『未明の家』篠田真由美
「それじゃあ本当に桜井さんは、私のしゃべっただけのことで祖父の性格まで言い当てられたんですか?」
建物が見た、ある家族の「崩壊」と「再生」
派手な事件もなければ派手なトリックもない。率直に言うとかなり地味な作品である。だが、中に秘められた謎は決して小さくない。本書を貫いているのは、構造上ありえない「閉ざされたパティオ」を持つ別荘に秘められた謎であり、この謎が解き明かされたときに初めてある一家を襲った数々の不幸の真相が明らかになる。こういう構図のミステリーは、本シリーズ以外に知らない。
「館」を前面に押し出したミステリーのシリーズには、このシリーズと綾辻行人の“館シリーズ”がある。ただし、館そのものに焦点を当て、館自体の謎を解き明かすシリーズはこのシリーズだけである。
主人公の桜井京介は、森博嗣が創造した探偵・犀川創平同様、自ら謎を解かない探偵である。彼もまた、やむなく探偵役を演じているに過ぎないのだ。ただ、京介には家族にまつわる暗い過去があり、それは彼を取り巻くものも同様である。友人の栗山深春(♂)の家族関係はうまくいっていないし、指導教授の神代宗もまた家族関係の問題でトラウマを抱えている。そして、京介の助手を務める蒼と呼ばれる少年は、幼い頃に家族を皆殺しにされているのだ(彼の本名や素性は『原罪の庭』で判明)。彼が挑む事件には家族にまつわるものが多いが、彼はそれらの事件を通して、自らの過去と向き合う努力をしているのである。こうした彼らの人物造形が、ただのミステリーで終わらない独特なシリーズを作り上げている。
舞台となる別荘・黎明荘は、構造上不可解な点を持つ。それは、パティオが完全に閉ざされていることだが、ここには大きな謎が秘められているのである。そして、その謎がひとつの家族をばらばらにしてしまう。本書は、ミステリーであると同時に、ひとつの家族の崩壊と再生を描く人間ドラマでもあるのである。
ミステリーとしては盛り上がりもなく、トリックなどに派手さはないが、近年書かれたミステリーの中では最もミステリーらしい作品である。ミステリーを家族に焦点を当てた人間ドラマにすることにより、ストーリーに深みを持たせているからだろう。登場人物が若干アニメっぽいが、紋切り型のキャラクターはおらず、殺されるためだけに存在している人物もいない。古今の名作と呼ばれるミステリー作品を読んでいると、登場人物が皆生き生きとしていることに気づく。本書はいうまでもなく本格ミステリーの名作のひとつである。