しあわせうさぎさんの決意

教会、職場の不安、困難の乗り越え方とは?

【動画メモ】イエス様は羊小屋でお生まれになった!|第6話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)



神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。
イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。栄子おばさんに相談してみよう。
たちゃん、イスラエルのことなら私に任せて。
栄子おばさん。
イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりのおば栄子だったのです。
お邪魔します。

あー、たけちゃん。

ごめんください。今日はお友達を連れてきました。
こんにちは。初めまして。
ようこそいらっしゃいました。
こちらは一緒にイスラエルに行ったみっちゃんです。
みっちゃん、よく来てくださいました。

栄子です。どうも、初めまして。

今日はお邪魔させていただきます。よろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。

たけちゃん、今日も質問があるんでしょ。
そうなんです。

なに聞いてくれるのかしら。
みっちゃんと一緒に聞こうと思ったことがあったんだけど。まあ、僕たちイスラエルに行った時にベツレヘムの降誕教会に行ったんですよね。降誕教会。写真がある。

はい、思い出す。
で、ここに行ってびっくりしたのは、イエス様が生まれた場所はずっと馬小屋だと思ってたんだけど、降誕教会に行くと洞窟だったんですよね。イエス様。じゃ、洞窟で生まれたのかなって。今までずっと馬小屋だって聞いてたからね。
ね。そうなんですよ。僕もびっくりしました。驚いてるんですよ。馬小屋じゃなかったっていうことがショックなんですよね。
いや、それはね、ヨーロッパ神学から来てるからなのよ。ヨーロッパではユダヤ人はキリスト殺しって言われて、ユダヤ人は異教徒だって扱われたのね。えー、だから、ユダヤ的視点で聖書を読むっていうことは悪いことだっていう風に知らされてたのよね。長いことユダヤ人は異教徒って言われてたんだ。
ほんとにね、ひどい目にあったんだけど、その聖書を聖書の世界でユダヤ視点で見ると、馬小屋っていうのはありえない。なぜなら、99パーセントの人たちが貧しい人たちだから。ほとんどの人たちが洞窟に住んでたのね。まあ、家が見つからないからって、小さい家を自分で建てっていうのに住んでる人もいたんだけども、洞窟に住んでいるっていう。
そういう中で、羊飼いっていうのは大きな洞窟に住んでたのね。寒い時には羊をちゃんと中に入れてあげることができる場所があって、その横に自分たちの住むところがあるっていうね。そういうところだったのよ。ええ。そういう中で、馬を買うって言うと、馬は毎日水を飲むの。
うんうんうん。
だから、水を毎日馬のために汲みに行かなきゃならないっていう。泉が遠いところだから。いや、だからほとんどの人がもう馬は飼ってなかったのね。だけど、羊だとかロバは1週間に2回か3回水飲ませるだけでいいので、その時に泉に連れて行って飲ませるという状況だったのね。だから、馬小屋っていうのは、あの土地では考えられない。
馬を飼ってる人はそこにはいないっていうこと。
余程に裕福な人でないと、水を毎日汲むために奴隷を持つことができるような人でないとダメ。
ベツレヘムでは簡単に水が汲みに行けない。
あそこは、荒野だったでしょう。
そういうことか。ベツレヘムは荒野だから、馬を飼う人は貧しければほんとに飼えないっていうことだったんだ。
そうなのよ。

なるほど。
じゃあ馬小屋っていうよりは羊小屋をイメージした方がいいのか。
そうなのよ。羊小屋でお生まれになったのよ、イエス様は。
イエス様はね、神の子って呼ばれるけど、羊小屋で生まれた。
イエスは神の子なんだけど、イエス様は神の子羊って呼ばれてるでしょ。子羊が羊小屋で生まれるのが最も適してるじゃないの。だからそこには素晴らしい神様のメッセージがあるっていうわけなの。
羊小屋ですか。
羊小屋なの。
今まで聞いていたことと全然違うんだね。

うんうんうん。
それプラス、ちょっと聖書開けるわね。このルカの2章には、2章の8節で、さて、この土地に羊飼いたちが野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていたって書いてあるのよね。そこに天使の軍勢が現れているのね。軍勢っていうのは、ローマ時代の軍勢っていうのは大体五千人から六千人だから、羊飼いの野っていうところに六千人近い御使いが現れたっていうことなの。
羊飼いなのに。行ってきた。
そう。ここ、ここ。ちょっとこの空見て。この空に約六千人の御使いが現れたって。ちょっと想像してみて。
六千人ですか。ものすごい光景だったでしょうね。
すごい光景。
そんなにすごい光景。そして素晴らしい出来事なんだと思うんだけど、それがもう裕福な人とか有名な人じゃなくて、羊飼いたちのところに告げられたっていうのは、なんか特別な意味があるのかな。
それは、神様のメッセージがそこにあるからなのよ。子羊である神の子羊であるイエス様がお生まれになったのに、誰が発表係になるのに一番適してると思う。やっぱり羊飼いでしょ。羊が生まれたら羊飼が発表するじゃないですか。神の子羊が生まれたっていうのを発表するのに、羊飼いのところに現れて、もうすっごい興奮して、黙っていられないって言わんばかりに、もうみんなに言って歩いたのよ。ええ。ルカの2章10節と11節、みっちゃん、読んでくれる。
はい。ルカの福音書2章の10節、11節ですね。御使いは彼らに言った。恐れることはありません。今、私はこの民全体のための素晴らしい喜びを知らせに来たのです。今日、ダビデの街で、あなた方のために救い主がお生まれになりました。この方こそ主キリストです。
これをもう興奮して多くの人々に彼らは告げたのよ。羊飼いの野に教会があるんだけど。私、行ってきたのね。あそこの神父さんが、あそこに教会を建てたのは、2つの二千年前の墓石を見つけたって言ってたわ。その墓石には、あれを見たところに埋めてくれっていう言葉が両方ともに書いてあったっていうのね。ええ、だからその場所に現れたんだっていうの。で、羊飼いの教会っていうのを建てたって言ってたわ。
あれを見たところっていうのは、天の軍勢が現れて告げられたっていうあれを見たとこ。
それしか考えられない。
いや、凄いな。確かに僕でも、もし羊飼いだったら、あれを見たところに埋めてくれって言いたくなるかもしれないもんね。
だよね。
そうか、イエス様は神の子羊って言われるから、やっぱり羊飼いが羊の子供の誕生を発表する係としてふさわしいっていうのが、なんかよくわかる気がするし、そんなことがこの背景に隠されてるっていうことも。いや、びっくりだね。感動するね、これは。
これはユダヤ的視点で聖書を見なかったらわからないのよね。
じゃあ、ヨーロッパはどうしてこれを馬小屋だっていう風に教えていた。
それは2章7節に書いてあるからよ。たけちゃん読んで
男子の初子を生んだ。それで布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。
飼い葉桶って聞くと、ヨーロッパでは馬小屋ってまず頭に浮かんでくる。だから飼い葉桶イコール馬小屋。え。ユダヤ視点から見れば、飼い葉桶イコール羊小屋なんだけど。
そっか。これはイスラエルに行かなかったら疑問にさえ持たなかったことかもしれないけど、わかってなんかスッキリしたな。
うん、ほんとそうだよね。亜麻布にくるまってっていう言葉にも、何か意味とか奥義が隠されてるんですか。この布にくるまってっていう言葉に、すっごい奥義があるって。
ええ。メシアニックジュ―ってユダヤ人で、イエス様を信じているとても有名な先生なんですけども。クルクテンバン先生、博士ですよね。あの先生が、昔は死体に、こう、包帯のようにぐるぐるぐるぐる巻いて布にくるんだっていうのね。それ。その仕事をするのには大きな場所でないと、小さな人が住んでいる洞窟だとか小さな家ではできないので、羊小屋のような広い所を使って、そのに布にくるむことをしたのね。それが、この羊小屋にたくさんその布が置いてあったっていうわけなのね。だから、赤ちゃんが生まれました。あそこに布があったから、その布でくるみましたっていう。実はイエス様は死体を包む布に包まれた。生まれた時にね。包まれたっていうのは、どの人も生きるために生まれてくるんだけど、イエス様は神の子羊として死ぬためにお生まれになった。それを神様は初日からメッセージ与えて、死体を巻く布でくるまれたっていうわけなのよね。
いや、本当に神様ってすごいですね。人類の罪を背負って十字架にかかられるその贖いの姿を、既にお生まれになったその日に表してくださっていたっていうことなんですね。
そう。

感動しますね。
栄子おばさん、もう1つ聞きたいんだけど、ベツレヘムの降誕教会ですけど、なんでこれ、エルサレムではなくて、ベツレヘムでイエス様って生まれたんだ。それは預言に書いてあるからよ。ミカ書の5章2節。たけちゃん、読んでみて。

はい。
ベツレヘム、エフラテよ。あなたはユダの種族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから私のためにイスラエルの支配者になるものが出る。その出ることは昔から永遠の昔からの定めである。

イエス様は、イスラエルの支配者。

うん。
そして、世界の王の王であられるお方。この方がベツレヘムでお生まれになるんだよっていう預言があったわけね。その成就。

やった。
えー。じゃあ、その預言を成就するために、マリアとヨセフはわざわざベツレヘムへ行ったってことなんですか。
うん。とんでもないのよ。そう、そうじゃないのよ。住民登録をせよっていう命令が出たので、みんな一人ずつ自分の部族のところに戻って住民登録をしなければならないという、それが掟なのね。ちょっとこう、民数記の36章9節、みっちゃんに読んでもらおうかな。
はい。
こうして、相続地は1つの部族から他の部族に移してはならない。イスラエル人の部族は、おのおのその相続地を固く守らなければならないからである。
彼らはナザレに住んでたのね。うん。そしてマリアもヨセフもダビデの家系だからね。ナザレっていうのはゼブルン族の土地だから、ダビデの家系の人がゼブルン族のところで登録するわけにはいかないのね。ダビデは、ユダ族だったから、ユダの土地に行って、ダビデの出身地であるベツレヘムに行って登録しなきゃならないっていうことなのね。これは律法に書かれているからなのよ。それは、でも、大変なことですよね。だって、この律法はずっと前に書かれたことでしょ。マリアやヨセフよりも何年、千年以上前に書かれたことなのに、その律法を守らなきゃいけないっていうのは大変っていうか、結構めんどくさい旅をしたっていうか。
これは大変なことだよね。
私たちから考えればそうなんだけど、彼らにとっては申命記28章に、もしこの掟を守るなら、あなた方は全ての国々よりも祝福されるって約束されてるのね。だから、この掟を守るということは、神様からの祝福だという思いで守って、守らなかったら呪いを受けるよって言われてるから、呪いをもらいたくないっていうね。そういう思いで代々続いてしていることだから。ああ、私たちが思ってるほどめんどくさいことではないのね。
うん。
今の時代になってもですか。イスラエルの民って、やっぱり何かこう、ほかのどの国とも比べても、やっぱり何かちょっと色々な意味で異なったような感じの民族ですよね。本当に異なった民族。そのために神様が律法をお与えになって、そして律法を通して聖別され、その聖別された民族から救い主イエス様がお生まれになり、またこの民族を通してイエス様がご再臨なさるという。そして、ついに、ついに、人類救済計画が成就して初めて誠の平和が世界に来るっていうね。これ全部この律法から来てる、この民族から来てるっていうわけなのよ。
この民族を通して救い主が生まれたっていうだけでもなんか特別だなって思わざるを得ないし、またこの後もこの民族を通してご再臨と、そして誠の平和が来て、神様が人類を救うっていうことが成し遂げられるって、なんか全部特別な民族だっていうのはすごい感じさせられる。
そうだよね。もう1つ、すいません、質問があるんですけど、ベツレヘムには彼らの宿がなかったって書いてあるんですけれども。
はい。

