さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

文学

勝手に動く手

思いついたことを表明して、みんなも興奮しちゃって、これはいける、と思ったら、ぜったいに鬱がくる。調子に乗らないための薬だよ。そこが素敵だよね。僕の体がブレーキをかけてくれる。僕の体は徹底した他者でね。たとえ腐った言葉を取り上げて、違う形で…

作品は人間を超えて

トランスジェンダーが社会と共にあり、法律や慣習によって影響を受ける、身近な存在であることがお分かりいただけたかと思います。そうです、トランスジェンダーの人たちは、すでにこの社会に共に生きているのです。 買い物をし、出勤し、人と交流し、ときに…

現代の教師と批評

シュペングラーはプロレタリアートのうちに人類歷史の未来を望むことを得なかったが故に、歷史的相對主義に陥らざるを得なかった。歴史的相對主義の克服はマルクス主義によってなされてゐるのである。マルクス主義はまことにシュペングラー批判の意義を有す…

足音いさみて

「からだは宿に、魂は先々につき添ひて、人こそ知らね幻のたはぶれ、ことさら平和泉高館の旧跡一見したまひて、光堂の宿坊に一夜を明かしたまふ。旅夜着の下にこがれて、物いはぬ契りをこめ、左の袂に伽羅の割欠けを入れ置きしが、それは」と問へば、「いか…

「自由に根拠なし」という叛乱

そして私は、出版社から送られてきた書類に目を通す。私の切り絵に、毎回、小説家や詩人が言葉を添えてワンシーンを作るという、雑誌連載の企画書だ。驚くほど著名な作家が候補に並んでいて、頭の中で早くも切り絵のイメージが湧いてくる。いずれ書籍化する…

クリスマス下のおとぎ話

私は、ここに見られる発想のパターンはキリスト教原理が直に提供するものでないにしても、そこにはすでに思想の成立する枠がしつらえられていたと思う。「真理の全体像」というのは、この文章の少しあとに出てくる「世の人々が積み重ねてきた知恵」とか「人…

今日のコンプレックス

わたくしは拙作のなかで荷風を「エディポスコンプレックスの人」としました。これはすくなくともわたくしにとっては、新発見のつもりでした。わたくしは永年、荷風の父に対する恐怖的服従とそれをはね返す反抗とはよく知っていましたが、それがエディポスコ…

転向と入眠

柳田は、子供のあいだには神隠しにあいやすい気質があるとおもっていると述べている。もし覚醒時や半眠時の入眠幻覚に〈気質〉という概念が入りこめるとすれば、入眠幻覚がどの方向へむかうか、という構造的な志向の差異という意味によってである。ここで柳…

猿に基礎づけられている事態について

はじめに生物的な性的興奮があり、そのうえで私たちが社会的にえっちさを構築していった、という全体像が自然に思われるだろう。セックスはあらゆる生き物たちがするが、彼らはおそらくえっちさを感じてはいないだろう。彼らには性的興奮しかない。だとした…

第50回香川大学国文学会

小豆島にいて、たまに高松へ行くと気分の転換があって、胸がすツとする。それほど変化のない日々がこの田舎ではくりかえされている。しかし汽車に乗って丸亀や坂出の方へ行き一日歩きくたぶれて夕方汽船で小豆島へ帰ってくると、やっぱり安息はここにあると…

ぶたぶたくんとアンパンマン

「人間は、丈夫が第一だ、生きているとしても、耄碌(もうろく)しては駄目だ。維新の同志が、みんな死んでしまった中に、私一人が達者でいるのは、鍛練をおこたらないからだ。それを話してあげてもよいが、今の者には、真似が出来まいな」 皮肉な微笑で、こ…

去りがたい入眠

「夕ぐれに眼のさめし時」とは柳田国男の心性を象徴するかのようにおもえる。かれの心性は民俗学にはいっても晨に〈眠〉がさめて真昼の日なかで活動するというようなものではなかった。夕ぐれに〈眠〉からさめた時の薄暮のなかを、くりかえし徴候をもとめて…

たちまち睡は覚めたり

山々の奥には山人住めり。栃内(とちない)村和野(わの)の佐々木嘉兵衛(かへえ)という人は今も七十余にて生存せり。この翁(おきな)若かりしころ猟をして山奥に入りしに、遥(はる)かなる岩の上に美しき女一人ありて、長き黒髪を梳(くしけず)りてい…

朦朧と権力

「そなた様こそ、年頃心も残らぬ枕物語の、ありつくしての今なり。我は一夜もかたらぬ先の物うさ、これまでの露命」とおもひ切るを、左内、様々義理をつめてとどめければ、三之丞も至極して、自害をおもひとどまり、「この上はこなたに、勘右衛門殿となりか…

感情――水清ければ魚棲まず

一歳一〇ヵ月の赤ちゃんを対象に、他者と何かを分け合うことに喜びを感じるかを調べた研究がある。実験では、①赤ちゃん自身がお菓子をもらう場面、②実験者が他者(お菓子好きの人形)にお菓子をあげる場面、③赤ちゃん自身が他者にお菓子をあげる場面が設定さ…

