日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

海の人工衛星

年末に横浜に行く。都会の雑踏に疲れ切り五十年住んだ横浜を離れ山梨の高原に移住したのに、この町に行くのも皮肉なもんだ。しかしここで娘たちが生活の根を張っているのだから、行くのは当たり前だ。正月はうちに来て、と言われればそうする。老いては子に従う。

高速を何とか降りたら相変わらず渋滞。赤信号が狙いすましたように襲う。その都度ハンドルを握る自分は激しく苛つく。やはり高原がよい。

なぜイライラしていたかには理由がある。もちろん渋滞。信号が変わるたびに舌打ちをする男だから。ただ、横浜に戻れば慣れ親しんだ味がある。それはラーメン。好みを求めて荻窪から都内全域。うまい麺と聞けば津々浦々。北は山形の米沢、福島は喜多方、白河、そして栃木は佐野。西は広島の尾道。全くさすらった。首都圏での馴染みの店は三軒。東横線沿いに横浜と川崎に一軒ずつ。都内は目黒に一軒。この三つの店をぐるりぐるりと回っていた。ラーメンの海を回る人工衛星に思えた。そしてまたハレー彗星のように佐野に行くし、ヘール・ボップ彗星になり喜多方にも行く。

晦日。ネット情報ではどこもやっていない。飲食店はこの日は稼ぎどきかもしれないが、時代も変わったのだろう。唯一の店も閉店間際か。間に合うだろうか、僕はアクセルを踏む。ああ、また信号、まったく、なんだ。

大売り出しの札がはためく商店街を駆け抜けた。大学のあるこの町は放射線状に街が広がる。学生相手の店も多い。憧れた学校ではあったが、学力は遠く及ばず。近くにいながら縁もなかった。

何とか路地裏に入り、間に合った。私たち二人で麺が終わりという。「良かったです」と店の人にお礼を言った。

贔屓の三軒とも昔ながらの支那そばを出してくる。そもそもメニューにそう書いてある。今流行りの豚骨や背脂、鶏白湯。悪くはないが、やはりこの懐かしい味がよい。変化を受け入れにくくなった年齢かもしれない。

あの店は親父の息子が店を継ぎ、今では太い腕っぷしで平ザルを振っている。高層マンションが雨後の筍のように生え、古い商店街に新しい都市型スーパーが溶け込もうとしている。そんなタイムパラドックスの隙間に店はある。行列に並ぶことは避けられない。こちらは味噌も出る。そこには炒めもやしが乗るけれど、あの手際には舌を巻く。味噌ラーメンは好みではないが、僕はいつも支那ソバにあのもやし炒めをのせる。自分でもやし炒めは出来ない。水っぽくなる。出来れば彼にコツを教えてもらいたい。

代替わりも無事にした。もはや彼は若旦那ではなくオヤジだ。兎も角、あの店のオヤジと言えば彼だ。ジロリとこちらを見るけれど、「ありがとうございます」の笑顔は柔らかい。

都心にあるこちらの店。皇居の周りから始まり、都内は環状道路がミルフィーユのように幾重にも重なる。あれは何番目の層か。お不動様の近くに車を止める。この店の親父はやや神経質風で線が細い。「いらっしゃいませ」とゆっくり言う。それが似合う。

厨房はいつも光っている。出てくる支那そばは美しい。麺が綺麗にたたまれている。いつも何人もの店員が働いている。この店は暖簾分けをするようで、修行案内チラシが店内にある。そもそも彼自身が杉並の名店で働いていたはずだ。杉並にいかずとも目黒で味わえる。もう、そこで独自進化している。なるほど、弟子か。この技が身につくのかな。若い頃は少し憧れてそんなチラシを見ていた。確かにどこかでお弟子さんの店に入った。もちろん美味い。

さて、あの学生で賑わう路地裏。こちらの店は若い夫婦がやっていた。夫妻かどうかは実は知らぬ。通い始めた頃はどこかのダンスユニットのダンサーさんかと思った。痩せ型で体幹がしっかりしていそうだ。二人は息が合う。麺を茹でてザルを切っているうちに、スープが丼を満たさなくてはいけない。ここに阿吽という世界の典型を見る。

阿吽が通じるのは社交ダンスの二人か、夫婦だろう。冬の時期は少し切った柚子のかけらが入るが、それも良い。今日はそこにもう一人のバイトの方と思わしき人が厨房にいた。

売り上げも上がってるのだな。流石にツーオペでは無理かな。良かったね。そう、支那そばが一番。ニコリと笑う。鶏白湯や豚骨に行かなくて良かったね、とつぶやく。

そして何よりも、あの若々しかったご夫妻も少し渋めの素敵な中年になっていた。ご夫妻の趣味は筋トレかな、とも思う。

「今年最後にありがとうございます」と野球帽をかぶられた奥様は言う。エプロンは小麦の粉で白い。

「県外に引っ越して来れなくなりました。一年ぶりかな」と返した。「山梨から来る人は居ませんよ」と日焼けしたご主人は笑われた。

僕たちの三軒の店はどこも成功し、続いている。味の継承、暖簾分け、人員増加。そんな課題を乗り越えているようだった。どの店でもお客様とオヤジの間の年末の挨拶を聞いてきた。野太い声、甲高い声、光る声。三人三様。そんな声は鍋の湯気で湿って届く。年納めはいつもズンドウ鍋の湯気だった。

残りの二軒はいつ行くか。僕らにも課題がある。いつまで元気で車に乗れるのか。いつまでやる気を保持できるのか。よく分からない。娘たちがこの町に住んでいてくれて嬉しい。よい言い訳となる。

ラーメンの海に浮かぶ人工衛星は回り続ける。しかし僕は思う。本当に好きなのはラーメンではなくオヤジ。そしてその所作、と。

残念ながら移住先の高原ではこれらの三店には巡り合っていない。しかし僕はオヤジを探している。会うかもしれないし居ないかもしれない。それもよい。いや、きっと居る。ねじり鉢巻でザルを振っている。

ラーメンは塩分が多いからもうやめなよ、そう言われたら子に従えるか
今度は、そうだな、あの腕っぷしを見たい。若親父の店にしよう。スープは残すよ。、塩分にご注意だな。