その当時の宿、宿屋っていうのは一体どんな感じの宿だったんでしょうか。
今の旅館だとかホテルとは全然違うのね。昔のしきたりっていうのは、どこの家も、どんなに狭くても、旅人が来たらここに寝かしてあげましょうという、そういうしきたりがあったのね。そして旅人はそこに泊まらせてもらって、翌日賃金を置いて旅立っていくっていう、そういうしきたりの時代。特にベツレヘムのような小さな町はね、エルサレムのような大きい所だったら宿があったんですけど。だから、そういうしきたりの中で、住民登録のためにダビデの家系全部が集まってるじゃない。だからどこの家もお客様いっぱいで、彼らが泊まるとこが見つからなかったというわけ。
なるほど。じゃあつまり、宿っていうのは個人の家だったっていうことなんですね。
そうなのよ。個人の家だと。どこの個人の家もいっぱいだから、彼らは羊飼いが野宿して夜番をしていたって書いてあるでしょう。だから暖かい日だったわけね。ということは、羊が入る場所、寒い時に入れる場所、そこは絶対開いてたに違いないっていうので、羊飼いの家に来てるのね。
その日は羊が羊小屋にいなかった夜だったっていうことなんだ。
うん。だから、どこも開いてなくても、せめて羊が入る場所は空いてるだろうっていうので、羊飼いのところに行って、そこで神の子がお生まれになったというわけ。
なるほど。そういうことでしたか。つまり、このような形で聖書の預言の成就が起こって、そしてその神の子羊が羊小屋で生まれるっていうのは、ほんとに神様の考えた素晴らしいご計画の一つなんですね。
そうね。一つ一つが神様の、神様のメッセージが入っているわけね。
ですね。いや、全然これ、イスラエルに行かなかったら疑問に思わなかったもんだから、こんなに膨らむとはね。そうですね。感動ですよね。ほんとに。もっとたくさん聞きたいことあるんだけど、今日はそろそろ行かなきゃいけないので。
みっちゃん、来てくださってありがとう。
こちらこそ、ほんとに今日は勉強になりました。ありがとう。
また来てちょうだい。
はい。ありがとうございます。またお邪魔させていただきます。まだまだ聞きたいことが、質問がいっぱいあるんで。
たくちゃんも来てくれてありがとう。
その、いつもありがとう。
ママによろしく。
じゃあ、また来ますね。
ね。また来てね。
それでは、本日のおさらいをします。イエス様がお生まれになった場所は、ベツレヘムの小屋ではなく、羊小屋でした。大勢の御使いが裕福な人たちにではなく羊飼いのところに現れたのは、羊飼いが神の子羊が生まれた発表係として一番適した人だったからです。イエス様が布にくるまれた布は、本当は死体を包むための布でした。人間は生きるために生まれてきますが、イエス様は死ぬためにお生まれになったことを神様はこのように表されました。
それでは皆様、またお会いしましょう。

↓動画リンク

https://youtu.be/ktHQHAOP4H4?si=CXM06Ox2mhKvxrpD

 

 

【動画メモ】食物規定でコーヒーが飲めない!|第5話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)



神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。

イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。
榮子おばさんに相談してみよう。

たちゃん、イスラエルのことなら私に任せて。

栄子おばさん。

イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりのおば栄子だったのです。
おじゃまします。
あー、たけちゃん、いらっしゃい。
あー。久しぶり。元気を、神様が、もう、いつも守ってくださって元気なのよ。
良かった良かった。

よく会いに来てくれてありがとう。

うん。いや、やっぱり今日も色々聞きたいことがあったんだけど、嬉しい。この前、栄子おばさんに聖書の安息日について教えてもらったことがあったでしょ。あの後で週末を過ごしたら、なんかすごいリフレッシュした気持ちで休むことができて。やっぱり安息日は神様からのプレゼントなんだなって思って週末を過ごせたんだよね。

聖書のことがよくわかる。もうイスラエルにと全然違うでしょう。

やっぱりそうなのかなと思う。

よかった。それで、今日の質問は。

今日はやっぱりホテルに行った時のことなんだけれども、ホテルに行って晩御飯を食べて、それでデザートも出てくるんだけど、デザート一緒に、デザートと一緒にコーヒーを飲みたいなと思って、それは日本人だったら普通にあるもんかなと思ったんだけど、なかなかコーヒーが見当たらないから、コーヒー注文できますかって聞いたら、そしたらそこの人が、ここではコーヒーは出てこないので、ロビーに行ってコーヒーを注文してくださいって言われたんですよ。で、それがなんか不思議だなと思って、なんでコーヒーの人はケーキと一緒に食べ、飲まないのかなって思ったんだよね。
それはね、そのホテルが食物規定を守ってるから、これ、聖書の律法に書かれていることなのね。

このコーヒーのことも、聖書の律法と関係がある話なの。食物規定っていうものがね、書かれているの。でね、ちょっと申命記、この中には、あなたは忌み嫌うべきものを一切食べてはならないって14章3節に書かれてるのね。そして、何を食べていいのか、何を食べてはいけないのかっていうことを書かれていて、そして、これ、21節には、子ヤギをその母の乳で煮てはならないっていう言葉が書かれてるので、何の意味だかわからないでしょう。
うん。

それをユダヤ教の人の先生方は、これは肉とミルクを混ぜてはいけないっていうふうに解釈したのよ。どのくらい肉とミルクを混ぜてはいけないのかっていうと、ちょっとこれ見てね。ここに2種類のセットがある。この入れ物はミルクのものを食べる時に使うもの。
こっちのセットは肉の物を食べるときに使うもの。
うんうんうん。

そして、このフォークだとかスプーンはミルクのものを食べるときに使うもの。ここにナイフだとかフォークだとかって、ここにあるのは肉のものを食べるときに使うもの。これを絶対混ぜちゃいけない。

絶対に混ぜちゃいけない。そして、いつも2種類用意されてるっていうこと。お鍋も同じもの使っちゃいけない。オーブンも同じものを使っちゃいけない。そして、洗うときにはミルクのものを、洗うときにはこのスポンジ。肉のものを洗うにはこのスポンジ。これを絶対混ぜてはいけない。

肉とミルクを一緒に食べちゃいけないっていうふうに理解してるっていうことはわかったんだけど、それを、お皿もお鍋も、そういう食器類を全部分けなきゃいけないって、そこまで考える必要があるのかな。
いや、それは、彼らの考えの中には、この今朝食べたミルクのもの。
うんうん。

ひょっとしたらチーズ食べたチーズのちょぴっというのがくっついてるかもしれない。
うんうんうん。

それのお皿にまた肉を食べると混ざったことになる。だからこれを絶対混ぜてはいけないっていうのは、もう流しも別々で、だから2つの流しがあるわけなの。
1回ミルクのものをここで使ってたら、ちょっとでも残ってたら、あとで混ざっちゃう可能性があるので、最初からお肉の時にしか使わないための食器が用意されてるっていうことなんだ。ということね。はあ、すごい徹底してるんだね。でも、そのこと、さっき質問した、ホテルでコーヒーを頼んだらロビーで注文してくださいって言われることは、ちょっとまだどう関係があるのかが見えてこないんだけど。
肉のものを食べるとき、コーヒーを飲むっていうと、ミルク使う人が多いですよね。クリームだとかミルク。そのために、もう肉のものを食べるものには時にはコーヒー茶碗を使わないっていうので、この食器にはコーヒー茶碗がついてこない。
うーんうん。

だから、あなたのホテルでお肉が出たでしょ。
うんうん。

その夕食の時はお肉の食器で食べたでしょ。それで、コーヒーをくださいって言ったら、それについてきてるコーヒー茶碗がないから、ロビーに行って飲んでくださいって言ってるのね。
ロビーではコーヒーを頼むことができるの。
ロビーはお肉を出さないから。うん。だからコーヒーはいつでも飲めるの。
ロビーにある食器は絶対に混ざらないから、いつでもコーヒー出せるように準備されてるというか、
そういうこと。
なるほど。いやでも、ユダヤ人はそんな風にして聖書の掟を守ってるっていうのは結構めんどくさいなって思うし、それって聖書の掟って言えるのかなって、そんな風に思っちゃうね。
これはラビたちが解釈してることで、聖書の掟って呼べるかどうかわからないけども、それを守っている人たちにとってはめんどくさくないの。面倒だと思うんじゃなくて、そうじゃないのが気持ちが悪い。そういうふうにして育ってるの。で、そうでないのが気持ちが悪いっていう。

ほかに、レストランで何かそういう食物規定のことで困ることとか、注意してることってまだある。
あるわよ。例えば、日本人の旅行者が、朝ごはんに梅干しを食べてたのね、レストランで。
そしたらホテルのマネージャーが大急ぎできて、お願いですからそれをここで食べないでください。梅干しっていうと、ミルクにも関係ないし、肉にも関係ないじゃない。

うん。

だけど、その梅干しを作った台所が、この肉のものとミルクのものを別々にしていない台所で作ってるから、それは汚れてるものなのね。で、それを食べてるところをラビに見られたら、そのホテルのレストランが閉められてしまう。
ラビが。じゃあ、見てるってこと。
そう。監視してるんです。
監視してるの。

へえ。

だからマネージャーは見られてないうちになんとか。なんとか求めてください。
徹底してるんだね。それは
徹底してるんですよ。
それにしても、写真をちょっと見てもらいたいと思ったんだけど、デザートを食べた時に多分これが出てきたんだよね。
はいはい、ケーキ。

うん、ケーキたくさんあるうちの、例えばこれはクリームが使ってるケーキだと思ったんだけど、これはミルクではないのかな。これは。
これは。これはミルクを使ってなくって、野菜から取れたミルクだと。例えば豆乳。そのようなものを使って作ったデザートなのよ。
豆乳のミルクだったら、見た目はミルクだけど混ざらないっていう。
だからね、だから。そうかそうか。じゃあ、コーヒーを出すときも豆乳のミルクとかでこう飲めばいいことなんじゃないの。
でも、そこのお肉の食器にコーヒー茶碗がついていない場合は。
あ、それ。それが問題なのね。じゃあ、コーヒー欲しいって言ってるから、朝のコーヒー茶碗を使って出しましょうっていうわけいかない。絶対混ぜちゃいけない。
なるほど。こっちにはもともとコーヒーの茶碗が。で、こっちのミルク用の持ってきたら、やっぱり一緒に洗ったりしてできない。そこではコーヒー飲めないので、ロビーに行って飲んでくださいっていうのを聞いて、分かりました。
ロビーでコーヒー飲むとするじゃない。で、そこでこう、ミルクを入れて飲むとするじゃない。確かに場所も食器も違うけれど、お肉を食べた後で、じゃあロビーに行ってコーヒー注文してミルクを飲んだら、結局もうお腹の中では混ざる。というか、これは矛盾してるようなことにはならない。
たけちゃん、頭がいいんだよね。細かいところに気がつくんだもんね。いや、それは私たちが考えることで。

うんうんうん。
ユダヤ人はロビーに行ってコーヒーを飲むということは4時間しない。4時間。4時間よ。もうミルクのものを食べたら。肉のものが入ってるサンドイッチのようなものは4時間食べない。
へえ。

で、肉のものを食べたら、あかミルクのものを食べるまでは4時間。
へえ。
で、大体消化する時間を考えて、4時間は時間置きなさいって。
そうなのよ。
まだやってるんだ、イエス様は。この食物規定に従って、イエス様も同じようなことを、同じような生活をしていたっていうことになる。
うーん、これはユダヤ民族のしきたりだったから、そういう環境でイエス様も育ってらっしゃると思うんだけれど、イエス様の時代っていうのは、99パーセントが貧しい人たちだったのね。だから、そのお肉を食べるっていうような贅沢なことっていうのは。あ、1年に1回、過越のお祭りにちょこっとお肉を食べれる。それはエルサレムで食べること。そして、もし誰かが結婚式に招待してくだされば、結婚式でお肉を食べれる。それ以外ではお肉を食べれるっていうことなかったのね。
貧しいから。
貧しいからね。
でも、過越しの祭りの時はもう全員食べるチャンスがあったって。
過越の祭りの時は食べなきゃいけない。食べなきゃいけない。
子羊か山羊を必ず食べなきゃいけない。え。だけど、貧しい人たちは。
うんうんうん。

