さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2025-09-01から1ヶ月間の記事一覧

忠魂堂を訪ねる(香川の神社228)

案内板(1985)によると、昭和4年当時の村長・藤井氏の時に「明治いらいの国に殉じられた方々を祭る」ためにつくられたそうで、8月13日に村民で盆供養をしているそうである。 案内板には、「やすらかにねむれとぞ思う国のためいのちささげしますらをのと…

新宮古墳を訪ねる

古墳好きの人たちなら、もうピンとくる風景である。わたくしも神社のありそうな場所はピンとくるようになっている。 たくさんの地蔵がたちならぶ道を行くと、すぐ着いた。駅チカ古墳すぎる。高松駅ならホームからエントランスホールまでの距離ぐらいしかない…

若山八幡宮を訪ねる(香川の神社81-1)

仕事の帰りに、府中町の若山八幡を訪ねた。 このあたりは、昆虫や蛇とかいろんなものが生き死にしているにおいがする。最近、新海誠とかのアニメなどに拐かされて、田舎の風景に経験したこともないノスタルジーを覚えている若人達がいるけれども、まず表象で…

貴族主義の顔つき

現代の如く、過去の文化の評定が知能に偏した人々所謂、學者と稱へられてゐる専門的批評家の断する情勢に於ては、之等の批判は高踏主義に災されて、他面に放棄されたまゝの文献が堆積するといふ結果を招かざるを得ない。換言すれば煩瑣な調詁を要し、複雜し…

万博的癒やしとオペラ的混濁

小野寺の賢治論は、近代文学を、聖霊神学の視点から読み解くという興味深い具体例だが、著者のユニークな着眼から、これまでのどのような賢治研究にもない新鮮な風景が現れてくるかというと、率直に申して必ずしも鮮明ではない。それは高村光太郎における智…

推理=朦朧

まず坊さんの読経があって、禅師が喜兵衛の頭をまるめ法衣をきせてやる。そこで喜兵衛は法体となり生きながら自分で歩いてノコノコと棺桶におさまる。 そこでトビのコマ五郎輩下の若い者が火消装束に身をそろえ、棺桶を担いで木やり勇ましく庭園内に葬列をね…

読まれる作者

いくつかの寛大な試験のあとで、いまでもフランスでは国家の機関が、一定数の若者たちに月桂樹の果実 (Baie de laurier) という賞を与えている。日常語ではバカロレア (Baccalauréat) という語で訳されているが、これは行政によって、うら若い娘たちや初々し…

歴史・娯楽

変化は急激であり、破壊はほとんど全体にまでおよんだ。進化論的な時間のなかでは二〇〇年という時間はひじょうに短い。進化論的時間と歴史的時間のあいだが相互に異なることは、ラッコの経験のうちに、多少とも刻みこまれるのだろうか? まったく機能してい…

Тянут-потянут, вытянуть не могут.(うんとこしょ、どっこいしょ)

They are pulling and pulling, but cannot pull it [the turnip] out. うんとこしょ、どっこいしょ (大きなかぶ) もともとロシア語では、Тянут-потянут, вытянуть не могут.という科白で、かなりリズミカルなんだそうだが、引っ張られるかぶの物体性の方…

寒くなりました

私は、こたつに足をつっこみ、二重廻(にじゅうまわ)しを着たままで寝た。 夜中に、ふと眼がさめた。まっくらである。数秒間、私は自分のうちで寝ているような気がしていた。足を少しうごかして、自分が足袋をはいているままで寝ているのに気附(きづ)いて…

寒くなるそうである

「そう、そう、今朝(けさ)、拾(ひろ)って、逃(に)がしてやったとんぼは、今夜(こんや)も、寒(さむ)いが、どうしたでしょう……。」と、お嬢(じょう)さんは思(おも)いました。 この世(よ)の中(なか)にいるときは、西(にし)から、東(ひがし…

海泉寺を眺める(大阪の寺社1)

難波の駅のホームから見えた。

二〇万人のなかで

ローマ初代の皇帝オーガスタスと同じく、ソヴェト同盟の創設者レーニンも、行動で破壊したものをことばでは支持したのであった。 しかし、ことばというものもそれぞれの歴史があるのであり、理念を堅固な枠のなかにはめこむ体制のもとでは、官制教義作成者の…

オタマジャクシを愛す

小川の迂回するあたりの道だつた。夕闇が漸く溢れ、終ふせて、向ひ側の岸のあたりでまはつてゐる水車小屋の事の飛沫が白い蝶のやうに見えたりした。 二人は会話が杜絶(とぎ)れると、肩を組んで、口笛に合はせて鮮やかな歩調を踏んで行つた。「ね――」 と冬…

雷神が来る意味

雷さまといえば、虎の皮の褌をしめた鬼が、沢山の太鼓をたたいている姿を思い出す。 ああいう雷さまは、一体誰が考案したものか知らないが、なかなかいい。雷と電光とは、夏の景物の中では、出色のもので、少々怖いが、しかし威勢がよくて、悪気がない。虎の…

バッタと室内楽

バッタ殿とんだ天をめがけてとんだバッタ殿とまつた竿竹へとまつた竿竹や高い天はもつと高いそこでバッタ殿いま一飛び竿竹蹴つて天までとんだ ――土田耕平「バッタ」 このバッタ殿は独身であろうが、バッタには上のようにつがいである方々もいる。しかもたぶ…

全幻想領域?

