2011-10-01から1ヶ月間の記事一覧
一昨日、前の組織の若いスタッフに呼び出されて「孔乙己」で飯を食う。ヤン坊とその美人の彼女から美術品のプレゼントをいただく。孔乙己は、上海蟹のシーズンでもあり店は満員御礼。その後、ヤン坊の友人が田子坊で店をやっているので行こうという事になり…
黄陂南路のヘアーサロンでウィンドウ越しに覗き込む50歳代のおばさんに遭遇。彼女は時々自分の髪に手を当てたりしながらしばらく食い入るように見ていた。今世紀に入り、上海にはヘアーサロンの高級店がかなり増えた。日本人経営の店も多くカリスマ何とかと…
上海美術館の帰りに公園で見つけた花。高い位置にあるので葉の隙間から撮影。 夕方の公園は、人も少なく静かでとても良い。逆に朝と昼はとてもうるさいのが中国の公園だ。 キャノンFD50mm f1.4
朝4時頃まで飲んで自宅まで歩く。雲の多い空と街灯の影が面白い。これからプラタナスの葉が落ちて枝だけになると、今まで見えなかった風景が見えて来る。 キャノンFD50mm f1.4
前世紀の事だが、路地裏を歩いていると路上で勉強している子供をよく見かけたが、すべてが女の子だった。上海は女の方が優秀という理由は子供の時からすでに始まっているようだ。 路地裏を歩いていると、おっさんが寝ている姿をよく見るが、女と子供が昼間外…
豫園付近で記念写真を撮影している場所に遭遇。この国の人は、事有るごとに記念写真を撮る事を忘れない。会社の大きなイベントなどでも記念写真を撮る時間がスケジュールの中に必ず入っている。 6年ほど前、室内で約500人の記念写真を15分以内に撮影してほし…
路地裏を歩いていると視覚や聴覚や臭覚的にもおもしろい。写真集に臭いは付けられないので、私の写真集「消逝的老街1996-2000」は、路地裏などで拾った音のCDを付録にした。街の中の音も時代と共に変化しているので貴重だ。 最近、久しぶりにそのCDを聞くと…
上海の街を歩いていると一人で商売をしている人達は結構多い。それは、副業だったり専業だったりとさまざまだが、とてもたくましい。一つの仕事をやってダメだったら、即次を考えるのが中国流だ。 日本人は、あれこれ頭の中だけで考え過ぎるので実行に移すの…
前世紀の上海文廟内。この頃の文廟内は一部無料で開放していたので、老人のたまり場になっていた。その頃の老人のファッションは人民服が多く色は紺色やグレーなどがほとんどだった。ほとんど毎日のように通っている人も多く老人の憩いの場だった。お茶一杯1…
路地を路地らしく撮影するために回転式のパノラマカメラを使用した。これだけの左右写角を35mmカメラに置き換えると約14mmの広角レンズが必要になる。しかし、パースペクティブが強調され過ぎるのでかなり不自然な描写になってしまう。 この回転式のノブレッ…
本日21日、東京から上海へ NOBLEX135U
男と違ってこの国の女はよく働くし元気だ、また金も女が握っている場合が多い。私が知っている店も店の登記は女房の名前になっており資金も彼女が出している場合が多い。 路上市場は規制でかなり減ってしまった。 上海は海が近いが市場で売られている魚のほ…
前世紀の路地裏を歩いていると暇なおっさんを多く見かける。この人達は何をして飯を食っているのか検討がつかないようなおっさんが街中にたむろしていた。(今でもけっこういる)逆に、暇そうな女はあまり見かけなかった。この国は、女が働き旦那を養ってい…
前世紀の上海旧城内には路上散髪屋が無数にあった。どんな場所でもスペースがあれば商売や遊びの空間にしてしまうのが中国人だ。前世紀の話だが、路上散髪屋は10元(当時約150円)くらいだったと記憶している。 この路地の右側でも散髪屋が営業していた。路上…
西暦2000年の正月、豫園の前の空き地に出来たクジ売り場。1等は左にあるワーゲンのサンタナだったので、休日はおそろしい人の数で空き地は埋め尽くされていた。クジの値段は一枚1元(当時15円)だったと記憶しているが、多くの人が数十枚まとめて買っていたの…
