Fsの独り言・つぶやき

横浜市在住。一応理系卒。音楽・美術・文学・政治などをつぶやく。60歳定年退職。膝・腰痛で登山を65歳で断念。現在は街中ウォーキング。

「心の傷を癒すということ」より 2

 横浜も36.2℃と猛暑日となった。横浜駅近くのいつもの喫茶店で涼みながら「心の傷を癒すということ」(安克昌)を第Ⅱ部を読んで過ごした。30分ほどで喫茶店を出て、バスにて帰宅。歩いているときよりも、横浜駅のバスターミナルでバスを待っている15分ほどのほうが暑く感じた。空を仰いでも雲もなく、しかも暑さのためかクラクラと目が回りそうになった。

 


 「心の傷を癒すということ」(安克昌)から引用して記憶にとどめたい箇所はとてもたくさんある。一つ一つを記載するのはとても難しい。
 本日とくに心にとまったのは次の一節であった。
被災者は援助を受けることで「得をした」とは思っていない。むしろ、必要なものを援助してもらわなくてはならないことは「屈辱」なのである。しかも援助に対しては感謝すべきであるという暗黙の要請があるために、この屈辱感は公には表現することはできない。自立にはそれぞれのペースがある。それを、援助しすぎたから依存心が強くなって自立できないのだ、と決めつけてよいものだろうか。‣‣‣‣(被災地から遠い仮設住宅に移っても)被災地から離れて暮らすことは、こうした周囲とのギャップを感じつつ生きていかなくてはならないということである。もといたところに戻ってきても、それで終わりではない。そこにはまだ生活の再建のための長い営みが待っている。‣‣‣‣地域社会の復興とは、ピカピカの経済活動だけではないはずだ。社会的弱者といわれる人たちの日々の営みの中にこそ、貴重なものがあるように私には思える。」(第Ⅱ部「震災が残した心の傷跡」、四「避難所と仮設住宅の現実」)

 私は都市基盤施設の建設・維持管理の職場しか経験がないこともあり、災害が起きるとそれらの復旧ばかりに目がいってしまう。そしてそれらが復旧するとひと段落という思いが強くなってしまう。むろんそれらの復旧は大事であり、それらに従事する人びとの苦労を顕彰することにやぶさかではない。
 しかし個々の人びとの状況や傷と真摯に向き合う部門のかたは別の現実もよく見ている。政治の世界では、できるだけ早急な避難所の解消や、仮設住宅の整備、都市基盤の復旧・復興、経済の再生ばかりに目が向く。そうしてできるだけ早く行政の手を引こうとする。またそれを歓迎する世論もある。そういう政治的発言が歓迎され、人びとの支持を集めていることも残念ながら事実である。
 だが、1960年代に言われた「もはや戦後ではない」にはじまり、大きな災害時に声高に叫ばれる「いつまでも行政や政治に頼るな」という世論は行政の責任放棄につながる言い訳の代弁でしかなかったのではないか。
 いわゆる「社会的弱者」、生活基盤の弱い被災者等のニーズに応える行政の災害対策とは、答えはすぐには出てこないものであろう。
 そういった意味では、この著作は記録としても大切なものと思える。