
- 「できない自分」が許せない
- 見えない期待という檻
- 100点じゃないと...という呪縛
- 期待の正体
- 崩れ落ちる防衛
- 期待と現実のギャップ
- 期待を手放す勇気
- 小さな許可
- 新しい自分への一歩
- 対話の終わりに
- エピローグ:3週間後
「できない自分」が許せない
カウンセリングルームに入ってきたクライエントは、背筋をピンと伸ばし、きちんと整えられたスーツを着ていた。しかし、その表情には疲労の色が濃く浮かんでいた。
クライエント「最近、仕事でミスが続いて...もう、自分が情けなくて」
声のトーンは低く、どこか自分を責めるような響きがあった。
ダイキ「ミスが続いているんですね。どんな感じのことがあったんですか?」
クライエント「先月、大事な商談で資料の数字を間違えて...あと、メールの宛先を間違えたり。本当に些細なことなんですけど、こんなこと、昔の私だったら絶対にやらなかったのに」
クライエントはそう言いながら、両手を強く握りしめた。
ダイキ「昔の私だったら...ですか」
クライエント「はい。私、数年前までは営業成績トップだったんです。賞も何度ももらって。でも今は...ミスばかりで。周りから『どうしたんだ?』って言われるたびに、自分がダメになってるんだって思うんです」
その言葉には、深い自己否定の響きがあった。
ダイキ「成績トップだった頃と、今と。何か変わったことはありますか?」
クライエント「...正直、何が変わったのかわからないんです。でも、前は当たり前にできてたことが、今はできない。それが怖くて」
クライエントの声が少し震えた。
見えない期待という檻
ダイキ「怖い、というのは?」
クライエント「...このまま、どんどんできなくなっていくんじゃないかって。今までの自分が、全部嘘だったんじゃないかって思うんです」
ダイキ「今までの自分が嘘だった...」
クライエント「そうです。トップだったのに、こんな簡単なこともできないなんて。周りは『大したことない』って言うけど、私にとっては大したことなんです。できて当然のことができないって、すごく恥ずかしくて」
その瞬間、ダイキは「できて当然」という言葉に引っかかりを感じた。
ダイキ「できて当然...今、そう言いましたよね」
クライエント「え、はい...だって、これくらいのこと、普通できますよね?」
ダイキ「普通できる、と思うんですね。じゃあ聞いてもいいですか。『これくらいのこと』って、誰が決めたんでしょう?」
クライエントは一瞬、言葉に詰まった。
クライエント「それは...私が、ですかね。でも、昔はできてたんだから、今もできないとおかしいじゃないですか」
ダイキ「おかしい、と思うんですね」
クライエント「...そうですよね?」
少し不安そうな表情で、クライエントはダイキを見た。
ダイキ「おかしいかどうかを私が判断することはできません。ただ、今お話を聞いていて思ったのは、『できて当然』という期待が、とても大きいのかなって」
クライエント「期待...ですか」
ダイキ「はい。昔の自分はできた、だから今もできるべきだ。そういう期待を、自分に対して持っているのかもしれません」
クライエントは黙り込んだ。部屋には静寂が流れた。
100点じゃないと...という呪縛
しばらくして、クライエントがゆっくりと口を開いた。
クライエント「...そうかもしれません。100点じゃないと、意味がないって、どこかで思ってるのかもしれない」
ダイキ「100点じゃないと、どうなりますか?」
クライエント「...ダメだ、って思います。90点でも80点でも、100点じゃなかったら、もう失敗なんです」
ダイキ「90点も失敗?」
クライエント「はい。だって、100点取れるはずなのに、取れなかったってことは、手を抜いたか、能力が落ちたかのどっちかじゃないですか」
クライエントの声には、強い確信があった。
ダイキ「なるほど。じゃあ、もし100点を取り続けることができなかったら?」
クライエント「...それは」
クライエントは言葉に詰まり、俯いた。
ダイキ「言いにくいことですか?」
クライエント「......私は、価値がなくなる、と思います」
その言葉は、とても小さな声だった。しかし、その重みは計り知れなかった。
ダイキは静かに頷いた。
ダイキ「価値がなくなる...そう感じているんですね」
クライエント「はい...。できないなら、私がいる意味がないんです」
涙が一粒、クライエントの頬を伝った。
期待の正体
ダイキは少し間を置いてから、優しく尋ねた。
ダイキ「ちょっと聞いてもいいですか。その『100点じゃないとダメ』っていう考え、いつ頃からあったんでしょう?」
クライエント「...昔からですね。子どもの頃から、できないと怒られたし。『お前ならできるはずだ』って、よく言われてました」
