日々これ好日

山や自然、音楽が好き。そんな私は色々な事が起きる日々の中で、好き日を過ごす事を考えています。

海の人工衛星

年末に横浜に行く。都会の雑踏に疲れ切り五十年住んだ横浜を離れ山梨の高原に移住したのに、この町に行くのも皮肉なもんだ。しかしここで娘たちが生活の根を張っているのだから、行くのは当たり前だ。正月はうちに来て、と言われればそうする。老いては子に従う。

高速を何とか降りたら相変わらず渋滞。赤信号が狙いすましたように襲う。その都度ハンドルを握る自分は激しく苛つく。やはり高原がよい。

なぜイライラしていたかには理由がある。もちろん渋滞。信号が変わるたびに舌打ちをする男だから。ただ、横浜に戻れば慣れ親しんだ味がある。それはラーメン。好みを求めて荻窪から都内全域。うまい麺と聞けば津々浦々。北は山形の米沢、福島は喜多方、白河、そして栃木は佐野。西は広島の尾道。全くさすらった。首都圏での馴染みの店は三軒。東横線沿いに横浜と川崎に一軒ずつ。都内は目黒に一軒。この三つの店をぐるりぐるりと回っていた。ラーメンの海を回る人工衛星に思えた。そしてまたハレー彗星のように佐野に行くし、ヘール・ボップ彗星になり喜多方にも行く。

晦日。ネット情報ではどこもやっていない。飲食店はこの日は稼ぎどきかもしれないが、時代も変わったのだろう。唯一の店も閉店間際か。間に合うだろうか、僕はアクセルを踏む。ああ、また信号、まったく、なんだ。

大売り出しの札がはためく商店街を駆け抜けた。大学のあるこの町は放射線状に街が広がる。学生相手の店も多い。憧れた学校ではあったが、学力は遠く及ばず。近くにいながら縁もなかった。

何とか路地裏に入り、間に合った。私たち二人で麺が終わりという。「良かったです」と店の人にお礼を言った。

贔屓の三軒とも昔ながらの支那そばを出してくる。そもそもメニューにそう書いてある。今流行りの豚骨や背脂、鶏白湯。悪くはないが、やはりこの懐かしい味がよい。変化を受け入れにくくなった年齢かもしれない。

あの店は親父の息子が店を継ぎ、今では太い腕っぷしで平ザルを振っている。高層マンションが雨後の筍のように生え、古い商店街に新しい都市型スーパーが溶け込もうとしている。そんなタイムパラドックスの隙間に店はある。行列に並ぶことは避けられない。こちらは味噌も出る。そこには炒めもやしが乗るけれど、あの手際には舌を巻く。味噌ラーメンは好みではないが、僕はいつも支那ソバにあのもやし炒めをのせる。自分でもやし炒めは出来ない。水っぽくなる。出来れば彼にコツを教えてもらいたい。

代替わりも無事にした。もはや彼は若旦那ではなくオヤジだ。兎も角、あの店のオヤジと言えば彼だ。ジロリとこちらを見るけれど、「ありがとうございます」の笑顔は柔らかい。

都心にあるこちらの店。皇居の周りから始まり、都内は環状道路がミルフィーユのように幾重にも重なる。あれは何番目の層か。お不動様の近くに車を止める。この店の親父はやや神経質風で線が細い。「いらっしゃいませ」とゆっくり言う。それが似合う。

厨房はいつも光っている。出てくる支那そばは美しい。麺が綺麗にたたまれている。いつも何人もの店員が働いている。この店は暖簾分けをするようで、修行案内チラシが店内にある。そもそも彼自身が杉並の名店で働いていたはずだ。杉並にいかずとも目黒で味わえる。もう、そこで独自進化している。なるほど、弟子か。この技が身につくのかな。若い頃は少し憧れてそんなチラシを見ていた。確かにどこかでお弟子さんの店に入った。もちろん美味い。

さて、あの学生で賑わう路地裏。こちらの店は若い夫婦がやっていた。夫妻かどうかは実は知らぬ。通い始めた頃はどこかのダンスユニットのダンサーさんかと思った。痩せ型で体幹がしっかりしていそうだ。二人は息が合う。麺を茹でてザルを切っているうちに、スープが丼を満たさなくてはいけない。ここに阿吽という世界の典型を見る。

