2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧
当家は保元平治より以来度々の朝敵を平らげ勧賞身に余り忝くも一天の君の御外戚にて丞相の位に至り栄花既に子孫に残す。今生の望みは一事も思ひ置く事なし、但し思ひ置く事とては兵衛佐頼朝が首を見ざりつるこそ安からね、我いかにも成りなん後仏事孝養をも…
たとへば猛火の夥しう燃えたるに車の主もなきを門の内へ遣り入れたり、二位殿夢の心に、あれは何処よりぞ、と問ひ給へば、閻魔王宮より平家太政入道殿の御迎に参つて候ふ、と申す、車の前後に立つたる者共は或いは牛の面のやうなる者もあり或いは烏の面のや…
明くる二十八日重病を受け給へりとて聞えしかば京中六波羅、すはしつるは、さ見つる事よ、とぞ申しける 嫌われてるとこわいねえ……。いまは助かる可能性が高いから、奴が重病だ、とか聞いても、下手に喜んでそれを誰かにみられて、あとで告げ口されると困るか…
控へてこれを聞きければ少しも紛ふべうもなく小督殿の爪音なり、楽は何ぞと聞きければ、夫を想ふて恋ふ、と詠む、想夫恋、といふ楽なりけり さればこそ君の御事も思ひ出で参らせて楽こそ多けれこの楽を弾き給ふ事の優しさよ、と思ひ腰より横笛抜き出だしちつ…
又あるあした、入道相国帳台よりいでて、妻戸を押しひらき、坪のうちを見給へば、死人のしやれかうべどもが、いくらといふ数もしらず庭にみちみちて、上になりした下になり、ころびあひころびのき、端なるは中へまろびいり中なるは端へいづ。夥しうがらめき…
『ただ今ここを渡さずは、長き弓矢の傷なるべし。水に溺れても死なば死ね、いざ渡さう』とて、馬筏を作つて、渡せばこそ渡しけめ。坂東武者の習ひ、敵を目にかけ、川を隔てたる戦に、淵瀬嫌ふやうやある。この川の深さ速さ、利根川にいくほどの劣り勝りはよ…
シュミットの『パルチザンの理論』を少し読む。なぜはやくこれを読んでおかなかったかと後悔する。
また堂衆の中に筒井の浄妙明秀は褐の直垂に黒革威の鎧着て五枚甲の緒を締め黒漆の太刀を帯き二十四差いたる黒幌の矢負ひ塗籠籐の弓に好む白柄の大長刀取り副へてこれもただ一人橋の上にぞ進んだる、大音声を揚げて、遠からん者は音にも聞け、近からん者は目…
宗盛卿急ぎ出でて見給ふに、昔は煖廷今は平宗盛入道、といふ鉄焼をこそしたりけれ、大将、憎い競めを切つて捨つべかりけるものを手延びにして謀られぬる事こそ安からね、今度三井寺へ寄せたらんずる人々はいかにもしてまづ競めを生捕にせよ、鋸で首斬らん、…
御嶽海がなんかよくわからんうちに優勝してた。優勝力士インタビューの途中のマルガリータさん(母上)の投げキッスがすごかった。どうみても息子より目立ってしまっているが、イマドキっぽくでいいね。 木曽はこれで十年ぐらい過疎化に耐えられる。
「まことや、三位の入道は三井寺にと聞こえ候。定めて、夜討なんどもや向かはれ候はんずらん。三位の入道の一類、渡辺党、さては三井寺法師にてぞ候はんずらん。心憎うも候はず。まかり向かって選討なども仕るべき。さる馬を持って候ひしを、この程親しい奴…
「いかにも叶ひ候ふまじ」 とて、取り付き給ひつる手を引きのけて、船をばつひに漕ぎ出す。僧都せん方なさに、渚に上がり倒れ伏し、幼き者の乳母や母などを慕ふやうに、足摺りをして、 「これ、乗せて行け。具して行け」 とのたまひて、をめき叫び給へども、…
今これらの莫大の御恩を思し召し忘れさせ給ひて、濫りがはしく法皇を傾け参らさせ給はんこと、天照大神、正八幡宮の神慮にも背かせ給ひ候ひなんず。それ日本は神国なり。神は非礼を請け給ふべからずしかれば君の思し召し立たせ給ふところ、道理なかばなきに…
西村神社(西村荒神社)は木太町。 入り口に、「皇紀二千六百年記念」の碑。左側の柱をみると、下部が埋もれているが「西村婦人会」か。昭和一五年というのは、隣組強化法とかが出来た年であった。占領軍によって戦後二年後ぐらいに隣組は禁止されているよう…
東中神社は木太町。「荒神」という文字が燦然と輝く。 かたわらに真新しい地神塔。土台は丸い形のもので、「令和元年九月」との文字が。令和誕生のを初めて見ました。二〇〇回記念にふさわしいといへよう。そういえば、まだ肝心の田村神社が残ってるなあ……
