★★★昨日に続いて今日もアメリカ在住時代の話になります。今このタイミングでアメリカの話をするのは正直複雑な気持ちですが(みなさんニュース等でご存じのように)、英語とアメリカに住む個々人に罪は無い!!!と思うので、アップします。
アメリカで暮らしていたとき、よく耳にした表現に"Everything is going to be alright."や "Everything is going to be OK."があった。日常生活はもちろん、映画やドラマ、小説などにもよく登場する表現だ。
直訳すると「すべてうまくいくよ」「大丈夫だよ」なんだけど、とてもそうは思えない状況でも使われる。
例えば、失業して借金も抱えて、新しい仕事は見つからず、持病があるのに病院にも行けない(医療費が払えないから)。
泥沼離婚によって子どもを深く傷つけてしまい、その結果子どもが悪い仲間とつるむようになった。
ちょっと辛いどころではない状況にいる人に対して、"Everything is going to be alright"なんてよく言えるなあ。無責任すぎない?
と、わたしは当初思ったのだった。しかしそれは、頭の中で瞬時に日本語の「すべてうまくいくさ」「大丈夫だよ」に結び付けてしまったせいだった。両者はニュアンスが違うのだ、と後で気づいた。
彼らは決して無責任に「大丈夫だよ」と言っているのではなく、どんなにひどい状況であっても、希望の光は見つかるはず。絶望しないで前を向いていけば、いつか必ず良いことがあるよ、と、励ましたいのであった。それは本当に相手のことを思い、相手の幸せを願うからこその言葉かけなのだ。今はどん底にいても決して諦めないで。必ず這い上がれるから。私たち・僕たちが見守っている。そういう強い応援歌なのだ。
アメリカ人は見ず知らずの人に対しても、躊躇せず助けの手を差し伸べる人が多い。彼らは困っている人を見て見ぬふりなどできないのだ。たとえそれによって自分が面倒に巻き込まれる可能性があっても、その人の力になりたい、役に立ちたい、と思ったら迷わず行動に出る。そういった行動に関しては、アメリカ人って凄い、とわたしはいつも思っていた。
わたしが「大丈夫」というときは、英語の"everything is gonna be alright"を意識しているのだが、日本語ではそれが伝わらないということをつい忘れてしまう。わたしの頭の中では日本語的感覚と英語的感覚が時に交錯し、それによって不適切な言葉を選んでしまうこともあるようなので、気をつけなくちゃ、と思う。

























