阿吽が通じるのは社交ダンスの二人か、夫婦だろう。冬の時期は少し切った柚子のかけらが入るが、それも良い。今日はそこにもう一人のバイトの方と思わしき人が厨房にいた。

売り上げも上がってるのだな。流石にツーオペでは無理かな。良かったね。そう、支那そばが一番。ニコリと笑う。鶏白湯や豚骨に行かなくて良かったね、とつぶやく。

そして何よりも、あの若々しかったご夫妻も少し渋めの素敵な中年になっていた。ご夫妻の趣味は筋トレかな、とも思う。

「今年最後にありがとうございます」と野球帽をかぶられた奥様は言う。エプロンは小麦の粉で白い。

「県外に引っ越して来れなくなりました。一年ぶりかな」と返した。「山梨から来る人は居ませんよ」と日焼けしたご主人は笑われた。

僕たちの三軒の店はどこも成功し、続いている。味の継承、暖簾分け、人員増加。そんな課題を乗り越えているようだった。どの店でもお客様とオヤジの間の年末の挨拶を聞いてきた。野太い声、甲高い声、光る声。三人三様。そんな声は鍋の湯気で湿って届く。年納めはいつもズンドウ鍋の湯気だった。

残りの二軒はいつ行くか。僕らにも課題がある。いつまで元気で車に乗れるのか。いつまでやる気を保持できるのか。よく分からない。娘たちがこの町に住んでいてくれて嬉しい。よい言い訳となる。

ラーメンの海に浮かぶ人工衛星は回り続ける。しかし僕は思う。本当に好きなのはラーメンではなくオヤジ。そしてその所作、と。

残念ながら移住先の高原ではこれらの三店には巡り合っていない。しかし僕はオヤジを探している。会うかもしれないし居ないかもしれない。それもよい。いや、きっと居る。ねじり鉢巻でザルを振っている。

ラーメンは塩分が多いからもうやめなよ、そう言われたら子に従えるか
今度は、そうだな、あの腕っぷしを見たい。若親父の店にしよう。スープは残すよ。、塩分にご注意だな。


或る家庭

つかの間の都会の用事は終わった。私の住む街・高原の地へ帰ろうとしていた。そんな僅かな機会を利用して娘に会った。彼女の息子は会うたびに大きくなっている。それが楽しみだ。また娘も、仕事と子育ての両立という中で、自分のやりがいを見つけているようだった。

僕たちはクリスマスのブーツに入ったお菓子を手にしていた。アンパンマンの絵が描かれたブーツだ。お菓子のブーツは昔からあるけれど、手にしたかは覚えていない。しかし、なんとも魅力的な夢の筒に思えた。

彼はひとこと「アンパーン」と小さく叫び、ブーツを触っていた。小さな手は力加減も知らずにビニールを触る。アンパンマンドキンちゃんバイキンマンと一緒にしわくちゃになった。正義の味方とバイキン星からやってきた彼らは、一緒に共に揉まれる。これで世界は平和だな。なるほど、彼のなかでは善悪はない。この歳で清濁併せ呑むを知るのか。楽しみだ、そう思う。

ほらほら、慌てないで、と娘はたしなめる。優しく手を取る。それは純度百パーセントの母親だった。それを元・母親も笑って見ている。

アンパンマンの目指した国は、確かにここにあるな。

僕らは何もできないのだった。ただ笑う。パンでも焼ければ、ジャムおじさんとバタ子さんかもしれぬが、無器用な僕がもし彼の顔を焼いたら、かっこ悪くなりそうだった。

その仕事は彼の父であり母がやること。せいぜい僕らは、パン工房にある庭の木々だろう。

それでいいなと思う。何の責任もないし、ただ成長を見ては幸せになるのだから。

それでは高原に帰るよ。

ほら、オジイもオバアも帰るって。手を振るんだよ。

小さなもみじがそこに舞うのだった。こちらも落ちて腐りかけたカエデの葉が揺れる。

娘の家に灯りが灯った。名も無き小さな「或る家庭」。ああ、あそこがパン工房か。これから多くの笑いと、少しの涙が満ちるのだろう。そこに僕らは居ないけれど、間違いなく沢山の美味しいパンが焼けることだ。

