2024-10-01から1ヶ月間の記事一覧
「だが私は、あなたにお別れするのが悲しくてなりません。」と、草はいいました。 「そんなに悲しまなくてもいい。俺は南に帰るときに、もう一度おまえを見るだろう。」と、太陽は答えました。 その後、草ははたして、りっぱな花を咲きました。脊も、もっと…
だが私はアカデミー至上主義に対しては判然と反対せざるを得ない。今日の大学は文化的技能の技術的な素養的な訓練をしか与えない。ばかりでなくそれ以上に出ることをアカデミシャンは色々の言いがかりでみずから禁止しているのだ。思想の文化技術的獲得に就…
そこで、コンマやピリオドの切り方などを研究すると、早速目に着いたのは、句を重ねて同じことを云うことである。一例を挙ぐれば、マコーレーの文章などによくある in spite of の如きはそれだ。意味から云えば、二つとか、三つとか、もしくば四つとかで充分…
アーアーいやになってしまう。もうだめかな。もういかんや。ほんとうに人を馬鹿にしとる。いやになっちまうな。いやになりんすだ。いやだいやだも………だっていやがらア。衣、骭に――到り――か、天下の英雄は眼中にあり――か。人を馬鹿にしてるな。そりゃ、聞えま…
さすがに、おとどの思す心あるべしと、つつみたまひて、「落窪の君と言へ」と宣へば、人々も、さ言ふ。おとども、ちごよりらうたくや思しつかずなりにけむ、まして北の方の御ままにて、はかなきこと多かりけり。はかばかしき人もなく、乳母もなかりけり。た…
さる山伏を頼みて、てうぶくすれども、その甲斐なく、我と身を燃やせしが、なほこの事つのりて、歯黒付けたる口に、から竹のやうじ遣ひて祈れども、さらにしるしもなかりき。かへつて、その身に当り、いつとなく口ばしりて、そもそもよりの偽り残らず恥をふ…
男 話がそこまで来たなら、僕も云つてしまひませう。僕は、今迄、恋愛の過程でしかないやうな、さういふ友達づきあひほど、異性間の間柄を月並にするものはないと思つてゐました。それで、どうかして、自分も男であることを忘れ、対手も女であることを忘れて…
錦町の吉祥寺内にあります。歓喜天は秘仏なのであるが、いわばマル秘マークのようなもので、かなり目立っている。 神社になりすましているのであろうか。だいたい犬というのは、主人が誰かもちゃんと確かめずにガードマン役を買って出たりするものである。 …
久しぶりに尋ねてみた。
とにかく、あめりかの空気は明るい魔術だ。一種の同化力をもっている。子供にすぐ反応する。行って一月も経たない子供が、喧嘩する時にもう日本人のように手を挙げずに、すぐ拳闘の構えで向って来る。それはいいが、一ばん始末のわるいのが、ちょいと形だけ…
ルカーチはまだマルクスの自己疎外という主張を知らなかったんです。もちろん、ヘーゲルのことは熟知してましたが、マルクスの『経済学・哲学手稿』を見ていない。だから、もっぱら対象化という概念で物象化を捉えていた。つまり例えば、労働を通じて自然を…
「好きにしたらいいよ」と言うと多くの子どもは「ロックスターになりたい」とか「マンガ家になりたい」とか「モデルになりたい」とか、それはちょっと無理じゃないか的な願望を語るので、親御さんとしても簡単には首を縦に触れない事情があるんです。でも、…
ライトノベルの古橋秀之氏が同い年だった。
全体からいうと、主従の関係、人と人との間の道徳であり、集団生活、社会生活の道徳でない点において、武士道は現代生活の根本精神とは一致せざるものである。あるいはまた、家族生活の特殊形態の如きものもこの例であろう。家族生活は如何なる時代にもある…
『無論それは僕なんぞに解らないんです。アノ人の言ふ事行る事、皆僕等凡人の意想外ですからネ。然し僕はモウ頭ツから敬服してます。天野君は確かに天才です。豪い人ですよ。今度だつて左樣でせう、自身が遠い處へ行くに旅費だつて要らん筈がないのに、財産…
