
神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。
イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。栄子おばさんに相談してみよう。
たちゃん、イスラエルのことなら私に任せて。
栄子おばさん。
イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりのおば栄子だったのです。
お邪魔します。
あー、たけちゃん。
ごめんください。今日はお友達を連れてきました。
こんにちは。初めまして。
ようこそいらっしゃいました。
こちらは一緒にイスラエルに行ったみっちゃんです。
みっちゃん、よく来てくださいました。
栄子です。どうも、初めまして。
今日はお邪魔させていただきます。よろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。
たけちゃん、今日も質問があるんでしょ。
そうなんです。
なに聞いてくれるのかしら。
みっちゃんと一緒に聞こうと思ったことがあったんだけど。まあ、僕たちイスラエルに行った時にベツレヘムの降誕教会に行ったんですよね。降誕教会。写真がある。
はい、思い出す。
で、ここに行ってびっくりしたのは、イエス様が生まれた場所はずっと馬小屋だと思ってたんだけど、降誕教会に行くと洞窟だったんですよね。イエス様。じゃ、洞窟で生まれたのかなって。今までずっと馬小屋だって聞いてたからね。
ね。そうなんですよ。僕もびっくりしました。驚いてるんですよ。馬小屋じゃなかったっていうことがショックなんですよね。
いや、それはね、ヨーロッパ神学から来てるからなのよ。ヨーロッパではユダヤ人はキリスト殺しって言われて、ユダヤ人は異教徒だって扱われたのね。えー、だから、ユダヤ的視点で聖書を読むっていうことは悪いことだっていう風に知らされてたのよね。長いことユダヤ人は異教徒って言われてたんだ。
ほんとにね、ひどい目にあったんだけど、その聖書を聖書の世界でユダヤ視点で見ると、馬小屋っていうのはありえない。なぜなら、99パーセントの人たちが貧しい人たちだから。ほとんどの人たちが洞窟に住んでたのね。まあ、家が見つからないからって、小さい家を自分で建てっていうのに住んでる人もいたんだけども、洞窟に住んでいるっていう。
そういう中で、羊飼いっていうのは大きな洞窟に住んでたのね。寒い時には羊をちゃんと中に入れてあげることができる場所があって、その横に自分たちの住むところがあるっていうね。そういうところだったのよ。ええ。そういう中で、馬を買うって言うと、馬は毎日水を飲むの。
うんうんうん。
だから、水を毎日馬のために汲みに行かなきゃならないっていう。泉が遠いところだから。いや、だからほとんどの人がもう馬は飼ってなかったのね。だけど、羊だとかロバは1週間に2回か3回水飲ませるだけでいいので、その時に泉に連れて行って飲ませるという状況だったのね。だから、馬小屋っていうのは、あの土地では考えられない。
馬を飼ってる人はそこにはいないっていうこと。
余程に裕福な人でないと、水を毎日汲むために奴隷を持つことができるような人でないとダメ。
ベツレヘムでは簡単に水が汲みに行けない。
あそこは、荒野だったでしょう。
そういうことか。ベツレヘムは荒野だから、馬を飼う人は貧しければほんとに飼えないっていうことだったんだ。
そうなのよ。
なるほど。
じゃあ馬小屋っていうよりは羊小屋をイメージした方がいいのか。
そうなのよ。羊小屋でお生まれになったのよ、イエス様は。
イエス様はね、神の子って呼ばれるけど、羊小屋で生まれた。
イエスは神の子なんだけど、イエス様は神の子羊って呼ばれてるでしょ。子羊が羊小屋で生まれるのが最も適してるじゃないの。だからそこには素晴らしい神様のメッセージがあるっていうわけなの。
羊小屋ですか。
羊小屋なの。
今まで聞いていたことと全然違うんだね。
うんうんうん。
それプラス、ちょっと聖書開けるわね。このルカの2章には、2章の8節で、さて、この土地に羊飼いたちが野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていたって書いてあるのよね。そこに天使の軍勢が現れているのね。軍勢っていうのは、ローマ時代の軍勢っていうのは大体五千人から六千人だから、羊飼いの野っていうところに六千人近い御使いが現れたっていうことなの。
羊飼いなのに。行ってきた。
そう。ここ、ここ。ちょっとこの空見て。この空に約六千人の御使いが現れたって。ちょっと想像してみて。
六千人ですか。ものすごい光景だったでしょうね。
すごい光景。
そんなにすごい光景。そして素晴らしい出来事なんだと思うんだけど、それがもう裕福な人とか有名な人じゃなくて、羊飼いたちのところに告げられたっていうのは、なんか特別な意味があるのかな。
