詩集『春と修羅 第一集』の詩「休息」(1922.5.14)の3日後の詩「おきなぐさ」(1922.5.17)は難解である。しかし,1年後に書かれた童話『おきなぐさ』(1923.6)を読むと,詩「おきなぐさ」が何を言おうとしているのか何となく理解できるようになった。特に,童話では「おきなぐさ」が生命を全うしたあと,なぜ「星」になれるのかを知ることが重要である。本稿では詩「おきなぐさ」を理解するために童話『おきなぐさ』の「おきなぐさ」が「星」になれる理由を考察する。
童話『おきなぐさ』(1923年6月頃)で「おきなぐさ」は,「小岩井農場の南,あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわ」の「かれ草の中」に咲いている「二本のうずのしゅげ」として登場する。
「おきなぐさ」はキンポウゲ科の「オキナグサ」(Pulsatilla cernua (Thunb.) Bercht. et C.Presl)のことで高さ20~40cmになる多年草である。全体に白毛を密生する。5月,花を1個,頂生し,鐘形で下向きに開く(第1図A)。花が終わると花柄がのびて,夏にはタンポポのような冠毛を持った種子をたくさんつける(第1図B)。その様子が翁の白髪のようだということで,「オキナグサ(翁草)」あるいは「うずのしゅげ」の名がついた。「オキナグサ」は現在では絶滅危惧種であり,環境省では絶滅危惧Ⅱ類に,岩手県ではAランクに指定されている。しかし,賢治が生きていた頃,八幡平市,盛岡市,遠野市など,沿岸を除く各地に分布していた。成育場所は日当たりのいい草原である。

第1図.オキナグサ(A)と冠毛(B).
童話『おきなぐさ』で,この「二本のうずのしゅげ」は花(正確には萼片)が終わると冠毛を持ったたくさんの種子ができる。そして,自分の命を全うしたということで次世代へ繋ぐ冠毛のついた種子を風によって飛ばすと同時に自ら「魂(たましい)」となって天に昇っていく。ただ,不思議なことに,童話『おきなぐさ』では,この天に昇った「二本のうずのしゅげ」の「魂」は「星(変光星)」になるのである。
なぜ「二本のうずのしゅげ」の「魂」は「星」になることができるのか。賢治作品で植物が「星」になる例として童話「ひのきとひなげし」(初期形 1921~1922)に登場する「二つのつめくさの花」がある。この「二つのつめくさの花」は「二茎の青蓮華」になったのちに「天上の花」つまり「星」になる。「星」になる理由は良い行いをしたことと青蓮華になってもおごり高ぶらなかったからである。
このけだかい二人は,前は海の向ふの青い野原のまん中に沢山の沢山の仲間と一所に咲いた二つのつめくさの花でした。ある夜,そらが黒く,地面も黒く,剽悍(ひょうかん)な旅人が道を失ひ,野牛が淋しさに荒れ狂ふとき,小さな二人はあらん限りの力を出して,微かな青白い花の灯(ともしび)をともしたのでした。あゝそれこそは,瓔珞をかざり霜のうすものをつけたあの国の貴人たちに,うやまはれ尊ばれた二茎の青蓮華になったのです。これらの花はみな幸福でした。そんなに尊ばれても,その美しさをほこることをしませんでしたから,今は恐らくみなかゞやく天上の花でせう。
(宮沢,1985)
では,童話『おきなぐさ』で「二本のうずのしゅげ」は「二つのつめくさの花」と同じように人助けなどの良い行いをしたのであろうか。考えてみたい。
この童話でだれが見ても良い行いだとするものは見当たらない。
良い行いかもしれないと思われるのが以下の引用文の中に記載れている。「二本のうずのしゅげ」が強い西風の中で「面白そうだから飛び出してみたい」と言ったとき,「ひばり」が「もう二か月おまちなさい」と諭す場面である。
西の方の遠くの空でさつきまで一生けん命啼いていたひばりがこの時風に流ながされて羽を変にかしげながら二人のそばに降りて来たのでした。
「今日は,風があっていけませんね」
「おや,ひばりさん,いらつしゃい。今日なんか高いとこは風が強いでせうね」
「ええ,ひどい風ですよ。大きく口をあくと風が僕のからだをまるで麦酒瓶(ビールびん)のやうにボウと鳴らして行くくらいですからね。わめくも歌うも容易のこつちやありませんよ」
