さちゅりこん2――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

2010-05-01から1ヶ月間の記事一覧

人権は朝のリレー

特別教育実習のためにある中学校にご挨拶にいったところ、全校朝会を見学することになった。ちょうどその学校では人権旬間ということで校長先生がその趣旨をご説明になっていた。 世界人権宣言から説かれておられた。思うに――、私たちは、神様が人間を見放し…

浅野晃から本を謹呈されていた件

浅野晃の『浪曼派変転』を読む。 彼の自伝みたいな書物であるが、引用される文学者や哲学に対して「大哲人」とか「巨人」とか「巨大な傑作」とか……とにかく言葉遣いが大仰でとても文学者とはおもえんのだが、これも彼の言う浪漫派へのニーチェの衝撃を物語る…

日本が滅びても私は生き残る3(小松菜ホラー編)

小松菜折れた(笑) ↓ もいだ(笑) ↓ 首から水吸ってがんばれ

ナルキッソスは生きろ、ナルシストは死ね

ナルシシズムの研究についてはほとんど何も知らないが、我々の社会をなんとかしようと思うなら研究が進む必要があると大学生のころから思っている。ナルキッソスは、エコーをふった罰として、水たまりに映った自分の姿が好きになってしまうという呪いを受け…

芻狗は実在するか?狂気は存在するか?

富岡多恵子の「芻狗」を読む。内容以前に、この題名の字面がよい。まさにケモノ的なものと抽象的なものとが重層している様が視覚的に示されているようだ。(縦書きにしてみるとよけいそうであるような気がした) 私のここ数年の興味は、上野千鶴子のように、…

天使の匂いを知っている──捨身への情熱

ゼミ生といっしょに谷崎潤一郎について議論した──といっても結局喜国雅彦の「月光の囁き」の話になっちゃったが…… 第一章の最初の頁は、満月が木立の裏からのぞき、そこに「──天使の匂いを知っている──」とある。最高の出だしである。 この漫画を高松で議論…

特化(笑)の哲学

私の青春時代というのは、だいたいろくなことがなく、特に学校に行くのは厭でたまらなかったが、唯一良かったと思うのは、ある一つのことが苦手になると、自分すべてがだめだと感じる傾向を私が強くもっていたことであるな。 いまでもそうだが、あることを誤…

モヒカンにして頭を冷やすべし

大切なのは相手が作品であっても人間であっても、雑な認識は暴力だということを自覚することであろう。ナルシシズムとは自己愛ではなく、認識の中途半端さから不可避的に生じるのであり、気質や性癖の問題ではない。 ただ、最近、そういう中途半端さをダンデ…

晴耕雨読とは私のためにある言葉であろう。晴れても耕すとは限らんが。

5日の記事を見たのであろう、実家からイナゴが送られてきた→食べた。 大西克礼の「古典的と浪漫的」を読む→寝た。 浅野晃の『随聞・日本浪曼派』を読む→「このひと三・一五で捕まってるよな、何年まで生きてたんだっけ?90年か……。朔太郎を「悲歌慷慨」で…

オペラのあとは自分の安否を確認すべし

土日は学会だった訳だが、××××××××××、×××××、ということで、×××××、日曜日の午後は新国立劇場にR・シュトラウスの「Die Frau ohne Schatten」(影のない女)をみにいきました。 私は音楽評論の訓練をしておらず、20代前半まで下手なアマチュアだったにす…

都から帰ってきましたよ

咳をしても 一人 尾崎放哉

都にいってきます

花の雲鐘は上野か浅草か 松尾芭蕉

マイケル・ライアンから知恵熱警報

マイケル・ライアンの『デリダとマルクス』が押し入れの中の座布団の間から発見された。そのまま書棚に放り込むのはかわいそうだったので、ちょっと読んでみる。 大学院のはじめのころ読んですごく面白かったのを覚えているのだが、いまはどこが面白かったの…

最初の一撃はやはり女主人公がよいので私は幸運だった

なにかのジャンルに好意を持つためには「最初の一撃」がなければならない、とかよく言われる。しかし、その作品はその人にとってのみそうなのであって、他の人に一撃を与えるかどうかはわからない。 私は文学と音楽にははやくから興味を持つように教育されて…

日本が滅びても私は生き残る2

小松菜の食べかけを植えたら花が咲いてしまいました。だれか、ラーメンの食べかけを植えるとうどんが咲くとか、唐揚げが咲くとか、社会に役立つ研究しないですかね。ずっと待ってるんだが……。

文体と革命

北一輝の『支那革命外史』(大正8)を読んでいたらこう書いてあった。 「果たして然らば天賦人権説は今日に於ては愚論なりと雖も、ルソーの唱へたる家畜時代に於ては人類の近代的覚醒を報ずる暁鐘なりしことは蔽ふ能はず。この愚に近き平凡なる真理が独逸を…

