こんにちは、しーどらです。朝から雨のクリスマスイブ、今日はお題に沿って書きます。
以前のブログでも書いた通り、今年はパート勤めながら昇級試験を受けるところから仕事が始まりました。
ちょうど昨年の今頃、試験に必要な作文を推敲していたことを思い出し、改めて1年間が過ぎ去る早さを感じています。
※この時は皆さんから温かいメッセージを寄せて頂き、本当に嬉しかったのを覚えています。
昇級試験を受けたことは小さな自信に繋がりました。周りからは「試験に通った人」と認識して違った目で見てもらえるようになりました。
今まで、無かったいくつかの事務処理権限を与えらたこと、組織の伝達事項が個人宛のメールにも届くようになりました。
一方で責任が増える割に思ったほど時給は上がらず、社会の厳しさを知ることにもなりました。
若い頃から毎年当たり前のように昇給していた夫は凄いんだなぁーと見直すきっかけにもなり⋯(笑)
気がつくと、一番下っ端だった自分の後に5人もの後輩がいることにもなりました。
経験年数で言えば、同じ課では丁度上から数えても下から数えても同じくらいが私の立ち位置です。
後輩と接するにつけ、私が入った頃に先輩は何故あんなことに厳しかったのか、イラついていたのかがわかるようになり、ごめんなさいの気持ちとなるほどねぇの気持ちが入り混じっています。
🚑️
先日、職場で違うグループで働いている人が什器に頭をぶつけて流血する事故がありました(目眩を起こしたようなのです)。
私のいる部署は総務的な役回りもあるため、同僚と駆けつけ、救急車を呼ぶかどうか上長に判断を仰ぎ、血だらけの床を雑巾で何度も拭き取る、ご本人の様子を側で観察し続ける、そんな作業を行いました。
私の就業時間はとうに過ぎていましたが、怪我人を前に「私、時間なので」と帰る気持ちなども起こらず、ある程度病院の手配が済むまでは待機しました。また、それが当たり前だとも思っていました。
自分の席に戻ると、後輩は既に帰った後でした。残っていた先輩がもしかしたら許可を出したのかもしれません。
私はモヤモヤを感じてしまいました⋯。
後輩がいたからと言って、怪我人が治る訳ではないし、手も足りていました。
それでも、駆けずり回っていた私達が席に戻るまで待っていてはくれないのかしらんと。
家に戻って(いつものように!)夫にそのモヤモヤを話したところ、ひと言。
「もう、そういう時代なんだよ。」と言われました。
後輩は、就業時間内は精一杯仕事をしてくれますが、定時に終わるように上手く処理を進めて時報と共に仕事場を後にします。
少々時間が過ぎてもある程度目処がつくまでは作業をしてから帰るという私のスタイルを否定されたかのように感じてしまったのかも知れませんね。
夫は
「今までは残ることが美徳みたいな感じだったけど、そういう子達が働き方改革の突破口になるんだろうよ」とも言ってくれました。
モヤモヤぷんぷんしていた私ですが、1本取られたな、と口には出さねど思ったのでした。
先輩という立場になる
「今までこうだった」
「これがこの職場のルールだから」と言いがちです。
職場に入った当時は
(何でこんな面倒なことやってるのだろう)
(アナログすぎる💦)
と感じていたのに、今ではそれが当たり前。
後輩に何でと質問されると「これまでこうやって来たから」としか説明できずに苦笑してしまいます。
先輩と後輩にはさまれて、パートの中の中間管理職(そんなものあるかいな!)のような私。
これから先どれくらい仕事を続けるのかわかりませんが、私の寛容さ、人間力、柔軟性を試される日々が待っているのは間違いありません。
今日もおつきあい頂き、ありがとうございます(*^_^*)

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