壊れている、この社会で。

壊れかけの社会の中で、絶望の淵(ふち)に立ち尽くす気持ちになりながらも、なんとか希望を繋ぎたいとあがくブログ。

いろいろとフラバしててしんどいよ、という話と、昔行ってた居酒屋に知らない間に変なメニューができてた話。

※性加害についての記述があります。ご自身の気分や体調などと相談し、ご注意されたうえでお読みいただけると幸いです※

気づけば、もう12月も半ば。
今年もあと2週間くらいだ。時の経つのは早い。


今年1年を表す言葉を一つ決めるとしたら、「回復」であろう。
今年は、ほとんど何もできず、感覚的には「停滞」がぴったりだと思ったのだが、先日カウンセリングを受けたときに、カウンセラーに「今年は無理をせずに回復に専念したということで、それは素晴らしいことだと思いますよ」と言われたので、そういうことにしておこうと思った。  
  
昨年秋以降のダメージがすごい。昨年秋に何があったか。ざっくり言うと環境が変わって、性加害を受けた。どういった加害だったかというと、相手の要求を断りにくい関係性において、合意形成が不充分なまま身体接触や色恋的な雰囲気を求められた。身体接触にいたる前段階で暴言を吐かれるなどしており、「このひととは話し合いが難しい、対等な関係性を築くのは難しい、相手が自分のことを尊重しているように思えない」と感じさせらていた。
最近になって、性暴力に関する記事を読んだところ、自分の体験がエントラップ型とされる性暴力と同じ構図であることに気がついた。自分のされたことに理不尽だと怒りながらも、性暴力であるとまでは認識できていなかったので驚いた。
この加害者が、夜の店のクソ客、あるいはマッチョなインテリ左翼めいたムーブをかましていた。今までオフラインでもオンラインでも「それはよくないよね」とつねづね思っていた言動を対面であびせられ、かなりしんどい思いをさせられた。主体性を否定されたり、力を奪われたと感じさせられたりすることは、これほどまでにしんどいのだな、と改めて体感している。

この性暴力について、ケーススタディということで、「何があったか」「何が問題だったか」ということを記事にしたいと思っている。どこかのブログで上げてもいいし、ZINEにしてもいい。「どうすれば加害を防げたと思うか」「相手の言動の何が問題だったか」というところを語りたいと思っている。とくに、「加害を防ぐためには」というところが非常に重要だと思っている。
私は衝動性が強く、コミュニケーション力と呼ばれるものに自信がない。空気を読むといったことや、相手の気持ちを想像するといったことが苦手で、他者と接していると自分が浮いていると感じることが多い。そんな自分は加害をしてしまいそうでこわいので、自分の経験をもとに、想像力とかコミュニケーション力とかにあまり頼らなくても防げるような方法を考えている。

加害者の言動は、今まで自分の尊厳を踏みにじってきたさまざまなものとリンクしている。そのため加害者のことを思い出すたびにいろいろな怒りがフラッシュバックする。ひとに見せられる状態にまで文章を整えるためには、もう少し時間がかかりそうである。

閑話休題

ブログで発表したいと思うものが他にもあって、夏に高校野球を観た感想とか、2025年に読んでよかった本とか、そういうブログを、できれば今年中に上げたいと思っている。でも、やっぱり体調が不安定なため、これらのアップもいつになったらできることやら、まったく見通しが立たない。他にも、感想やレビュー、メールの返信など、いろいろと書いて送らなければならないものが溜まっているのだが、どうしても加害されたことを思い出して怒りがとまらなくなっていたり、何もする気力が起きなかったり、不安感を覚えたりして、ただ横たわっているときのほうが多い。

何もできずにいるとき、たまに地図を眺める。手元のデバイスでGoogleMAPを眺めていると、軽い外出気分を味わえる。
今日は、昔よく行っていた居酒屋を地図上に見つけて、懐かしく思いながら写真や口コミなどを見た。この居酒屋、どうやら最近は子連れでも楽しめる方向にシフトしているらしく、キッズ向けのメニューも置かれるようになっている。キッズ向けとしてノンアルコールのカクテルを用意しており、アニメのタイトルをもじった名前をつけているのだが、このメニューにおかしみを感じるのだ。まず、「なんでそのアニメを選んだんですか」と、思わず問いたくなるチョイス。