1996年の老西門付近は、高層ビルはほとんど無かった。奥のビルは百貨店だったが、西暦2000年前くらいに撤退。手前の空き地は4年ほど更地のままだったので、おそらく1997年のアジア通貨危機の影響を受けたのだと思う。ここ以外にも建築途中で工事がストップし…
上海にある大世界はまだオープンしてない。前世紀のそれは私にとってとても魅力的な空間だった。月変わりでレトロなイベントがあったり漫才あり京劇あり歌謡ショーあり雑技ありお化け屋敷ありと日本の昭和30年代をそっくり持ってきたような懐かしさがあった…
こちらでテレビを見ない生活を8年続けている。部屋にテレビは2台あるがDVD専用になっている。テレビを見る機会がある時は、足マッサージ屋で垂れ流しされている番組をたまに見るくらいだ。それくらいこちらのテレビは面白く無い。 最近は、ネットラジオで日…
上海の静安寺近くに1932年から現在も開業しているダンスホールがある。万博前に改装されたのが今の姿だが、以前は淡い緑色でネオンが怪しくレトロな雰囲気が漂っていた。 改装前に一度だけ入った事があるが、正装した男と女がホールでダンスを踊っている雰…
上海に「ちゃんこ玉海力」が出来たので行ってみた。国慶節明けなので比較的空いていたが、通常は予約が必要なほど人気店になっているようだ。彼とは現役時代からの知り合いで、怪我で引退後に広尾本店を開業し青島店(中国)を開業したまでは知っていたが、銀…
前世紀の90年代の上海の街に溢れるマネキンは恐ろしく古い物ばかりだった。どんなに最新の服を着せても似合わなかった。さすがに最近は最新の物に変わったが、今でも旧城内には古いマネキンを使っている店がけっこうある。右側のマネキンの雰囲気は日本の昭…
2006年頃に解体現場で撮影。以前にも書いたが、このような壁画が解体現場で出てくると解体するのは一番最後になるようだ。以前、テレビの取材で私がここを撮影しているシーンを撮影したが、やっぱり編集でカットされていた。 この国には、触れてはならない…
2004年の写真を整理していたら鍼灸師の家の写真を発掘。データを見ると2004年になっている。表に看板など無く小さなウインドウ越しに人の骨格見本や足首や耳が置いてあったので表からはとてもよく目立つ。この写真を夜に撮影しようと何度も通ったが、夜には…
この前の結婚式の2次回でブーケトスを受け取った女が一人、私の斜め前に座りiphoneと心を通わせていた。30分ほど観察しながら数枚撮影。その女は、栗田ひろみ(1970年代に活躍した女優)が少しワルの道に入り化粧が変わってしまったという感じの子だった。 …
昨日の5日の朝、スティーブ・ジョブス死去のニュースは私にとってもショックだった。appleの仕事は80年代後半に関わり、90年にはF-1の速報誌をDTPで制作する為にMacは必然だった。当時のMacは今から比べるととても高価だったが編集部には6台ほとMacが並んで…
国慶節休み5日目を迎えた上海の街は空気がすごくきれいで澄んでいる。それは、上海近郊の工場が操業を停止したり車の量が少ないためだろう。 一昨日、香港のある会社のボスと上海の代理店など6人で日本料理屋で飯を食う。この料理屋は前世紀から上海にあり…
陽が落ちて浦東から浦西の外灘を見る。時々、どぎついネオンの船や貨物船が目の前を通り過ぎるのが、上海らしくてとても良い。 昨日、21時からちょっと一杯が朝4時までになってしまった。国慶節休みなのでどの店も客は少なくのんびりと過ごせた。本日も香港…
こちらでは、誰でも買え安く物を運ぶ手段として、リヤカー付き自転車がある。上海で見るそれは恐ろしく丈夫に出来ている。今まで、パンクかチェーンが外れた以外に壊れて立ち往生しているそれを見た事がない。 以前、大連に取材で行った時にタクシーの代わ…
交差点での信号待ち風景。ここは、車の交通量が多い場所なので信号を守っている人達が多いが、少しでも車が途絶えると信号を無視する自転車やバイクやリヤカーが多い。つまりルールはあるのだが自分の都合で守らない人が多すぎる。 これは、交通ルール以外…