2025-11-01から1ヶ月間の記事一覧
「なんだ、テメエー! ぶっころすぞ」ヘルメットの大男がわめく。「法学部の篠沢助教授だ! 道を開けなさい!」とヘルメット男の体に手を掛ける。体から力が抜けるのがわかる。 学生部委員だった私は、Y系一名が反Y系に袋だたきにあっているという情報で、中…
砲丸投げの選手が、左手を挙げ、右手に握つた冷つめたい黒い鉄の丸たまを、しきりに首根つこに擦りつけてゐる。鉄の丸を枕に寝附ねつこうとする人間が、鉄の丸ではどうにも具合が悪く、全精神を傾けて、枕の位置を修整してゐる、鉄の丸の硬い冷い表面と、首…
三島氏は、自衛隊の治安出動の呼び水となって斬死にすることを、夢みていたのである。騒動が激化して警察の手にあまるようになった場合、当然次は自衛隊ということになるだろう。しかし自衛隊の出動は重大な問題だから、決定は容易には下せないはずであり、…
爾薩待「ああ、わかります。私は植物一切の医者ですから。」 農民一「はあ、おりゃの陸稲ぁ、さっぱりおがらなぃです。この位になって、だんだん枯れはじめです、なじょにしたらいが、教えてくなんせ。」(出す) 爾薩待(手にとって見る)「ははあ、あんま…
落第は奨励すべきものではない。一体、皆が落第してしまったら、学校の方では、学生がいなくなって困るであろう。それにこの頃のように、経済事情がどこの家庭でも苦しくなっている場合は、落第などせずに早く卒業した方が、両親のためにはよい。だから私は…
世界がわたしたちの知覚に対して十全に開かれるのは、森の深みにおいてである。なぜなら森の深みこそが高い地位の人びとが陥りやすい幻想、つまり、わたしたちが居住する世界が足下にモザイクのように広がり、その形態やパターンは自然の物理的な基質に刻印…
山人にさらわれて妻にされた女は、村の猟師に山人の恐ろしさを訴えるが、じぶんは帰ろうとしない。女はじぶんを禁制をやぶったよそものとしてかんがえ、ふたたび村に戻れないのだというたてまえで、いつも距離をおいて村の猟師に対する。さらわれた山人の妻…
ハエヤドリクロバチはアリの群れにうまく溶け込もうとするが、寄生バチ特有の大きな膜状の翅はすぐにばれてしまう。そこでハエヤドリクロバチのメスは、アリたちに自分の翅をかじり取らせるという極端な方法を取る。そのおかげで、遠目にはアリだと言っても…
第二の誤解は本末の顛倒だ。常にキヌの襟と袖とに花やかな帛(きぬ)を付けるのを、元来が襦袢だから身ごろだけには倹約をしたためと見る人は、いわば自分のあたじけなさをもって他を推すもので、もしこれが真に見得であったならば、ついぞ隠すことのない部…
東トルキスタン東部の流砂の中に大きな湖水ロプ・ノールのあることは二千年昔のシナ人にはすでに知られていて、そのだいたいの形や位置を示す地図ができていたそうである。西暦一七三三年に二人のヨーロッパ人が独立に別々にその地方の地図をシナから持ち帰…
『野火』の主人公が体験したような〈既視〉は、たくさん繰返されたであろう多数の人間の共同的な幻想を個人幻想として体験するという心的な矛盾の別名にほかならない。だからこそ精神病理学は、〈既視〉という共通の術語で個体をおとずれる心的異常の意味を…
アリクイはアリを食い、スイカズラは、蜜を吸おうとするハチのために蜜を提供する。 生き物を観察することは、このような活動が続いていくのを目の当たりにすることである。カール・マルクスが『経済学・哲学草稿』の中で動物の種―生命について論じたのは、…
カルヴィーノが専門技能者たちのリストを船員から始めていることは驚くことではないし、結び目や結び細工が、海上生活のあらゆる局面で見られることも偶然ではない。なぜなら海上においては、液状の媒体の中に場所を見つけてしっかりと留まることが最大の課…
それでは昔からの日本の婦人で誰が一番好きだ、と言われますと、これは風俗からではなくて心の現われからという風に思われますが、私は朝顔日記の深雪(みゆき)と淀君が好きです。内気で淑かな娘らしい深雪と、勝気で男優りの淀君とは、女としてまるきり正…
シェレンテ族の大断食の儀礼と、平原インディアンの太陽の踊りの儀礼は、どちらも太陽の脅威を遠ざけ、雨を降らせるためのものである。儀礼の助けを借りるまでもなく、これまでに検討した天体の諍いに関する神話のすべてのヴァージョンは、人間と昼の天体と…
