日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

不安定

港には多くのクルーザーが浮かんでいた。波の揺れは少ないが、船は静止することもなく、ゆっくりとたゆたっている。

犬と二人で、僕はそのヨットハーバーの脇道にいた。
彼女たちはよい時間を過ごすだろうな、そう考える。

子どもたちが結婚したこともあり、僕は家内と犬とで、とある高原に移住した。表向きには癌の治療であり、再発しない環境に身を置きたい、そうなる。しかし、もう一つあった。すべてをやり直せたらな、と。

癌になる前にはメンタル障害を患っていた。オフィスでパソコンに向かうと震えた。適応障害と医師は落ち着いた顔で伝えてくれた。そしてコロナ禍で苦しむ会社のリストラで、そこを去った。すぐに癌になった。すべては濁り水のように頭のなかで渦巻いた。そこから逃げ出したかった。

僕はそれでよい。しかし家内には少しだけ申し訳なく思う。娘はすぐに子どもを産んだ。僕らはお祖父ちゃん、お祖母ちゃんになった。孫を手に掛けるのは祖母の楽しみだろう。しかし離れた高原に引っ越してしまったから、それができない。僕はお釣りのように残った人生を過ごすのに懸命だった。

だからこそ、僕は家内と娘の二人の時間を持ってもらいたい。女同士なら、何でもいくらでも語り合えるだろうから。幸いに港町は決して遠くはない。

二人の逢瀬の間に、時間潰しを兼ねて埠頭に来た。

♪街の明かりがとても綺麗ね、と、故人となったいしだあゆみが歌ったあのアンニュイな歌。あの街は今も夜には灯るのだろうか。あれは、どのあたりだったのかな、とも思う。

♪ 歩いても 歩いても 小舟のように

か。すると、やはり山下公園から坂を上り、外人墓地あたりでの風景かもしれない。あそこからの 街の明かりは美しくロマンチックだから。

外人墓地のすぐ北側には元町がある。キタムラのカバン、ミハマの靴。喜久家のスイーツ。名もなき画廊に宝石店。すべてが混ざり合い、あの細長い通り道をおしゃれな空気で満たしていた。

僕たち、そう、結婚前の若い二人は、その元町から港にかけて歩くことが好きだった。あの頃は、どこを歩いても楽しかった。少し入ると中華街の雑踏になる。人に当たらぬように、そして距離を縮めようと、僕は彼女の腕を取り、二人で肩を並べた。

しかし甘い時間も、僕が四川料理店に行くと終わってしまう。真っ赤な料理を前に彼女は辛くてつらいと言うし、僕は全身汗だくだった。

そして元町に戻る。、必ず立ち寄った。そこはアメリカのソフトクリーム店だった。六十過ぎと思われる男女がやっていた。女性がクリームをコーンに乗せる。するとそれを男性が手に取り、その場でひょいと裏返し、ボウルに入ったキャラメルかチョコレートにぽちゃんとつけるのだ。さっと取り上げて渡してくれた。瞬時にして固まったソフトクリーム。それらは噛むと割れて、殻の中からクリームが出てくる。

あの二人は夫婦だったことだろう。息がぴたりだから。

素敵な夫婦ね、と彼女は言う。僕らもああなりたいね、なれるかな。そう言おうと思ったけれど、やめた。多分そうするだろうけれど、まだ結婚するとは決まっていなかったから。

埠頭に来る途中、マリンタワーの近くで、一人の御婦人が車の前を通り過ぎた。腰は少し曲がっていたが、綺麗な身なりで、赤い紅が目に鮮やかな残照となった。

彼女が少し寂しそうに見えたのは、もしかしたら一人きりであり、また、その少し曲がった腰のせいかもしれなかった。ああ、私も老いたのね、そんなふうに思っているであろう空気が伝わった。

埠頭を渡る空気は少し塩っぱい。助手席にいるイヌの目線を感じた。散歩したいな、そう言っている。

よし、と彼を連れ出して桟橋の横を歩いた。木の桟橋は波に小さく揺れて、少し遅れて係留されているボートも揺れる。僕はイヌのリードを引き、足に力を入れる。

様々な事柄をそれなりに乗り越えてきた。しかし今も揺れている。が、少なくとも、先ほどの女性は前を向いていた。

僕たちは、あのソフトクリーム屋さんのオーナー夫妻になれただろうか。

元町の一角のその店は、とうの昔になくなり、何事もなかったように、クリスマスのイルミネーションの下を人たちが歩くのだった。

それでいいよな、そう彼女に語りかける。娘と二人での映画館で、きっと笑っていることだろう。それがいい。それが嬉しい。

不安定。
全く不安定。