https://maps.app.goo.gl/gHXvLVEMd2kFEH976


近年、子どものあいだで流行っているような、たとえば呪術廻戦や鬼滅の刃といったアニメは入っていない。かといって、コナンとかドラえもんとかの世代を超える系ばかりでもない。いちおう、ポケモンプリキュアはあるのだが。「ナウいシカ」「アラレちゃん」あたりは、その世代って40代前半の私よりも少し上だよね? だし、もじり方もクセがある。「スラムバンク」って。いっぽうで、プリキュアは全然ひねりがないことにもおかしみを感じる。私は思わず笑ってしまったのだが、これ、今どきのキッズに刺さるのだろうか?
まぁ、居酒屋でキッズ自身が金を払うことは想定しにくく、財布の紐を握っているのは保護者であることが多いだろうから、そちらのほうに訴求しているのかも?
それにしても、私がこの居酒屋によく行っていたのは15年以上前。そのときには、こんなメニューはなかったと記憶している。つまり、15年以内につくったメニューだと思われる。それで、これ。うーん、渋い。

よく行っていた頃は、可もなく不可もなく、ただ使いやすいというだけの、何の変哲もないチェーン系の居酒屋だったのだが、地図で眺めていたらまた行きたくなってきた。何の変哲もない店だったから、変てこなメニューで勝負しようとしたのだろうか。
ひさしぶりに、沖縄に行きたい。この冬は実家のほうに帰省したいと思っているので、行けるとしても春くらいになるだろうか。

まだ12月半ば。春は、まだ遠い。

Amebloで資本主義を感じ、はてブロで優生思想を感じて、どちらもゲンナリした話。

※注意:障害者への蔑視、差別的な表現に関する記述があります※

ここ最近、あまり調子がよろしくなくて、ただ頭に浮かぶよしなごとをテキストエディタに出力する程度のアウトプットはしていたものの、ブログという形でひとに見せられる体裁にしてアップする気力まではなく、外出もあまりできずに、ただただ寝ているだけの日々が続いていた。

そもそも体調に波があるのが私の体質なのだが、毎年この時期は特にしんどさが増す。
季節の移り変わりに身体がついていけず、特に晩秋から初冬にかけては、急激な冷え込みに身体がついていけず、筋肉がこわばって動けなくなったり、日照時間がだんだん短くなっていくことに対応しきれないのか抑うつ傾向になったりする。

たまに少しだけ調子の良い日があって、Amebloを稼働させてみた。といっても、まだ記事を1本上げただけなのだが。
はてなブログだと複数アカウントの切り替えが面倒なので、数年前にアカウントを取得して以来まったく手をつけていなかったAmebloで記事を書いてみることにしたのだが、これが非常に使いづらい。本格的に使いはじめたのがつい最近なので、私がまだ慣れていないだけかもしれないし、スマホアプリなどはもっと使い勝手がよいのかもしれないが、とにかく直感的に操作できないと感じている。

ぼんやりとAmebloのトップページを眺めていたら、上位人気のブログはだいたい芸能人かインフルエンサーの書いてるもので、やたらとキラキラしている。表参道で4,400円のモーニングを食べただとか、エルメスケリーバッグを入手するための競争率が高いだとか、パリのディオールのイルミネーションが綺麗だとか、そんな話題が流れてくる。なんというか、資本主義、権威主義、濃縮還元しぼりたてジュースにしてこの社会を垣間見よう(?)という感じがある。

そういえば、東京という場所には、やたらとギラギラした上昇志向の強いひとが多くて、中央意識が強くて、マウントの取り合いが好きなひとが多いように思う。この狭い土地に、ひとも金も権力も集まりすぎだ。みんな余裕が無さすぎてイライラしている。地元に帰りたい。

いっぽうで、はてなブログに戻ってみれば、「子どもの発達障害がわかって発達障害で死にたい」とかいうエントリーがプチ炎上していたらしく(?)、元ネタを見たら絶対にしんどくなりそうなので確認はしていないが、言及している記事を読んだだけで具合が悪くなってしまった。
親にそんなことを言われて、一番可哀想なのは子どもだよ。
まぁ、障害児の親に対してのケアがまったく足りておらず、公的な支援もいまだに乏しいため、悲観的な気持ちになってしまうこともあるだろう、というのは理解できる。もちろん、障害者本にんに対してのケアも充分ではない。

「子どもが普通でない」ということで、世間に対しての申し訳なさみたいなものや、普通にできない子どもへの怒りみたいなものを親が醸し出していると、子どもは本当にしんどい気持ちになるし、必要な支援にもなかなか繋がりづらかったりするよね。まぁ、自分の親もそんな感じなわけだが。地元には帰りたいけど、実家には帰りたくない。

