身近な防災知識  VOL-4-8 災害から自分の身を守るため(その8 災害への備えを考えておこう)

身近な防災知識 
VOL-4-8 災害から自分の身を守るため(その8 災害への備えを考えておこう)

2026年1月6日、鳥取で大きな地震がありました。
どのくらい揺れたかとネットで調べてみてください。
東は「ホッサマグナ」周辺まで
南は四国全域
西は九州ほとんど全域

◆日本の位置するユーラシアプレートの大部分が揺れ動いたことになります。

中央構造線断層帯を包み込み広範囲で揺れました。
南から日本が押されると、今回のような地震が発生することが多いです。
そして今回のような内陸型の地震が発生すると、次第に日本が広がろうとする傾向になり、南海トラフが動くことも懸念される地震でした。

■防災備品として何が欲しいか・・・

水さえあれば1週間は生きていける。
◆体重60㎏程度の人ならば、1日2~3リットル程度だろうか。
トイレが困った。今は簡易トイレで凝固剤のものがある。

(30枚入りで3000~5000円程度)
◆1人1日5袋程度が標準らしい。
30枚、家内と2人だと3日分。
とりあえず60枚あれば、家内と1週間程度大丈夫だろう。

皆さんも必要最低限の備品を用意しておきたいものです。
冬ならば防寒用品も必要です。
雨の日など体温を温存させることも考えておきたいですね。

私は家族でどの位、非常用備品が必要か考えながら、ぼちぼちと揃えています。

澤 我二 2026年1月8日 アップ

身近な防災知識  VOL-4-7 災害から自分の身を守るため(その7 地震の爪痕を探してみよう)

今週のお題 2025年の仕事の思い出

身近な防災知識 
VOL-4-7 災害から自分の身を守るため(その7 地震の爪痕を探してみよう)

新年あけましておめでとうございます。
今年初めての木曜日になりました。
昨年の仕事(ぶらり旅は高齢者の大切な仕事です)の総決算です。
ちょうど二年前の元旦、能登で大きな地震がありました。
まだまだ復興が進んでいない状況です。
新年早々ですが、災害から自分の身を守るために、地震で何が起きているかを知ることも大切だと思います。

■昔の人の知恵

建物の耐震性については、日々進歩しています。
頑丈に作ることも大切ですが、地震という揺れに対してどのように建物を作っていくか、建築に関わる人々は日々研究をしています。
日本は昔から地震に見舞われてきました。その地震に対していろいろな知恵を使って考えてきたことも事実です。

先日福井県あわら市北外れの「吉崎御坊願慶寺」に行ってきました。
このエリヤは地震的には、根小谷断層(農美断層帯)から福井地震福井平野東縁断層帯)それが一度日本海に入って能登地震帯につながっていると言われています。
この吉崎は2年前の地震でもこの断層帯に沿って、能登方面からある程度大きなエネルギーが走ってきたと思われます。

あれから2年経ちましたが、当時の揺れの強さを知れる場所がこの「吉崎御坊東別院の山門」の周辺で見られます。

昔の建物は礎石の上に柱を立てています。
現代風に言えば「免震構造」になっています。

周囲の門扉の石組のずれからも地震の揺れのひどさを垣間見ることができます。

大きな地震であったにもかかわらず、山門は大きな損傷もなくしっかりと建っていました。
木は掘立にすると地面と木が接する所から腐っていきます。
水分が関係していることを昔の人は経験から学んだようです。
だからできるだけ水に接する部分をなくすために、礎石の上に建てられるようになったとも考えられます。
それが、地震に対しても現代風に言えば「免振構造」となり、多くの寺院を守ってきていることは事実でしょう。
五重塔で上部から釣られた心柱も、現代風に言えば「制振構造」そのものと言えます。ぶらっと歩きながら、建物が地震に対してどのように作られているかもじっくりと観察してみるのもいいかもしれません。

この吉崎は京都の東別院と関係が深く、応仁の乱(1467年から11年間)の起きていたころ福井県あわら市北潟湖畔の吉崎山に吉崎御坊が建立されたことに始まります。
その地は興福寺大乗院の跡地ともいわれていますが、蓮如上人は、法相宗の高僧として知られた経覚大僧正の力を借り、越前吉崎に身の安全確保と北陸方面の仏教の普及に尽力していた時があります。
そして1746年に西別院(本願寺派)が吉崎に建立され、翌年1747年に東別院(大谷派)が建立され今日に至っています。
現在は「西御坊・吉崎西別院」「東御坊・吉崎東別院」とも呼ばれて、昔ながらの寺町の様子を伺うことができる場所となっています。

