Fsの独り言・つぶやき

横浜市在住。一応理系卒。音楽・美術・文学・政治などをつぶやく。60歳定年退職。膝・腰痛で登山を65歳で断念。現在は街中ウォーキング。

「いつもとなりにいるから」 2


 横浜美術館の解説は概略次のように記している。

 1965年の日韓国交正常化から60年となる節目に合わせた韓国の国立現代美術館との共同企画。
 同時に「横浜美術館リニューアルオープンの理念である「多文化共生、多様性尊重」を表現する。

1章 はざまに―在日コリアンの視点
 1945年の日本の敗戦から1965年までの約20年間、日本と朝鮮半島には正式な国交が結ばれていない時期が続きました。「空白期」をふりかえる。
2章 ナムジュン・パイクと日本のアーティスト
 日韓国交正常化の時期を前後して、同時代の日本の美術界と特異な立ち位置で関わったナムジュン・パイク(白南準)を中心に、日韓のアーティストたちの繋がりを紹介。
3章 ひろがった道 日韓国交正常化以後
 1960年代後半から80年代を中心に、両国の同時代美術がどのように相手の国に紹介されたのかをみることで、日韓のアート界がいかに刺激を与えあっていたかを探る。
4章 あたらしい世代、あたらしい関係
 近代期に多くの留学生が朝鮮半島から日本へ渡る流れがつくられましたが、1990年以降、アート界における逆流の先駆けが生じます。あたらしい世代による、あたらしいアイデア、メディアの作品が登場した時代です。
5章 ともに生きる
 韓国でながらく続いた軍事独裁政権は、民衆の力により1987年に終わりを迎え、民主化に連帯する動きは韓国国内だけでなく、国外在住のアーティストにも広がり、アートと社会の問題がわかちがたく結びついた作品が生まれます。
 この最後の章は、現在、そして未来を「ともに生きる」ための気づきを、作品からみつけてほしい、そんな思いで締めくくる。


 今回、私は3章のコーナーに時間をかけた。

 朴栖甫(パクソボ)の《遺伝質1-68》(1968年)、山口長男《軌》(1968年)、李禹煥(リウファン)の《線より》および《点より》(1977年)、斉藤義重《反対称 対角線Nо1,Nо2》(1978年)に目がとまった。特に李禹煥の2作品には惹かれた。
 チラシの裏面にもあるとおり、《線より》は下まで伸びる青い垂直の線のグラデーション、《点より》は丸に近い数個の点の横並びが不規則に並ぶ。縦・横のかすれをともなう書を思い出したり、横並びを強引に縦のベクトルに変換して干渉しようとしたり、縦に伸びる地上の茎と地下の根を想起させたり、脳内でさまざまな操作が鑑賞者に委ねられる。その楽しみを覚えた。

 次回は5章を中心に観ようと考えている。李應魯(インウンノ)の《群像》(1984年)は、軍事政権への批判を込めたメッセージ性の強い作品ではあるが、同時に密生した群像表現のようにも、また漢字ないしハングルの書のようなデザイン性もあり、不思議な作品に思えた。次回、時間をかけて鑑賞したい作品に思えた。