NHK「性暴力を考える」サイトが突然消されてしまった件について

※直接的な描写はありませんが、性暴力について言及しています。

9月半ば、NHKの『性暴力を考える』というサイトを読んだ。性暴力被害について、様々なデータや、被害者や支援者などのリアルな意見が載っていた。
読んでいて、自分が約1年ほど前に受けた行為も性加害と呼んでいいのかな、と、思うなどした。

ブログでこのサイトについて紹介しようと思ってさっき見に行ったところ、なんと消えてしまっている。

たとえば、友人など他のひとが被害に遭ったということであれば「あなたは絶対に悪くない」と言える。それなのに、自分のこととなると「自分にも隙があったのではないか」など、どうしても自責の念がよぎってしまう。そもそも、自分がされたことが性加害であるということに気づくのにも時間がかかったし、「この程度のことで性被害といってしまっていいのか」という戸惑いもあった。性暴力に関して、ある程度の一般的な知識は有しているつもりだったが、いざ自分が被害に遭うと、なかなかすぐにそれだと認識できない、ということがわかった。そういった被害者の心理や葛藤もサイトには綴られていたし、心理学的な話なども載っていた。それらを読んでいると、「自分を責めることはない」と思うことができた。また、当時自分が置かれていた状況や、今に至るまでの心理や状態についても少し整理ができたような気がした。
サイトに記載されている意見やデータなど、このブログで紹介したり、あちこちで引用できると思っていただけに、突然消えてしまったことは非常にショックである。

ショックを受けながらネットの海を漂っていたところ、このサイトを消してほしくないと願う有志の方が立ち上げた署名運動があるのを見つけ、さっそく署名した。
多くのひとにとって、こういったサイトは非常に貴重なものであると感じる。いつ性暴力被害に遭うかわからないし、自分が加害者になってしまうこともあるかもしれない。性暴力について周知するサイトは、絶対に必要だ。よかったらぜひ、皆様にもご署名いただきたい。

chng.it

 

文化センター・アリランでのトークイベントに、オンラインで参加しました。

今日は、文化センター・アリランがゲストに早尾貴紀さんを迎えて開催したトークイベント「アリラン・ブックトークVol.20『パレスチナイスラエル、そして日本のわたしたち――〈民族浄化〉の原因はどこにあるのか』(「映像でみるパレスチナと朝鮮~反植民地主義アクション」共催)に、オンラインで参加させてもらいました。
 
私が本イベントを知ったきっかけは、たしか文化センター・アリランのメルマガだったと思う。早尾さんの著作は読めていないものの、お名前は知っていたこと。また、日本でのパレスチナイスラエルをめぐる報道やあれこれについて、「日本の外交政策植民地主義にも触れるべきではないか?」と個人的に思っていたことから、イベントに興味を持ち、参加することにしました。

早尾貴紀さんの著作『『パレスチナイスラエル、そして日本のわたしたち
――〈民族浄化〉の原因はどこにあるのか』(皓星社)』についてお話を伺う、といったような内容でした。

まず、この著書が、どのようにして出版されるに至ったのか。経緯としては、2023年10月7日からのガザでのジェノサイドが続く中、2024年に皓星社の編集者から手紙、企画の打ち合わせをいただいたとのこと。  
パレスチナで起こっていることに関して、より根源的に掘り下げて考え論じる本、そして日本の責任を問う本が必要だ」といった打診が、編集者からあったそうです。
このような編集者が日本にもいる、ということは、希望が持てるなと思いました。個人的な話を挟んで恐縮ですが、日本の出版物/業界をめぐっては、最近、ちょっと絶望するような出来事がいくつかあったので……。少し、救われた気持ちになりました。

シオニズムを、植民地主義と人種主義と国家主義との混合物として捉え、世界史・思想史的に分析」したものである、とのこと。ぜひ読みたい。書店、図書館で探してみます(← あとでToDoリストに入れるのを忘れずに)!  
  