あの家の明かりは不思議でもあれば、嬉しくもある。全く不思議だった。都会の夜空には星などないけれど、僕はふわりと包まれたように思えた。

不思議で、嬉しい。

山肌の信心

僕の家から歩いても十五分か。小さな神社がある。参道がすでに何かに満ちている。

鳥居。古びた石で組まれている。物理学的に考えてもあまり安定した形ではない。トップヘビーだから。稲荷神社にある赤い木の鳥居はどうか。あれは可愛らしい。か細くて、いかにも奥にはスリムな狐さまが居るようにも思う。

さて狛犬。こちらも神社には欠かせまい。よく見ると阿吽だ。鎮守の森の空気を吸って喝を入れているように思う。魔除けだから。もちろん寺社の山門の金剛力士も阿吽だ。「用事もない奴は来るな」とでも言っている。
いずれにせよどちらも、「ここから先は違うよ」と教えている。

僕は、奈良は大峰山にある女人結界門を思い出した。修行の道、奥駆け。この先、女性入るべからず。今はどうなのだろう。降り始めた雪のなかに、カラフルなウェアを着た女性パーティーが山頂にいたけれど。

あの神社にそんな狛犬はいたかな。あるのは田んぼの中を真っ直ぐに伸びる参道、一段高い山裾を走る鉄道を抜けるためのトンネル。そこを抜けると山の斜面となる。そこに社殿がある。少し上の杉林のなかには、とても小さな本殿もある。そこに行くのは山慣れた人でないと難しい。その森は、なにかの気が確かに漂っているのだった。

山の水は美味しい。僕は多くの山の水を思い出す。山形の朝日連峰と飯豊連峰。銀玉水と梅花皮小屋。稜線で信じられない水量。若き日々にかよった南アルプスはどうか。熊ノ平、聖平、そして静高平。甘露であり幾らも飲めた。どこの水も美味しい。そしていずれの水も、遠い。そう簡単には飲めない場所にある。長い登りのご褒美でもある。

僕たちは犬を連れてよくその地元の神社を歩く。狛犬が居ないので、我が家の犬は喜んで通り過ぎる。鉄道下のトンネルは涼しい。歩くと響き、その音で冷気は霊気となり、ふわりと落ちてくる。二十メートル先の明かりを目指す。足音が響き、自分は導かれる。するとワサビ田が広がる。社殿はその上にある。

路地にはいつも車が来ている。様々なナンバーがついている。誰もが大きなポリタンクを抱えている。みなここの水を汲みに来ているのだった。

かつて、向かい合う富士山と背比べをして勝ってしまい、富士の怒りをかって、殴られた山がある。そのせいで峰は八つに分かれた。それがこの高原の謂れでもある。

冬に降る多くの雪や雨は、その峰の割れ目からゆっくりと浸みていったのだろう。幾重もの地層のフィルタを、長い時間をかけて旅して、こうして世に出てくる。

そんな旅の水を僕たちも一飲み。大きなポリタンクを買おうと思うけれど、水に化学の匂いが付きそうで遠慮している。手ですくうのが美味しい。

知人に、この神社の近くに住んでいる人がいる。彼女は毎朝ここに水を汲みに行くという。もちろんその家は集落のなかにあるので、上水道は流れてはいるけれど。

「ずっと治らなかった体の具合が、治りました。あの水のおかげ」

そう彼女は言うのだった。塩素もなく、透明で純粋な水。

参道で感じたものは、そう、神様の気配だった。田には、季節には稲穂が揺れる。五穀豊穣の願いが田の水のなかに溶けている。トンネルはあたかも結界門。抜けるとワサビ田と山肌の社殿。そしてその斜面からとうとうと湧く水。結界門が守ろうとしているものは何か? 考えるまでもないだろう。

