日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

二千円で悩まない

宅急便が届いた。少し待ちかねていた。頼んだものにくらべて大きな箱。壊れ物ではないけれど慎重に扱った方が良いのは確かだった。

10ホールハモニカ。穴が十個の手のひらサイズのハモニカがある。ブルースハープとも呼ばれる。もともと一人での山歩きでテントを張り終えてからそのサイトで拭いたら気持ちよかろうと買った。フランクフルトの空港の土産物店だった。吹き方も知らぬが高くはないし土産のつもりで買ってみようと思ったのだろう。ホーナーというブランドはドイツの楽器メーカーでこの手の楽器では有名と知ったのは後だった。

実際にこれをテントの横で吹いたことは一度きりではなかったか。そこは尾瀬であり僕はザックを背負いテレマークスキー板を履いていた。鳩待峠でスキーにシールを貼った。そこから至仏山まで登りムジナ沢を滑った。広い雪原である尾瀬ヶ原を眼の下にしながらのダウンヒルは楽しかった。下った山の鼻の山小屋はまだシーズン前で開業準備中だった。そこで拝み倒して缶ビールを仕入れた。小屋が見えぬ林の中に、雪の上にテントを張った。そこに登りそこを滑った山。それを見ることがこれほど気持ちいい事かと思った。ビールを飲みながら僕はブルースハープを取り出した。ここは尾瀬だ。尾瀬となればこれしかない。♪夏が来れば思い出す・・遥かな尾瀬、遠い空。そう、夏の思い出。それを吹いた。レパートリーはスコットランド民謡の埴生の宿そして童謡のもみじ、その三曲しかなかった。間違えても良い。音は雪の原と木々に吸い込まれる。誰も聴いていないのだから。

それ以降ブルースハープは眠ってしまった。テントのひしめき合う夏山でハープは吹けないから。再び日の目を見たのはここ数か月の話。バンドのハーププレイヤーの都合がつかなくなってしまった。その曲だけは他の楽器では穴埋めが出来ない。曲の雰囲気を決めるとても大切な部分だから。幸いにその十六小節には自分の担当楽器は入らない。そこでそこだけ自分が吹くよと手を挙げた。

手持ちのハープでは音が出ない。キーが違うのだった。そう、ハープはキーによってすべて異なるのでその調性にあったものが必要だった。そう言えばバンドのハーピストのケースにはずらりとブルースハープが並んでいた。早速Aのキーを仕入れて吹いてみる。なんとか吹けそうだ。しかし直ぐに問題が出てきた。ハープのパートが終わるとそれを手から放してすぐにベースのフレットを押さえる必要がある。そんな早業は出来ない。指に挟んだままベースを弾くが右手はつりそうになる。ハープを一音早く終えて余裕をもってフレットに行けばとメンバーから言われる始末だ。それは可能だがどうもぴんと来ない。最後の音を出してあのフレーズが終わるのだから。

最後の手段があったが自分はアレがあまり好きではない。自分はいわゆるフォークソングを通っていない。中学生の頃友人の影響で当時の拓郎や陽水は少しは聞いたがそこで止まった。ファンの方には申し訳ないがどうもアコースティックギターをジャカジャカ弾いて歌うという曲はリズム的にひどく単調に思えてピンとこなかったのだろう。そんなミュージシャン達の代名詞がそのアレだった。

首から金属の輪を被りそこにハープを引っかける。ハモニカホルダーと言うとすぐにネットでヒットする。アレ使えばいいじゃんとメンバーは言うがすぐにそれはフォークソングにつながってしまう。アレを使うのか、使わずにハープのフレーズをぶった切るのかの二択だった。アッ!と閃いた。そうだあのボブ・ディランだって使っているだろう。追憶のハイウェイ61! ならばやってみようかと。

箱を開けてすぐに首にかけた。ドイツのホーナーと日本のスズキ、そんな二社のハープを持っているがいずれにも使えた。敢えて押さない限りハープは外れまい。しっかり固定された。唇への距離はホルダのネジで可変だ。なかなかいいぞと吹いてみる。そして鏡を見てしまったらがっかりだった。そう、僕はあの渋いボブ・ディランではないのだ。頭の禿げたふやけた大豆のような顔をしたただの東洋人なのだから。どうみても頭の中にはあの頃のフォークシンガーが浮かんでしまう。

二千円のホルダが悩みをくれた。フォークシンガーになるかフレーズをぶった切るか。悩みは尽きぬ。楽しみの道具が苦をくれる、良くある話でもあるが。もう少し考えよう。二千円で悩んでも仕方がない。

二千円しない。ハープはテーパーのついたゴムでしっかり固定される。飛び跳ねても落ちなかった。しかし、これを首にかけるのか。なんともかっこ悪く思えるけれど。