「そうでしょうね。だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕たちも一ぺん飛とんでみたいなあ」
「飛べるどこじやない。もう二か月お待ちなさい。いやでも飛ばなくちやなりません」
それから二か月めでした。私は御明神へ行く途中もう一ぺんそこへ寄つたのでした。
丘はすっかり緑でほたるかずらの花が子供の青い瞳のやう,小岩井の野原には牧草や燕麦(オート)がきんきん光つておりました。風はもう南から吹いていました。
春の二つのうずのしゅげの花はすつかりふさふさした銀毛の房にかわつていました。野原のポプラの錫(すず)いろの葉をちらちらひるがえし,ふもとの草が青い黄金(きん)のかがやきをあげますと,その二つのうずのしゅげの銀毛の房はぷるぷるふるえて今にも飛び立ちそうでした。
(宮沢,1985)下線は引用者 以下同じ
この場面で重要なのは,強烈な西風に乗って直ぐにでも飛び出したい「二本のうずのしゅげ」が「ひばり」の南風が吹くまで「二か月お待ちなさい」という忠告を「素直」に受け入れたことである。「ひばり」が悪党か嘘つきかもしれないのに。多分,これが「おきなぐさ」の良い行いだったのだと思われる。
なぜなら,童話『おきなぐさ』に登場する「ひばり」はただ者ではないからだ。多分,〈観世音菩薩〉の化身なのだと思う。つまり,「二本のうずのしゅげ」は〈観世音菩薩〉の化身である「ひばり」の忠告を「質直(しつじき)」に受け入れたのだと思われる。「質直」とは,後述するが,「法華経」に登場する仏あるいは菩薩の教えを「素直」に受け入れ,正直で飾り気のない心で修行に励むことを意味する言葉で,良い行いの基本となる心のあり方を示すものであるとされている。
「ひばり」が〈観世音菩薩〉の化身である根拠の一つとしては,「ひばり」が「西の方の遠くの空」から「羽を変にかしげながら」降りてくるということと,「ひばり」が「緊那羅(きんなら)」という「神」の姿に似ていることによる。
「ひばり」はヒバリ科の「ヒバリ(雲雀)」(Alauda arvensis Linnaeus)で告天子(こうてんし),叫天子(きょうてんし),天雀(てんじゃく)とも呼ばれる。全長17cm。後頭の羽毛は伸長(冠羽)する。上面の羽衣は褐色で,側頸から胸部にかけて黒褐色の縦縞が入るのが特徴である(Wikipedia)。
詩「小岩井農場」(1922.5.21)のパート四に興味ある記載がある。賢治は小岩井農場を散策していて「ひばり」の鳴き声を聞き,桜が幽霊だと感じると「爬虫がけはしく歯をならして飛ぶ」地質時代にタイムスリップしてしまう。このとき,同時に賢治は後からついてくる「瓔珞」をつけた「すあしのこどもら」を幻視することになる。賢治はこの子供らを「天の鼓手 緊那羅のこどもら」と記載している。
あんまりひばりが啼きすぎる/(育馬部と本部とのあひだでさへ/ひばりやなんか一ダースできかない)・・・・ひばりはしきりに啼いてゐる/(雲の讃歌(さんか)と日の軋(きしり)・・・・向ふの青草の高みに四五本乱れて/なんといふ気まぐれなさくらだらう/みんなさくらの幽霊だ・・・・いま日を横ぎる黒雲は/侏羅(じゆら)や白堊のまつくらな森林のなか/爬虫(はちゆう)がけはしく歯を鳴らして飛ぶ/その氾濫の水けむりからのぼつたのだ/たれも見てゐないその地質時代の林の底を/水は濁つてどんどんながれた・・・・すきとほるものが一列わたくしのあとからくる/ひかり かすれ またうたふやうに小さな胸を張り/またほのぼのとかゞやいてわらふ/みんなすあしのこどもらだ/ちらちら瓔珞(やうらく)もゆれてゐるし/めいめい遠くのうたのひとくさりづつ/緑金(ろくきん)寂静(じやくじやう)のほのほをたもち/これらはあるひは天の鼓手(こしゆ),緊那羅(きんなら)のこどもら
(宮沢,1985)
つまり,賢治は複数の「ひばり」の鳴き声を聞いた後に複数の「瓔珞を付けた素足の子供ら」(=緊那羅 )を幻視しているのだ。「ひばり」と「瓔珞をつけた裸足の子供ら」つまり「緊那羅 」は密接な関係がある。