ダイキ「できるはずだ、と」
クライエント「はい。期待に応えないと...ダメだって。だから、ずっと頑張ってきたんです。そうしたら、ちゃんと評価されて、成績も上がって。それで、『やっぱり頑張れば認められるんだ』って思ったんです」
ダイキ「頑張れば認められる。それを証明してきたんですね」
クライエント「そうです。でも今は...頑張ってるのに、できない。だから、もう認められないんじゃないかって」
クライエントの声が震えた。
ダイキ「今、すごく苦しそうですね」
クライエント「......はい」
ダイキは静かに、クライエントの言葉を待った。
クライエント「正直、すごく疲れてるんです。でも、疲れたなんて言えない。弱音を吐いたら、もっとダメになる気がして」
ダイキ「弱音を吐いたら、ダメになる?」
クライエント「はい。だって、優秀な人は弱音なんか吐かないじゃないですか。ずっと強くて、完璧で」
ダイキ「...優秀な人は、弱音を吐かない」
クライエント「そう思ってました。でも...」
クライエントは言葉を止めた。
崩れ落ちる防衛
ダイキ「でも?」
クライエント「...でも、もう限界かもしれません」
その言葉と同時に、クライエントの目から涙が溢れ出した。それは、ずっと我慢していた感情が堰を切ったような涙だった。
ダイキ「限界...」
クライエント「夜も眠れなくて。ミスした場面が何度も頭に浮かんで。『また失敗するんじゃないか』って、仕事に行くのが怖いんです」
ダイキは静かに頷いた。
ダイキ「怖いんですね」
クライエント「はい...。でも、こんなこと、誰にも言えなくて。言ったら、『あいつも終わったな』って思われるんじゃないかって」
その言葉には、長年抱えてきた孤独が滲んでいた。
ダイキ「終わった、と思われることが怖い?」
クライエント「...はい。認められなくなるのが、一番怖いんです」
クライエントは顔を覆って泣いた。強がり続けてきた自分が、ついに崩れ落ちた瞬間だった。
ダイキは何も言わず、ただその場にいた。泣くことを許された空間で、クライエントは長い間、声を上げて泣き続けた。
しばらくして、クライエントが顔を上げた。目は赤く腫れていたが、どこか穏やかな表情だった。
クライエント「...すみません。こんな、情けない姿を」
ダイキ「情けないですか?」
クライエント「だって、泣くなんて...」
ダイキ「泣いたら、ダメなんですか?」
クライエントは言葉に詰まった。
ダイキ「今、すごく正直な気持ちを話してくれましたよね。それって、情けないことなんでしょうか」
クライエント「...わかりません。でも、弱いってことですよね」
ダイキ「弱い、と思うんですね」
クライエント「...そう思ってました。でも」
ダイキ「でも?」
クライエント「...少し、楽になった気がします」
その言葉には、驚きが混じっていた。
期待と現実のギャップ
ダイキ「楽になった?」
クライエント「はい。ずっと、『弱音を吐いちゃダメだ』って思ってたんですけど...今、話してみて。なんだか、少しだけ肩の荷が下りた感じがします」
ダイキ「そうですか。じゃあ、ちょっと聞いてもいいですか」
クライエント「はい」
ダイキ「今まで、『できて当然』『100点じゃないとダメ』って思いながら仕事してきて。それで、本当に100点を取り続けられましたか?」
クライエントは少し考えてから、首を横に振った。
クライエント「...いいえ。成績トップだった頃も、実は失敗はありました。でも、それは『たまたま』だと思ってたんです」
ダイキ「たまたま?」
クライエント「はい。本気でやれば100点取れるはずだから、失敗するのはたまたま調子が悪かっただけだって」
ダイキ「なるほど。じゃあ、今のミスも、たまたまじゃないんですか?」
クライエントは黙り込んだ。
クライエント「...それは...でも、最近、多すぎるんです」
ダイキ「多すぎる。何と比べて?」
クライエント「昔と、です。昔は...」
そこでクライエントは言葉を止めた。
ダイキ「昔は?」
クライエント「...昔は、そんなにプレッシャーを感じてなかったかもしれません」
ダイキ「プレッシャー?」
クライエント「はい。トップだった頃は、『できなくてもいいや』って、どこかで思えてたんです。でも今は、『できないとダメだ』って、ずっと思ってる」
ダイキ「それは、どうしてでしょう?」
クライエント「...トップだったっていう過去があるから、ですかね。周りも私に期待してるし。『またトップ取れよ』って言われるし」
ダイキ「周りの期待と、自分の期待。両方があるんですね」
クライエント「はい...。でも、もう昔みたいにはできない気がして。それが、すごく怖いんです」