本当の話かもしれなかった。「誰でもいいから汲みに来てよ。狛犬も置かずに門戸は開けておくからさ。悪い気は通れないように結界門はあるよ」

今日はペットボトルを持ってきた。これでコーヒーを淹れよう。真偽も因果関係も分からないけれど、そう思うと楽しい。

初恋の人

 あれはたしかショパンだったか。一枚のLPを買った。  

 かつての私は、感情を最前面に押し出すヴィルトゥオーゾの音楽がどうも苦手だった。ノクターンならまだしも、ポロネーズや「ラ・カンパネラ」の放つ光彩には、どこか気恥ずかしさが先に立っていた。しかし、時に人生には陰影が欲しい夜もある。そんな時、私はブラームスの間奏曲・作品118-2 を手に取る。深い思索の奥底に沈んでいくような、少ない音数を愛おしむように紡ぐピアノ。それは老境の人が、暮れていく西日を浴びながら過去を顧みて、いつか微睡みに落ちていくような趣があった。

 しかし、そんな静謐な世界へいきなり辿り着いたわけではない。始まりは、やはりあの「初恋」だった。  ピアノの前でアンニュイな表情を浮かべる、黒髪の美しい女性。一瞬にして恋に落ちた。それが、ショパン・コンクールで優勝したばかりのマルタ・アルゲリッチだった。

 ジャケット写真に惹かれて次に手にしたのは、ロストロポーヴィチ指揮によるシューマンのピアノ協奏曲だった。この鮮烈さは比類ない。私の中でブラームスの第2番と並び、ピアノ協奏曲の双璧となった。  

 恩人であるシューマンの奥方・クララに成就せぬ恋をしてしまい、生涯独身で終わってしまったブラームス。そんな男の、枯淡な晦渋の中におき火のようなロマンを秘めた旋律。これに比べてシューマンの曲は情熱的だ。特に彼女の録音は激しく燃える。第三楽章、天に向けて駆けていくあの様は、愛妻クララへのあまりに純粋な告白のようで、聴くたびに胸を突かれる。

 あるいはアバドと組んだラヴェルの協奏曲はどうだろう。鍵盤を前にアバドと曲の解釈をしているのだろうか、そんなジャケットも素敵だった。針を落とそう。ムチの音が空気を割くと、ピアノは万華鏡となり、オーケストラは風に揺れる花壇となる。若き才能たちがぶつかり合うその火花は、永遠に瑞々しい。

 動画サイトには若い二人が出ている。彼女が小澤征爾と二人でラヴェルのリハーサルをしているのだ。豊かな黒髪を揺らしながら鍵盤の上を指が躍る。しかし小澤の注文に、「わたし、できるかしら。わからないわ」と、地中海の香りのする英語で答える。なんというチャーミングさだろう。

 世界を股に掛ける彼女の演奏を、この目で見ることなどないと思っていた。しかし、機運は巡ってきた。小澤征爾が手掛けた水戸の楽団。小さなホールに長いドレスの裾を両手でつまんで現れたのは、あのアルゲリッチだった。  

 席に着く時、私は老眼鏡をかけて何度もチケットを見返し、椅子を手で確認して座った。すっかり老境に入った彼女の髪は、かつての黒から美しい白へと変わっていた。しかし、座るや否や放たれた一閃の音。それは「老熟」という、誰にも真似できない技法に裏打ちされた凄絶な響きだった。

 カーテンコールは長く続く。何度も彼女はお辞儀をする。そして椅子に座って手を伸ばす。ああ、「見知らぬ国々」か。晩年に精神の均衡を失いライン川に身を投じたシューマンの、小さくやわらかな掌編。そんな繊細を極めた音のタペストリー。その中に自分自身が編み込まれていくのを感じた。私の初恋は、この時ようやく成就したのだと。

 もう五十年もの間、私はバッハという宇宙に惹かれている。グレン・グールドが解き明かした構造美。惑星探査船・ボイジャーに載って宇宙を旅するような、感情とは無縁の精密で堅牢な建築物。  けれど、アルゲリッチが弾くバッハ――わずか一枚しかないパルティータやトッカータ、イギリス組曲から選んだ三曲を聴いて驚いた。彼女は、緻密なはずの宇宙建築を、自らの熱量で溶かしていくのだ。そこに宿る「情熱的」という三文字。それは彼女にしか成し得ない、血の通った宇宙だった。

