2021-11-01から1ヶ月間の記事一覧
年たけてまた越ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜の中山 命は命そのものを覗き込んでいても、「命なりけり」としか言いようがないところがある。 戦後、命が軽く扱われた反省で、命は、体に付与したい希望みたいなものになったところがある。ウルトラマンは、…
秋風のことに身にしむ今宵かな 月さへすめる宿のけしきに 和歌はシンメトリーの芸術であることはたしかで、下の句が上の句に回帰し作品のなかを思念が循環するように創られている。それが循環と感じないのは、上と下のシンメトリーがあるからである。 果たし…
ませに咲く花にむつれて飛ぶ蝶の うらやましくもはかなかりけり 最後の「はかなかりけり」というのが、空しいと思うのか儚いと思うのか、よく分からない。むしろ、蝶に「うらやまし」の方に空しさがもともとあるのかもしれず、うらやましくもはかなかりけり…
白川の関屋を月のもる影は 人の心を留むるなりけり 能因法師の「都をば霞とともに立ちしかど 秋風ぞ吹く白河の関」をふまえているんだろうが、法師は白河に行ったことはなくて、旅に行った噂を流して肌を焼いた上で発表したという説話がある。我が国の文学は…
ひさしぶりにシティ神社を訪ねる――が、ビルが高すぎて崇高さが神社から奪われている いまのシティ神社は賽銭機能に特化しているものがあるが、これはこれでいいとおもう。 生物多様性も担保されている。
心なき身にもあはれは知られけり 鴫立花の秋の夕暮れ 「心なき身」が「あはれを知られけり」とは不思議だ。情趣の中にはわからなくなることによって逆にでてくる情趣もある。振り返ってみると、心ふさがっていることによる情趣の方が多いのが我々の文化のよ…
杣下す真国が奥の川上に たつき打つべし苔小波寄る たつきは斧であるが、これが木に打ちおろす様は「杣下す」(筏流しする)に通じ、――上の句が遠くの「奧」に視線を流し、そのさきにいきなり近景のように「たつき打つ」さまが現れ、連続してあらためて面前…
玉垣は朱も緑も埋もれて 雪おもしろき松の尾の山 これは、「すみよしの松の下枝も神さびて みどりにみゆるあけの玉がき」(後拾遺、蓮仲法師)がふまえられているとも言うが、ふまえていることがすなわち、住吉神社の神域を想起させるとしたら、この和歌それ…
嘆けとて月やはものを思はする かこち顔なるわが涙かな わたくしがあまり西行を好まなかった理由がだんだん分かってきたのであるが、西行がこういうときに「かこち顔」などといって、自分の顔をちゃんと見ないからである。もちろん、自分では見えないのだか…
行方なく月に心の澄み澄みて 果てはいかにかならんとすらん これはボレロのような歌であるが、下の句の頭ですでにクライマックスに達していて、あとは、行方をうしなった心が「ならんとすらん」とらんらんとしている。わたしは、虚無の上に自我を置くとか、…
うなゐ子がすさみに鳴らす麦笛の 声におどろく夏の昼ぶし 昼ぶし(昼寝)が最後にでてくるところがいいと思う。確かに、夢の中でなにか聞こえてるときには、夢だと思わず、はっと起きてから寝ていたことに気付くわけである。こんな感じで出来事が認識され、…
見るも憂し如何にかすべき我が心 かかる報いの罪やありける 地獄絵をみての歌である。やはりこういう絵というのは必要で、そんなものがなければ罪の存在すらあやふやなのが我々である。我々は、生きているだけでよいのだと思うときにはかなりの確率で地獄を…