ダイキは少し考えてから、静かに尋ねた。
ダイキ「もしかして、その期待って、最初は『やる気』になってたんじゃないですか?」
クライエント「え?」
ダイキ「『期待に応えよう』『もっと上を目指そう』って。最初は、それが力になってたかもしれない」
クライエントはハッとした表情を浮かべた。
クライエント「...そうかもしれません。昔は、期待されるのが嬉しくて」
ダイキ「でも、今は?」
クライエント「...今は、重いです。期待が、プレッシャーになってる」
その言葉には、深い疲労が滲んでいた。
期待を手放す勇気
ダイキは少し間を置いてから、静かに尋ねた。
ダイキ「ちょっと想像してみてほしいんですけど」
クライエント「はい」
ダイキ「もし、『できなくてもいい』って思えたら、どうなりますか?」
クライエント「...え?」
ダイキ「『100点じゃなくてもいい』『失敗してもいい』って、もし思えたとしたら。どんな感じがしますか?」
クライエントは戸惑いながらも、少し考えた。
クライエント「...怖いです。そう思ったら、本当にダメになりそうで」
ダイキ「ダメになる、と思うんですね」
クライエント「はい。だって、『できなくてもいい』なんて思ったら、甘えちゃうじゃないですか」
ダイキ「甘える?」
クライエント「はい。頑張らなくなるっていうか...手を抜いちゃうっていうか」
ダイキ「なるほど。じゃあ、今みたいに『できないとダメだ』って思ってる方が、頑張れるんですか?」
クライエントは言葉に詰まった。
クライエント「...それは...」
ダイキ「どうでしょう?」
クライエント「...実は、頑張れてないんです。怖くて、動けなくなることが多くて」
ダイキ「怖くて、動けない」
クライエント「はい。失敗したらどうしようって思うと、手が止まっちゃうんです。だから余計に、ミスが増えて」
クライエントは深いため息をついた。
ダイキ「今、すごく大事なことに気づいたんじゃないですか?」
クライエント「え?」
ダイキ「『できないとダメだ』って思うと、かえって動けなくなる。そういうことですよね?」
クライエントはハッとした表情を浮かべた。
クライエント「...そうかもしれません」
ダイキ「だとしたら、『できないとダメだ』っていう期待は、あなたを助けてるんでしょうか?」
クライエントは黙り込んだ。
クライエント「...助けてない、ですよね。むしろ、苦しめてる」
その言葉には、諦めにも似た静けさがあった。
小さな許可
ダイキ「苦しめてる、と思うんですね」
クライエント「はい。でも...じゃあ、どうしたらいいんですか? 『できなくてもいい』なんて、思えないです」
ダイキ「思えない?」
クライエント「だって、それって諦めるってことじゃないですか。私、諦めたくないんです」
クライエントの声には、強い意志があった。
ダイキ「諦めたくない、んですね」
クライエント「はい。ずっと頑張ってきたのに、ここで諦めたら...全部無駄になる気がして」
ダイキ「全部無駄になる...」
クライエント「そうです。だから、もっと頑張らないと」
ダイキ「ちょっと待ってください」
ダイキは穏やかに、しかしはっきりと言った。
ダイキ「『できなくてもいい』っていうのは、諦めるってことなんでしょうか?」
クライエント「...え?」
ダイキ「『100点じゃなくてもいい』っていうのは、『頑張らなくていい』ってことですか?」
クライエントは考え込んだ。
クライエント「...違う、かもしれません」
ダイキ「どういうことでしょう?」
クライエント「...『100点じゃなくてもいい』っていうのは、『90点でもいい』『80点でもいい』ってことで。それって、諦めてるわけじゃ...」
クライエントは言葉を止め、何かに気づいたような顔をした。
クライエント「...そうか。100点じゃなくても、ちゃんと価値はあるんですよね」
ダイキ「どう思いますか?」
クライエント「...たぶん、ある。90点でも、80点でも、それはそれで、ちゃんと頑張った結果で」
その瞬間、クライエントの表情が変わった。何か大きなものが腑に落ちたような、そんな表情だった。
ダイキ「今、何か気づきましたか?」
クライエント「...はい。私、ずっと『100点じゃないと無意味だ』って思ってました。それって...自分で自分の価値を否定してたんですね」
ダイキ「自分の価値を?」
クライエント「はい。90点の自分も、80点の自分も、全部『ダメな自分』だって。そんなの、おかしいですよね」
クライエントは少し笑った。苦笑いではあったが、そこには自分を客観視できる余裕が生まれていた。
クライエント「...自分を追い詰めてただけ、かもしれません。『できて当然』って思うことで、自分を動かそうとしてたんです。でも、実際は...」
