発信に興味を失った。
近況報告
意欲が回復する向精神薬を服用している。飲み続けること、4ヶ月くらいか。めちゃくちゃ食欲と、何かをしたいという感情が芽生えた。
つい2週間前までは大して腹も減らず、1日2食生活で過ごしていて、体重も65kgを切るかなぁと言ったところまで減少してきたのに、無性に腹が減って67kgくらいにはリバウンドしている。そうは言っても特に食べたいものは無かったりする。何か食っていないと落ち着かない心境に近い。
ついでに意欲が少し出てきたのかもしれない。断言は出来ないが、「何かをしたいな」とは思う様になった。ところがその「何か」が未だに解らない。
以前から不定期でキリスト教会に通っているよとは書いてきたが、5週間体調不良だので行く事が叶わず、先々週からようやく教会に行く事が出来るようになったくらいには回復した。
10月に訳もわからず洗礼を受け、何かが変わった様な気がしただけで「効果あるのかこれ?」とずっと疑問だったのだが、向精神薬のお陰もあって回復傾向には向っている。気づけば嘔吐もほぼしなくなった。
意欲は出てきたような気がするが、Twitterを始めとしたSNSでの発信には興味がほとんどなくなり、ブログの更新通知以外には投稿を滅多にしなくなってしまった。純粋にSNSに飽きたのかもしれない。
先日、牧師が家庭訪問というか遊びに自宅まで来てくれて、一緒にコーヒーを飲んだり日課に対する取り組み方を教えてくれた後、自宅のお清め(正しい名称が解らない)までしてくれた。ガチで三原家の幸福を願ってお祈りをしてくれ、家にあるサタンめいたものにオリーブ油まで塗ってお祈りをしてくれたのである。
それっぽい効果が現れたのかは今でも分からないけれど、心なしかいつもより体調がいいなとは感じている。
今日は昨晩ワインを飲みすぎたせいと、気圧の影響で地味に頭が痛いが少しばかり本を読んだり、こうしてブログが書けていることに感謝だ。
教会員になると、毎朝4時に配信されるメールが届く。QT(quiet times),またはディボーションと呼ばれる聖書の読解を毎朝目が覚めて食事を摂ってから行うのだが、これをやると多少の瞑想効果があるのだろうか、サウナ並にととのうのである。
洗礼を受けた直後から受信フォルダにはQTメールが届いており、その内容は聖書の一部を抜粋した聖句が書かれて、続けて8つの課題を行うように書かれていた。牧師が家庭訪問をするまでは、この聖句を読んでも「キリストが〇〇した」と言った内容しか受け取ることができず、「だから何やねん??」という感じで黙読してゴミ箱行きだった。
改めて牧師が家庭訪問をし、一緒にQTをやってみましょうとやり方を教わると、その効果は段違いで、ただの有り難そうな字面が一変して神様が自分だけのメッセージを伝えてくれる様になる。捻くれていて小賢しいだけの自分でも、その聖書の抜粋をステップに従って読み解いていくだけで、神様からのメッセージが聞ける様になるのである。
スピリチュアルめいた話だが、これはやってみないと絶対に理解できない。人それぞれ受け取り方は違うので、特に正解とかもなく、家庭訪問以降毎日LINEでQTの内容を報告し合っているが、解釈も伝えられたメッセージも異なるのが面白い。
一応毎日継続しており、習慣になりつつある。
実はバイト先でも、仕事を教えてくれる先輩からディボーションはやったほうがいいよ、とアドバイスを貰っていて、その時はテキトーに「やってみます」と返事をしておいたが、実際にやり方を教わって取り組むと1日の充実度が圧倒的に変わるから驚きだ。
僕は昔から読解力がなく、要約だけならばなんとか出来ても、その書かれている文章から本質を見抜くことがとても苦手だったが、これは国語のトレーニングにもなるなと感じている。
側から見れば完全に宗教に染まりきって洗脳された奴かもしれないが、今まで自分になかった発想や心掛けが出てくるので、その効果は計り知れない。やっていない奴は損していると断言したいくらいに、体内からエネルギーが湧いてくるのを実感できるからだ。