そんな子羊1匹持っていけないじゃない。
うんうんうん。

ええ。だから、イエス様の時代では、ラビが10家族で1匹でも大丈夫と。
ふーん。

いうようなことだったのね。ええ。だから、10家族でお金を出し合って食べるっていうと、もうほんの一口か二口しか入らないんだけれどね。みんなが食べなきゃいけないので食べたっていうの。
でも、99パーセントって言ったら、もうほとんどもう全員が貧しいっていうことでしょ。
そう、1パーセントだけ違う。
なんでそんなに。99パーセントの人が貧しいっていう時代があった。
それはローマ時代だから、ローマがものすごい税金を取ってたのね。
うんうんうん。

そして、その税金がどのくらいだったかって、ちょっと想像もできない分量なんだけどお75パーセント取ってたって、5パーセントが金、税金。それをヘブライ大学の教授が言ってたんだけど、75パーセント取っていかれるっていうと、一生懸命育てた穀物の4分の3持っていかれるわけね。だけど、取税人っていう人がいて、その取税人が残った4分の1から自分の分を持っていくていうので、取税人がものすごく嫌われてた。
じゃあ、その人々の手に残るのは、残りの4分の1よりもさらに少ない分だけが手元に残るお金だと。
だから、もうほとんどの人が、明日の食物はどうしようかっていうぐらいに貧しかったの。
イエス様も貧しい人たちのうちに入って、イエスも貧しかったのかな。
イエス様も貧しかったのよ。なぜそれがわかるのかっていうと、このマタイの17章24節なんだけど、彼らがカペナウムに来た時、宮の納入金を集める人たちがペテロのところに来て行った。あなた方の先生は、宮の納入金を納めないのですかと責めてるのね。

うん。

それでペテロは収めますって言って、イエス様のところへ行ったんですね。そしたらイエス様が、実は、その宮の納入金のお金がないわけ。
うん。

ていうことは、貧しかったっていうことなのねえ。ないので、ペテロに魚を釣りに行きなさい。1番最初につた魚の口を開けるとスペタルが入ってるから、それを持ってあなたの分と私の分を払ってきなさいって言ってるんですよね。まあ、イエス様は神様だから、どの魚が金貨を飲み込んだかってのわかってるので、それが引っかかるようにできたんですけど、他の人たちはそれができないので、宮の納入金を収めるっていうのがどれほど苦しかったかっていうのが随分ここに現れていると思うのね。
この金貨の話の裏側にも、歴史的なこととか、その貧しい状況が何であったかっていうのが実は隠されていたっていうことなんだね。
そういうことなのよ。
あ、イエス様も貧しかったんだ。
えー、だからー、この食物規定っていうのは、コーシャルっていうんだけど、コーシャルの台所は、昔の貧しい人たちには必要でなかったと思う。
そうなんだ。イエス様の時代の貧しい人たちは、ここまでして守る必要がないぐらいに、お肉を食べる機会もない貧しさだったっていうことなんだ。
そういうこと。なんか、現代を見ると、どこの家にも流しが2つあったり、オーブンが2つあったりして、守っているっていうことが今起きてる。
それがほとんどの家なんだけど、1回だけ、流しが1つしかない、オーブンが1つしかないお家に行ったことがある。
へえ。

で、すっごい宗教的な人で。で、その宗教的な人たちは、ここでは肉とミルクを混ぜることができないからって、そのお家を買ったんだけれども、引っ越してからは、絶対に肉を家で食べないっていうことに。
へえ。ミルクのものだけをそこで食べるっていうこと。
卵も、うん、ミルクのものと一緒に食べれるし、お魚もミルクのもの一緒に食べれるので、お肉だけ食べれないっていうわけ。
そういうことなんだ。いやほんと、ユダヤ人の生活を見ると、聖書のこともよくわかるし、なんか面白いことがもっと発見できる感じがするね。
ユダヤ人の生活を見ると、イエス様の時代のこともよくわかってくれる。
いや、イスラエルにおばさんが誘ってくれて、ほんとにね、あの、嬉しい。良かったなって。行ってよかったなって思います。
いや、嬉しいこと言ってくれる。ますます聖書がよくわかってくるでしょ。
こんなことを疑問にも思わなかったなっていうこともたくさんあるし、コーヒーいっぱいのために、これだけのことがわかってくるんだもんね。いやほんと、今日もすごい楽しいお話を聞かせてくれてありがとう。いや、もうとんでもない。また来てね。
今度来るときは。うん。一緒にイスラエルに行った友達を連れてきたいんだ。
いや、嬉しい。うん。
やっぱり同じような疑問に思ったことを一緒にお母さんに聞こうっていう。じゃあ、またその時に。
はい。そのお友達と一緒に来てね。はいはい。ママによろしく。
はい。それでは、本日のおさらいをします。コーシャルと呼ばれる食物規定は、肉とミルクを絶対に混ぜないということです。イエス様の時代の人々は99パーセントが貧しく、肉を食べる人がほとんどいなかったので、食物規定を守るための台所は不必要でした。

じゃあ、皆様、また会いましょう。シャローム

 

動画リンク↓

https://youtu.be/kBb8Kb3BYIU?si=NypHhPXKTg8-mPv6

【動画メモ】イスラエルの安息日って?|第4話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)



神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。
イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。栄子おばさんに相談してみよう。

たちゃんイスラエルのことなら私に任せて。
栄子おばさん。
イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりのおば栄子だったのです。
お邪魔します。
あー、たけちゃん。待ってたのよ。
こんにちは、栄子おばさん。今日も来ました。
いや、嬉しい。今日は何を質問してくれるのかしら。
いや、そういえば、この前帰ってからもう一回長血の女性の所を読んだんですよ。
んー、すごい。

そしたら、ツィッツィーのお話を教えてもらってたので、なんか改めて感動しました。
よかったでしょ。イスラエルって。
イスラエルのこと、ユダヤ人のこと、聞くことができると、聖書のことが改めてこういう意味だったんだなっていう所が出てくるんですね。
ね。もうほんとに、たけちゃんにイスラエルに行ってもらいたいって思うのは、もうそこだったのよね。
ほんとに、
行かせてもらってよかったです。
よかったよかった。
そうそう、たくさん聞きたいことはあるんですけれども。
うんうん。

今日はですね、1つ思い出したんです。イスラエルに行ってる間、日本とは全然違うものをたくさん見て、疑問も持ったし、興味も持ったんですけど、ツアーの間に一つ納得がいかないことがあったんですよね。
なんでしょう。
それは。土曜日の夜にホテルにチェックインしたんですけども、なんか土曜日の夜だったからなのか、チェックインさせてもらえなくて、もうちょっといいホテルだったので、サービスしてくれるのかなと思ったら、もう、ただ、ただ、もう待って。もう結局9時ぐらいですよ。ホテルの部屋にやっと入れてもらって。いや、待ってるだけで疲れちゃいましたね。あれはなんでなんですかね。
それは聖書に書いてある律法を彼らが守ってるからなの。
あれも律法と関係があるんですか。

関係があるの。

これは安息日っていうものが書かれているのね。だからちょっと聖書読んでみるわねえ、レビ記23章3節からなんだけど、見て。6日間は仕事をしても良い。しかし7日目は全く休みの安息日。聖なる会堂の日である。あなた方は一切仕事をしてはならない。この日はあなたがたがどこに住んでいても主の安息日であるって書いてある。だから、安息日っていうのは、まったくお仕事してはいけないって書かれているのよね。
それだから。

うん。
土曜日に。土曜日にチェックインできなかった。

うん。

土曜日に誰も私たちのことをお世話してくれる人がいないからっていうことなんですか。
そうじゃないの。そうじゃないの。お客様が荷りするっていうのは仕事なの。先に止まってる人たちが、そこから動いてくれなかったってことです。ていうことなのよ。うん。安息日っていうのは、金曜日の日没30分前から始まる。
うん。

そして、土曜日の日没30分後に終わるの。だから25時間、だから安息日なのね。日没になって30分後になると、安息日が終わったから荷造りしましょう。やっと荷造りしてお部屋から出てきました。もう暗くなってるのね。それからチェックアウト。

なるほど。それからメイドさんがお部屋に入ってお掃除。
だから、じっと待たされているのは、土曜日の夜にチェックインする人たちなのよ。普通はだいたい11時頃チェックアウトする。だけど土曜日だけは、あの国では土曜日の日没終わってからでないとだめなの。

へえ。じゃあ、日没になったら、その人たちはホテルを出て、ホテルの人が慌てて準備をして僕たちを入れてくれたっていう。おばさん言ってたけど、金曜日の日没の30分前から土曜日の日没の30分後ということで、1日の24時間じゃなくて、プラス1時間で25時間に。それが安息日土曜日の朝から夜までじゃないんですね。

その、あの国は聖書が元だから、聖書の創世記の天地創造の場所を見ると、1章5節では、神はこの光を昼と名付け、この闇を夜と名付けられた。こうして夕があり、朝があった。第1日、8節を見ると、大空を天と名付けられた。こうして夕があり、朝があった。第2日、うんうんうん。夕から始まってるでしょ。うんうんうん。必ず夕から始まって、そして朝があって、うんうん1日が始まってるわけね。だから、この暗くなるところから始まる1日を過ごすこの民族は、どんなに暗い人生を歩いていても、必ず光の時が目の前に来ているのだという、そういう考えをいつも持ってる民族なの。創世記で夕があり、朝があって、第何日ってなってるから、彼らは1日を日没から数えてる。日没っていうのは大体のところしかわからないね。だから、日没になりそうだから、じゃあ仕事を辞めましょうって言ったら日没になってしまって、まだ仕事をしてるっていうと罪になるので、その30分前、30分前に日没になったと考えて、もう仕事を辞めちゃう。そして、日没になったからって荷造りし始めたら、実は日没は1分後だった、ていうと、またそれも罪になるので、日没の30分後まで働いちゃいけないってね。ええ、そういう風に決めてる。

最初から30分前と30分後までをもう計算してるっていう感じなんだ。

だから25時間が安息日なのね。

終わってるんですね。いや、でもめんどくさいこといっぱいしなきゃいけないんじゃないかなって色々想像するけど、ホテルのこと以外にもめんどくさいことが起きてくるんじゃないの。
それ。そうそうそう、もうたくさんめんどくさい。私たちにとってはめんどくさいんだけど、彼らにとってはそういうふうにして育ってるから、めんどくさいとは思わないんだけど。出エジプト35章の3節に、安息の日には、あなた方のどの住まいのどこででも火を焚いてはいけないって書いてある。
うんうんうん。

だから、ホテルにいるお客様は運転できない。エンジンをかけると火をつけたことになるので、どこも行かれない。

うんうん。

荷造りもできないし、運転もできないし、バスは走ってないし、電車も走ってないし、結局どこも行かれないっていうのが安息日なんですよ。

へー。

だから、そういうどこも行かれないっていう、その火をつけちゃいけないっていうことに縛られて、この25時間っていうものはのんびりとホテルで過ごす。ね。えー、そうなんだ。いや、面白いことをまたちょっと教えてもらったな。荷造りをしちゃいけないって言うけど、服を着替えるっていうことはしてもいいの。
洋服着替えるっていうのは仕事じゃないでしょ。
それは仕事に。
仕事にならない。
で、車には乗っちゃいけないけど、どれくらい移動していい。
歩くっていうのは、900メートル以上だと仕事になるんだから、900メートルは歩いているわけね。
ホテルで上に行ったり下に行ったりすることも。
階段は
階段を上る降りるは、家の中にも階段があるから大丈夫。
それは仕事にならない。だけど、エレベーターに乗るのに、エレベーターのボタンをポッと押すと。
うんうんうん。それは火を付けたことになる。
そうか。だから、この宗教的な人のために、どのホテル、もう安息日エレベーターっていうのを置くんですよ。で、それはボタンを押さなくても、1回1回登って、1回1回降りてくるから、そのエレベーターの前でだで我慢して待ってればいつか扉が開くから、そこに乗っかって、そしてじっと我慢してれば、1回回しているうちにいつかは自分の回に到着するという、これが安息日のエレベーター。
日本人行ったらちょっともうイライラしちゃって乗れないんじゃ。
そうなの。日本人のお客様で、ちょうど空いてるからそこへ入ったら、いくらボタンを押しても聞かなくて、1回1回止まって、もう、あ、その安息日、エレベーターから出てきた時にはもう髪の毛全部突っ立ってるぐらい腹立てて、なんだこのエレベーターはっておこってる。いや、そうだよねえ。