その言葉には、深い気づきがあった。
新しい自分への一歩
ダイキ「自分を追い詰めてた、と思うんですね」
クライエント「はい。『できて当然』『100点じゃないとダメ』って。そう思うことで、自分を動かそうとしてたんです。でも、実際は...」
ダイキ「実際は?」
クライエント「動けなくなってました。怖くて」
クライエントは深く息を吸った。
クライエント「もしかしたら、私、『できなくてもいい』って自分に許可を出す必要があるのかもしれません」
ダイキ「許可?」
クライエント「はい。完璧じゃなくてもいい。ミスしてもいい。それでも、私には価値がある。そう思えたら...」
ダイキ「そう思えたら?」
クライエント「...もっと、楽に動けるかもしれません」
その言葉には、希望の光が宿っていた。
ダイキ「いいですね。じゃあ、ちょっと試してみますか?」
クライエント「試す?」
ダイキ「はい。今週、何か一つでもいいので、『100点じゃなくてもいい』って思いながらやってみる。どうでしょう?」
クライエント「...怖いですけど、やってみます」
ダイキ「どんな小さなことでもいいですよ。メールを送るとき、資料を作るとき。『完璧じゃなくてもいい』って、自分に言ってみる」
クライエント「わかりました。やってみます」
クライエントの顔には、少しだけ柔らかさが戻っていた。
ダイキ「それと、もう一つ」
クライエント「はい」
ダイキ「もし、また『ダメだ』って思ったら、『でも、これでいい』って言ってみてください。呪文みたいに」
クライエント「呪文...」
ダイキ「はい。『100点じゃないけど、これでいい』って」
クライエント「...やってみます」
対話の終わりに
カウンセリングが終わり、クライエントが立ち上がった。
クライエント「今日、来てよかったです。ずっと、一人で抱え込んでて」
ダイキ「よく来てくれましたね」
クライエント「はい。正直、カウンセリングなんて受けたら、『私、病んでるのかな』って思われるんじゃないかって怖かったんです」
ダイキ「そうだったんですね」
クライエント「でも、話してみて。別に病んでるわけじゃなくて、ただ、期待が大きすぎただけなんだって思えました」
ダイキ「そうですね。期待は、時に自分を追い詰めることもあります」
クライエント「はい。もう少し、自分に優しくしてみます」
クライエントは、来たときよりも軽やかな足取りで部屋を出ていった。
エピローグ:3週間後
3週間後、クライエントが再びカウンセリングルームを訪れた。その表情は、初めて会ったときとは明らかに違っていた。肩の力が抜け、穏やかさが漂っていた。
クライエント「あれから、『これでいい』って、毎日言ってみたんです」
ダイキ「どうでしたか?」
クライエント「最初は違和感がすごくて。『これでいいわけないだろ』って、自分でツッコミ入れてました」
クライエントは少し笑った。
クライエント「でも、続けてたら...不思議なことに、本当にそう思えてきたんです。『100点じゃないけど、これでいい』って」
ダイキ「変化があったんですね」
クライエント「はい。それで、ミスも減りました。というか、ミスしても『まあ、いっか』って思えるようになって。そしたら、余計な緊張がなくなったのか、かえって集中できるようになったんです」
ダイキ「それは素晴らしいですね」
クライエント「不思議なんですけど、『できなくてもいい』って思ったら、かえってできるようになったんです。期待を手放したら、逆に力が出せるようになったっていうか」
ダイキ「期待を手放した?」
クライエント「はい。『できて当然』っていう期待が、実は一番のプレッシャーだったんだって、今ならわかります」
その言葉には、深い理解が込められていた。
クライエント「まだ完璧じゃないですけど」
そう言いかけて、クライエントは自分で笑った。
クライエント「あ、また『完璧』って言っちゃいました」
ダイキ「気づけましたね」
クライエント「はい。完璧じゃなくていい。むしろ、完璧じゃない自分の方が、人間らしくていいかもって。そう思えるようになってきました」
クライエントの顔には、柔らかな笑顔が浮かんでいた。
クライエント「ダイキさん、ありがとうございました。まだ時々、『できないとダメだ』って思っちゃうんですけど、そのたびに『でも、これでいい』って言い直すようにしてます」
ダイキ「それでいいんじゃないですか。完璧に変わる必要はないですから」
クライエント「そうですね。少しずつ、自分に優しくなれたらいいなって思います」
クライエントは深く頷き、明るい表情で部屋を後にした。その背中からは、以前のような強張りは消えていた。
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