 だからこそ、私は願わずにいられない。  彼女の手で、バッハの「平均律全集」を是非、録音してほしい。あの四十八曲の、手のひらに載る大宇宙を、彼女の熾火のような情熱で満たしてほしい。

 もしそれが叶うなら、私はその録音を、そこから下巻の第二十四曲を自分の葬式で流し、墓に入れてくれと頼むだろう。 アルゲリッチ平均律があればな。

 

 

クラムボンは、溺れない

僕は必死に平泳ぎをしていた。小学生の頃にきちんと水泳を習わなかった。僕は病弱で、いつも見学組だった。

息継ぎが苦手だった。試みても足は沈んでいく。ジャカルタの屋台で出てきた皿を思い出した。小さなカエルが跳ねた通りの格好で、何匹も串刺しになり、カレースパイスとともに焼かれていた。吐きそうだった。

ある講習会で眠りそうになった。管理職ならば誰しも通る道、経営幹部講習。コトラーの競争地位戦略。マイケル・ポーターのファイブフォース。青い海、いや失礼、ブルーオーシャンイノベーションのジレンマ。果たしていくつ学び、身につけたかなど覚えていない。いま何も記憶にないことが、最高の弁護だろう。

そんなふうに教科書通りにいくのかな。そう思う。そんな信じきれぬうろ覚えでは、僕のロジックは立ちどころに論破される。

僕の知り合いには理系の友人も数多くいる。技術屋さんだ。話してみるとすぐにわかる。物事に対するアプローチが、見事に自分とは正反対だった。  

朝日が当たっているから山肌が赤い、とも言える。僕はこう思う。山肌が赤い。きっと太陽に照らされている。さらに思う。明るみに出てきっと山も恥ずかしいのだろう、と。

しかし前者は、多分とても難解な方程式に納めて、山が赤い理由を解析するだろう。光の屈折率、光線の熱温度。このあたりの摩訶不思議な連立方程式が出てくるに違いない。

後者はどうか。山が恥ずかしがる、あり得るわけがない。安山岩の硬度について論じられ、その厳しさのなかに残る生命体はハイマツと高山植物にすぎぬ、と言われるのがオチだ。

もちろんそんなロジックやアプローチをされる人間と接していると面白い。見知らぬ風景を見せてくれるから。

しかし思う。光線の反射率と恥ずかしがる山とでは、どちらが幸せに思うだろうか。

と、ここでもまた質問の不毛を知る。

ロジックの海に住む魚は、すべてに割り切れる答えがあることが嬉しいのだろう。割り切れなかったら、彼はさらに難解な方程式をもってしてそれを分解し、快哉を叫ぶに違いない。しかし水面の底にクラムボンを見ることはできない。

感情の世界に住む魚は水面を通してこう思う。山が恥ずかしがり、風神は怒り風の袋を広げ強風を吹かす。そして木々と人々はそれにただひれ伏していると。クラムボンは何故笑ったのか、きっと論理では割り切れぬ。しかしそこに気圧の谷が何ミリヘクトパスカルで、とくると、もはやクラムボンは死に絶えて、その魚もまた溺れて底深くに沈んでしまう。そう、論理の海には感情の魚は棲めないのだ。

管理職になり、いくら講習を受けても僕には意味がなかった。譲ってそれを理解したとする。しかし実行に際しては、また違う世界がある。

上司はこう言う。部下は明らかに不服そう。さて、僕はどうする。

学生の時の好きな言葉はこれだった。「中庸は徳の到れる所なり」。孔子だったか忘れたが、僕はいつもすべてのなかでの中庸、つまり最適解を無意識に探していた。だからやり玉に上がる。

すべては身から出た錆だった。

論理の海に感情は飛び込んではいけない。溺れるのがオチだから。ただ、論理で海を構築することはやはり神の技だろう。しかし波や嵐を、信じられないような惨禍を数式化してしまうと、自分はとても寂しい。寂しがるクラムボンは見たくない。

還暦を超えて水泳を始めた。出来なかった平泳ぎ。何度目かの挑戦。必死に息を継いだ。水中メガネ越しのプールの壁が近づいた。もう死んでもいいから、と手足をカエルのように動かした。

