことだけでも
第一歩を踏み出したことになります。
あのひとだったらどうするだろう。
質問です。
あなたには、人生の師匠と呼べる人はいますか。
私は、これまで師匠なる存在を求めて求め続けた人生だったと思います。
(まだ死んではいませんが)
どれだけ長い時間、師匠を出会うことに費やしてきたでしょうか。
ところで師匠とはどういう人でしょうか。
頭脳明晰、真善美を備え、
常に冷静でたくさんの経験と知識でもって人を導いている、
禅を極めた仙人のような人・でしょうか。
何をもってあなたは、その人を師と仰ぎ、
ついていきたいと乞い願うのでしょうか。
私の場合、家族の中に自分の人生モデルになる人はいなかったため、
幼い頃から思春期頃には、文学作品の中に登場する人物や、
また、作曲家や画家などクリエイティブな人たちの中に、
憧れ、尊敬の念を持ち、理想を描いていました。
ある程度大人になってからは、問題が大きくなればなるほど
(人間関係のことがほぼでした)
生身の師匠が欲しいと祈ってきましたが、
なかなか出会えず、長いこと迷子でした。
一時期はヨガの先生を師と仰いでいたり、
ついていた音楽の先生を師としていたり、
いろいろな時期があります。
が、しかし、どの人もその分野のことはエキスパートであっても、
人生全般の師匠となると、話が違ってしまって、
どこかで離脱してしまいます。
人生詰んだ、と思った時期が私は今まで何度かありまして、
そういう時に、信仰を持っていたり、強力な人生の師匠がいたら違うのだろうと
落胆し、
運のない自分を責めたり、落ち込みやすい時があったのです。
話は変わりますが、
あの平田篤胤は、本居宣長と対面したことは一度もないのに、
夢に出てきたとして人生の師と仰いでいました。
ですから、直接あって指導を受けるから師匠と弟子、
というわけではないのだということが、
それを聞いた時からなんとなく響いて、
会ったことがなくても、
指導されたことがなくても
自分が本当に響いたことに生涯ついていくという気持ちになることが
師匠と出会うということなのだと学んだのです。
そこから、今私は心の師匠がいるのですが、
その方とは、今のところ一度もお会いしたことがありません。
ですが、その方のお弟子さんとは面識をもっており、
出版をされているのでそれを読み、
普段からその方の感覚をダウンロードしようとして生活しています。
この感覚が大切だと思います。
つまり、なにかのピンチの時、必要を極めた時だけではなく
(そういう時はもちろんのこと)
普段から、師となるひとの言動や思考などを感じる(想像する)
その人の空氣を真似る、ということをしていると、
徐々にではありますが感覚が自分のものになっていったり、
なんとなく わかる ようになるのです。
師匠と生身でやりとりしていなくても、
残されたものを読み、削ぎ落としたものを自分のお守りにしていくことで
自分のエネルギーが少しずつ溜まっていく、
そういうことなのかもしれません。
大好きな一冊。
岡本太郎さんは作品も生き方も好きだし、尊敬しています。
山田かまちさんの詩も好きでした。
以前も紹介しましたが、寺山修司さんも大好きでした。
こちらは美輪明宏さん。だいぶ大人になってから読みました。
戦っているのに、とても優雅で肚が据わってらして。かっこいい生き方です。
死生観について
突然ですが
人生の目的とはなんでしょうか。
と、いきなり問われたら、どう答えますか。
あなたの、人生の目的はなんですか。
なぜ、その環境で生まれてきたのか。
なぜ、その両親で家族だったのか。
なぜ、今の状況を選んできたのか。
全て自分主体に質問してみてください。
(100パーセント選べないことはあったとしても)
突然ですが、明日、もしも
余命1ヶ月です。と言われたら、何をしますか。
お金や時間関係なく、なんでもして良いひと月があったら。
私は以前は色々したいことを考えていましたが、
会いたかった人と会う、そして感謝を伝える。
というようなことに尽きるなと最近富みに思っています。