果ては大内に吹きつけて朱雀門より始めて応天門会昌門大極殿豊楽院諸司八省朝所一時が内に灰燼の地とぞなりにける、家々の日記代々の文書七珍万宝さながら塵灰となりぬ、その間の費いかばかりぞ、人の焼け死ぬる事数百人牛馬の類数を知らず、これ徒事にあら…
木太町。八坂神社の南にいま新しい御旅所が建設中であるようにみえた。平成の改元の時にはすごく神社が新しくなっている。令和になって、どれだけ神社がリニューアルするか注目しているのであるが、みんなお金がないのか、ついに神社を支えるコミュニティが…
影向神社は木太町。 祭神はスサノオ。南東に八坂神社がある。案内板によれば、昔このあたりは入り江で、九九〇年頃、甕と楠が流れ着いたのであった。(いやな予感である。流れ着いた人はだいたい祀れとか言い出す……。ほんとうは、流れ着いた人をみんなで亡き…
大納言、気色変わって、さっと立たれけるが、御前に立てられたりける瓶子を、狩衣の袖にかけて引き倒されたりけるを、法皇叡覧あって、 「あれはいかに」 と仰せければ、大納言立ち帰って、 「平氏倒れ候ひぬ」 とぞ申されける。法皇もゑつぼに入らせおはし…
わごぜのそれほどまで思ひ給はんとは夢にも知らず。うき世の中のさがなれば、身の憂きとこそ思ひしに、ともすればわごぜの事のみ恨めしくて、今生も後生もなまじひにし損じたる心地にてありつるに、かやうに様を変へておはしつる上は、日ごろのとがは露塵ほ…
如何なる賢王賢主の御政、摂政関白の御成敗にも世に余されたるほどの徒者などの、かたはらに寄り合って何となうそしり傾け申す事は、常の習ひなれどもこの禅門世盛りのほどは、いささかゆるがせに申す者なし。 そもそも賢王賢主の御政なんてものの存在は信じ…
遠く異朝をとぶらえば、秦の趙高、漢の王莽、梁の朱忌、唐の祿山、これらは皆舊主先皇の政にもしたがはず、樂しみをきはめ、諌めをも思ひ入れず、天下の亂れん事を悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。近…
祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、 盛者必衰の理をあらはす。奢れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。 美文として何の疑問も持ってこなかったが、『源氏物語』の冒頭…
わが身一つの亡くなりなむのみこそめやすからめ。 昔は、懸想する人のありさまの、いづれとなきに思ひわづらひてだにこそ、身を投ぐるためしもありけれ。ながらへば、かならず憂きこと見えぬべき身の、亡くならむは、なにか惜しかるべき。 薫と匂宮との三角…
「心より外に、え見ざらむほどは、これを見たまへよ」 とて、いとをかしげなる男女、もろともに添ひ臥したる画を描きたまひて、 「常にかくてあらばや」 などのたまふも、 涙落ちぬ。 匂宮さんは色男で、浮舟は――正妻や中の君より劣るのだが――、恋は盲目であ…
いよいよ恥づかしく、かの上の御ことなど思ふに、またたけきことなければ、限りなう泣く。宮も、なかなかにて、たはやすく逢ひ見ざらむことなどを思すに、泣きたまふ。 浮舟の部屋にカヲルくんの声をまねて闖入したニオウさんである。はやくこの犯罪人を縛せ…
このいと言ふかひなく、情けなく、さま悪しき人なれど、ひたおもむきに二心なきを見れば、心やすくて年ごろをも過ぐしつるなり。をりふしの心ばへの、かやうに愛敬なく用意なきことこそ憎けれ、嘆かしく恨めしきこともなく、かたみにうちいさかひても、心に…
スポーツは幸せを破壊するとイギリスの経済学者が証明 https://www.washingtonpost.com/business/2018/07/17/uk-economists-prove-it-sports-destroy-happiness/ 上の記事によると、ファンがチームが勝った時に感じる幸福感量は、チームが負けた時の悲壮感量…
さいつころ来たりしこそ、あやしきまで、昔人の御けはひにかよひたりしかば、あはれにおぼえなりにしか。 死んだ大君に似た人が中の君のところに訪ねてきた。(浮舟である)あやしいまでに似ているので、懐かしい気がする。 いとさしもあるまじき人の、いか…