日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

特権

色白で線が細い。咳き込むと体をくの字に曲げる。そんな人なら心の細やかさが尖り、人が感じない物を感じ取り、見えないものを見ることができるだろう。健康な人には縁のない世界を。

子供の頃からそんな姿に憧れていた。自分は咳が出ると止まらず気管が狭まり立っていられなかった。喘息と診断された。色白ではあったが肥満体だった。痩せていないから見られなかったのだろうか?特別な風景を。覚えている景色としたら病院の白い壁とネブライザーの水煙だけだった。

冒頭の人物にはモデルがある。明治から昭和戦後の作家、堀辰雄だった。「風立ちぬ・美しい村」を読んだ方も多いのではないだろうか。リリシズムというべきだろうか、清潔だった。結核で死の淵にいる婚約者を描いていたが小説の主人公もまた結核だった。結核という病はペニシリンのなかった時代は高原の空気の澄んだ地で回復を目指す高地療法が主流だったのだろうか。作者である堀辰雄はやはり結核で信州のとある地で高地療法を行い、人生の幕を軽井沢の信濃追分で引いた。私小説だったのか。

病院が安心できる場所だった自分にとり、病弱とは甘美で心から安心できる言葉だった。自分もそうありたいと憧れた。五十七歳で脳と血液の癌になり自分もようやくその権利を得た。甘美に出逢えた、そう思えた。しかしそれは決して甘くなく、濁った海のようだった。

高原の地に引っ越した。癌の経過観察は専門医のいる病院を選んだがそこは地域の高度医療機関であり、それとは別に日常の主治医を選ぶ必要があった。

少し古いが近代的な建物だった。白い壁は再び僕に安堵をくれた。ここが堀辰雄が高地治療を行った診療所かと思えば、ようやくふさわしい感受性を得ることが出来る、同じ風景を見ることが出来る、と、なぜか嬉しかった。サナトリウムという施設が今も残っているのかはわからないがかつてそこには多くの肺結核の患者が集まったのだろう。

もう何年も、体の普通ならぬ疲れや眠気、頭のしびれが取れない。ここ数か月は特に酷かった。生活習慣病起因の病で父は死んだがそれを自分も気にしていた。採血と採尿をした。疑義は晴れたが、付き合わねばならぬ症状であることも改めてわかった。脳を切り取ったのだから仕方ないと。

病でなかったのには安心したが残念でもあった。それは不思議だった。特権を僕は得ていない。病の特権、今日こうしてかつてのサナトリウムに来てもそれは得られなかった。本当にそんなものはあるのか?それは必要なのか?こんな事を思う時点で実はもう何かを得ているのかもしれない。

そう言えば堀辰雄は若い頃に読んだだけだった。何か勘違いをしているかもしれぬ。また読んでみよう。

このカラマツ林にかつてのサナトリウムがあったのだろう。そこに行ったが何かが見えたわけでもなかった。