健康で過ごすことは、人生の目的ではなく、
たとえ私が、人生今日最後の日だったとしても、
時間は平等だし、愛していると伝える人が目の前にいなかったとしても
今日は終わっていきます。
当たり前のことなのですが。
実は私は健康で過ごすことが人生の目的になっていた時期がありました。
過去を超えることに恐れを抱き、
親や教育からの教えを信じ込んでいた当時の私は、
健康や幸せ、関係性についても当然刷り込みがありました。
それを一つずつ剥がしていったのですが、
その過程には病気や事故に遭うという多難な時期も過ごして
命について考え直してみたのです。
健康に生きることは幸せにとっても必要なことなのだけど、
それは、前に書いた、毒親のことも一緒です。
虐待されたり、コントロールされて辛い人生の基盤があるけれど、
そこで刷り込まれた思い込みを、いかに外していけるか、に注目し、
環境を超えることが命題になってくるかと思います。
癒される、自分の心が平安になることは確かに良いことですが、
癒されることが目的になってしまっては逆転になります。
癒しとは、そういうものではないということを、
一時期やはり、癒しにはまっていた自分が言うのもなんですが、
そこから一皮向けた時、自分と本気で向き合うことをし始めました。
それまでも、向き合っていたつもりだったのですが、
多くの問題を同時に抱えているとき、
どうしても被害者意識や過剰な自意識が出てきてしまい、
挙げ句の果てには疲れ果てて
もういい、どうせできない。
と、投げやりになってきていました。
本当の意味で、自分の課題に向き合うことは、
生きることと向き合うこと、
ないしは、
その先にある死をも直視して受け入れていくこと。
それは、私にとっては自分なりの死生観を持つことでもあったのです。
今日を最後に、自分がこの世から、さよなら、と
消えた時に何が残るんだろう。
残らなくてもいいが、では私が存在した余韻ってなんだろう、
とふと考えた時に、このままの生き方ではいけない、
と本気で思い、少しずつ変化を試みてきました。
自分が毒親かもしれない、と感じている人にも
同じことを伝えたいです。
自分の怒りや痛み、寂しさと向き合うことは
その先の自分を癒すことにも繋がっていくと
私は考えています。
人間は時に矛盾していて、
愛している、大事に思っている、
としているはずの人に刃を向けたり(心の刃と言う意味で)
傷つけるようなことを言ったりしたりしてしまいます。
大好きなのに、その人を大事にできない。
では、大事にするってどんなことでしょうか。
相手の期待に応えること、とかではなく、
自分を主体にして、関係性の中で相手を大事にするって
どんなこと?
と言うことです。
自分にできることは、人にもできる。
自分にできないことは、人にもできない。
自分にできないことも、人に対してはできる、ということもあるかもしれません。
テーマと離れてしまい、散漫な文章になってしまったかもしれません。
この映画の中で、
主人公の鈴芽が、
君は死ぬのが怖くないのか、と問われて
怖くない!と答えます。
これ以上書くとネタバレが激しいのでここまでにしますが、
それを言わせたある事件(彼女の人生を変えた転機)
がこの言葉を言わせることで、
なぜ生きるのかを問うているようです。
(観てない方はぜひご覧ください)
こちら、死生観をテーマにしているわけではないのですが
獣医師でもあられる森井啓二さんのご著書もお勧めです。
野生動物の話は命について深く考えさせられます。
潜在意識にしまいこまれている記憶
トラウマとインナーチャイルドを越えて
自分の人生と向き合い、現実を生きることとは。
今日は潜在意識について最近思うことを書きます。
私たちは、顕在意識(自分で把握している意識)と
潜在意識によって成り立っています。
顕在意識はとっても少ない範囲で色々考えていて、
潜在意識の方がより深く幅広く、
多くの記憶のストックがあると言われています。
潜在意識は、
主に幼少期にその多くを作られると言われていて、
そうなると親や家族、