他にはどんなことが。
こう、安息日で禁じられてるってことはあるんですか。

エレベーターのボタンを押しちゃいけないのね。
だから電気をつけたり消したりするのもいけないの。
うーん、だから暗くなったら電気つけましょうっていうことはできない。困っちゃいますね。
そう。でも今は。今はほとんどの人が安息日タイマーっていうのを使ってるんですよ。何時ごろに暗くなるからぽっと電気がつくように、そして何時頃には寝るからポッと電気が消えるようにタイマーをしてるんで。

そしたら自分がつけなくても自動的ついてそう。そうだけど。うん。シャワー浴びる時の湯沸かし器ってあるでしょ。
うんうん。

湯沸かし器は一旦つけたら自分で消すまで湯お湯が沸いてるわけ。
はいはい。

それを安息日なる前につけて消すのを忘れたらもう沸騰し続けて、時には壊れてしまうわけね。そうすると彼らは外に行って異邦人を探すの。ユダヤ人じゃない人たちを探して、ちょっとちょっとすいませんけど、うちに来てこれを消してくださいって頼みに来るの。
すごい徹底してるんですね。そして異法人のお友達をいる人がいい。そういう人はいいんだけど、そういう人じゃなくても、外歩いてる人、あ、異邦人らしいというのがわかったら、お願いだからうちに来て止めて、消してくださいっていう大騒ぎになっちゃうね。
大騒ぎです。

うちの主人が声かけられて、そしてはい、わかりましたって家の中入って消して出てきたんだけど、もうそれぐらい徹底してる。

大騒ぎですね。
私たちにとっては大騒ぎだけど、そういうふうにいつも育ってた彼らには大騒ぎじゃないんですよね。
うん、そういうことをしないっていう方が、なんか気分が悪い。
うん。

一生懸命頑張って守ってるっていう感じはないんですか。
当たり前。

ふーん。

当たり前という思いで育ってるから、当たり前と思って守って。
でも、火をつけちゃいけないっていうことは、ご飯を作ったりすることはどうするんです。
いい質問。火をつけることも消すこともしちゃいけないの。
それで、この必ずユダヤ人の家にあるのが、安息日コンロっていうのがある。ちょうどガスの種火みたいなちっちゃなもんなんだけど、彼らは大きなお鍋があって、で、そのお鍋にお肉とお野菜と色々入れて、もちろんスープの素も入れて、そして、密封されているような入れ物がそん中に入れることができるのね。
うんうんうん。

で、そこにお米を入れて、お鍋の中入れとくの。
ふーん。

そして、蓋をして、これが、日没30分前に、うん、つけておくわけね。消せない。

うんうん。

25時間消せないのね。で、ずっと25時間経って、いつ、いよいよ安息日明けでお食事ですよって言ったら、あ、おいしいシチューができてて、その密封された入れ物の中には、ほかほかのご飯ができてる。ええ、そういうものを使ってるわ。

じゃあ、息日の間には何にもしないけど、その長い25時間かけて、グツグツ、グツグツと料理が作られている状態が保たれてる。でも、25時間何にも食べないわけじゃないから、冷たいものは大丈夫なのね。だからサンドイッチを食べたり、火をつけたり消したりしなければ大丈夫。だから、サンドイッチを食べたりしながら1日過ごすだけ。ホテルの人も家で過ごす人も両方いると思うんだけど、何かして25時間彼らは過ごすんです。ホテルの人たちっていうのは、ジャジに入ったり、サウナに入ったり、泳いだり、そういうマッサージをしたりってね。そういうのんびり1日過ごすためのホテルに行くんだけど、家にいる人っていうのは。ユダヤ人の場所、必ず900メートル以内に公園がある。
へえ。

で、その公園に子供たちを連れて行って、親子一緒に楽しく遊ぶ。だからもう子供にとっては安息日が待ち遠しくて仕方がない、もうすっごい子煩悩の人たちなのよ。それは子供にとってはとってもいいですね。それで家族を大切にしてるっていう感じがあるんですね。
もう家族がものすごい仲良しっていうのがユダヤ人なんだけど、その安息日に公園に連れて行くっていうだけじゃなくて、家でお勉強も手伝ってあげるし、あらゆる練習、音楽の練習だとか色々練習も手伝ってあげるし。だから、どこのユダヤ人の中に優秀な人物がたくさん出てきて、ノーベル賞なんて言うとユダヤ人が1番多い。ていうのは、やっぱり親がいつもお勉強のことも見ているし、うん、楽しくお遊びすることもしてあげるっていう子煩悩だから、子育てについても大事なことをなんか表してるんですね。

そういえば、安息日っていうと、僕たちは日曜日に今礼拝に行くんだけれど、ユダヤ人の人たちはその日没から次の日没までの安息日に礼拝はするんですか。

日没の始まりっていうのが1日の始まりでしょ。
はい。

だから、安息日の始まりに礼拝堂に行って、会堂って呼ぶんだけど、そこでみことばを習って祈るのね。
うんうん。

この会堂というのも、必ず家から900メートル以内に備えられている。

いや、また今日も何か新しいことを教えてもらって、本当に嬉しいです。

たけちゃんのその質問っていうのがものすごく嬉しいの。イスラエルに戻ったような気がする。

もう行ったらもう知りたいこととか、わかんないなっていうことがもう山ほどあって、やっぱり今度も続けてまた聞きに行きたいと思うので。

いや、もうたくさんたくさん聞いて。だけど、その前にね、どう思う。安息日をこんなに一生懸命守ってるこの聖書の人たち。
うん。

でも、私たちも聖書の人たちでしょ。

うん。
そうでしょ。

はい。

どうしてクリスチャンは安息日を守らないとおもう。

金曜日の日没から土曜日の日没までをユダヤ人のように過ごしていないっていうことですか。不思議ですね。

そうでしょう。どうしてクリスチャンがそれをしないのかっていうのが、ここに答えが出てるの。これはイエス様がおっしゃった言葉なのね。これは。マルコ2章27節に安息日は人間のために設けられたのです。人間が安息日のために作られたのではありません。人の子は安息日にも主ですっておっしゃってるの。一体これはどういう意味なのか。これは、安息日は人間のために設けたっていう言葉が大きな鍵になる。この安息日は、神様が人間にプレゼントとして作られたもので、設けられたもの。
うんうんうん。

だから、プレゼントなんだから。
うん。

絶対的に守らなきゃダメよっていうことではない。

そういうことなんだ。

それに、イエス様は安息日の主ですから、イエス様に仕えているっていうことが、安息日の主にいつも仕えていると。
うん、そういう意味になるのよ。だから、私たちが律法的になる必要はないの。
律法的にならないんだけど、安息日のことはどういうふうに大事に今思ったらいいんですか。
日曜日に教会に行くでしょ。

うんうん。

プレゼントなんだから。
うん。

土曜日じゃなきゃいけませんよっていうわけじゃないでしょう。
うん。

だから、日曜日に礼拝してでも、私達は6日間はしっかり働いていいけど。
うん。

7日目ぐらいにはちゃんと体を休めなさいよという体に作られているので、1週間に一度は、それが月曜日でも水曜日でもいい、何曜日でもいいから。
うん。

1週間に1回は体を休めた方が、神様が作られたその通りにいつまでも元気でいれるんだという心構えは必要だと思うわ。
なるほど。いや、新しい気持ちで日曜日の安息日を過ごせる気がします。
もうそれを楽しんで。プレゼントだからね。楽しんで、ねえ過ごしてちょうだい。
じゃあ、また今度たくさんの質問持ってきますね。
もう楽しみに待ってます。

それでは、本日のおさらいをします。どうしてイスラエルは日没から一日が始まるのか。創世記1章で夕があり、朝があった第何日と必ず夕がありから始まるからである。この民族は夕方から一日を数えています。どんなに暗い人生を歩んでも、必ず光がやってくると信じている民族です。聖書の民、ユダヤ人はどこまでも聖書に即して生きようとしています。
じゃあ皆さん、またお会いしましょう。シャローム

動画リンク↓

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【動画メモ】イエス様もツィッツィーを着てた?|第3話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)

神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。
イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。
栄子おばさんに相談してみよう。
たちゃん、イスラエルのことなら私に任せて。
栄子おばさん。
イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりの栄子だったのです。
お邪魔します。
たけちゃん、おかえりなさい。
ただいま帰ってきましたよ。
いや、どうだった。イスラエル
最高でしたね。いや
あ、もうほんとに行ってくれて良かった。
本当にイスラエルを紹介してくれてありがとうございました。
とんでもない。写真たくさん撮ってきた。
あ、もう今日写真ちょっと見てもらいたくて、それで行ったらもういろんなもの、もう疑問にも思っちゃったし、もう帰ったら聞かなきゃいけないと思って。
嬉しい。聞いて。
写真沢山撮ってきたからね。ちょっとこれ見て欲しいんだけど、ちょっと変わった服着てる人たちがいて、もう明らかにそれが普通じゃなくて、例えばこれなんか、黒い帽子もそうなのに、黒い背広を着てたり、ちょっと毛が長かったり、いや、これ、不思議な人たちが、普通になんかこういう格好してる人と、こういう黒い服の人たちと、もう一緒に歩いてるから、いや、なんか変わってるなって、もう全然日本じゃ見ないな、こういう人はってやっぱり思ったんだけど、なんでこの人たちこういう服着てんのかなって。
これはもうすごくいい質問で、うん、この黒い洋服っていうのは大体中世から始まってるので、中世の時にユダヤ人はこういう洋服を着なきゃいけないって、ユダヤ主義っていう、もうユダヤ人を嫌うっていうので、もう一目見たらわかるように、こういう洋服を着なさい、ていうのが中世で始まったのね。それを、ユダヤ人であるということを誇りに思っている人たちは、迫害されても堂々とそれを着たの。
へえ。

その時から黒い洋服が聖なる洋服っていうのに変わってきたのね。
え。へー。
それと、もう一つは、私たちは今、神殿がない。神殿がないので本当に神殿が建ってほしいというその思いと、神殿がないという喪に伏すという意味があって、その意味も足されて、今は熱心党と呼ばれる、このユダヤ教を熱心に仕えている人たちがああいう格好をしてるの。
そう、
こういうことなんだ。じゃあ、ユダヤ教の人たちの中でも、こう、特に熱心な人たちが、こういう、
そうそう、そうそう。

そうなんだ。

普通の信者でも、ただ、たけちゃんと同じ格好して、そして神様を信じてる、そういう人もいるし、もう確実に熱心で、そして絶対的にこの黒い洋服を着るっていう、そういう2種類あるわけね。
なるほど、なるほど。
何しろもうユダヤ人ていうのは、キリスト殺しって言われて、とっても迫害されたので、そのためにこんな黒い洋服を着なさいっていうのから始まったものの、どっちにしても喪に服している。それプラス、自分たちは、あ、ユダヤ人であることを誇りに思っているのだっていうね。
そういう人たちだったんだ。

そう。

そういう人たちだったのよ。
じゃ、ちょっとそのもう一個、こういう帽子みたいな。
ん。これ。

これもユダヤ人の人たちがよくかぶるやつなんですか。
これ。

はい。
うん、これ、キッパっていうの。キッパっていうのは、これは祈りを例えてるの。
へーえ。

それは、祈る時っていうのは、祈りのショールをかぶって祈る人たちがたくさんいるんだけれども、だけど、祈りが終わると、そのショールはたたんで大切に袋に入れるんだけど、歩いてるときに神様って言ってしまう時があるじゃない。
うんうんうん。

そういう時に、このショールをかぶっていないで、神様に直接裸で呼ぶっていうのは失礼だっていうので、いつでも祈れるという形で、キッパっていうのをかぶってるの。だから、祈りを表しているんだけど、それプラスユダヤ人のアイデンティティになってるの。あれをかぶってるっていうことは、ユダヤ人っていうアイデンティティなのね。

