行ってもいいかい?イェエ エエ ベイビー
これから行くよ、オマエの家に
NO NO NO NO BOY
今夜はだめなの。
NO NO NO NO BOY
冷たい人だなイェエ エエ ベイビー
眠れないのさ落ち着かなくて
NO NO NO NO BOY
我が儘な人ね。
NO NO NO NO BOY
だけどだめさ どうしても
ドアの外でちょっとだけ
作詞 田辺昭知
作曲 かまやつひろし
ザ・スパイダース ノーノーボーイ
今から60年程昔、福沢幸雄というレーシングドライバーが活躍していました。
彼は日本人の父とギリシャ人の母のあいだに生まれた「ハーフ」でした。出生地はパリ。

太平洋戦争敗戦後の翌年、3歳の時日本に帰国。慶応中等部、慶応高校、慶応大学卒業。その名字と通っていた学校からして察しがつくように、福沢諭吉の血筋:曾孫でありました。
英語、フランス語、ギリシャ語、日本語を自在に操ったサチオこと福沢幸雄は、大変裕福な家庭に育ち、車好きが高じてフランスにレーシングスクールに留学。やがて日本でレースデビュー。学生でいながらメーカーのワークスドライバーに抜擢され、更にはそのファッションセンスとルックスからファッションメーカーのモデル兼企画担当取締役までを務める、といった今となっては想像上の人物とでしかあり得ない程の超セレブリティでした。

そんな彼が高校生時代から通っていた伝説のレストラン、飯倉キャンティで知り合ったのが日本人初のパリコレモデルであった松田和子さんでした。サチオ17歳 松田和子24歳。高校生が7つ年上のトップモデルの女性を誘って、結果いい仲になるなんて小説家でも書けないストーリーですよね。
このキャンティの常連客には当時の数々の著名人が名を連ねていました。
例えば三島由紀夫、伊丹十三、加賀まりこ、ミッキーカーチス、安井かずみ などなど。その中のひとり 当時大人気だったグループサウンズ:ザ・スパイダースのかまやつひろしは特にサチオと仲が良かったらしく、スパイダースのファッションアドバイザーを務めたサチオは「8人目のスパイダース」と呼ばれていました。

そのスパイダースの1966年発表曲にノーノーボーイというナンバーがあります。
かまやつひろしが作った楽曲には個人的に好みが多いのですが、これもその一曲。スパイダースのオリジナルのほか歌詞の内容から男女が掛け合いで歌われたカバーも多くあります。
今回、このブログを書いた理由は、現在のとあるレーサーについて私がSNSで発した内容が炎上とは言わずとも、一部の方からかなり批判を受けた事に端を発しています。(誰のことだかおわかりの方も多いかな?)それに関連して福沢幸雄について調べていたら10年以上前にテレビ放送されたドキュメンタリーに行き当たり、その中でこのノーノーボーイが使われていたことからなのです。https://www.youtube.com/watch?v=LrvZ0qcFvCs
そしてはっと気づいたことは、この歌詞に歌われている男女はサチオと松田和子のことだったのです。高校生の男の子と7歳年上の大人の女性の恋物語。
そしてこの曲が発表された3年後に悲劇が訪れます。トヨタの打倒日産を目指した完成直後のレーシングカー 福沢幸雄が駆るTOYOTA7が、時速250kmでコースサイドの標識の鉄柱に激突し・・・。
当時小学生だった私にとっても、サチオの事故死は衝撃だった記憶があります。
でも、ノーノーボーイのいきさつは今回初めて知るに至りました。
それ以来この曲の最後の部分を聞くと涙腺が緩みます。

タイトルに付けた「レーシングドライバーはカッコ良くなきゃ」という事を身をもって 表現してくれた福沢幸雄

ノーノーボーイ わがままな人ね。
で、トランプの暴走が色々と伝えられる中、自分的に特にヤバいと思ってることは、自国の大学への研究


今回、同じく




















ところで後述しますが、この
