当時関わった周りの人との記憶や思い出によって
顕在意識ともに成り立ってます。
大人になってからこの潜在意識を変えようとしたり、
自分の悪パターンや悪習慣、
嫌な性格をなんとかできないだろうか、とか、
望まないのになんでこんなことしてしまうんだろうとか、
決まったシチュエーションでシャットアウトがかかったように
思考停止になったり、
なぜか負けパターンを繰り返してしまったり・・・。
それはこの、潜在意識からくる思い込みや
刷り込みなどからくることが考えられます。
私の場合も、過去を振り返ると色々あるのですが、
1、人付き合いが長続きしない
(付き合う中でどこかのタイミングでこちらからフェイドアウトしたり、
相手との関係が喧嘩別れや何かしらの問題で終わってしまうなど)
2、マウント取られたり、言葉上手な人から騙される
(言い方悪いのですが、言いくるめられたり、なぜか向こうのいいように
使われてしまったり)
3、平気なふりをしてしまう(仮面をかぶって自分を作ってしまう)
4、気持ちを言葉化できず、人に合わせてしまう (2と似通っています)
5、必要な時に手を貸して欲しい、と打ち明けること、頼ることができない。我慢し通してどこかでぷっつんとなってしまう
6、可愛げがない(自分をオープンにできない)
7、トラウマによるブロック、シャットダウンがある
8、こだわりが強く、融通が効きにくい
これ以外にも色々あるのですが、これらは結構強い特徴で
長いこと悩み、本を読んだりカウンセリングを受けたり、
対策を考えてもいましたが、いまひとつ打開策は得られずにきました。
私の場合、母親からの言葉や行動による価値観の刷り込み、
恐れ、悲しみなどが染み込んだシーン、
頭がバグるトラウマ的体験、
それと、
寂しさという感情を処理しきれない自分の弱さ
親から精神的に完全な自立がなかなかできない(犠牲的考えにはまってしまう)
などというところから、
依存的な関係を築きがちでした。
ただ、そのときに目の前にあるシーン(今起こっていること)と、
自分の潜在意識の中にある恐怖などの感情や身体感覚が直接
結びついてしまい、それがトラウマ的な症状を引き起こしてしまう
(闘争、逃走、凍りつき)
ということもとても多かったのです。
トラウマというのは、特別な人(戦争経験者や、事件被害者など)
に当てはまることで自分には関係ないとずっと思ってきたのですが、
ある勉強会で人の話を聞いた時、これは、と自分にも当てはまる事項が
いくつもあり、そこからトラウマについてすこしずつ学びました。
当時はトラウマについて学ぶといっても本を読むか、
あるいはオンラインのお話会に参加するくらいだったのですが、
人のトラウマ体験を聞くだけで、自分のトラウマスイッチが入ってしまい、
しばらく眠れなくなってしまったり、また、恐怖のスイッチが入ると
アドレナリンがずっと出ているような興奮状態が続く、あるいは
ずっと涙が止まらない、というような身体症状がでまくってしまい、
コンスタントにはできませんでした。
一度本を読み、その余韻でしばらく寝付けなくなり、
またしばらく時間をおいて続きを読む、というような具合でした。
良書を貼っておきます。
わかりやすくて比較的易しい本だと思います。
(ただ、反応が出た時は注意してゆっくり読んでください)
この時、日々がとても辛くて、
朝も起き上がれない日もあったのですが、
細々ながら続けていたことは、
細切れの時間を探して学び、
感じる時間を作り、
今までと違った選択を取り入れてみる、
そして、できる時に浄化する、
などの日常のセルフケアたちでした。
(一番辛い時期は、顔も洗えないほど動けなかったので、
そういう時は何もしませんでした)
思考にべったり張り付いてくるねばならない、や
それができない苦しみや、犠牲的な考え、
望まないのにあれこれ反応してしまう心身と、
調子が悪くなっていく体調。
食欲もないし、眠れないし、
人とも会いたくない。
という、八方塞がりの状態でした。
でも、自分の気持ちを言葉化することや、