以下、早尾さんがご指摘された点について、簡単にまとめてます。

◯ 日本の近代国家化、東アジアでの植民地支配、ヨーロッパ人の近大国家化、反ユダヤ修行など帝国主義的に相互に関連している。  

イスラエルがガザを攻撃する理由について、「ハマスを壊滅させるため」と言っている。そのことを聞いて、日本がかつて重慶を爆撃したことに、われわれ日本人は思い至るだろうか。  
日本が戦時中、重慶を爆撃したときの口実は「重慶の民衆が抗日ゲリラを匿っている」といったものだった。「テロリストを匿っている」などと言いながら、やっていることが都市部への無差別テロ。これは、今のイスラエルの姿勢に酷似しているのではないか。    

外国人登録令は憲法発布の1日前。「日本国民」に含ませないために。
一方的に言語や文化を奪っておきながら、戦後は勝手に「外国人」として切り捨てた。  


◯ 戦後、アメリカによる日本の単独占領。  
なぜ、日本ではなく、朝鮮が分割されてしまったのか。日本が分割されればよかったと言っているわけではない。ドイツは分割されたのに、日本が分割されなかったのは、なぜか。  
なぜ朝鮮は一つの朝鮮として独立できなかったのか?
日本には植民地支配の責任がある。日本人が一方的(いっぽうてき)にDPRKのことを悪く言うのは、無責任である。  


以上、私なりに伺った話をまとめたものです。ただ、私も不勉強な部分が多いですし、齟齬などがあるかもしれないので、詳細についてはぜひ配信をご覧いただいたり、著作をお読みになったりしていただきたいと思います。

質疑応答では、「私たちに何ができるか」といった問いも。それに対し、「それぞれがそれぞれの場で、できることをやっていくことが大事(だいじ)」とのお話も印象的でした。  
  
「学習会まで行かなくても、こういったもの(本など)があるよ、と紹介しあう会」といった具体例を提示されていました。  
それぞれの仕事、活動、生活の場などで、できることをやっていくのが大事(だいじ)。

ぜひ、多くの方々(かたがた)に、イベントをご視聴いただきたいと思います。

「後見せ配信」の申込は、明日9月14日の12時00分まで、下記リンクより受付中だそうです。  
 https://arirang-booktalk20.peatix.com/(https://arirang-booktalk20.peatix.com/)  

体温を超える暑い夏

猛暑日が続く夏が増え、「体温超え」という表現があたりまえになってしまった昨今。

今夏、私は39,2°の熱を出した。現居住地である東京23区の今シーズン最高気温は37,3℃らしいので、体温のほうがアツい。もっと高い温度を記録する地点であれば、文字どおり「体温」超えとなったかもしれない。

なぜ、熱を出したのか。ざっくり言うと、以前歯の治療をしたところに雑菌が入り込んで暴れたらしい。歯だけではなく下あごの骨や喉までが痛み、苦しんだ。
暖房効率の悪いボロアパートで、クーラーをかけても室温30度以下にならない部屋で、悪寒に震え、ぶるぶると毛布をかぶって過ごしたりした。

治療がまた大変で、歯にたまった膿をかき出すとのことで、ただでさえ痛む歯をグリグリやられて、痛みのあまりショック死するんじゃないかと思ったりもした。

抗生剤を処方するから服用するようにと歯科医師に言われ、飲んでいたのだが、腫れや痛みがなかなか引かなかった。「抗生物質の効かないタイプの細菌、あるいはウィルスによる感染だった場合、どうなるのだろう」と戦々恐々な気持ちにもなった。抗生剤を飲み切った翌日、嘘のように腫れと痛みが引いたことには、感動すら覚えた。

歯が痛むあいだ、文章を書く気も起らず、本も読めるわけがなく、ただひたすら高校野球を観て過ごした。高校野球を観ていて思ったことなど色々とあるのだが、それはまた、おいおい書いていけたらと思う。

ボンカレーべジに入っている豆の存在が超絶許せない話

ボンカレーべジに入っている豆の存在が、超絶許せない。 
 
そもそも、私がボンカレーべジに求めているのは、日本で一般的に食されるレトルトカレーをプラントベース化してほしい、ということだ。
つまり、じゃがいも、にんじん、たまねぎ、肉の入ったレトルトカレーをプラントベースで食べたいのである。
 

なのに、なぜ、一般的なレトルトカレーとは少し趣向を変えてあるのか。解せない。 
私は豆が嫌いだ。あのボソボソとした食感が苦手なのだ。ユリネやジャガイモといったホクホクした食感のものは好きなのに、茹でた豆だけは許せない。
豆で許せるのは、甘く煮た黒豆と小豆、それに納豆と枝豆くらいのものだ。

普通のボンカレーべジをプラントベース化してほしいって、あとで大塚製薬にも意見を送ろうと思う。 
 
ボンカレーべジに限らず、プラントベースを食べたいというだけで、「なぜそんな、一般的な味の志向とは違うひと」扱いされなきゃいけないのだ、と思ってしまう場面が他にもある。
菜食するからって、生野菜ばかり食いたいわけでもない。私は濃い味のものが好きだし、コッテリしたものも大好きだ。牛丼とかラーメンとか、もっとプラントベース化してほしいと思う。変におハイソな高級志向の プラントベース料理なんか、手も出せない。いったい「脱搾取」とは何なのか、と思ったりもする。

