さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2025-05-01から1ヶ月間の記事一覧

霊的/な感情

キリスト教的世界観にあって魂という不可視なものは不可視ながらもその実在は前提とされていたが、啓蒙的な「光」によってそれを可視化=物質化しようと試みたとき、比喩を弄すれば、その光が照らし出すことができぬ「影」が現出する。 魂の実証主義的な唯物…

封建迷信

しかし、文革を経た後、「宗教と宗教に属さない迷信とを区別すること」は、中国共産党の公式見解となったとみてよい。例えば、一九八二年三月に出された、最も基本的とされる宗教政策に関する通達(一九号文件)には、国家によって正常な宗教活動が保障される…

歴史への恨み/小さい恨み

所謂閉ぢた社會と開いた社會とを別する場合に、前の型の代表としてトテム社會の如きものを考へて居る意味に於て、私の所謂種的社會の型を斯かるものに見出すことは、必ずしも不當ではなく、更に又トテミズムは、必ずしも一度限り原始社會に現はれて社會の進…

お引っ越し

gooから引っ越して参りました。よろしくお願いいたします。

神と歴史

ナオミは譲治によってメリイ・ピックフォードそっくりの女に仕立てあげられた時、天才的な娼婦性を発揮する不良少女になるのである。そして晩年の『鍵』になると、「西洋」は軽薄な尖端的風俗をつきぬけて、保守的な大学教授の家庭にまで侵入し、貞淑な教授…

山岳ベース――AとしてのBをCによる偏見をとおして

ことばや論理が閉じたシステムあるいは構造をなしているという考えもまた、書くことと印刷によってつちかわれる、とオングは言う。そういう意味では、テクストをあたかも閉じたシステムであるかのようにあらゆる歴史的な脈絡から孤立させ、そうしておいて、…

1 私たちは言語を用いて相互の意志を伝達するわけであるが、言語表現の最も基本的な単位は「文」 である。 「文」 は、 あるまとまった内容を持ち、形の上で完結した(表記において「句点」が与えられる)単位である。文章や談話は、複数の文の有機的な組み合…

吾風に従わず

夕方、私が屋根部屋を出てひとり歩いてゐたのは、まったく幸田当八氏のおもかげを忘れるためであった。空には雲。野には夕方の風が吹いてゐた。けれど、私が風とともに歩いてみても、野を吹く風は私の心から幸田氏のおもかげを持って行く様子はなくて、却っ…

因果応報の起源

柳氏は書物のなかの詩人について私に話してくれた。彼女はいつも屋根部屋に住んでゐた詩人で、いつも風や煙や空気の詩をかいてゐたといふことであった。そして通りに出たとき氏はいった。「僕の好きな詩人に似てゐる女の子に何か買ってやらう。いちばん欲し…

無意味で平和な未亡人

棍棒に打たれて朦朧とした記憶のダイアグラムを自分の中に固定し、それを範例にして、再利用できる事例を探し求めることはできない。私の知人の一人は、学位を取得した後に少しだけ放浪していたが、その後学習障害者のための国家機構で働き始めた。同世代の…

科学者としての「人」

近代戦では国防と科学とは切り離し得ぬものと一般に信ぜられているようであるが、自分の考えは少し違う。国防に必要なのは科学ではなくて科学者なのである。科学と云っても範囲があまり広すぎるので、念のために物理学に限定して考えてみるに、例えばマルコ…

From the bells, bells, bells, bells,

先づ最初にあの主としてフィレンツェを中心にする市民達、古代の事物に携はることをその生活の主目的とし、或は自ら大學者となり、或は大好事家として學者を後援した人々が吾々の一顧に値する。彼等は殊に十五世紀初頭の過渡時代にとって極めて重要な役目を…

Tremendous English

「何だつてはなを啜るんだ」 そして三五郎はすこしのあひだ私の顔をながめたのち、初めて私のみてゐる地点に気づいたのである。三五郎は頭をひとつふり、やはりたたみの上をみてゐて呟いた。 「どうも僕はすこし変だ。徹夜の翌日といふものは朝から正午ごろ…

立派な魂について

「減ろびるならばかく激しく、来たるべきものならばかく速やかに――」 その時、私はふいに意外なものを見とめてぎよつとした。おゝ、泣き叫ぶ人びとの間から、一人の、二人の、三人の、そして数人の人間が、まるであやつり人形のやうな、奇妙な恰好をして空へ…

当事者批評としての研究=者

そして手の榴弾が裂けるとき、 われらのこころは胸でほほ笑む またえらく流布したパンフレットの類では、かれらは生命を超越して、死を茶飯事のように語る英雄として描かれている。鉄かぶとはかれらの一部となって、目は死に会釈しながら笑う、といったわけ…