今の自分をとっても遠くから抽象的に眺めること、
なぜ生きているのか、生まれてきたのか、ということを
全然違う見方からみてみること。
それには、偉人たちの言葉や、
たくさんの本の中に散りばめられた人生、
知恵が必要でしたし、また言葉にするのがとても下手くそな私でも、
人の言葉はスーッとはいってくるので、インプットをひたすらしていたのです。
結果、それが関係性を見直すことにも繋がり、
元パートナーとの離婚にも繋がっていくのですが、
その前の私は、離婚を考えてはいても、全てを諦めていました。
今更別れて、私はどこへ行こうとしているのだろう。
何をしたって、どうせもう無駄。
しまいには、
こんな自分など、いなくなっても良いのに。
と、悪い方に悪い方に考えがいってしまっていたのです。
自分が招いてきたことでもあるのに、
本当はこんなはずじゃなかったってがっくりしている。
嫌な予感がしたけれど、
焦っていてこっちでいいやって決めてしまった。
もう次がなかった。
責められているような気持ちがして、
自分の気持ちを見失ってしまった。
そう。そう。
そういうことたち。
失敗する自分は最低って思ってしまっていたけれど。
人生の抽象度を上げてみるのです。
考え方は1日では変わるはずはないので、
私も相当長いこと試行錯誤しました。
普段本を読むのはとても遅いのですが、
この間、一年余りで読んだ本が300冊近く、
今までの自分の中でこの期間では一番多かったと思います。
ただ、それほど差し迫っていて、なんとかしたかったのです。
ただ、助けてほしいという一言がなぜか言えない私は、
本の世界にそれを求めました。
もしかしたら、わたしと同じような方がいらっしゃるかもしれません。
三森みささんの漫画やエッセイにも救われました。
そしてポリヴェーガル理論を知りました。
以前ご紹介した内的家族システムモデルも役に立ちました。
こうして学び、新しい考え方と出会い、
比較したり卑下して落ち込むことより、
刷り込まれてきた価値観や生き方、考え方に
まずは気づくこと。
そして自分はそれ(新しい考え方など)
をどうしたいかと自問してみます。
それで、私は、どうしたいの?
それを丁寧に、親友であるかのごとく
寄り添いながら、
でも逃げずに自分に問うていきます。
時間はかかるかもしれませんが、
その答えをすくっていき、
自分に時間をかけるのです。
それこそが、自分再教育となるのです。
まだ、続きます。
今伝えたいこと。家族という洗脳から抜ける
今日からどのくらい続くかわからないですが、
人間関係、親子関係について
何度かに分けて書きます。
どうすれば自分の人生を歩めるように
成長できるのか。
それを私の視点でシェアできたらと思います。
私は知識も心理学の専門分野の人間でも在りませんが、
世間に毒親とか、インナーチャイルドとかいう言葉が出回り始めて
それが共通意識(それを持っている人のいかに多いことか)と感じます。
自分の感覚ではおかしいと思っていても、
世間や周りの人に本当の意味で寄り添ってもらった記憶が極端に少ないこと、
自分の感覚を信じることができなかったことがそのまま成人してからも
人に承認を求めるような言動につながってしまったり、
ずっと親を反面教師として生きることでしか
自分を保つことができなかったのは、私の身にも覚えがあることです。
がしかし、
そういった生き方が人との関係ないし、
自分自身を傷つけ、
ないしは自分の命を傷つけたり、否定したりという経験を
してきたことで、
親からの影響、教育の影響、
ないし、無意識の影響というのは
自分こそ超えねばならないテーマだったのだということを
痛いほど思い知らされました。
そのためには、数え切れないほどのことをしてきたのですが
答えは見つかりませんでした。
最近ではよく、インナーチャイルドの情報を目にはしますが、
ではどうしたら良いのかについては人によって違うと思いますし、
また、その人のダメージや性格によっても全く違ってくると思います。
特に日本人の場合は、