何方だかそれは分からんが、とにかく互の情熱情愛に、人畜の差別を撥無して、渾然として一如となる

アゲシラオスはタホス王に「僕は君にはアリに見えるかもしれないが、いつかライオンになるからね」と言ったらしいが、確か『ルイ・ポナパルドのブリューメル18日』にも引用されていた。問題は、アゲシオラスが、自分のことを何者と思っていたかはわからな…

切腹より賭博を

昔から観たかった「博奕打ち 総長賭博」(1968)をハードオ×で見つける。21円(笑)。横にあった「ハリーポッター」が100円、世の中狂っている。 早速みる。 ↓ 鶴田浩二先生、若山富三郎先生弟子にして下さい。 追記)いわゆる68年問題で学生運動のア…

日本浪曼派は蛙を食す

伊藤佐喜雄の「白い葬列」。 日本浪曼派、蛙を食す……。 木曜日の授業は、「狂へるニーチェ」、「ピエロ伝道者」、そして蛙を食す子どもの話であります。

でんこちゃんがわたくしにだまって結婚していた件

わたくしはほとんどテレビを観ないが、さいきんなんかさびしいなあとおもっていたら、でんこちゃんに会ってないからだとわかった。でんこちゃんは東京電力のCMの人なので、山梨と茨城で学生時代をすごしたわたくしのヰタ・セクスアリスと関係があると言っ…

過去の球をいま受けた

野家啓一氏が「物語の哲学」で、キャッチボールをしているときには0.5秒前に投げられたボールを受け取っても「過去の球をいま受けた」とは言わない、と述べている。 ただ、確かにかかる表現には「物語」の萌芽がある。というより、巻き戻し願望というべき…

ヤギに引用

思うにここ数年で我々はハイジに出てくるかわいいヤギ並みにおとなしい人間になっているのであるが、これは資料とか書類に書かれてある文章の、呪文の如き文体に原因があるといってよかろう。あまりにもあれなのできょとんとしているうちに顔がヤギのように…

幸福は偏在する

私はR・シュトラウスの「Sinfonia Domestica(家庭交響曲)」という曲が好きで、特にフルトヴェングラーの録音(昭和19年)を聴きながら洗濯することもある。曲の後半部分で、子どものあつかいをめぐって?夫婦の壮絶な朝喧嘩が描かれているのだが、どん…

アル・パチーノと蛙、そしてニーチェの熊さん願望

アル・パチーノが『スターウォーズ』のハン・ソロ役を断ったのは有名な話らしい。で、かわりのハリソン・フォードが一躍スターになったという。それでよかったね。そのころのアル・パチーノなら、監督の制止を振り切り、ダースベイダーをイタリア料理店で撃…

コミュニケーションのためには、金言を一週間程度考える必要がある

本当なのかは知らないが、レヴィ=ストロースは、マルクスの「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」や「経済学批判」を読んでから仕事をすると頭がよく働いたという。私もまねてやってみたことがあるが、うまくいかない。「経済学批判」を原稿用紙に写して…

音楽史の賢い読み方

岡田暁生さんの『西洋音楽史 「クラシック」の黄昏』を書棚に並べておくのはもったいないと思って読み始めたら、なんだかしらないうちに読み終えた。 私がまだ何もわかっておらぬ小学生の頃だったら、「これは今の俺でも書けるぜ」と思っていたところだ。 岡…

聖子ちゃんも西田幾多郎もお花畑

昭和11年に西田幾多郎は処女作『善の研究』を振り返って、こういうことを言っている。(「版を新にするに当つて」) 「フエヒネルは、或朝ライプチヒのローゼンタールの腰掛に休らひながら、日麗に花薫り鳥歌ひ蝶舞う春の牧場を眺め、色もなく音もなき自然…

青春は二度あってはならぬ、而して武士には二言あり

小学校高学年の頃だったか、「俺はセーコちゃんと結婚する」とか「アキナ様と結婚する」とか宣言していた同輩たちがいたが、彼らは一体どんな末路をたどったであろうか。当時の私はショスタコーヴィチのことしか頭になかったので、「マツダセイコ?カテリー…

スーパーガール史上最大の侵略

今日は授業でロマン主義のある問題について語る際に、映画「スーパーガール」を使った。 ジェリー・ゴールドスミスの美しい音楽にのって、ひらひらと、あるいは、地球のなかなかよい風景ばかりを高速ですいすいと飛びまわる戦闘美少女を見ているうちに、使い…

日本が滅びてもイナゴ好きの私は生き残る

ブログを始めるにあたって、日舞のためなら日本が破滅してもかまわん勢いの妹に「新幹線で食した駅弁でも適当にupしとけばよかろう」と言われた訳だが、熟考の結果、私は食べ物に人並み外れて関心がないということが判明した。この前も、「この日本酒おいし…