それは、神様のメッセージがそこにあるからなのよ。子羊である神の子羊であるイエス様がお生まれになったのに、誰が発表係になるのに一番適してると思う。やっぱり羊飼いでしょ。羊が生まれたら羊飼が発表するじゃないですか。神の子羊が生まれたっていうのを発表するのに、羊飼いのところに現れて、もうすっごい興奮して、黙っていられないって言わんばかりに、もうみんなに言って歩いたのよ。ええ。ルカの2章10節と11節、みっちゃん、読んでくれる。
はい。ルカの福音書2章の10節、11節ですね。御使いは彼らに言った。恐れることはありません。今、私はこの民全体のための素晴らしい喜びを知らせに来たのです。今日、ダビデの街で、あなた方のために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
これをもう興奮して多くの人々に彼らは告げたのよ。羊飼いの野に教会があるんだけど。私、行ってきたのね。あそこの神父さんが、あそこに教会を建てたのは、2つの二千年前の墓石を見つけたって言ってたわ。その墓石には、あれを見たところに埋めてくれっていう言葉が両方ともに書いてあったっていうのね。ええ、だからその場所に現れたんだっていうの。で、羊飼いの教会っていうのを建てたって言ってたわ。
あれを見たところっていうのは、天の軍勢が現れて告げられたっていうあれを見たとこ。
それしか考えられない。
いや、凄いな。確かに僕でも、もし羊飼いだったら、あれを見たところに埋めてくれって言いたくなるかもしれないもんね。
だよね。
そうか、イエス様は神の子羊って言われるから、やっぱり羊飼いが羊の子供の誕生を発表する係としてふさわしいっていうのが、なんかよくわかる気がするし、そんなことがこの背景に隠されてるっていうことも。いや、びっくりだね。感動するね、これは。
これはユダヤ的視点で聖書を見なかったらわからないのよね。
じゃあ、ヨーロッパはどうしてこれを馬小屋だっていう風に教えていた。
それは2章7節に書いてあるからよ。たけちゃん読んで
男子の初子を生んだ。それで布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
飼い葉桶って聞くと、ヨーロッパでは馬小屋ってまず頭に浮かんでくる。だから飼い葉桶イコール馬小屋。え。ユダヤ視点から見れば、飼い葉桶イコール羊小屋なんだけど。
そっか。これはイスラエルに行かなかったら疑問にさえ持たなかったことかもしれないけど、わかってなんかスッキリしたな。
うん、ほんとそうだよね。亜麻布にくるまってっていう言葉にも、何か意味とか奥義が隠されてるんですか。この布にくるまってっていう言葉に、すっごい奥義があるって。
ええ。メシアニックジュ―ってユダヤ人で、イエス様を信じているとても有名な先生なんですけども。クルクテンバン先生、博士ですよね。あの先生が、昔は死体に、こう、包帯のようにぐるぐるぐるぐる巻いて布にくるんだっていうのね。それ。その仕事をするのには大きな場所でないと、小さな人が住んでいる洞窟だとか小さな家ではできないので、羊小屋のような広い所を使って、そのに布にくるむことをしたのね。それが、この羊小屋にたくさんその布が置いてあったっていうわけなのね。だから、赤ちゃんが生まれました。あそこに布があったから、その布でくるみましたっていう。実はイエス様は死体を包む布に包まれた。生まれた時にね。包まれたっていうのは、どの人も生きるために生まれてくるんだけど、イエス様は神の子羊として死ぬためにお生まれになった。それを神様は初日からメッセージ与えて、死体を巻く布でくるまれたっていうわけなのよね。
いや、本当に神様ってすごいですね。人類の罪を背負って十字架にかかられるその贖いの姿を、既にお生まれになったその日に表してくださっていたっていうことなんですね。
そう。
感動しますね。
栄子おばさん、もう1つ聞きたいんだけど、ベツレヘムの降誕教会ですけど、なんでこれ、エルサレムではなくて、ベツレヘムでイエス様って生まれたんだ。それは預言に書いてあるからよ。ミカ書の5章2節。たけちゃん、読んでみて。
はい。
ベツレヘム、エフラテよ。あなたはユダの種族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから私のためにイスラエルの支配者になるものが出る。その出ることは昔から永遠の昔からの定めである。
イエス様は、イスラエルの支配者。
うん。
そして、世界の王の王であられるお方。この方がベツレヘムでお生まれになるんだよっていう預言があったわけね。その成就。
やった。
えー。じゃあ、その預言を成就するために、マリアとヨセフはわざわざベツレヘムへ行ったってことなんですか。
うん。とんでもないのよ。そう、そうじゃないのよ。住民登録をせよっていう命令が出たので、みんな一人ずつ自分の部族のところに戻って住民登録をしなければならないという、それが掟なのね。ちょっとこう、民数記の36章9節、みっちゃんに読んでもらおうかな。
はい。
こうして、相続地は1つの部族から他の部族に移してはならない。イスラエル人の部族は、おのおのその相続地を固く守らなければならないからである。