いっぱいの星がべつべつに瞬いてゐる。オリオンがもう高くのぼってゐる。 (どうだ。たいまつは立派だらう。松の木に映るとすごいだらう。そして、そうら、裾野と山が開けたぞ。はてな、山のてっぺんが何だか白光するやうだ。何か非常にもの凄い。雲かもしれ…
江戸俗間の古典文學教養にして、その常識に於て市井に流れ、その抒情に於て人心にひびいてゐたのは、古今集に如くものがなかつたのだらう。古今集のほかにあげるべきものが一つある。唐詩選である。 ――石川淳「江戸人の發想法について」 石川淳の勉強が圧倒…
とにかく、私の庭の朝顔は半年ぐらい咲いている。実に季節・時間の経過を無視している、永遠の今とか言う感じである。 しかし、いつのまにか新庄とか藤川が監督の世界に我々は住んでいるのである。まだ広島の監督が古葉さんみたいな世界が続いている気がして…
三蔵想ふやう、我今此女怪に接禮もせず、物も喰ず居らば、必定我を害すべし。北上徒弟們未だ消息無ければ、身を遁るべき道なし。我且忍びて渠が機嫌を伺ふべしと、女怪に向ひて、「吾今女菩薩の誠心を感ず。貧僧は素浄の食物を用ふべし」 女怪三藏の詞を聞き…
ダントが物語り文と呼ぶのは、時間的に隔たった二つ以上の出来事(E1、E2)を考慮しながら、直接にはE1だけについて記述するような文のことである。具体的な例で言うと、たとえば結婚式の披露宴で媒酌人が新郎新婦を紹介する。 本日めでたく結婚の式をあ…
それが如何に新しく見えようとも僕らはそこに分離派―機能主義―バウハウスの思想につながるものしか発見し得ないのである。 もはや、数学者は、パスカル的瞑想によって数学しないだろう。それは純粋思考の中から数学の射程をみつけだす先験的自我ではなく、歴…
「私はどうしても貴女と離れることができませんでした。それと同時に私は妻子とはなれることもできませんでした。私は世間なみの紳士としての対面と、夫として父としての義務とをはたしつつ、しかも貴女との愛を永久につづける手段を考えました。それがあの…
ヘロインは、ふらふら立つて鎧扉を押しあける。かつと烈日、どつと黄塵。からつ風が、ばたん、と入口のドアを開け放つ。つづいて、ちかくの扉が、ばたんばたん、ばたんばたん、十も二十も、際限なく開閉。私は、ごみつぽい雑巾で顔をさかさに撫でられたやう…
兩側に櫛比して居る見世物小屋は、近づいて行くと更に仰山な、更に殺風景な、奇想的なものでした。極めて荒唐無稽な場面を、けばけばしい繪の具で、忌憚なく描いてある活動寫眞の看板や、建物毎に獨特な、何とも云へない不愉快な色で、強烈に塗りこくられた…
きゅうに寒くなりましたから、頭が働きません。 私は少女のころから古い物が好きで、骨董とまではいかないが家中に古物がひしめいている。その古物の中に古びた私が居坐っているから、わが家はまるでお化け屋敷である。 ここまでくると、高峰秀子様はただの…
昔の人間は常住死と隣り合わせて生きてきたんだ。死と隣合わせていたからこそ、彼らは生を知っていた。生の尊さ、生の烈しさをつまり生そのものの意義を知っていたのだ。だからバカな生き方をあまりしなかった ――梅崎春生「つむじ風」 隣り合わせなのは死だ…
今日我国に於て、育英の任に当る教育家は、果して如何なる人間を造らんとしているか。予は教育の目的を五目に分けたけれども、人間を造る大体の方法としては、今いうた三種の内のいずれかを取らねばならぬ。彼らは第一の左甚五郎の如く、ただ唯々諾々として…
しかし少なくとも信濃桜は、やゝ尋常山野のものと異なつた特色をもつて居る。どの部分までが培養愛育に基き、どれだけが始めから具はつて居る性質かはきめ兼ねるにしても、そこに選択があり一つの元木の繁殖があつて、人に助けられて広く旅行をしただけは考…