神社仏閣
御札とかお守りをこうた
深夜に亀井戸
案内板(1985)によると、昭和4年当時の村長・藤井氏の時に「明治いらいの国に殉じられた方々を祭る」ためにつくられたそうで、8月13日に村民で盆供養をしているそうである。 案内板には、「やすらかにねむれとぞ思う国のためいのちささげしますらをのと…
難波の駅のホームから見えた。
芸術祭はときどき寺社や記念館に入るように計画されている。 仁王よりでかい草履が日干しされてました ただいま、パワハラを受けております。 蝉が脱ぎまくり直列 元気が出てきました
志度寺の隣の圓通寺の門
志度の志度寺の北側に圓通寺というのがある。確か、志度町史に書いてあったのだが、この寺は、志度寺の住職の隠居する寺だったらしい。で、調べはつかなかったが、この北隣に鳥居がある。天保15年のものらしい。林鐘吉日(旧暦6月の吉日)建てたらしい。この…
案内板に曰く、 古くは難波津と呼ばれ、海外では朝鮮半島と、又国内では畿内(大和朝廷)などと交易のあった津田浦の氏神社で、仁和年間(八八五~八八八)、山城国(京都男山)石清水八幡宮の分霊を勧請、現在地の西方にある雨滝山麓に津田八幡宮として鎮座しまし…
合宿したホテルの横に白山神社がありました。伊弉諾と伊弉冉が祭られておるようです。白山(東讃岐富士)の南側にあります。 入り口の鳥居を臨む。 途中に地蔵堂あり。 普通に登りがきつい。 かわいいのにはだまされぬ。 社殿。 白山の登り口に、龍王社と石…
国語国文学研究室にようこそ
近くの栗林公園もマンションやらに囲まれているが、神社も囲まれている。
以前、高知市を訪ねたときに撮った写真の中にあった。はりまや橋の東にある土佐橋の南側にあるのがこの有馬神社である。 有馬神社の由緒としては、県神社台帳に依ると、御祭神は安徳天皇二位禅尼であり、昔より浦戸町土佐橋南詰に鎮座ましまし、付近の崇敬神…
結局、人間の目標とは、それを認識するものがじぶんしかないので、あらゆる自己欺瞞が可能である。しかし、そこに神頼み(神仏への依存)が挟まると、信仰の程度にも因るだろうがあるていど、その認識が自分から自分への循環だけでなく、神仏からの贈与や直…
忘年会に向かう
錦町の吉祥寺内にあります。歓喜天は秘仏なのであるが、いわばマル秘マークのようなもので、かなり目立っている。 神社になりすましているのであろうか。だいたい犬というのは、主人が誰かもちゃんと確かめずにガードマン役を買って出たりするものである。 …
久しぶりに尋ねてみた。
久しぶりに訪ねる。「天下泰平国家安全」とあり。実際は「天下騒乱国家安全」の領域国家的翻訳である。
本殿が見えました。
すっかり観光スポットになっている――鹿に導かれて掘ったら水が湧いた、鹿の井出水の水神、いやさくらまつりです。 周囲の道路から家族連れが歩いていて、これは鹿参りだとすぐわかりました。
綱敷天神社御旅所の境内にあり。今日は、いつもにまして――かしらないが、梅田には人が溢れていて、ここらあたりにしか静寂はなかった。
昭和五十九年に再建された。 道真どのは、九〇一年一月、大宰府に左遷させられる。途中大坂に流れると紅梅が燃えるように咲いていた。この梅を眺めるため、漁師たちは艫綱をたぐり座席をつくりそれが「綱敷」という地名となった。道真は大宰府の地で死んだが…
神社明細書によると、有馬天神社は昔々の天元2年(979)にできたらしい。京都の菅原道真のあれであって、それ故か?そのあとの平安時代は荒れ果てていたらしい。そろそろ平安も終わりの頃なんか大洪水とかもあったのだ。建久3年(1192)に再建され…
有馬温泉の花小宿という宿の庭に鎮座している。
有馬の守護神である。大己貴命(国を造るよ)と少彦名命(薬を造るよ)がここらの温泉を発見したらしいのだ。この山奥に何しに来ていたのであろう。 いつ頃からか、熊野信仰も合体したりしていたらしい。水天宮もある。――イメージとしては、立ち上る水蒸気が…
観光客や湯治客の一瞥に堪えているお宮で、人妻が夫の愛人を×し自分も深い温泉に身を沈めたというのだ。というわけで、きれいな女性の盛装をみると沸くとか、自分の醜い心をけなすと沸くとか、――まるで、ネット上の言論のようである。あまりに沸騰し過ぎたせ…
以前、有馬に行ったときにたずねた。明治四〇年(一九〇七年)誕生、祭神は大欲望系「増富稲荷大明神」。戦争に勝つ、儲ける的な意味で、近代日本の勢いが感じられる。ネットで過去の写真をみてみると、だいぶ赤い鳥居が「増」えているようである。この勢い…
咲いていた。
思うに、気が狂わないために神社があるようだ。我々の世界はいろいろと不安定にできすぎている。 どんぐり久しぶりにみた。 いまは寒いが、蝉が抜けているので夏なのではないだろうか。
半月後の人間達に怯える。。。。
三条北部地蔵堂の地神さんを訪ねる。今日はわが大学の國文学会である。疲れは残っているのでバスに乗って出かける。バス停の正面に地蔵堂が朝日に照っていた。