彼らはナザレに住んでたのね。うん。そしてマリアもヨセフもダビデの家系だからね。ナザレっていうのはゼブルン族の土地だから、ダビデの家系の人がゼブルン族のところで登録するわけにはいかないのね。ダビデは、ユダ族だったから、ユダの土地に行って、ダビデの出身地であるベツレヘムに行って登録しなきゃならないっていうことなのね。これは律法に書かれているからなのよ。それは、でも、大変なことですよね。だって、この律法はずっと前に書かれたことでしょ。マリアやヨセフよりも何年、千年以上前に書かれたことなのに、その律法を守らなきゃいけないっていうのは大変っていうか、結構めんどくさい旅をしたっていうか。
これは大変なことだよね。
私たちから考えればそうなんだけど、彼らにとっては申命記28章に、もしこの掟を守るなら、あなた方は全ての国々よりも祝福されるって約束されてるのね。だから、この掟を守るということは、神様からの祝福だという思いで守って、守らなかったら呪いを受けるよって言われてるから、呪いをもらいたくないっていうね。そういう思いで代々続いてしていることだから。ああ、私たちが思ってるほどめんどくさいことではないのね。
うん。
今の時代になってもですか。イスラエルの民って、やっぱり何かこう、ほかのどの国とも比べても、やっぱり何かちょっと色々な意味で異なったような感じの民族ですよね。本当に異なった民族。そのために神様が律法をお与えになって、そして律法を通して聖別され、その聖別された民族から救い主イエス様がお生まれになり、またこの民族を通してイエス様がご再臨なさるという。そして、ついに、ついに、人類救済計画が成就して初めて誠の平和が世界に来るっていうね。これ全部この律法から来てる、この民族から来てるっていうわけなのよ。
この民族を通して救い主が生まれたっていうだけでもなんか特別だなって思わざるを得ないし、またこの後もこの民族を通してご再臨と、そして誠の平和が来て、神様が人類を救うっていうことが成し遂げられるって、なんか全部特別な民族だっていうのはすごい感じさせられる。
そうだよね。もう1つ、すいません、質問があるんですけど、ベツレヘムには彼らの宿がなかったって書いてあるんですけれども。
はい。
その当時の宿、宿屋っていうのは一体どんな感じの宿だったんでしょうか。
今の旅館だとかホテルとは全然違うのね。昔のしきたりっていうのは、どこの家も、どんなに狭くても、旅人が来たらここに寝かしてあげましょうという、そういうしきたりがあったのね。そして旅人はそこに泊まらせてもらって、翌日賃金を置いて旅立っていくっていう、そういうしきたりの時代。特にベツレヘムのような小さな町はね、エルサレムのような大きい所だったら宿があったんですけど。だから、そういうしきたりの中で、住民登録のためにダビデの家系全部が集まってるじゃない。だからどこの家もお客様いっぱいで、彼らが泊まるとこが見つからなかったというわけ。
なるほど。じゃあつまり、宿っていうのは個人の家だったっていうことなんですね。
そうなのよ。個人の家だと。どこの個人の家もいっぱいだから、彼らは羊飼いが野宿して夜番をしていたって書いてあるでしょう。だから暖かい日だったわけね。ということは、羊が入る場所、寒い時に入れる場所、そこは絶対開いてたに違いないっていうので、羊飼いの家に来てるのね。
その日は羊が羊小屋にいなかった夜だったっていうことなんだ。
うん。だから、どこも開いてなくても、せめて羊が入る場所は空いてるだろうっていうので、羊飼いのところに行って、そこで神の子がお生まれになったというわけ。
なるほど。そういうことでしたか。つまり、このような形で聖書の預言の成就が起こって、そしてその神の子羊が羊小屋で生まれるっていうのは、ほんとに神様の考えた素晴らしいご計画の一つなんですね。
そうね。一つ一つが神様の、神様のメッセージが入っているわけね。
ですね。いや、全然これ、イスラエルに行かなかったら疑問に思わなかったもんだから、こんなに膨らむとはね。そうですね。感動ですよね。ほんとに。もっとたくさん聞きたいことあるんだけど、今日はそろそろ行かなきゃいけないので。
みっちゃん、来てくださってありがとう。
こちらこそ、ほんとに今日は勉強になりました。ありがとう。
また来てちょうだい。
はい。ありがとうございます。またお邪魔させていただきます。まだまだ聞きたいことが、質問がいっぱいあるんで。
たくちゃんも来てくれてありがとう。
その、いつもありがとう。
ママによろしく。
じゃあ、また来ますね。
ね。また来てね。
それでは、本日のおさらいをします。イエス様がお生まれになった場所は、ベツレヘムの小屋ではなく、羊小屋でした。大勢の御使いが裕福な人たちにではなく羊飼いのところに現れたのは、羊飼いが神の子羊が生まれた発表係として一番適した人だったからです。イエス様が布にくるまれた布は、本当は死体を包むための布でした。人間は生きるために生まれてきますが、イエス様は死ぬためにお生まれになったことを神様はこのように表されました。
それでは皆様、またお会いしましょう。
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