自分のやりたいことを言葉にしたり行動することに
負荷がかかってしまったり、
わがままと揶揄されてしまったり
周りから反対されてしまったり、
嫉妬のバイアスや空気を読んで良い子でいる、というような文化が
背景にあるような気がしてなりません。
そしてここ数年、世の中(日本だけではなく世界全体)が変革の時期を
迎えていることがはっきり目に見えるようになってきて、
あからさまにたくさんの目に見える、
見えない動きが出てきています。
私はもともと頭脳派でもないし、
言葉がうまくスルッと出てくるタイプでもないので、
こうして文章にすることもどうなのかわかりませんが、
何か伝えなきゃという気持ちがあって
今こうして書いてます。
以前だったら、波風立たせるような発言と取られてしまったり、
どうしても私の言いたいことがうまく伝えられなかったのですが、
当時は自己承認欲も今より強くて仕方がなかったのかもしれません。
私が子供の頃は、親がかなり手荒なことをしていても、
教えてやっている、とか、
このくらいしないとわからないからといって
手加減はしない、自分の興味ある分野以外は徹底的に無関心でした。
大人になってから、
親が毒だったということがわかっても
私はまだ自分の親に期待をしてしまったり、
いつか気づいてくれるかも、
時間とともにあちらも成長するかも、と信じ込んでいました。
そして、もう少しまともな関係が再構築できると思ってもきました。
しかし、それは間違った考えだったことが今でははっきりわかります。
親は変わるどころか、
こちらを罵倒し、下げることをいったりしたりして、
関係性はどんどんひどくなる一方。
会うこと自体が難しくなるほどで、今では連絡は絶っています。
そうしてここ数年。
母親が娘に対して持つ感情というものについて読み、
そこにでてくる母親が
自分の肉親がそっくりなのにゾッとしたことがあります。
私自身は自分が生きている価値がない、
消えてしまいたい、
と思ってきた10代、その前からも
母親は私に、毎日のように心中しよう、
と迫ってくるような人で、それをかばう毎日でしたが、
当時は母親を好きだから当然と思っていました。
親がかわいそう、という当時の思考の矢印が
のちに自分の被害者意識、そして罪悪感につながっていったのは
当然だったのかもしれません。
そういうような、幼稚であり、自立できていない親にいつまでも
期待していた自分がいました。
そしてそこから抜けていかなければなりませんでした。
それを自覚したのは、自分が結婚し、
そしてその後病気や事故をして、諸々なことを経たのちに
離婚を決意した時あたりから、になります。
悲しいことに私は、早くから親がおかしいことには
気がついてはいましたが、
対策や実践に関して、ちょっと知恵が足らなかったように思います。
親を反面教師のようにして生きていたら、
いつしか自分も親のようになっていた、とは
心理学系の本を読んでいるとよく出てくるフレーズですが、
逆を握りしめることは、
気づかないでいるよりもより深く墓穴を掘ってしまうことがある。
と、自分の経験を通して学びました。
数年間、病気や事故、希死念慮で死と隣り合わせにあり、
抜けないトンネルを希望もなくいましたが、
考え方の逆転、転換が必須だったのです。
どん底にいた私は
経済的にも困窮して全く豊かではありませんでしたが、
そんな中今まで読まなかったような
人たちの本を読み始め、
その人たちの講演に行き始め、
他でも読んだものに触れ始め、
と今までない方向に自分の頭にあるおおきなわだかまりを
一つづつ解くような気持ちで向き合って、今の自分がいます。
私の母親は、戦争中に満州にいて、
戦後すぐに身一つで日本へ帰国してきて、(純日本人です)
ゼロから始めた苦労人かと思ってはいましたが、
考え方や生きる思想を持てない、というか、
憎しみや恨みの塊のようで
混濁しており、
被害者意識がとても強かった。
父親は私が10歳の時に死にましたが、
多くを語りませんでした。
でも本当は言いたいことがあったような気がしてならないのです。