教育者の任務とは、初期状態では無知だと想定された人々のために知識を詳説することではない。それは真実を追究するお手本を示すことによって、触発と手引きおよび批判を提供することなのだ。 人類学の側からすると私のアプローチは、人類学を民族誌と同じも…
探検とは、そもそもどういうことをいうのだろう。「恐ろしい土地」へ身を挺して入りこみ、絶苦の艱難を凌ぎ、全世界の地理学者に知られていないようなことを、驚くべき距離の奥からひきずりだしてくる。極地探検隊の運命を、ポォが「南極洋」でうたっている…
リアリティ分離のまさにその本性によって、 すなわち、他者が自己と矛盾するように世界を見、そして経験するという事実によって確実になるのは、ある特定の世界経験を「実際に起こった出来事」の決定的世界経験として選択したとしても、一般的な支持は得られ…
昼も夜も先生はなるべく群衆の中を歩き廻るやうにした。同じ一人ぽつちでも、つくねんと部屋に閉ぢ籠ることは、或る意味で結局饒舌であり五月蠅いものだ。それは雑沓にひき比べて寧ろ大変騒然たる濁つた思ひさへする。部屋そのものの狭さのやうに其は狭少で…
風景の中に線があるのは、あらゆる風景は運動の中で形成されるからであり、またこの運動が、その進行の多様な経路に沿って物理的な痕跡を残すからです。これらの線を認識することは、モノをそのまま見るのではなく、モノがそれに沿って動いている方向を見る…
一体に小説という言葉は、すでに新しい言葉なので、はじめは読本(よみほん)とか草双紙(くさぞうし)とか呼ばれていたものである。が、それが改ったのは戊辰(ぼしん)の革命以後のことである。 その頃はすべてが改った。言い換えれば、悉(ことごと)く旧…
Y上等兵は十五、六歳の少女等に婦女暴行の酷い行為を繰り返し、 S部隊長は日頃から婦女を弄び、彼らは血も涙もない人間であった。部隊で中心的な働きをされていたのは上月曹長で、部隊長のS中尉とは著しく対照的な軍人であった。部落を襲った時、帰らぬ部下…
彼の父は一定の罪悪感と引き換えにその階層から離脱したものと思われる。まさにクリュルは、ヤーコプ・フロイトという同化途上のユダヤ人の魂に関して、そしてまた、社会的でもあり性的でもある父親のタブーが息子の魂に及ぼす反響に関して、数多くの仮説を…
仏教で成仏や浄化という言葉があるのに、何故キリスト教にはないのか。 一方的に悪魔は闇落ちで最後は地獄行き、それでおしまいなんですか、と。 実際にこのせめぎ合いの感覚を持ったことがあります。私が過去に何度か悪魔祓いを実際にやった時、それぞれ欧…
大抵の國が反政府の手に握られてゐる今日、我々の科學的發見が外へ漏れることはだ危險だといふことに気がついたのです。ロシヤの革命家たるあなたは、他の何人よりも、我々のかういふ見解に御同感下さるに違ひないと思います 實際、あなたの国のアジア的な政…
現代学生層の無産者化と共に見られた処の、学生知能技術の批判能力の著しい高揚は、すでに云ったように、学生が自分の知能を役立てようとする目標――ブルジョア社会幹部としての技術――を失ったことを条件としているのであったが、他方に於て知能技術の使い道…
三高のトラックは赤線区域へはいって行った。パンパン街の十字路で演説をぶちはじめたのである。「シメタ!」寒吉の胸は躍った。 パンパン相手に演説ぶつとはおよそムダな骨折じゃないか。だいたいパンパンというものは移動がはげしいし、転出証明もない者が…
ミケランジェロのモーゼに関する彼の論文の冒頭において、 これから取り扱おうとする対象に対するこのような私的な関係を彼は公然と認めている。それはフロイトの個性に思いもかけぬ明るい光を投げかける非常に印象的な箇所である。「私はかつていかなる彫刻…
八月二十五日、旧塾農園に於て僕祭主のもとに十四士一年祭を執行。参列者五十余名であった。九月五日に至つて長谷川君のGHQ軍事裁判が行はれた。「禁錮三ヶ月、執行猶予二年、罰金二千円」といふ判決であつた。罰金二千円を納めて釈放された。検挙後十八日目…
実際には、アイヌの人々は子連れのクマを捕えると、母グマを食べてその魂を送る。その後、 子グマを人間の子と同じように可愛がって、食事もよいところを先に与えて育てた。 子グマが一~二歳になると、クマ送りを行ったのである。幾日も前から念入りに準備…