世の中を厭ふまでこそ難からめ かりのやどりを惜しむ君かな 遊女妙に宿を貸してくれと頼んだ有名な歌であるが、これに対する返しがもっと有名であって、ただもんじゃないと言うことで謡曲「江口」とかになったのであった。謡曲ではたしか普賢菩薩の化身であ…
よしや君昔の玉の床とても かからんのちは何にかはせん 「かからん後は何にかはせん」とは、もはや歌ともおもえず、この日常的な酷薄さが聞き手をびっくりさせる。聞き手が崇徳院でなくてもよいのだ。人生、たいがいは「かからん後は何にかはせん」という呼…
かかるよに影もかはらず澄む月を 見る我が身さへうらめしきかな これは崇徳院の事件のあと歌われているので、そういう文脈で理解されるべきであろうけれども、そうでなくても「かかるよ」と「見る我が身」が月の周りの暗黒のように感じられるそんなかんじの…
今宵こそ思ひ知らるれ浅からぬ 君に契りのある身なりけり 鳥羽院が崩御したときの歌で、ほとんど恋歌である。因縁というのは、ほとんど恋と同じような感情であることがあるが、こういう死の場面によって二つが結びつく。こういう現象はほとんど自己同一性の…
勅とかや下す帝のおはせかし さらば畏れて花や散らぬと 勅を出す帝はとうぜんいるわけであるが、「おはせかし」(いらっしゃればよいのに)と言うことであれと思いきや、そうすると花も散らないのではないかと続いて、ああ、となる。 小学生に読ませれば、天…
立て初むる糠蝦とる浦の初竿は 罪の中にも優れたるかな これは児島での歌らしい。立願が「立て初むる」となり、阿弥陀と糠蝦(あみ)をかけてるところが実際洒落ている。だからその竿が罪の中でも優れている、と訳わからんこと言ってもおもしろいのである。…
めぐり逢はんことの契りぞありがたき 厳しき山の誓ひ見るにも 契りと誓いのパンチである。
寝る
ここをまたわれ住み憂くて浮かれなば 松は独りにならんとすらん わたくしは、こういうセンチメンタルなものよりも、ヤマトタケルが、お前が人ならば服や刀をつけてあげるのに、と歌ってる方が好きだ。そもそも松は別に西行みたいに寂しいわけではなく、虫や…
かつみ葺く熊野詣の泊をば こもくろめとやいふべかるらん 西行を毎日ちょっとずつ読んでいるが、なんとなくいっこうに気が晴れてこない。やはり「魂の旅路」(『角川ソフィア文庫 西行』の表紙)している人というのは気が晴れないに決まっているのであった。…
たちのぼる月の辺りに雲消えて 光重ぬるななこしの峯 七越の峯は調べてみると、262メートル。低いじゃないか しかしたしかにこのぐらいの低さでないと、光が重なってうきだって見えないようなきもするのである。高松の峰山だって、あるとき、八幡菩薩が山…
さぬきいろいろ35
身に積もることばの罪もあらはれて 心澄みぬる三重の滝 身に積もった罪、特に口業の罪ははたして水であらい流したりできるのであろうか。罪は身に積もっているのではなく、罪の上に身が重なっているかんじではなかろうか。だから、罪は身を押し流してこそ、…
聞かずともここを瀬にせん時鳥 山田の原の杉のむら立ち 聴いてないことを主題とした奇妙な歌で、スゴイと思う。山田の云々は伊勢神宮の外宮の杉の木のことであろうけれども、そうでなくてもその虚空ぶりが感じられていいと思う。
「ギイギイ、ご苦労だった。ご苦労だった。よくやった。もうおまえは少佐になってもいいだろう。おまえの部下の叙勲はおまえにまかせる。」 烏の新らしい少佐は、お腹が空いて山から出て来て、十九隻に囲まれて殺された、あの山烏を思い出して、あたらしい泪…
秋には特に何もなし
オリオンとシリウス。 星座を見てると、夜の方にほんとうのものがあり、昼は何かの影だと思う。実際光が光の影になって邪魔してるわけだ。プラトンは光に騙されておるね。音楽は星座みたいだね。