うん。

だから、神様っていつでも言えるように。
そういうことなんだ。

うん。

いや、たくさんの人がそれもつけてたし、その中にこういう黒い服の人たちが混ざってて、いや、ちょっと変わってるなっていう感じだったんだけど、じゃあ特に、ちょっとこれもね、気になったんだよね。この黒い人のつけてる、この紐がぶら下がってる。こういう人もね、結構ぷらぷらとしながら歩いてる人がいるんだけど、これでも、じゃあ、なんか特別な意味が。
これは、聖書にこういう言葉があるのよ。民数記の15章38節から読むね。イスラエル人に告げて、彼らが世に渡り、着物の裾の四隅に房を作りって書いてるのよ。その隅の房に青い紐をつけるように言え。その房はあなた方のためであって、あなた方がそれを見て、主の全ての命令を思い起こし、それを行うため、みだらなことをしてきた自分の心と目に従って歩まないようにするためという掟が神様から与えられてるのね。で、だから、この着物の四隅、これが。その着物の四隅にもこういうのがぶら下がってたでしょ。
そうそう、そうそう、これこれ。
うん、これでしょう。これがツィッツィーっていう名前なの。
そしてね、チョッキみたいなんだけれど、四隅がなきゃならないので、

うんうんうん。
チョッキって言うと、ここ、縫ってあるでしょ。
うんうんうん。

ここを縫ってしまうと四隅がないのよ。
うん。

だから、この四隅にこの房をぶら下げるため。
うん。

そのために脇のところは、うん、縫わないでシャツの下に着てるの。
ふーん。

これをシャツの下に着て、だけど、この房だけはズボンのところからぶら下げてるわけ。
えー。

なんで。さっき読んだでしょ。

うん、うんうん。
これはあなた方のためですって。

うん。

見るたびに神様の律法を忘れないように、掟を忘れないようにって思うためなのね。で、このツィッツィーっていう名前なんだけど、

うん。
これをヘブライ語で書くと。うん、ツィッツィーとも読めるし、数字にも読めるの。それ、数字にすると600。ヘブライ語のアルファベットっていうのは、数字でもあり、アルファベットの字でもあるわけね。だから、ツィッツィーっていうのが600。そして、ちょっとよく見てよ、これ。これ、8本。8本の紐なんですよ。
ほんとだ。
8本の紐。うんうん、それを5つの結び目っていうのを作ってんのね。で、この5つの結び目が、はっきりと5つって分かるように、こうはならかしてる。ここに、1つ、2つ、3つ、4つ、5つ。うん、だから、この5つと8本っていうの、これ、ぶら下げてるものが13っていう意味なのね。
うんうんうん。

そして、このツィッツィーていうのが600。
うん。

モーセが、

うん。

神様から与えられた立法っていうのが613個あるの。
へー。

それを1つとして忘れちゃいけないよっていうので、この房をいつもぶら下げてる。本当に聖書の世界の人たちなのね。
なるほど。ちょっと聞きたいんだけど、その律法、もうその律法って書いてあるよって言われた、その律法っていうのはなんですか。
律法っていうのは法律。簡単に言えば法律なのね。法律なんだけれど、人間が作った法律ではなくて。
うん。

神様がご自分の法律をモーセを通して人間に与えてる。
だからこの法律は神様の法律で、人間が作ったものじゃない。
神様が作った法律を律法って読んでる。

読んでる。

それを一つとして忘れるなよと言われてる。
で、それが聖書の中で今も数えることができるんですか。
今数えて613。

へー、どの辺りに書いてあるんですか。
聖書のこれの創世記から申命記っていう、モーセ五書って呼ばれている、その中の出エジプト記から、うん、申命記までの4つの中に、掟が、こう、全部入ってるわけね。それが613個。勘定するだけでも大変。
そうだよね。

613個数えて、でも、ヘブライ語がわかる人は、その、イスラエルの人、ユダヤ人の人はツィッツィーっていう名前だけで、その613っていう数ももう覚えていられる。
もうツィッツィーて言えば、613、頭にすぐに行く。
えー、なるほど。いや、こういうのを下にぶら下げてたんだね。
服の下、頭をこう通して、昔は上に着てたんだけど、あの、キリスト殺し、キリスト殺しって、ユダヤ人が随分迫害されるようになったら、外に着てると、あ、あれ、ユダヤ人だって石投げられるので、それで、だんだん中に着るようになったのよね。
それでも身につけ続けた。
続けた。そして、房だけ外に出してる。
え。じゃあ、イエス、キリストもこのツィッツィーを着てた。
着てたの。
なので、これねえ、このツィッツィーっていうのを。
うん。

イエス様の時代は外に着てたのよ。まだその時は外に。外に着てたのね。ですから、前に2本、うん、後ろに2本ぶら下がっているわけでしょ。
うん、うんうん。

で、この聖書の中で、イエス様が水の上を歩かれた時のことを知ってるでしょ。

うん。

このイエス様が水の上を歩かれた時。

うん。

ペテロも水の上歩いたじゃない。
うんうん。

あの時に、ペテロがボートに入って、イエス様もボートに入って、そこからゲネサレの地に着いたって書いてあるんだけど、ちょっとその部分読んでみるね。マタイの14章の34節から。彼らは湖を渡ってゲネサレの地についた。するとその地の人々はイエスと気がついて、付近の地域くまなく知らせ、病人という病人をみな御許に連れてきた。そして、せめて彼らに着物の房、着物の房にでも触らせてやってくださいとイエスにお願いした。
そして、触った人々は皆、癒された
って書いてある。
だから、イエス様がこのツィッツィーを着ていらっしゃったっていうことが、ここではっきりわかるのね。これ、ツィッツィーっていうのが、この1つの房。

へえ。

で、これを触った人は癒されたっていう風に書いてあるんだ。
すごいね。
すごいパワーでしょ。ほんとにすっごいパワーなの。これはね、613個の、うん、神様の御言葉でしょ。
うんうんうんうん。

だから、これ、この613個を信仰で触るっていうので、パワーがね、働くのよ。
イエス様も着たっていうことがはっきり書いてあるんだね。
他にも書いてあるのよ。十二年、うん、長血の患いをしていた女のこと聞いたことある。
聞いたことある。え。レビ記の15章11節には、漏出を病む者が、水でその手を洗わずに誰かに触るなら、うん、触られた人は、自分の衣服を洗い、水を浴びて、その人は夕方まで汚れるって書いてあるのね。だから、十二年の長血の患いをしている女性が、たけちゃんのことをちょっと触ると、たけちゃんが汚れちゃう。そういう、そういう意味なのね。だから、十二年間その患いをしてるっていうことは、彼女はほとんど外に出れない、人に会えないっていうような状況なのね。その人のことがマタイ9章に書かれてるのよ。マタイ9章の20節で、すると、見よ12年の間、長血を患っている女がイエスの後ろに来て、その着物の房に触ったって書いてある。なぜ後ろから来たかっていうと、実は外へ出て人を触っちゃいけない汚れたものだから、はいはい、実はこっそりとふっとこう触ればっていうのでね、後ろからこっそり来てるのね。そして、お着物に触ることができれば、きっと治ると心の内で考えていたからであるっていうすごい信仰が働いてるんですね。そして22節で、イエスは振り向いて彼女を見て言われた。娘をしっかりしなさい。あなたの信仰があなたを直したのです。すると女は、その時から全く治った。ねえ。だから、やっぱりその信仰で、この神様の御言葉である613個にしがみついた。本当は外へ出てはいけないんだけれども、もうその信仰で、随分彼女弱ってたと思うのよ。十二年間。だから、人はいっぱいいるし、押すな、押すなの中を必死の思いでイエス様のところへこっそりと来て掴んだ。もうその時のパワーをイエス様が感じられて、それをなんでそんな汚れた体で外にいるんですかとは言わないで、娘よっておっしゃって、あなたのその信仰が、あなたを直したんですよっておっしゃって下さった。それで、もう十二年間病気していたのが、スカッとそこで治ったっていうことが書かれているのね。
うんうんうん。

だから、イエス様はいつもこのツィッツィーを着てらっしゃったと。
うん。
そういうことなのよ。
そっか、この女性が触ったっていうのは、イエス様もこのツィッツィーを着てた、そのぶら下がってる房に触ったって書かれてあったんだ。
そうなのよ。
やっぱり、イエス様の着ていた服、そして神様の言葉に触ればっていう気持ちがすごい強い人たち、そして、そしたら力が、うん、もらえんだろうっていう信仰で来たっていうことだったんだね。

いや、感動。
いや、本当にそうなんだ。いや、よくわかって、もっと余計に感動が。うん、伝わったな。わかってきたなと。じゃあ、この女の人はそれで治って、すごい嬉しかったはずなんだけど、その後のことは。聖書には出てくる。
彼女のことはね、聖書の中には出てこないのよ。聖書の中には出てこないんだけれども、あの伝説っていうのがあるんでしょう。で、たけちゃんは。ヴィアドロローサ、行ってきたでしょう。十字架の道。行ってきたでしょ。あの十字架の道のところで、第6ステーションっていう。14ステーションまであるんだけど、第6ステーションっていうところで、こう、随分坂道を登ってこられるイエス様。もうすっごいむち打ちを受けてますから、すっごい弱ってらっしゃって。もう1歩1歩、ふう、ふう、ふう、ふうって登ってくるイエス様。もう、汗だくになってんのね。その汗だくになってるイエス様を見て、イエス様に近づいたら、もうローマの兵士が鞭で撃つぞって待っている恐ろしい状況なんだけど、ベロニカさんっていう人が、全然その恐ろしさも忘れて、イエス様のところへ近づいて、汗を拭いて差し上げたっていう伝説があるのねえ。この伝説の中で、このベロニカさんっていう人は、12年の長血を患って、イエス様に娘よって呼ばれて癒されたっていうあの人でっていうことが伝えられているのよ。
いや、それは感動する伝説として残ってるんだね。
彼女がどれほど感動して、

うん。

そのあと、おそらくイエス様にもずっとついてたんじゃないかと思うんだけど、十字架の時にはそのそばにいた人なんだなって思わされる。
ヴィアドロローサーもここなんだなって考えながら、うん、歩いてきたんだけど、またその伝説もすごい思い出すと感動するね。
素晴らしいでしょう。また帰りたいでしょ。
そう、また行きたいなって思うね。1回じゃ足りないなって思いますね。
ぜひまた今度来るので、また別のこと、思い出したこととかも、聞きたいこと聞きに来てもいい。
もうたくさん質問してちょうだい。もうお友達も連れてきて。
ぜひぜひ。もう多分ね、一緒に栄子おばさんの話聞きたい人もいるからね。もう連れてきちゃうかもしれない。
ありがとう。また来てね。

じゃあ、今日はこの辺で。また。それでは、今日のおさらいをします。ツィッツィーの4つの房は、613ある律法の数を表していて、それらに従うことをいつも忘れないために身につけている。2つ目。私たちも十二年間長血を患っていた女性のように、神様の言葉にしがみつくような信仰を持ちたいですね。

じゃあ、皆様、またお会いしましょう。シャローム

動画リンク↓

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【動画メモ】イスラエルの食べ物って?|第2話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)

神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。

イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。
栄子おばさんに相談してみよう。

たけちゃんイスラエルのことなら私に任せて。

栄子おばさん。

イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりの栄子だったのです。

 

お邪魔します。

あー、たけちゃんこんにちは。
栄子おばさんお元気にしてましたか。
神様のおかげでとっても元気にしてるのよ。たけちゃんのこと待ってたわ。
嬉しいです。今日も会えるの楽しみにしてきましたよ。
それで、イスラエルに行くことに決めたの。
それがですね、もう申し込んじゃいました。
うわ、すごい。嬉しいな。
いいツアーを紹介してもらったなと思って。ただ、今日色々聞きたいなと思ったんですけど、ちょっと好き嫌いもあったりもするので、食べ物はイスラエルってどんなものかなと思って聞きに来たんです。

それは全然心配いらないわ。イスラエルには例えばファラフェルだとか、そういう食事があるんだけど、これはポケットパンにお野菜だとかお肉を入れて食べるの。ちょうどアメリカ。あのハンバーガーみたいなの。すごく馴染みやすい味で。それにホテルに行くといろんな食物が出てるから、もうお野菜でもお肉でも自分の好きなのものだけ選べばいいのよ。あそこは何でもあるの。