大人の変形譚へ

じゃ、私の将来は? 皆様もご存じのとおり、 自分の事は一番気になるもの! 見える、見える!けれども言えません。 その時になったら、さっそく申し上げますがね。 ではいったい、この中で一番幸福な人はどなたでしょう? 一番幸福な人? こりゃすぐ見つかりま…

「魂と蛸」必要論

もしもこの時、魂が帰って来て、自分のからだを東通りに捜しに行ったとして、もしそれが見つからなかったら、さぞおかしな事が持ち上がったでしょう。たぶん、まっさきに警察へ行くことでしょう。次には、落とし物広告をしてもらうために登記所へ行くでしょ…

悲しみは、いつも自分一人で

そこで、私たちはそのあいだ玄関へ出てみることにしましょう。そこには、外套やステッキやこうもりがさや長靴が置いてありました。そして、そこに女中が二人すわっていました。ひとりは若く、もうひとりは年をとっていました。ちょっと見ると、どこかのお嬢…

罪はいつも減速せず

すなわち、科学は、潜在的なものを現働化させることができる或る準拠を獲得するために、無限なものを、無限速度を放棄するのである。哲学は、無限なものを保持しながら、概念によって共立性を潜在的なものに与える。ところが、科学は、無限なものを放棄して…

田邊おしゃべり元

併し絕對無が飽くまで否定媒介的であることは、必然にそれが自らの否定たる有を契機として含み、行爲的還相が直接存在の無媒介的有に固定せられる傾向を伴ふことを意味する。その限り絕對無は有無の對立緊張を含むのである。併し實存哲學の場合に於ける緊張…

エリートたちの整斉と庶民のスキャット

戦後には、1960年の安保反対闘争時に、東京大学文学部の学生であった樺美智子さんが国会議事堂前での警官隊とデモ隊との衝突時に命を落としました。1969年の安田講堂の学生排除は、それ以前に東大以外にも広がっていたベトナム反戦運動を前史としていました…

白昼夢と文化資本

ストーブの暖い、上の水皿から湯気のぼうぼう立つまわりに、大勢成人や自分くらいの人々がい、独りぼっちで入って来た自分を驚いたように見る。――自分が試験されるのだから、母などは、ついて来るものとも思っていなかったのである。が、この光景を見ると、…

悟空と奴隷たち

『近代文学』十月号の話で、平野氏は雲にのった孫悟空のように、自身をあらわしている。いまそこにある一つのことでわたしを非難したかと思うと(作家らしすぎるということで)、翻って、わたしが非難されたそれとは正反対のものであるとして(わるい意味で…

「無頭の怪物」の復興策

ネグリ=マキャヴェッリの「絶対的統治」は、力量ある人物による自由の再建という選択肢を 「ありえない」ものとして退けるとともに、「多くの危険と多くの流血」の道を偶然の出来事の出来にも長い未来の持続にも委ねることなく、あくまでも集団的主体の政治…

現代的怨念論

自己の内部へ閉じこもり、一切の人々から切り離された彼は、ただ自然の中に浸ることだけを慰めとした。「自然がベートーヴェンの唯一の友であった」とテレーズ・フォン・ブルンスヴィックはいっている。自然が彼の安息所であった。一八一五年に彼を識ったチ…

perfection and destruction

[…]毛沢東は中国のモダニズムの悲劇的表現である。毛沢東は、何百万もの中国人(と他国の人々)に、過去と現在を克服して近代のオールタナティヴを創造することは可能だ、という信念を吹き込んだが、その帰結は、彼らに攻撃の矛先を向け、彼らに最も深刻で最…

ミスティフィケーションの主体化

資本主義にとっての学校の主要な効用は、家族のスクーリングと人間の〈主体化〉にある。してみれば学校の効用は、それが企業や国家に必要な少数の人材を(極めて偶然的なやり方で) 生産するというポジティヴな側面より、圧倒的にネガティヴな側面から考察さ…

二分法への対処

哲学者の中村雄二郎は同じように、オウムの発達にとってSFが重要であったことに注目しているが、しかし、そのさらに一般的な役割をも強調する。彼によれば、「オウムはある意味で、野卑で漫画的だったが、それは、人びとの広い無意識をとらえ、ほとんど知識…

文士の悲惨

もっとも水蔭のごときは、他に相当の原稿料をかせぎながら酒色に濫費し、たえず窮迫していたらしいが、新聞社勤めもできなかった他の作家の生活は、悲惨をきわめていた。当時文壇ゴシップの大半はかれらの貧乏物語なのである。たとえば小栗風葉はゆかたを一…

空想的な「見える」もの

この批評的空想的社會主義および共産主義は、歴史的發展と逆行する意義を有してゐる。階級鬪爭が發達し成形するに從つて、階級鬪爭に對するこの空想的な超越と、この空想的な攻撃とは、一切の實際的價値、一切の學理的妥當を失ふ。そこでこの學派の創設者ら…