壁に手が届いた。ヤッターと大きな声とガッツポーズ。快挙だった。

その時、思った。生きているとロジックでは因数分解できぬものがある、と。ざまあみろ、僕はそれを表現できるよ、と。僕はエモーショナルだからね、と。

ロジカルアプローチに負けてメンタルをやられた。さらにストレスで免疫細胞は力尽き、癌が僕を待っていた。そして僕は逃げるように高原に移住した。そこは方程式とは無縁の場所で、感情の種などそこら中に落ちているのだった。クラムボンは我が心の海の中にいる。

我が家の裏手にはブナの林がある。僕はそこにさらにブナを植えた。すると誘われたのだろうか、小さなカエルが遊びに来るのだ。土色のカエル。僕は勝手にツチガエルと名付けている。見る人が見たら直ちに正しい学術名で訂正されよう。

もういいよ、ロジックは沢山。朝日に甲斐駒ケ岳は恥ずかしがり頬を赤く染めるし、昼は素顔を見られたくないから雲のヴェールを纏うのさ。夕暮れはやはり陽を浴びたいよね。だから残照に燃えてくれるね。

これが良い。この世界は方程式の人には味わえぬ。僕はもう溺れない。とても素敵だ。

 

不安定

港には多くのクルーザーが浮かんでいた。波の揺れは少ないが、船は静止することもなく、ゆっくりとたゆたっている。

犬と二人で、僕はそのヨットハーバーの脇道にいた。
彼女たちはよい時間を過ごすだろうな、そう考える。

子どもたちが結婚したこともあり、僕は家内と犬とで、とある高原に移住した。表向きには癌の治療であり、再発しない環境に身を置きたい、そうなる。しかし、もう一つあった。すべてをやり直せたらな、と。

癌になる前にはメンタル障害を患っていた。オフィスでパソコンに向かうと震えた。適応障害と医師は落ち着いた顔で伝えてくれた。そしてコロナ禍で苦しむ会社のリストラで、そこを去った。すぐに癌になった。すべては濁り水のように頭のなかで渦巻いた。そこから逃げ出したかった。

僕はそれでよい。しかし家内には少しだけ申し訳なく思う。娘はすぐに子どもを産んだ。僕らはお祖父ちゃん、お祖母ちゃんになった。孫を手に掛けるのは祖母の楽しみだろう。しかし離れた高原に引っ越してしまったから、それができない。僕はお釣りのように残った人生を過ごすのに懸命だった。

だからこそ、僕は家内と娘の二人の時間を持ってもらいたい。女同士なら、何でもいくらでも語り合えるだろうから。幸いに港町は決して遠くはない。

二人の逢瀬の間に、時間潰しを兼ねて埠頭に来た。

♪街の明かりがとても綺麗ね、と、故人となったいしだあゆみが歌ったあのアンニュイな歌。あの街は今も夜には灯るのだろうか。あれは、どのあたりだったのかな、とも思う。

♪ 歩いても 歩いても 小舟のように

か。すると、やはり山下公園から坂を上り、外人墓地あたりでの風景かもしれない。あそこからの 街の明かりは美しくロマンチックだから。

外人墓地のすぐ北側には元町がある。キタムラのカバン、ミハマの靴。喜久家のスイーツ。名もなき画廊に宝石店。すべてが混ざり合い、あの細長い通り道をおしゃれな空気で満たしていた。

僕たち、そう、結婚前の若い二人は、その元町から港にかけて歩くことが好きだった。あの頃は、どこを歩いても楽しかった。少し入ると中華街の雑踏になる。人に当たらぬように、そして距離を縮めようと、僕は彼女の腕を取り、二人で肩を並べた。

しかし甘い時間も、僕が四川料理店に行くと終わってしまう。真っ赤な料理を前に彼女は辛くてつらいと言うし、僕は全身汗だくだった。

そして元町に戻る。、必ず立ち寄った。そこはアメリカのソフトクリーム店だった。六十過ぎと思われる男女がやっていた。女性がクリームをコーンに乗せる。するとそれを男性が手に取り、その場でひょいと裏返し、ボウルに入ったキャラメルかチョコレートにぽちゃんとつけるのだ。さっと取り上げて渡してくれた。瞬時にして固まったソフトクリーム。それらは噛むと割れて、殻の中からクリームが出てくる。