スプラッターと朝顔

それより三日過ぎて、極月十五日の朝、兵法稽古座敷にめし出され、諸家中の見せしめに、御長刀にて、御自身、「小輪最後」と、御言葉をかけさせたまへば、につこと笑ひて、「年頃の御よしみとて、御手にかかる事、この上何か世に思ひ残さじ」と、立ちなほる…

転向・悪行・英霊

「いや、それに似たことは夢ばかりではなく、現実にだつてあるもんだよ。学生時分、左翼運動に僕が敗れた頃だつた」と、有名な左翼理論家小野俊太郎を偽名することによつてものにした酒場の女と心中した経緯を話し始めた。その頃の彼は生活的にも観念的にも…

をかしの内面性

女道とは格別なる色あり。女は仮なるもの、若衆の美艶は、この道にいたらずしてわきまへがたし。さりとてはうたてき女の風俗と、世に住みながら東隣とは火の取りかはしもせず。人心とて、自然の夫婦いさかひに鍋釜わるにも、おのれらが損よ、とここに出合ふ…

教養主義的な、あまりに教養主義的な

少し歩くと、はるか前方の海岸にバーコード状の黒い影が現れた。私たちは最初それを岸に打ち寄せた氷の影だと思い、何の疑問もはさまず、そこを目印に方向を保って歩いていた。しかししばらく進んだ時、そのバーコード状の影が実は氷の影ではないことに気が…

ゴールドヒンガー

竹村 […]そこで、阿頼耶識と天皇とを、三島は同等に見ていたと井上さんは言われるわけですが、しかし阿頼耶識は人人唯識で、一つだけではないし、唯一の中心とはだいぶ概念が異なるとしか思えないのですね。私は、阿頼耶識と天皇が、構造的に似た表現があ…

いらっしゃいませ

それから私はようやっとの思いで口を開きながら「また他の日にいらっしゃいませ。ほんとうに方(かた)がお明けになってから入らっしゃると好かったのですのに」と諦め切ったように言った。あの方も、とうとう外にしようがなさそうに「例の面白くもない物忌…

否定性の揚棄について

「なんだ、テメエー! ぶっころすぞ」ヘルメットの大男がわめく。「法学部の篠沢助教授だ! 道を開けなさい!」とヘルメット男の体に手を掛ける。体から力が抜けるのがわかる。 学生部委員だった私は、Y系一名が反Y系に袋だたきにあっているという情報で、中…

香川ファイブアローズの試合を観戦

砲丸投げの選手が、左手を挙げ、右手に握つた冷つめたい黒い鉄の丸たまを、しきりに首根つこに擦りつけてゐる。鉄の丸を枕に寝附ねつこうとする人間が、鉄の丸ではどうにも具合が悪く、全精神を傾けて、枕の位置を修整してゐる、鉄の丸の硬い冷い表面と、首…

Warum ich so gute Bücher schreibe.

三島氏は、自衛隊の治安出動の呼び水となって斬死にすることを、夢みていたのである。騒動が激化して警察の手にあまるようになった場合、当然次は自衛隊ということになるだろう。しかし自衛隊の出動は重大な問題だから、決定は容易には下せないはずであり、…

文章

爾薩待「ああ、わかります。私は植物一切の医者ですから。」 農民一「はあ、おりゃの陸稲ぁ、さっぱりおがらなぃです。この位になって、だんだん枯れはじめです、なじょにしたらいが、教えてくなんせ。」(出す) 爾薩待(手にとって見る)「ははあ、あんま…

森とテキスト

世界がわたしたちの知覚に対して十全に開かれるのは、森の深みにおいてである。なぜなら森の深みこそが高い地位の人びとが陥りやすい幻想、つまり、わたしたちが居住する世界が足下にモザイクのように広がり、その形態やパターンは自然の物理的な基質に刻印…

推薦入試の日々

第二の誤解は本末の顛倒だ。常にキヌの襟と袖とに花やかな帛(きぬ)を付けるのを、元来が襦袢だから身ごろだけには倹約をしたためと見る人は、いわば自分のあたじけなさをもって他を推すもので、もしこれが真に見得であったならば、ついぞ隠すことのない部…

移動しないタイプ

東トルキスタン東部の流砂の中に大きな湖水ロプ・ノールのあることは二千年昔のシナ人にはすでに知られていて、そのだいたいの形や位置を示す地図ができていたそうである。西暦一七三三年に二人のヨーロッパ人が独立に別々にその地方の地図をシナから持ち帰…

インゴルド=加藤

アリクイはアリを食い、スイカズラは、蜜を吸おうとするハチのために蜜を提供する。 生き物を観察することは、このような活動が続いていくのを目の当たりにすることである。カール・マルクスが『経済学・哲学草稿』の中で動物の種―生命について論じたのは、…

ライフとラインズ

カルヴィーノが専門技能者たちのリストを船員から始めていることは驚くことではないし、結び目や結び細工が、海上生活のあらゆる局面で見られることも偶然ではない。なぜなら海上においては、液状の媒体の中に場所を見つけてしっかりと留まることが最大の課…