さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

交換D

はがねのように澄みわたる大空のまん中で
月がすすり泣いている。
………けがらわしい地球の陰影かげ
自分の顔にうつるとて…………
それを大勢の人間から見られるとて…………
…………身ぶるいして嫌がっている。

――夢野久作「月蝕」

 

もう研究が進んでるとは思うんだが、――戦後のテレビドラマが与えたものはけっこう大きく、良くも悪くもそれ以前の昭和を忘れさせたと思う。アニメばかり研究している場合ではない。子供の頃、爺婆がみていた昼間のドラマをちらっとみた限りの管見だけど、ある種の人情に過多で不公平なかなりやべえものがあったような気がする。我々が親子観だと思っているの一部は、この時期の昼間の粗悪なドラマがもたらした物のような気がする。

それは、日本人の傾向とか自民党の陰謀とかではなく、娯楽化された倫理なような気がする。

嫁姑の問題だって、テレビドラマによってかなり現実の感情がねじ曲げられていたと思う。

私自身は、連続テレビドラマで最初から最後までちゃんと見たのは「Xファイル」と「ツインピークス」と中国産の「三国志」、大河ドラマもこのまえの紫式部のものが最初で、朝ドラは「カーネーション」だけだと思う。――かくいう私をある人は「名作至上主義」と揶揄したが、わたくしは純文学でもそうだと思う。

トレンディドラマは女性向けだと決めつけていたので一回も見たことないが、――いまウィキペディアでしらべてみたら「トレンディドラマは戦後民主主義の到達点というべき自由と繁栄の確認であった」と書いてあってびっくりした。そういうものだったのか!どうりで、わたくしが独裁的な訳である。

 

むかしから我が国は自分たちが馬鹿になっている自覚があった。最近は、テレビみているのとyoutubeみているのと何か世代間戦争のようにいわれているが、一億玉砕、一億総白痴化、一億総中流化のあとで何が起こっても別に関係ないのではなかろうか。

 

20代の頃、飲み屋談義で、阪神ファンとサッカーファンとどちらが頭が悪いのかとふざけあったことがあったが、結論はやはり巨人ファンが一番頭が悪いのではないかということになった。戦後は、世の中への愚痴がこのようなたわいもない軽口に昇華されてないことになっていた側面がある。最近は、この遠近法が狂って、巨人(国家・自民党)はそれほど強くなく、何か理由は分からないが、どこが優勝してもおかしくはない。中日ドラゴンズは空気を読んで、一極だめチームになることでなんとか遠近法を取り戻そうとしたが、今年は時々4位とかになっているからそれも失敗しているようである。

 

石破総理が辞めて、阪神が優勝した。なんの関係もなく、カオスである。

 

で、わたくしは、次の総理は玉★雄■★だと思うとAIに聞いたら、凄くバカにされました。

 

1985年の阪神優勝の時は、バース・落合三冠王、清原甲子園で大爆発、おニャン子クラブセーラー服を脱がさないで」、神坂次郎『元禄御畳奉行の日記』と、――阪神が優勝するときというのは同時多発花火みたいにいろんなことが次々に起った印象がある。松田聖子小泉今日子の時代で、我々はなんとなく自分の?鏡をみて躁状態であった。

で、今回もさすが阪神、万博だけでなく首相辞任にぶつけてくるとは。しかし、もはや、阪神優勝は時代の鏡を示さない。柄谷行人の交換様式の理論の根底には方向性の虚無、無があり、そのA~Dの交換は偏在もししかもどこで前面化するかどうかも場所によって違う。そもそも阪神がしょっちゅう強いと、普遍宗教のようにどこからかやってくるしかない交換Dだか何かしらんが、阪神ファンの柄谷理論が崩れ去るじゃねえかというね。あっ、交換DとはDragons(ドラゴンズ)のことではっ。