じゃあ、僕でもいろんなもの楽しめますか。
そう、絶対大丈夫。

うーん、じゃあ他にこれは食べといた方がいいとか、イスラエルの独特の食べ物って何があるのかな。
ファラフェルだとか、アラブ人の食物なのね。だからイスラエルの独特の食物っていうと、どうしても聖書の中に出てくるお祭りに関連してくるのよね。うーん、例えば過ぎ越しのお祭りなんて言うと、子羊を捧げるっていうので、子羊の食べ物が出てくるんだけど、種無しパンっていうのも出てくるのよ。種無しパンっていうのはこういうものなの。ちょっとクラッカーのようなもので、そしてよく見るとこう、穴が開いてるじゃない。そして筋も付いてるでしょ。この種無しパンっていうのは、罪がないっていう意味を表しているので、種のないパンっていうのはイエス様のことなの。ですから、イエス様を信じているユダヤ人は、この種無しパンの穴を、うん、十字架の釘の穴っていうふうに言ってる。
それにこの筋はイエス様の鞭打ちのすじ、むち打ちの跡を表している。それがマッツァーって呼ばれている種なしパンなの。ねえ、これはすこしのお祭りの時だけしか食べないんだけれど、これの粉を卵で混ぜて、ツーボールスープっていうのがあるんだけどね、ちょっとここで見てみて。こういうものでね、とっても美味しいスープなの。すごく喜ばれて、よくイスラエルの人は安息日にそのスープを食べてるわ。

へえ。

このマッツァーは過ぎ越しの祭りの日にしか食べないけれど、マッツァーボールスープは他の時にも食べるっていう。
じゃあ僕も食べることができるのかな。

もしホテルに出てきてたら。

うんうん。

でもホテルに出てこなかったら、今度私作ってあげるわよ。

いや、じゃあそれ楽しみに待ってる。

 

じゃあ、このマッツァーは過ぎ越しの祭りに食べるって言った。その過ぎ越しの祭りっていうのも聞いたことはあるけど、どういう祭りなの。このことは随分長いお話になってしまうのね。だから、すこしのお祭りのお話はまた別の時にしましょう。今はイスラエルの食べ物のお話なので。うん、その食べ物のお話しましょうね。

え、でも食べ物はあんまり心配しなくても。

そうそう。

イスラエルの果物ってね、驚くものがあるのよ。寒いところにしかできないリンゴもナシもできるの。ところがサイズは四国の大きさの小さな国なのよ。だけど一年中バナナが収穫されるという不思議な国なのよ。だからもうなんでも食べれる。リンゴとかナシは普通涼しいところで取れるけど、バナナも一年中収穫されてる。

じゃあ今行ってもバナナは食べれる。食べれる。それは不思議な土地なんだね。そっか。じゃあなんかだんだん楽しみになってきたし、食べ物も楽しみになってきた。

大丈夫。心配しないで。

初めてもちろん行くんだけど、買い物もできるんですかね。なんかイスラエルって遠くて何にもないように思うんだけれども。いろんなものがあるの。うん。えー、死海。昨日、この間お話した死海。あの死海にはミネラルがいっぱいあって、素晴らしいお化粧品が作られてるの。ママに喜ばれると思うわよ。だから、そういうお化粧品をママに買ってくる。また、没薬だとか乳香というような香料が入ったオリーブの油。祈りの時に使うんだけど、そういうものを牧師先生にお土産に持って帰ってくるといいと思うの。そして、教会の方々にはなつめやしっていう、なつめやしって言うとね、干し柿のような味がするんだけど、なつめやしを教会の方々に持ってくると、聖書の中の食べ物だから、すごく喜ばれると思うわよ。

えー、牧師先生に。聖書の中に出てくる乳香とか、それを簡単に買って、お土産で持って帰れるんだ。

そういうとこなの。

なつめやしもやっぱり聖書の中に出てくる。

出てくるのよ。ちょっと聖書見ましょう。うん、ね、なつめやしってね、あの詩篇の中にこういう言葉で出てくるの。正しい者はなつめやしの木のように栄え、レバノン杉のように育ちますって92篇に書いてある。これは、どういう意味なのかっていうと、なつめやしって、驚くばかりに実をならす果物の木なのね。ちょっとここ見て。このたくさんの実。見て。これ、1房に700個だとか900個実がなるの。それが1本に12房あるのよ。ええ、でか。だから、1本の木で700個900個っていう実がなる。そのような木だから、正しいものはなめしのように栄えるという言葉がはっきりとわかってくるわけね。うん。だからイスラエルに行ったら、なつめやしの木をじっくり見てきて。

わかった。じゃあ、その辺にも生えてんのかな。なつめやし。

道路のそばにたくさんなやしの木が。あ、畑があるからね。よく見ておいて。

へえ。じゃあ、1本の木に、もう、ぱーって実がなってて、だから聖書で正しいものは、その、たくさん、もう何千個っていう実をつけるなつめやしの木みたいになるって言ってる。

飲み込みが早いな。

あ。確かに、なんか聖書のことが、そういう木を見たりしてよく分かりそうな気がするね。なつめやしってね、すごい特別なの。うん。例えばね、この申命記に、この聖書の中の食物っていうのが出てくるのよ。
で、ここ。七つの食物ね、七つ。
うん。

小麦、大麦、ブドウ、イチジク、ザクロ、そしてオリーブの油。オリーブ油。オリーブの実だけじゃなくて、油がたくさん取れるでしょ。そして、なつめやしのことを蜜って呼んでるの。蜜の地って呼んでんのね。この地は。この約束の地は、乳と蜜の流れる地って言ってるでしょう。この乳と蜜の流れる地っていう、その蜜がなつめやしなの。

へえ。

なつめやしからはたくさんのシロップが取れるので、それを蜜って呼んでるの。
へー。

蜜っていうのが、果物であるなつめやしのことなんだ。その、甘いから、すごい甘くて。ええ。干し柿みたいな。
えー、じゃあ、蜜も売ってるの。
蜜も売ってるの。なつめやしも売ってるの。なつめやしの実って書いてある。
あー、そうなんだ。じゃ、それも見つけられるかな。
じゃ、乳と蜜の流れる地っていう、その乳の方は。
乳の方は、牧場。牧場がたくさんある。牧草がたくさんある、そういうので乳っていうの。そして、蜜はなつめやし。そうなんだ。もちろん蜂の巣もたくさんあったって聖書に書いてありますけど。だけど、なつめのことを蜜と呼んでる。
へー。

じゃあ、結構昔からイスラエルで蜜って言ったら、もうなつっめやしことをずっと指していたと。
そうなんだ。いや、イスラエルっていうと、もう最近の国の様子しか見てないから、あんまり昔からの言葉が続いてるっていうのを知らなかったんだけど。この言葉はもう約3400年前に語られた言葉ですからね。ものすごい古い民族なの。
3000年。3400年。そんなに古い民族なんだね。じゃあ、例えば聖書に出てくる。旧約聖書に出てくる人たち、その人たちはイスラエルに住んでるけど、イスラエル人とかユダヤ人とか呼ばれてたの。
そう。いい質問するわね。イスラエル人とユダヤ人っていったいこの2つの名前はなんなのかって。いや、イスラエル人っていうのは、元々アブラハムという人が神様に選ばれたのですね。
うん。

なぜ神様がアブラハムを選んだのか。それは、世界中の人を祝福したくて。
うん。

神様が世界中の人を祝福するためにアブラハムを選ばれた。で、このアブラハムの孫というのがヤコブっていう人で、12人の息子がいたんだけれども、この聖書の中にこういう言葉があるのよ。このヤコブの話なんですけれども、創世記32章28節に神様がヤコブにおっしゃってる言葉ね。あなたの名はもうヤコブとは呼ばれない。イスラエルだって呼んでるんですよね。これは祝福を表してるんだけど、これでイスラエルという名前が始まって、12人の息子がイスラエルの12部族というのが始まったのね。
そういうことなんだ。え。じゃあ今のは、ヤコブイスラエルって呼ばれるようになったけれども、最初に出てきた人はアブラハム。じゃ、神様はアブラハムを通して世界中の人を祝福したいで言った。で、その世界中の人たちに僕たちも含まれてるっていうことなの。
そうなのよ。私たちを祝福したいから、あ、アブラハムを選ばれたの。
へえ。いや、タケちゃん、飲み込みが早いわね。
いや、いろんなことがわかるなと思って。じゃあ、ちょっと待って。イスラエル人は、今ちょっとわかったけど、ユダヤ人っていう風にも聞くじゃない。で、それはどう違うの。
これもすごいよい質問なんだけど、実はこのイスラエル、12部族だったんだけども、紀元前930年に分裂が起こっちゃったの。
うん。

で、北イスラエルと南ユダっていう風に分かれちゃったの。この南ユダっていうところには、ベニヤミン族だとか、シメオン族だとか、レビ族だとかね。もちろん、ユダ族もいたんだけど、この人たちがユダヤ人と呼ばれるようになった。ユダ族だけじゃないんだけど、ユダヤ人と呼ばれるようになって、

うん。
で、このユダの方に神殿があって、

うんうん、

イスラエルに神殿がないので、

うん。
この北から神殿のある方向に移ってきた人たち、いっぱいいるのね。だから、ユダヤ人っていうのは、ユダ族だけじゃなくって、いろんな民族が混ざってる。
そういうことなんだ。でも、名前としては、後からできた名前の方がユダヤ人。
へえ。
今現在の新しいイスラエルイスラエルと呼んでるのは。
うん。

イスラエルという名前は、神様からいただいた祝福の名前でしょ。で、ユダヤ人っていう名前は分裂から起こった祝福じゃない名前でしょ。だからユダヤユダヤ人の国とは言わないで。
うん。

イスラエルと呼んでるの。いろんな部族が混ざってるし。
うん。祝福の名前はいい名前だもんね。でも、考え方として、イスラエル人とユダヤ人って同じ民族のこと指してるんだなって僕は理解した。
素晴らしい理解。ほんとその通り。ユダヤ人もイスラエル人も、うん、同じ、アブラハムの子孫なの。
そうなんだ。そういう人たちが、じゃあイスラエルに行くと、まあ、いるんだね。アメリカに行ったらアメリカ人がいるだろうし、韓国に行ったら韓国人がいるだろうし、イスラエルに行ったらイスラエル人。でも、ユダヤ人とも呼ばれてるけど、それは神様が私たちを祝福するために始まった人たちって見ながら行けばいいのかな。
すごい理解力ね。素晴らしい。
どんな人たちに会えるか楽しみだなと思って。
いやあ、イスラエルのことがわかると、だんだん、だんだん聖書のことがわかってくるからね。いや、嬉しいな。行ってくれるのは。
すごく楽しみになってきたんだけど、他にどんなところにツアーとしては行くのかな。
今回の僕の行くツアーでは、
若者のツアーに行くので、荒野に行くって書いてあったわよ。で、ラクダにも乗るし、で、テントにも寝るっていうからね。羨ましいもん。私も行きたいと思ってるんだけど。
え。日本で。あんまり荒野って聞かないけどね、ラクダにも乗れるの。
ラクダにも乗れるのよ。

楽しみだな。
荒野っていうのは日本にないでしょ。

うん。

だから、荒野に行ったら、是非とも、じっくりと経験してもらいたいことがあるので。それは。モーゼが燃える柴を見た。

うん。

神様に出会ったっていうのは荒野なのよ。
ふーん。

またエリアがお菓子とお水を与えたっていう。それも荒野で起ってるのね。で、そして神様の御声も聞いている。だから荒野っていうところで神様に出会うというところなのよ。

そっか。じゃあ僕も神様に出会えるのかな。荒野に行ったら
ぜひそのことを望んでいってほしい。その望んでいる心が祈りになって、神様の御声を聞くかもよ。

えー。どんな木が生えてるの。荒野には。
さっき言ったエニシダに木っていうのは日本にはないよね。
聞いたことないねえ。

私、ここにちゃんとあるのよ。ええ、ここ見て。これがねえ、エニシダの木って言うんだけど、実は柴のようなもの。柴のようなもので、そして中には私の背丈よりずっと高くなるのもあるし、ちっちゃいのもある。でも、荒野に行くと必ず見るわよ。へえ。荒野って言うけど、エニシダの木が生えてるのは分かったけど、他にもこう、色んな木が生えてる。いや、だから、荒れ果てたところで、実は水がないところ、乾ききったところだから、荒野に立つと、