あの二人は夫婦だったことだろう。息がぴたりだから。

素敵な夫婦ね、と彼女は言う。僕らもああなりたいね、なれるかな。そう言おうと思ったけれど、やめた。多分そうするだろうけれど、まだ結婚するとは決まっていなかったから。

埠頭に来る途中、マリンタワーの近くで、一人の御婦人が車の前を通り過ぎた。腰は少し曲がっていたが、綺麗な身なりで、赤い紅が目に鮮やかな残照となった。

彼女が少し寂しそうに見えたのは、もしかしたら一人きりであり、また、その少し曲がった腰のせいかもしれなかった。ああ、私も老いたのね、そんなふうに思っているであろう空気が伝わった。

埠頭を渡る空気は少し塩っぱい。助手席にいるイヌの目線を感じた。散歩したいな、そう言っている。

よし、と彼を連れ出して桟橋の横を歩いた。木の桟橋は波に小さく揺れて、少し遅れて係留されているボートも揺れる。僕はイヌのリードを引き、足に力を入れる。

様々な事柄をそれなりに乗り越えてきた。しかし今も揺れている。が、少なくとも、先ほどの女性は前を向いていた。

僕たちは、あのソフトクリーム屋さんのオーナー夫妻になれただろうか。

元町の一角のその店は、とうの昔になくなり、何事もなかったように、クリスマスのイルミネーションの下を人たちが歩くのだった。

それでいいよな、そう彼女に語りかける。娘と二人での映画館で、きっと笑っていることだろう。それがいい。それが嬉しい。

不安定。
全く不安定。

御国

朝に書棚から手を取った。いつも取りやすいように手近なところにおいてある。汚れぬように書店のカバーはつけたままだ。

パラリぱらりとページをめくる。小学生の頃教科書のページの下にパラパラ漫画を書いた事を思い出した。何を書いたのか忘れたけれど絵は下手くそで頁をくくっても動きはギクシャクしていた。

そのくらいの速さで頁をめくるのだった。まったく例え話が多い。「しかし私は知っている」と枕詞もつく。自分には何が言いたいのかはすぐには分からない。考えているうちに、眠くなる。

幸いにもその書籍は頁の頭に簡潔な言葉を引用し、そこに著者の抄訳が書かれている。ひと言を頁一枚で解説しているのだからありがたい。分厚い新約聖書を開く必要性もこれでなくなった。

頁に目が止まった。パラパラ漫画は終わりだ。

「御国」が天の遠いところにあると思うなら間違っている。御国はあなたの中にある。自らの言動と行為を見つめなさい。それが正しく自分を支配した時にあなたはまさに御国に住んでいるのだ。

人の手を経ているのに相変わらず分かりにくい。トマスによる福音書言葉3か。

御国とは「神の国」と書かれている。私的解釈が許されるならば、こうか。自分を信じて見つめ直せ。あるときは自己省察を厳しく行え。するとあなたは神の国にいるのだ。かな。しかし分からないのが神の国だった。イエスを信仰していない者にとっては神の国とは何か。はたまたこちらも信仰してはいないけれど、もしかしたらそれは極楽浄土のことかな?

錆びた頭は色々回るけれど、そんな電子回路はショート寸前だった。

霧が滲み、その辺りだけはは赤が溶けていた。きっと甲斐駒ケ岳のモルゲンロートだろう。白い息を吐きながら駅に着いて列車に乗った。その時に本の言葉を思い出した。

神の国、あなたの、いや、私のなかに在る。自分を見直せば見えてくる、、、。

降りる駅が来た。川を渡る風は尖っていて小太りの私を縮こませるには十分だ。ウールの帽子をかぶり土手道を歩く。霧はとうに晴れて、朝日が高くなった。しかし寒い。冷たい。十二月の風だった。

風に吹かれて私の首は後ろに回った。その時だった。川の向こう遥かに、真っ白な三角形が立っていた。富士。

ああ、そういう事か。神の国。確かにあるな。そう言えばベツヘルムの馬小屋で、彼が生まれたのは今日だったな。

・・・お導きか。