これは童話『銀河鉄道の夜』(第四次稿)の九章で難破船の〈女の子〉と〈男の子〉が青年と一緒に銀河鉄道の列車に乗り込んでくる場面を彷彿させる。〈ジョバンニ〉と〈カムパネルラ〉が苹果(りんご)と野茨の匂いを感じると.苹果と同じ赤い色のジャケツを着た〈男の子〉と野茨(野イチゴ)の実と同じ茶色の眼をした〈女の子〉が登場する(前ブログ、2021)。
「緊那羅」は,インド神話に登場する音楽の神(または精霊)であるが,仏教では護法善神の一尊で,天竜八部衆の一つである。伝承的には,「緊那羅」は音楽の「神」で,特に歌が美しいといわれる。タイなど東南アジアでは,下半身が鳥に似ている。
「ヒバリ」と「緊那羅 」を第2図に示す。「緊那羅」(C)は側頸から胸部にかけて「瓔珞」(A)をつけている。「ヒバリ」(B)も見ようによっては側頸から胸部にかけての黒褐色の縦縞が「瓔珞」に見える。多分,賢治もそう思っているはずだ。また,「緊那羅 」の下半身は鳥である。

第2図.瓔珞(A),ヒバリ(B),緊那羅(C) .出典はAが原(1999),BとCがWikipedia.
「法華経」の「観世音菩薩普門品第二十五」(観音経)には,〈観世音菩薩〉(あらゆる方角に顔を向けたほとけ)はあまねく衆生を救うために相手に応じて「仏身」「声聞身」「梵王身」など,33の姿に変身すると説かれている。その中に「緊那羅 」もいる。また,童話『おきなぐさ』で「ひばり」は「西の方の遠くの空」から「羽を変にかしげながら」降りてくるが,〈観世音菩薩〉は西方にある極楽浄土という仏国土の教主とされる〈阿弥陀如来〉の脇侍(きょうじ)である。京都国立博物館の阿弥陀三尊来迎図(他の作者の来迎図でも)で,〈観世音菩薩〉は蓮台を持ち「くの字」に体をかしげて降りてくる。つまり,賢治が詩「小岩井農場」で「ひばり」を見た後に幻視した「瓔珞をつけた素足の子」(=緊那羅 )は,賢治にとっては〈観世音菩薩〉なのだと思われる。
以上のように,童話『おきなぐさ』で,「二本のうずのしゅげ」は天から降りてきた「ひばり」を〈観世音菩薩〉の化身だと直感的に感じ取り,「ひばり」の言葉を何の疑いも反感も起さずに無条件に受け入れたということである。
なぜそのような行為が仏教的に良い行いなるのであろうか。
それは,この行為が「法華経」のとくに「如来寿量品第十六」の教えと関係するからである。賢治は「如来寿量品第十六」を読んで感動し,驚喜して身体がふるえて止まらず,この感激を後年ノートに「太陽昇る」と記していた。
「如来寿量品第十六」の「自我偈」に以下の記載がある。仏や菩薩の言葉に何の疑いも反感も起さず無条件に受け入れることは法華経的には「質直」という。現代語に訳せば「素直」という言葉に近いものである。ただ,この「素直」は仏や菩薩の言葉に対してである。
衆生既信伏 質直意柔軟
一心欲見仏 不自惜身命
時我及衆僧 倶出霊鷲山
(坂本・岩本,1994)
訳せば「衆生はすでに私の導きを信じ,質直(素直)で柔軟な心をめぐらせ,一心に仏に会いたいと願って,自ら命をも惜しまないのであるなら,その時にこそ,私(釈尊)と仏道を求める者達は,ともに霊鷲山(りょうじゅさん)に姿を現すのである。」である。
つまり,「二本のうずのしゅげ」は「如来寿量品第十六」にある「質直」な心で「ひばり」の忠告を受け入れたということである。これが,法華経的には良い行いであることから,「星」になれるのである。
しかし,別の疑問も生じた。
童話『おきなぐさ』で,「ひばり」は5月には上空で強烈な西風が吹いていて2ヶ月後に南風になるということを言っているが,気象学的には正しくない。夏は東北地方の太平洋側では北東の風(やませ)が吹くこともあるのだ。賢治が意図的にそう言っているとしか思えない。
なぜ,春は西風で夏は南風になるということを〈観世音菩薩〉の言葉として「ひばり」に言わせたのだろうか。疑問である。