自分はその親や嫌で早々に家を出ましたが、
その毒された考え方の中で生きてきた思考が
離れたからといって無くなるわけでもなく、
その後も仕事をクビになったり病気になったり、
たくさんのトラブルを抱え、
私の人生、呪われているのではないか。
そんなふうに思ってましたが、
(そう思うこと自体が人のせい体質でしたが)
その自分を再教育するつもりで小さなことから始めて
今があります。
お伝えしたいのは、
今がどんなに酷い状態であったも、
何もうまくいっていなくても、
また、どんなに大きな失敗をしていたとしても、
自分を立て直すことはできるということです。
でもそれは、自分を内省することから始まり、
自分を真正面から徹底的に見つめ直す必要があります。
私は遅ればせながらそのことから始めました。
そして親と自分を再度、切りはなして、
パートナーとの歪な関係を終わらせて行く過程で
自己再教育をして行く気持ちでやりました。
自分が10代の頃、絶望の中命を救ってくれたのは
日本文学や詩人の詩でした。
その中の一言や、考えに触れて、
もう少し生きようという気力をもらったのです。
今自分が何か渡せるとしたら、もらったものを
お返ししたいのです。
自分の命は、10代遡ると8000人の祖先がいなくては
成り立たないと言います。
その8000人のDNAが自分の体にある、血の中に巡っていると
思ってみると、今この命を絶ってしまったら
ご縁のあった命に対して、申し訳ないというか、
せめてなぜ生まれてきたのか、言葉化しておきたい。
うまく言えませんが、生きるということ、
幸せということについて、しばらく考える
そういう残りの8月として
生きたいと思います。
政治についてもっと話そう
こちらのアカウントでは、ちょっと違った色合いのことを
発信していけたらと思うので宜しくお願いします。
東京都知事選からの独り言メモ。
今様々なインフラ問題、税金値上げ、脅かされる食の安全生、
諸々の問題の中に、移民問題があると言われています。
そこで、海外暮らしに細々と身を費やしてきた身として考えたことがあるので、
独り言として記します。
日本は二重国籍を取得できないと法律で定められています。
いくら諸外国で税金を収めても、帰化しない限りは異邦人扱いなのです。
当たり前と言われれば当たり前のことと当時は受け止めていました。
帰化するということは日本で生まれて育ち母国語を日本語とし、
教育を受けてきて税金を納めてきていても、
日本ではもう異邦人扱いとなってしまいます。
それは選挙権に関しても同じことで、
異国にどれだけ長いこと暮らして文化に貢献したとしても、
日本人であることを放棄して帰化しない限りは選挙権はもらえません。
(注 不公平を主張しているのではなく、矛盾していると言いたい)
同時に帰化すれば日本の選挙権は当然無くなってしまいます。
二重国籍を認めて欲しいと単純に言っているのではなく、
欧米諸国では大陸がつながっていて、ミックスは珍しいことでなく、
二重国籍、三重国籍を(違法ではもちろんなく)持っている人もいます。
私個人としては、海外在住経験はありますが
現地で投票をしたことはもちろんありません。
住んでいれば当然、様々な影響をもろに受けます。
でも、だからといって急に投票権を移民の人にあげてしまうのは
とても危険なことだと考えています。
個人的に海外で暮らし、そこに馴染もうとも、
やはり自身が異国人であるという意識が100パーセント消えたことはありませんでした。
でもそれを被害者的な考え方で不公平といっても仕方がありません。
それがそこのルールですし、それをわかっていてそこにいるのですから・・・。
その国の人が優遇されるべきとかそういうことではないのですが、
やはりその国の歴史を知り、自分は好きでそこにいるのだという意識を持たなければ、
単に自分の都合だけになってしまいますので・・・。
選挙権のことは、一度決めたらもう元に戻せませんので、
熟考する必要があることだと考えています。
