うん。
イエス様のお言葉がね、じーんと来ることがあるのよ。ちょっとね。

うん。

このヨハネの箇所を読みたいと思うんだけど、これはイエス様ご自身がおっしゃった言葉なのね。イエスは答えて言われたっていうのがヨハネの4章なんだけど、この水を飲むものは誰でもまた乾きますって。これは普通の井戸の水ね。しかし、私が与える水を飲むものは、誰でも決して渇くことがありません。私が与える水は、その人のうちで泉となり、永遠の命の水が湧き出しますって書いてある。ん。荒野が多いイスラエルは四国の大きさなんだけど、半分以上が荒野なのね。
へえ。

その中で、うん、もう水がなければ生きていかれないというところで、私の水を飲むものは乾きませんっておっしゃった。イエス様、そのお言葉は。私は生ける水ですよ。この荒野にいても、私を慕うものは大丈夫っておっしゃってるのね。そうか。だから、で、イエス様のそのお言葉をしっかりと受け止めて、その乾ききったところをしっかりと目に映してきてほしい。写真にも撮って。
で。そっか。じゃあ。植物も見つけられるけど、基本的にはもう水がないっていう雰囲気をこう感じる場所で。だからこそ、イエス様が、私が与える水を飲むものは乾かないっていうことも求めたくなるのかな。
そういうこと。
それほど、生ける水の大切さっていうのがわかってきます。水が大事だからね。やっぱり。

じゃあ、そろそろ帰ったら荷造りもちょっと準備しようかなと思うんだけど、今の季節、イスラエルに行ったらどんな季節なのかなと思って。何を着てったらいいとか、何持ってったらいい。
そうね、死海あたりだとか荒野っていうと、ちょっと昼間は暑いのでTシャツがいいかな。
半袖のだけど、夜になると涼しいから軽いジャケットだけど。エルサレムに行くと標高800メートルっていう寒いとこだから。うん、長袖があった方がいいね。ジャケットもあった方がいいし。なんかこう、重ね着にするっていうのが一番いいのがイスラエル。暑くなったら脱ぐ。ん。うん。寒くなると着るっていうね。うん。だから、いろんなものをあまり重たくないように。

うん、

詰めていくといいと思う
そっか。じゃあ大体そういうこと頭に入れて準備してみようかな。
嬉しいな、行ってくれるんだ。
結構ぴったりなツアーをおばさんが紹介してくれたなと思ってね。楽しみにちょっと準備して行ってきます。

お写真たくさん撮ったらまた見せに来るから。

はい、
また来てね。もう待ってるよ。
また。じゃあ、行ってきます。
いってらっしゃい。

はい。今日のおさらいをします。1つ目は、なつめやしは1本の木に八千から一万もの実をつけることから、正しいものはなつめやしのように栄えると詩篇の中で歌われていた。二つ目、荒野は神様と出会うところ。見渡す限り何もなく、ほとんど雨も降らず乾燥しているため、水の重要性を教える荒野は、イエス様が私が与える水を飲むものは決して乾くことがなく、私の与える水はその人の中で泉となると言われた。言葉の奥深さをよく理解させてくれる。

皆様、またお会いしましょう。シャローム

動画リンク↓

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【動画メモ】塩が塩気を無くすとは?|第1話:シャロームイスラエルシーズンⅠ(2014-2016)

 

神は歴史の中心にイスラエルを置かれた。
イスラエルを知らなければ、神様のご計画ってわからない。
そうか、僕の信仰の最後のピースはこれだったんだ。
栄子おばさんに相談してみよう。
たけちゃん、イスラエルのことなら私に任せて。
イスラエルを軸として聖書を見るとき、これまで見えなかった神様のご計画が明らかになります。その最後のピースにやっと気づいたたけちゃん。そこに現れたのは、イスラエルでの宣教生活を終え、日本に帰国したばかりの叔母、栄子だったのです。

 

おじゃまします。
あー、たけちゃん、待ってたのよ。

こんにちは。

あ、遅かったわね。

栄子おばさん、お元気にしてました。

神様のおかげでいつも元気にしてるの。

よかったです。
今日はもう待てないぐらい、たけちゃんにお話したいことあるの。
うん。素晴らしいツアーがあるんだけど、イスライルに行ってみない。イスラエルのツアー。

なんで僕がイスラエルに。だって、戦争とかテロとか聞く場所だから、ちょっとあんまり行きたいって思ったことはなかったんだけどな。
その気持ち、よくわかるんだけど、イスラエルのほんの一部のところだけでそういう戦いが起こったりしてて、ツアーの人に全然関係ないから、もうぜひぜひ行ってもらいたい。
そうか。
でもな、なんかイスラエルに行って得することってあるかな。僕にとって。

そう、いっぱいあるわよ。たけちゃん、今、教会行ってるでしょう。で、聖書を読んでるでしょう。で、聖書わかったよなんて、わかんないとこは素通りして読んでるでしょ。そういうわからないとこが、イスラエルに行くとわかるようになるのよ。
へえ、そうなのかな。じゃあ、例えばどんなことがわかるようになるの。
マタイの5章13節にあなた方は地の塩です。もし塩が塩気をなくしたら、何によって塩気をつけることができるでしょう。もう何の役にも立たず、外に捨てられて人々に踏みつけられるだけですって書いてあるでしょう。
たけちゃん、何度も読んだでしょう。塩が塩気をなくすって意味わかる。
塩が塩気をなくす。何度も読んだことあるけど、あんまりわからない時は素通りしてするってことがあるから、ここもちゃんと理解したことはなかったかな。正直。

でしょう。だから、イスラエルに行ってもらいたいの。ちょっとここにね、イスラエルからのお塩があるの。これは死海っていうところのお塩なのね。ちょっと写真見せるね。この湖の写真見て。これ、水際はずっと真っ白じゃない。
うんうんうん。

これ全部お塩なのよ。

ええー。

これが塩。これ全部お塩なの。海抜マイナス430メートルになっちゃってんの。もうこれ、蒸発していく方が多くて、1年に1メートルだんだん下がっていってるから、ますますこう低い土地になっていってるんだけど、世界一低い土地なの。
へえー、マイナス430メートル。

マイナス430メートル。

これはすごい低いんだね。

そして塩分が33パーセント。イエス様の時代っていうのは、お塩を売る人がこの水際の塩をガサッと取って、それを売ってたの。で、それを一杯いくらって、一番安いお塩。そこの中には少しだけれども砂も入ってるわけねえ。一番安いから、99パーセントの人が貧しい人たちだったから、一番安いのを使うのね。それで、こういう風にテーブルに置いとくの。結晶が見えるでしょ。
うんうん。

この結晶を掴んで、それを料理の中に入れるのね。
うん。

で、またこの結晶を取って、お食事の上にかけるわけね。
うん。

で、この結晶をたくさん取ってるうちに、だんだん砂が見えてくるの。
うんうん。

そして、結晶が全部なくなったら、少しなんだけど、砂だけしか残ってないので、もう塩気がないの。だから、それを外に捨ててしまって、またこの入れ物に新しい置くのね。その捨てられた砂は。うん、人々が踏むところにあるわけでしょ。
うんうんうん。

だから、塩が塩気をなくすっていうのは、結晶がなくなったと。貧しい人たちが使う塩は、ごそっと砂が一緒に混ざっちゃって、こういう風に家庭に持っていたっていうこと。そういうこと。
この使っていくうちに砂はここに残って、砂はもちろん料理には入れないので、最後に砂は捨ててたよっていうこと。
たけちゃん、飲み込みが早い。
そういうことで、捨てられてしまうっていう話があったんだ。
でも、塩が塩気をなくすっていうのは、僕たち、なんか関係がある。
あなたは血の塩ですって言ってるでしょ。

うんうん。
え。塩っていうのは、これは神様に捧げる穀物に必ずお塩を入れたのね。
うん。

それは、捧げるものが清くなるその意味と、美味しくなるんの意味があるわけね。
うん。

で、それを神様に捧げていた。で、その塩っていうのは、清める力がある。それと、私がこの結晶を今たけちゃんの口の中にポンと入れたら、辛いって目が覚めるでしょう。今眠いと思ってても、辛いって目が覚めるじゃない。塩っていうのは、人を目覚める力がある。だから、私たちは福音を伝えて、人々を、霊を復活させ、生き返らせる。目覚めさせる力がある。それプラス、これ、保存力っていうのがあるのね。清める力と、お肉にお塩いっぱいかけると腐らないでいつまでもあるっていうね、保存力が。だから、人々を清めて、イエス様を信じるようになった人たちに福音を伝えて、その清さを保存していく。うん、その保存は永遠の命に繋がるという、そういう力が。
そういう壮大な話をしてることなんだね、これは。
あなた方は地の塩ですっていうのはその意味なのよ。そういう役割が私たちにあるっていうこと言ってんの。私たちにそういう力がある
で、もし私たちが塩気をなくすって言われると、それも関係あるの。

塩気をなくすっていうのは、もう教会に行くのやめるわって言って、家で教会に行かないでしょぼんとしてる人が、だんだん、だんだんつまんない人生ってなってくると、それは塩気がなくなったクリスチャンになるわけね。
そういうこと。

だから、しっかりと教会に行って、ますます塩気をいただくっていう力。
混じってない塩もある。

高級な人たちには、砂はもちゃんと避けて、塩だけのものっていうのを高く売るわけなんだけど、貧しい人たちはそのままを使っていたわけね。

なるほど。だから、砂が残って捨てられるっていうことも説明されたらわかるんだ。
99パーセントの人が貧しい人たちだから、みんなこの言葉がよくわかるの。
ああ。

こういうことをイスラエルに行くとわかるから、行ってきて。
ほう。そうなんだ。確かにね、僕が普通に使ってる塩のことではあんまり理解できなかったから、こうやって聖書のことがわかるんだなって、すごいなって思ったんだけど。でもそれだけでね、おばさんは僕をイスラエルに行かせたいって思ってるかもしれないけど、もうちょっとなんか魅力的なこととか面白いことがあったらなって思うんだけどね。

イスラエルっていうとね、ニュースで見てると、ろくなところじゃないっていう風に思っちゃうじゃない。去年の国連幸福度調査っていうのでは、日本は43番だったの。

ふーん。
でも、イスラエルは11番だった。

へえ。

それくらいに、日本にいる人たち以上にイスラエルにいる人たちは幸福っていう意味でしょう。だから、このニュースで見ているようなところとまた全然違うのね。それプラス安全さって言えば、アメリカよりずっと安全。
へえ。聖書のことがわかるだけじゃなくって、イスラエルっていうのはほんの四国の大きさなの。
それで日本と全然違うのね。例えば。うん。アメリカに行ったとするでしょ。そうするともう素晴らしい景色のところがあるんだけど、次のところに行くのに1日中バスに乗って次のところ行く。なぜなら大きい土地だから。中には飛行機に乗って次のところへ行くっていうのがあるんだけど、イスラエルは四国の大きさの中にもう山のように見るところがあるから、もうどんどんどんと見学できるのね。
へえ。

それにもうその日本と違うところっていうのが、たったの四国の大きさにもかかわらず、

冬はヘルモン山ヘルモン山ってね、ものすごい美しいとこなのよ。ちょっとこれ見て。雪がいっぱい積もってるじゃない。ここにねえ、このヘルモン山ではスキー場がオープンしてるの。だからたくさんの人がスキーをしてるのよ。だけど、うん、この死海に行くと、これ見て。ポカーって浮いて。うんうん、水の上に浮きながら新聞読んでるじゃない。

うん。

こういう冬ができるのよ。

へーえ。

それなのに南の方、海の方に行くと、これ、熱帯魚。すごいでしょう。こんなにたくさん熱帯魚がいるので、ダイビングしてる人がいっぱいいるの。これが同じ時に起こるのね。それプラス。うん、日本には荒野がないでしょ。