たとえばマルクスならマルクスが、経済的範疇というものを非常に重要なものだ、第一次的に重要なものだ、人類の歴史の中で重要なものだ、そしてその他のものはそれに影響されるというように考えたときに、ほんとうは幻想領域の問題は、そういう経済的諸範疇…

飛躍を許さず

支那の太古の文化の中心地方の特性については、上述せるところによって、その概念を与へんと試みた。大部分黄土の中に喰ひ入つてゐる諸河川は、これを防ぐ堤防設備を必要としなかったか、または、ほんの偶然的にしかこれを必要としなかつた。河水を疎水して…

共同幻想としてのドカベン

したがって、ウィットフォーゲルのように、わが初期国家の在り方を単純化したくないならば、こう反駁すればよいのかもしれない。なるほど、わが国の初期部族連合国家の首長は、大規模な灌漑工事と、運河の開拓工事を請負う必要はなかった。だから徭役労働を…

爆発しないものの支配

敗戦で捕虜になり、惨めな姿で復員してみると、 高樹町の家はアトリエもパリで描いた過去の作品も、すべて焼失していた。「すっかり岡本太郎の話になってしまいましたね」「でも、わたしには少しわかります、芸術が爆発だと叫んだ意味。いちばん創作に脂が乗…

われわれはまだ創造されていない 

人間の価値は、もっぱらその人の本能の価値次第なのである。人間の価値は、それ以外の何ものによっても決められない。人は労働価値について語り、労働は人間を高貴にする、と言う。しかし労働そのものには何の価値もない。労働が人間に役立つときにのみ、価…

ニーチェは発火点である

復讐は常に、より優れた人によって克服された人たちの心の中に植え込まれる。ニーチェはこの復讐の現れこそが、近代の社会民主主義運動である、と見ている。この運動が勝利したなら、その結果は、出来そこないや敗残者たちがより優れた人たちをこまらせるこ…

雨が少し降りました――31度。

その日、産声(うぶごえ)が室に響くようなからりと晴れた小春日和(こはるびより)だったが、翌日からしとしとと雨が降り続いた。六畳の部屋いっぱいにお襁褓(むつ)を万国旗のように吊(つ)るした。 お君はしげしげと豹一のところへやってきた。火鉢(ひ…

望ましい音楽の消失

芸術はそれぞれの時代の生活感情の鏡であり、音楽の現状ことに作曲界の現状もそれぞれの意味と程度においてそうであろう。しかし今日の有様は、人類の大多数の真に願望する姿とはどうしても思われない。現代楽に余りにも強調される不安焦燥絶望自棄の感情は…

コロナ籠

ベルリンのカウフハウスでは穀類や生魚を売っていた、ロンドンの三越のような家では犬や猿(さる)や小鳥の生きたのを売っていた。生魚はすぐ隣に魚河岸(うおがし)があるからいいが、しかし三越でも猫(ねこ)や小猿やカナリヤを販売したらおもしろいかも…

交換D

鋼(はがね)のように澄みわたる大空のまん中で月がすすり泣いている。………けがらわしい地球の陰影(かげ)が自分の顔にうつるとて…………それを大勢の人間から見られるとて……………………身ぶるいして嫌がっている。 ――夢野久作「月蝕」 もう研究が進んでるとは思うん…

mountain――わが共同幻想

また別の視方からは国家以前の国家のことを対象にしているから、国家学説の問題なのだが、そういうとり扱い方もとらなかった。また編成された宗教や道徳以前の土俗的な宗教や倫理のことを扱っていても、宗教学や倫理学のように主題をとり扱おうともかんがえ…

人生を肯定する

逐吹潛開 不待芳菲之候 迎春乍変 将希雨露之恩 池凍東頭風度解 窓梅北面雪封寒 としのうちにはるは来にけりひととせをこぞとやいはんことしとやいはん 最近のナショナリストは古今集も源氏もよんでないケシカラヌ奴らが多いが、かく言う私も「和漢朗詠集」が…

老年と蟬の脱殻

幼虫時代は、醜い青虫の時代であり、成長のための準備として、食気一方に専念している。そして飽満の極に達した時、繭を作って蛹となり、仮死の状態に入って昏睡する。だがその昏睡から醒めた時、彼は昔の青虫とは似もやらず、見ちがうばかりの美しい蝶と化…

黄昏

黄昏(たそがれ)は迫って来た。私は今朝から長い道のあいだを思い返していると、遙かな遙かな山の中から出て来たようだ。そして一刻(こく)ずつに昏(くら)くなって行くその平地を見ていると、心に来てなにかものを言うものがあるようだ。「お前!」と言…