
(提供:嵯峨嵐山文華館)
春道列樹(はるみちのつらき)は平安時代前期から中期にかけて活躍した歌人です。生没年は不詳ですが、延喜年間(901~923年)から天暦年間(947~957年)頃に宮廷で活動していたと考えられています。彼は大学寮の文章生(もんじょうしょう)出身で、学問を修めた教養人でした。文章生とは、当時の大学寮で文章(漢文による公式文書作成)を学ぶ高度な学生で、現代でいえば大学院の研究者にも相比される立場でした。
それほど高い身分の出身ではなく、物部氏の末裔という説もありますが、宮廷社会の中では中流の実務官僚といったところでしょうか。壱岐守(いきのかみ)に任ぜられますが、赴任の途上で病に倒れ、志半ばで亡くなってしまいます。『古今和歌集』の目録には「壱岐守」と記されていますが、実際にはその職務を全うすることなくこの世を去りました。
春道列樹の百人一首「山川に~」の全文と現代語訳
山川(やまがわ)に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
【現代語訳】
山あいに流れる谷川に風がかけた流れ止めの柵は、流れることができずにたまった紅葉の集まりだったのだなぁ。
『小倉百人一首』32番、『古今和歌集』303番に収められています。「山川」は「やまがわ」と読むのがポイント。「やまかわ」は山と川という意味、「やまがわ」は山の中の川、つまり谷川を意味します。
この歌の最大の魅力は、「見立て」の技法にあります。
「しがらみ」(柵)とは、川の流れをせき止めたり、岸が削られたりするのを防ぐために、川の中に杭を打ち並べて、そこに竹や木の枝を絡み合わせたもののこと。
列樹は、山中の川をふさぐように溜まっている紅葉の塊を見て、「あれは誰かが作った柵なのだろうか?」と問いかけます。そして、「いや、違う。あれは風が紅葉を吹き散らして作った、偶然の柵だったのだ」と気づくのです。
ただ「紅葉が川に溜まっている」と言うのではなく、「風がかけたしがらみ」と表現することで、目に見えない「風」を擬人化し、あたかも風が意図して作った芸術作品であるかのように表現しています。
「流れもあへぬ」という言葉には、川の流れさえも止めてしまうほど鮮やかで量感のある紅葉の様子と、行く秋を惜しむ列樹の心情が重なっているようにも感じられますね。

(提供:嵯峨嵐山文華館)
春道列樹が詠んだ有名な和歌は?
数多く残されてはいませんが、列樹の詠んだ他の歌を紹介します。

昨日といひ 今日と暮らして あすか川 流れてはやき 月日なりけり
【現代語訳】
昨日と言い今日と言って日々を暮らし、明日はもう新年を迎える。飛鳥川の流れが速いように、あっと言う間に過ぎ去ってゆく月日であることよ。
『古今和歌集』341番に収められています。この歌は、「あす」という言葉に地名の「飛鳥」(あすか)を掛けた掛詞が使われています。昨日は過ぎ、今日は暮れ、明日はすぐにやってくる。川の流れのように時の流れは早いものだと、年の瀬の感慨を詠んでいます。
梓弓(あづさゆみ) ひけばもとすゑ 我が方に よるこそまされ 恋の心は
【現代語訳】
梓弓を引けば、本と末が私の方に寄って来る。その「寄る」ではないが、夜になるとつのるよ、恋心は
『古今和歌集』610番に収められています。梓弓を引くと、弓の両端(もと=元、すゑ=末)がこちらへ寄ってくる。その「寄る」力が増すように、恋心もいっそう募っていく、というたとえで、恋の高まりを理詰めで鮮やかに言い切った一首です。
春道列樹、ゆかりの地
明確なゆかりの地が特定できませんが、歌碑のある場所を紹介します。
亀山公園
京都の嵯峨嵐山一帯には勅撰和歌集や百人一首の歌碑が置かれています。亀山公園には『古今和歌集』と『拾遺集』『後拾遺集』から集められた計49首の歌碑があります。その中のひとつに春道列樹の歌碑もあります。歌碑をめぐり、嵯峨嵐山をそぞろ歩くのも楽しいですね。
最後に
春道列樹は、決して一流の歌人として名を馳せたわけではありませんが、百人一首に選ばれた一首は、平安時代の美意識を今に伝える珠玉の作品です。川に散り落ちた紅葉が、水面で引っかかり、流れを妨げる。その一瞬を見た作者の感受性が、読む人にも鮮やかに伝わってきますね。
現代を生きる私たちも、忙しい日々の中で「きれいだな」と感じる瞬間があるはずです。そんな時、古人の言葉を借りてみたり、自分なりの言葉で表現してみたりすることで、その景色はより深く心に刻まれることでしょう。
※表記の年代と出来事には、諸説あります。
引用・参考図書/
『日本大百科全書』(小学館)
『全文全訳古語辞典』(小学館)
『原色小倉百人一首』(文英堂)
アイキャッチ画像/『百人一首かるた』(提供:嵯峨嵐山文華館)
●執筆/武田さゆり

国家資格キャリアコンサルタント。中学高校国語科教諭、学校図書館司書教諭。現役教員の傍ら、子どもたちが自分らしく生きるためのキャリア教育推進活動を行う。趣味はテニスと読書。
●構成/京都メディアライン・https://kyotomedialine.com
●協力/嵯峨嵐山文華館

百人一首が生まれた小倉山を背にし、古来景勝地であった嵯峨嵐山に立地するミュージアム。百人一首の歴史を学べる常設展と、年に4回、日本画を中心にした企画展を開催しています。120畳の広々とした畳ギャラリーから眺める、大堰川に臨む景色はまさに日本画の世界のようです。
HP:https://www.samac.jp