とりあえず、ここ最近何かを勉強したいと連呼してきた結果、その中の一つとして「聖書を勉強している」という習慣は身についていきそうだ。教会の礼拝でも聖書の箇所を抜粋して現代風に説明してくれたりするので、なるべく体調がいい時には通いたいところだ。礼拝には意外にも多くの外国人が参加しており、僕は片言の英語で、相手は片言の日本語でコミュニケーションを取る。一応こんなのでも、英語が伝わるのは嬉しく感じるものだ。
さて、そろそろバイト先からの給料振り込みの日だ。これでも神様の教えを伝える役割を担う下っ端中の下っ端だ(そういうバイトなのである). 無職以来の初収入で、見込みでは1万円程度の稼ぎとなるはずだ。給料を握り締め、聖書を買いに行くことは決めている。お世話になっている牧師も、その教会に買いに行く日は聖書の読み方を教えてくれる予定になっているのが嬉しい。
職場では「給料が25日前後に振り込まれます」と説明していたが、結構いい加減なもんで、25日の16時を回っていても給料が振り込まれない。振込先の指定を間違えたかな?と心配になる始末だ。
残りのお金はこれまでお世話になった方達への恩返しに使うとして、そこから先をどうしていくかをずっと考えていたのは変わらずだ。
幾ら神様からの祝福が与えられたとしても、所詮無能は無能。35歳にして正社員歴もなく、統合失調症という精神障害持ちである事実は変えようがない。
開き直って一生を生活保護で謳歌し、時折バイトに行くくらいがちょうどいいのだろうかとも悩んだが、どうにも性格が真面目すぎるせいで、自分自身がそれを許してくれない。
一応「健康ならばさっさと仕事を探せ」という福祉課の建前がある以上、いずれは働かなければならないのだろう。出来る限り外出する際は長距離を歩いて体力の向上に努めたりはしているが、とても現状では週5で働けそうにもない。
天気が良くて体調の良い日は極力図書館に出かけている。意外にも図書館には、仕事探しのパンフレットが充実していたり、そういった書籍も充実しているからだ。それでも「普通の人」になるのは随分とハードルが高く、金よりも休みが欲しいと豪語する僕はほとんどの企業が嫌い、雇ってくれないだろう。
だから苦肉の策で起業しちゃおうか、なんてアホみたいなことを考えており、馬鹿なりに頭を回らせてどうにか月に20万稼ぐ方法を模索していたりするわけだ。
手堅く職を得るならば、簿記の2級を取ったり、Excelの資格を取得すれば良いのかもしれないが、絶対に面白くないことは判明しているので、だったら儲からなくても良いから好きなことをやっていた方がマシじゃないかと自分なりに結論を出したのだ。
偶然にも図書館で副業リスト100図鑑なる一冊を見つけ、それを吟味しながら自分でも出来そうな仕事を探してみたりして、ライティングならば可能性はあるなと判断した。まぁ本気でそれをやっていくならば、今みたいな日記から何歩も飛躍したウケる文章を書く必要があり、大前提として国語力が要求されることになる。
今回は図書館で起業や副業に関する本を3冊ほど借りてきて、暇な時に読み進めているわけだが、「大丈夫、こんな私にも出来たのだから、あなたにもきっと出来るはず!」と書かれているのを見て「だから不安なのよ・・・」と感じるばかりである。
幾ら神様が傍にいたとしても、僕まで全知全能になれるわけではないのだ。確かに勇気はもらった、意欲は出てきた、何でも出来そうな気さえしてくる!不可能なんてない!!と励まされても、客観的に見れば無職が宗教で勇気づけられておかしなことをしようとしている、と見られても仕方がないわけだ。
結局聖書以外に何を勉強したら良いかは未だに判然としない。代わりに、やった方がいいと思えることは幾つか出てきた。金は無くても時間だけはあるからな。色々試す価値はある。就職するのが現実的で、合理的かもしれないが、まだやり残していたことは沢山あることに気づかされた。
具体的にここには書かないが、試してみてその結果を今後順を追って報告できれば幸いだ。
じゃ、今回はこの辺で!٩( ᐛ )و