日本は3年連続で最も暑い夏の記録を更新しているそうだ。 
https://weathernews.jp/news/202508/270086/ 

気候変動待ったなしである。 
 
動物を食べることは、環境にも良くない。 
https://www.greenpeace.org/japan/news/story_52110/ 

 
個人でできる環境対策として、動物食の機会は、やっぱり減らしたほうがいいと思う。
また、マクドナルドのような外食産業の大手は、企業の社会的責任として、プラントベースの食事の選択を増やすべきだと思う。政府や行政も、そういった大企業からきちんと税金を集めて、酪農家や畜産農家の転業支援にお金を出すべきではないだろうか。
 

 

日本社会では、菜食とかプラントベースとかいうと「外国人だったり、意識が高かったり、特殊な人の話」という意識が、まだ根強いように思う。 
でも、本当は、みんながすぐにでも取り入れたほうがいい食事習慣だと思う。 

夜の仕事を頑張っていた話

昔のブログを、最近になって再び発見した。

リンクは貼らないのだが、当時、クラブ(飲み屋)や店舗型ヘルスで働いていたときのことを、たくさん書いてあった。

10年以上前の話で、当時は「セックスワークイズワーク」なんて言葉も知らなかったけど、自分なりに頑張っていたことが再確認でき、感慨深かった。

 

高校時代からフェミニズムとかには興味あったんだけど、大人になってから、しばらく離れてしまった。原因の一つに、「セックスワーカーへの蔑視のやばさ」というのがあったと思う、確実に。


社会的に偏見や憎悪、蔑視に晒されやすいセックスワーカーであるが、フェミニズムの界隈でも例外ではない。それどころか、セックスワーカーを排除することがフェミニズム的だと讃えられそうなフシさえある。

女性性(男性性以外の性)を売りにしている者への蔑視って、要はミソジニーでしょう。
インターセクショナリティを重要なものとして扱わなかったり、あるいは自身が内面化しているミソジニーだったり、あらゆる差別的な意識だったりを自戒しようとしないフェミニストは、ダメだと思う。

夜の仕事だって、金を貰っている以上、プロとして振る舞うのはあたりまえのことだ。
仕事をしている者は、みな何かしらのプロ意識を持っていたり、創意工夫をしていたりすると思う。
セックスワーカーのプロとしての矜持だとか、仕事上の創意工夫だとかを、「男社会に隷属させられている被害者」あるいは「男の側に立ちたがる共犯者」みたいに扱わないでほしい。もちろん、「天性のスキモノ」「ナチュラルボーンエロリスト」みたいな扱いも、もってのほかである。

そんなに昼の仕事がえらいのだろうか。
昼の仕事でも、女性性を売りにさせられたり、感情労働をさせられたりすることって、たくさんあるではないか。

高卒で、専門的な技術も資格も何も持っていなくて、正規雇用ではなかなか雇ってもらえず、派遣社員契約社員として働いてきた私からすると、私レベルの「人材」に任せられる昼の仕事よりは、夜の仕事のほうがよっぽど裁量を発揮できた。

「男社会でもバリバリやっていけそうな女性フェミニスト」が中心になってしまって、生存戦略のために性的サービスや女性性(男性性以外のもの)を提供せざるをえない女性やクィアを排除するような構造、本当によくないと思う。

 

セックスワークイズワーク」と言ってみたところで、働いたことがない人たちには通じにくいだろう。「どんな意識で仕事をしていたか」みたいなことは、またブログで発信するべきだろうか。

 

セックスワークイズワーク」には賛同の立場で、かつ、私が元夜職だということを知っていながら、無償での性交渉を持ちかけてくる存在が、一定数あったりする。
昔の仕事を知っている相手に、こちらから望んだわけでもないのに身体接触や性交渉、あるいは色恋的な雰囲気を当然のように無償で求められた場合、不当な扱いだと怒っていいのかどうか、よくわからない。

でも、たとえば、他の技術職や専門職相手に「あなたのことが好きだから」あるいは「惹かれたから」という理由で「その技術やサービスを無償で提供してくれ」と言うだろうか?
ましてや「好きでやってるんだから、対価なんて要らないだろう」という態度を取ったら、搾取的だと批判されて当然であろう。

「あなたの技術やサービスには、どのくらいの対価を支払えばいいですか?」というところからしか、話が始まらないのでは?