多分,春に西風だったものが夏になると南風になるのは賢治と恋人にしか通じない暗号である。これは,賢治の恋と関係があると思われる。「西風が吹く」とはアメリカ行きの機運が高まったという意味で,「南風が吹く」は,北へ行くことになるということか,あるいは結婚に反対する騒ぎが落ち着いてくることを意味しているように思える。例えば,「二本のうずのしゅげ」に賢治と恋人が投影されているとする。「二本のうずのしゅげ」(=賢治と恋人)は結婚を反対されアメリカへ駆け落ちしたかった。上空で強烈な西風が吹けば「二本のうずのしゅげ」はその強烈な西風に乗って東のアメリカまで行けると思っていた。「うずのしゅげの一本(多分恋人)」がそう強く望んだのであろう。実際に第二次世界大戦中,日本がアメリカ本土を攻撃するために開発した「風船爆弾」は上空の偏西風に乗ってアメリカへ届くこともあった。
しかし,熱烈な「法華経」の信者である「うずのしゅげの一本(多分賢治)」は天の声を聞いて時期尚早と判断して状況が落ち着くまで,あるいは解決の糸口が見つかりそうな北へ行けるまで,つまり,おだやかな南風が吹いてくるまで「しばらく待って」いた方が良いと受け取り,もう「一本のうずのしゅげ」を説得したのかもしれない。そして,もう一本の「うずのしゅげ」もそれを受け入れた。つまり,「しばらく待て」あるいは「北へ行く」という判断は,この童話の作者である「質直」な心を持つ宗教者としての賢治が〈観世音菩薩〉の化身である「ひばり」の鳴き声から直接感じ取ったものと思われる。5月12日の日付のある詩「手簡」で,賢治は自分の右側の「黄ばんだ陰の空間」を介して〈観世音菩薩〉に救済の手紙を送っていた(前ブログ,2025)。その返事が天空から降りてきた「ひばり」によってもたらされたのかもしれない。
実際に,童話『おきなぐさ』(1923.6)の執筆以降,賢治作品に米国行きを匂わせる表現は無くなり,その代わり北方への関心が高まり,丁度2か月後の大正12年(1923)7月31日から8月12日まで樺太へ旅行し,その後「アイヌ」や「ギリヤーク」などの北方民族に関わるものを作品に沢山登場させている。多分,結婚が反対されているのは二人の出自の違いからくるからだと思われる。恋人のルーツが北方なのだと思われる。一方,賢治のルーツは南(京都)である。(前ブログ,2022)。
「二本のうずのしゅげ」が「星」になれるのは,「法華経」に登場する仏(釈迦如来)や〈観世音菩薩〉の言葉を何の疑いもなく素直に受け入れる「質直」の心を持っていたからと思われる。
ちなみに,童話『おきなぐさ』の舞台である「小岩井農場の南,あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西がわ」は詩「休息」(1922.5.14.日曜日)で賢治と恋人が「一夜の旅」に出かけたと思われる温泉街の近くである。
次回は今回の理解を基にして「おきなぐさ冠毛の質直」という詩句が入る詩「おきなぐさ」(1922.5.17)を読んで行きたいと思う。
参考・引用文献
原 子朗,1999.新宮澤賢治語彙辞典.東京書館.
岩手レッドデータブック,2025(調べた年).オキナグサ.https://www2.pref.iwate.jp/~hp0316/rd/rdb/01shokubutu/0062.html
宮沢賢治.1985.宮沢賢治全集 全十巻.筑摩書房.
坂本幸男・岩本裕(注釈).1994.法華経下.岩波書店.
前ブログ,2021.宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』-幻の匂い(2)-.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2021/07/02/095050
前ブログ,2022.童話『ガドルフの百合』考(第1稿)-「稜が五角の屋根」を持つ「巨きなまっ黒な家」とは何か.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2022/05/03/184853
前ブログ,2025.詩「風景」と同じ日付のある詩「手簡」が意味するもの.https://shimafukurou.hatenablog.com/entry/2025/11/25/084947
お礼 ユキノカケラさん いつも本ブログ読んでいただきありがとうございます。2025.12.28.