うん、聞かないね。

しかし、四国の大きさで、半分以上がっていう砂漠。
ふー。

だから見るところがいっぱいあるのよ。

凄い綺麗な写真なんだけど、スキーができる場所と死海は浮くでしょ。それと熱帯魚がいるところが同じ時期にあるっていうことなの。
そういうことなのよ。すごい不思議じゃない。それ。だから行ってほしいのよ。

四国ぐらいしかないのに、夏みたいなところと、冬みたいなところが同じ時期に味わえるっていうのは変わってるんだね。
そうなのよ。

まあ、何か楽しそうなものがあるのかなという感じはしてきたんだけど。例えばイスラエルの中に世界遺産とかそういう見るところはあるのかな。
四国の大きさのあんな小さなところだから、そんなものないと思うでしょ。ところが、世界文化遺産が7つもあるの。

へー。

地中海のそばに、アッコウというところがあるんだけどね。十字軍時代のこの遺跡見て。これもうあらゆる方面から撮ってきたんだけど、この素晴らしい遺跡が、この水のそばにあるのね。これが世界遺産になってるの。それと、ハルマゲドンって聞いたことある。聞いたことある。

あるでしょ。ハルマゲドンっていうところは中部の方にあるんだけど、昔、昔から戦いがいっぱいあったところ。今発掘されてるんだ。だけど、ここがもう昔、昔からのものが出てきて、世界文化遺産になってんのよ。

へー。
そして死海の方に行くと、ここ、まだっていうとこがあるの。まだっていうのは、これ、自然の要なの。うん、自然の要害で、このてっぺんに。うん、二千年前、ヘロデ大王という人がお城を建てて、お風呂を作って、贅沢三昧に建物を建てた、その遺跡がいっぱい出てきてるの。それと、ここの歴史はもうあっけに取られるような凄い歴史があるのよ。
こんな素晴らしいとこって、おそらく世界にはないんじゃない。

へえ、そっか。結構いろんなドラマがありそうなんだね。

歴史がすごいのよ。

世界遺産もちょっと見てみたいなっていう気持ちはするから、まあ、いいツアーを紹介してくれるんだったら、ちょっと考えてみようかなっていう気になってきた。

それが素晴らしいツアー。もう、たけちゃんにちょどいいツアーがあるの。それが若者のツアーで、たけちゃんぐらいな若者たちばっかりが行くのよ。
うん。

で、このツアーでは、荒野っていうところに行くし、ラクダに乗るって書いてあったのよ。そして、そこのテントで寝るなんていうの書いてあったから、羨ましい。私も行きたいと思ったの。

そっか。なんかいろんなことができそうなんだね。今まで考えたことなかったけど、おばさんがちょっと強く進めるなら考えてみようかな。

もう、ぜひぜひイスラエルに行ってきて。

うん。
で、この聖書が、今読むと白黒でしょ。うん、イスラエルに行ってごらん。次読むときにはカラーになってるから。そして、聖書を読んでると平らでしょう。でも、イスラエル行って帰ってくると、聖書読むと立体になる。

へー、どうなるのかな。

ほんとにそうなのよ。聖書っていうのは二千七百か国語に訳されて、それプラス毎年ベストセラー。
うん。

だから、そういう大切な聖書。

うん。

まして、教会に行っているクリスチャン。それは、この聖書を立体的に、カラー的に読めるようになるって言ったら、ものすごい得だと思わない。もうね。じゃあ得したって思って帰ってくるかな。
行ったら絶対もうそれは確実。

そっか。じゃあちょっと積極的に考えてみるね。

嬉しい。祈ってみて。そっか。祈ってみて。もう絶対イエス様がいってらっしゃいって言うわよ。

ちょっと祈ってみて。そして今度いい報告ができたらいいかな。
嬉しい。

今日はこの辺で。

はいはい。

帰るので。
じゃあツアーのこと考えてみるね。

 

それではここで今日のおさらいをします。
イスラエルは四国ほどの大きさにも関わらず、同じ時期にスキーができるところもあるし、死海で浮かんだり、紅海で熱帯魚を見たりすることができる不思議な土地である。
二つ目、塩が塩気をなくすの意味が、死海から取れる塩を通して正しく理解することができる。
塩は目が覚めるような辛さと、食料を保存することのできる性質があります。イエス様は、人々の信仰の目を開かせ、清い救いを保たせる力として塩を例えて話されました。

 

それでは皆様、またお会いしましょう。シャローム

 

動画リンク↓

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【最終回】黙58「黙示録22-7~21」スティーヴンス栄子オメガバイブルスタディー受講メモ

今回のオメガバイブルスタディーは黙示録の最終回で22章7節からです。58回目になります。黙示録がいよいよ最終回を迎えました。

黙示録22章7節から9節、見よ。わたしはすぐに来る。この書の預言の言葉を固く守るものは幸いである。これらのことを聞き、また見たのは、わたくし、ヨハネである。わたくしが聞き、また見た時、それらのことを示してくれた御使いの足元にひれ伏して拝もうとした。すると、彼はわたくしに言った。やめなさい。わたくしは、あなたやあなたの兄弟である預言者たちの、この書の言葉を固く守る人々と同じ僕です。神を拝みなさい。

7節で、見よ、わたしはすぐに来る。この書の預言の言葉を固く守る者は幸いである。すぐに来ると言われてから約二千年経った。死亡率100パーセントの現在では、主がいつ来られても良いように、主のみ言葉を固く守って歩まなければならない。また、第一テサロニケ4章で、主が私たち教会を迎えに来て下さるお約束がある。それがいつであるのか、多くの神学者たちが色々と語っているが、実際のところいつなのかわからない。わたくしたち主を信じるものは、主がいつ来られても良いように心を構えていなければならない。


黙示録3章11節で、わたしはすぐに来る。あなたの冠を誰にも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。ここでも、わたしはすぐ来るとおっしゃっている。神学者の中には、黙示録の後に起こることと言われている出来事が起こり始めたら、御再臨は短い7年で起こるから、そのことを示していると考えている。8節でこれらのことを聞き、また見た者は、わたくし、ヨハネである。ヨハネは、黙示録に書かれている預言と幻を実際に聞き見た。ヨハネは、これらが信じるべき真実であることを確証している。8節でわたくしが聞き、また見た時、それらのことを示してくれた御使いの足元にひれ伏して拝もうとしたヨハネは、恐ろしく尊い預言と幻を見て、錯覚を起こして、御使いに対してひれ伏している。9節で、やめなさい、わたしはあなたやあなたの兄弟である預言者たちや、この書の言葉を固く守る人々と同じ僕です。神を拝みなさい。唯一の誠の神様のみ拝まなければならない。そして、聖書に書かれている言葉を固く守るものが、神様の僕です。御使いも人間も差別はない。

 

黙示録22章10節から15節、また彼はわたくしに言った。この書の預言の言葉を封じてはいけない時が近づいているからである。不正を行う者はますます不正を行い、汚れた者はますます汚れを行いなさい。正しいものはいよいよ正しいことを行い、聖徒はいよいよ聖なるものとされなさい。見よ、わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれの仕業に応じて報いるためにわたしの報いを携えてくる。わたしはアルファであり、オメガである。最初であり、最後である。初めであり、終わりである。自分の着物を洗って命の木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようなものは幸いである。犬ども、魔術を行う者、不品行の者の、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行う者は皆外に出される。


10節でこの書の預言の言葉を封じてはいけない時が近づいているからである。黙示録は封じてはいけないと命令されているが、ほとんどの人が黙示録の学びを批判したり止めたりしてきた。黙示録1章3節で、この預言の言葉を朗読する者と、それを聞いてそこに書いていることを心に留める人々は幸いである。時が近づいているからである。黙示録を読む者、この御言葉を聞くものは、祝福を受ける約束である。ダニエル書は、黙示録によく似た終わりの日の預言である。しかし、黙示録とは反対に封じておくべき預言である。ダニエル書12章4節、ダニエルよ、あなたは終わりまでこの言葉を秘めておき、この書を封じておけ。多くの者は知識を増そうと探り回ろう。ダニエルが受けた預言の範囲があまりにも広く、意味がわからなかったことであろう。わからないままに封じておくことが命令されている。この預言では、終わりの日には多くのものは知識を増そうと探り回るということであるが、現在は知識が増し、まさにこの預言の成就と言えるで。黙示録22章11節で不正を行う者はますます不正を行い、汚れたものはますますけがれを行いなさい。終末には不正もけがれもますますひどくなります。まさに私たちはその時代に生きているのである。11節で、正しいものはいよいよ正しいことを行い、聖徒はいよいよ聖なる者とされなさい。神様に従うものがますます聖書の学びが深くなっている。12節で、見よ、わたしはすぐに来る。わたしはそれぞれの仕業に応じて、報いるためにわたしの報いを携えてくる。キリストに従う者と反キリストに従う者がますます明らかになっている時代である。羊と山羊が分けられるように、私たちの目にもはっきり見えるほどの時代である。主は御言葉通りに審判を携えて来られる。これからますます厳しい時代であるが、主にしがみついて横道にそれずに歩んでいこう。14節で自分の着物を洗って命の木の実を食べる権利を与えられ、門を通って都に入れるようなものは幸いである。主を信じる者に与えられるご褒美は、想像を超える新しいエルサレムである。油断せずに真珠の門をくぐれる者となろう。15節で犬ども、魔術を行う者、不品行の者、人殺し、偶像を拝む者、好んで偽りを行う者は皆外に出される。神の都の外に出される者は、自由意思によって神様から遠ざかったものである。火の池に入ることがないように、油断せずに祈って歩もう。そしてたくさん伝道しよう。

 

黙示録22章16節と17節、わたしイエスは御使いを遣わして、諸教会についてこれらのことをあなたがたに明かした。私はダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。御霊も花嫁も言う。来て下さい、これを聞く者は来て下さいと言いなさい。乾くものは来なさい。命の水が欲しいものは、それをただで受けなさい。
16節で私はダビデの根、また子孫、輝く明けの明星である。
人間的イエス様はダビデの子孫である。しかし神様でシャカイナグローリーご自身である。17節で、御霊も花嫁も言う。来てください、これを聞く者は来てくださいと言いなさい。乾くものは来なさい。命の水が欲しいものは、それをただで受けなさい。救いを受ける招きである。イエスキリストの御再臨を待ち望む者こそ、命の水を受ける新しいエルサレムに招かれている。

 

黙示録22章18節から21節、わたしはこの書の預言の言葉を聞く全ての者に証しする。もしこれに付け加えるものがあれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。また、この預言の書の言葉を少しでも取り除くものがあれば、神はこの書に書いてある命の木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。これらのことを証する方がこう言われる。しかり、わたしはすぐに来る。アーメン、主イエスよ、来て下さい。主イエスの恵みが全ての者と共にあるように、アーメン。

18節でこの書の預言の言葉を聞く全ての者に証しする。もしこれに付け加える者があれば、神はこの書に書いてある災害をその人に加えられる。第一の警告である。もしこの黙示録の預言に付け加えたのなら、災害が付け加えられる火の池に入ることを言っている。19節でこの預言の書の言葉を少しでも取り除く者があれば、神はこの書に書いてある命の木と聖なる都から、その人の受ける分を取り除かれる。第二の警告は、この黙示録の預言を少しでも省くものは、新しいエルサレムに入れないことを言っている。どちらも救われていないのと同じである。この二つの警告を全聖書に当てはめる神学者がいる。黙示録は全聖書の最後に書かれている預言で、550ヶ所が旧約聖書と重なっている。黙示録を受け入れない人々が、旧約聖書を今も神の言葉と見なしていない場合が多い。20節でこれらのことを証する方がこう言われる。しかり、わたしはすぐに来る、アーメン。主イエスよ、来て下さい。黙示録を証された方は、イエス様である。イエス様は、もうすぐ御再臨なさる。主イエスよ、来てくださいと叫ぼう。21節で、主イエスの恵みが全てのものと共にあるように、アーメン。この御言葉を、この黙示録の学びに参加してくださった皆々様に心からお捧げする。アーメン。


オメガバイブルスタディの黙示録の学びはここまでです。皆様のお励ましとご支援によって、ここまで継続することができましたことを、心から感謝申し上げます。
皆様、ごきげんよう。神様の祝福と平安が皆様とともにありますように。シャローム

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