吉崎東別院は数年前に大改修をしたことを知っています。
2024年1月1日の能登地震あわら市も震度5強の揺れを記録しています。
その被害を修繕する費用を集めるのには、もうしばらく時間がかかりそうです。

いろいろと人生も観察していきたいと思う今年のスタートです。
本年もよろしくお願いします。

澤 我二 2026年1月1日 アップ(能登地震からちょうど2年になりました)

身近な防災知識  VOL-4-6 災害から自分の身を守るため(その6  避難のイメージを作っておこう)

身近な防災知識 
VOL-4-6 災害から自分の身を守るため(その6  避難のイメージを作っておこう)

定期ブログアップの木曜日です。

今週は久しぶりに時間がありましたので、いろいろとブログをアップしています。
sawakouji's diaryには、福井のぶらり旅の記事を連載していました。
「澤 我二」で検索すると「はてなブログ」がすぐに出てきます。
時間があれば覗いてみてください。

さて、本日の定期ブログに「身近な防災知識 第6回目」をまとめてみました。
本日のブログは長文になりますが、きっと皆さんの避難イメージを作ることの参考になると思っています。
今年最後の木曜日なので、これで今年も最後の定期ブログアップになりました。
よく頑張ったと自分で自分をほめてもいいでしょうか?

■最近の地震

12月8日の青森県東方沖の地震の後、後発地震発生注意報も出されました。
1週間の期間が過ぎて注意報は解除されましたが、大きな地震は数年単位で関係していることを再認識いただきたいと思っています。
二三日食事をしなくても人は生きていけます。
しかし、災害の時に困ってしまうことは、水とトイレです。
特に簡易トイレは女性の方にはなくてはならないものとなってしまうでしょう。
避難訓練の参加記念品に、乾パンばっかりでなく、簡易トイレのセットもいいのではないかと思っています。
予算に限界があるのであれば、凝固剤とセットになったビニールセットだけでもいいと思います。

写真のように簡易トイレは自宅にあるもので簡単に作れます。
写真は買い物籠を利用していますが、座って壊れないプラスチックや金属のごみ箱でもいいです。常時に座って、座った時の高さや強度など確認しておくとよいでしょう。
避難訓練の参加賞で、この簡易トイレ用の凝固剤のセットを配ってくれるといいなあと思っているのは、私だけなんでしょうか。
段ボールで作った便座は、冬は座っても冷たくないし、汚れたらごみと一緒に捨てればいいのです。
スーパーに行った時に買い物をして、食品を入れるために段ボール箱を時々頂いてくることも、防災のためには必要かもしれません。
10日間程度は自分で頑張ることのできるように考えてみたいものです。

■大地震の体験

2011年3月11日の大地震の時に、私は東京の秋葉原にいました。
15時半から近くで打ち合わせを控えており、ちょうど秋葉原の東口にある大きな電気店にて待機していました。8階でテレビを見ていました。

そこに大きな揺れです。
実験場では鉄骨のきしむ音を聞いたことはあるのですが、一般に建っている建物の躯体の鉄骨がきしむ音を聞くことは人生で初めてでした。
この大きな揺れの次に起きることはと考えました。「ボルトが破断する、バシーーンという音が聞こえたらただ事ではない」と考えていました。
2025年12月8日の地震の時に、電波塔の鉄骨のボルトが破損したという報道がなされていますが、ボルトが破損するほど大きな揺れであったのだということです。

大きな揺れを感じた時、まず自分の身を守ることをしました。
床に這いつくばるほどの揺れではなかったので、近くの商品棚から離れ、天井を見て上部に空調、照明などの落下物が無いかを確認しました。

①まず自分の身を守るための行動をとりました。

周辺には多くのテレビがありました。しばらくして、放送局のビルの被害についての放映がなされていました。この放送は後になり、津波の避難を妨げる、テレビの前で映像を見入っていた人を作ってしまったのではないか、津波が予想されるとなったら避難を呼びかける放送をすべきであったと反省があったと思われます。
「今いるところは上層階だから揺れが大きいが、きっと震度5強程度の揺れではないか」と直感的に思いました。ボルトの破断が無かったので、震度6ではないと判断していました。地震の震度と建物の被害状況の想定が自分の中ではできていました。
だから、社会インフラはある程度生きていると思って次の行動を起こしました。

商業施設から全館避難の放送がありました。
②これからの状況を考えて、家族の待つ名古屋の自宅を目指して、まずトイレに向かいました。
避難にどのくらい時間がかかるか分かりませんが、数時間はトイレに行かなくてもいい状況を作りたかったからです。

③そして、コンビニによって「かわき物」のお菓子類を少し、飲み物を少し多めに買い、東京駅を目指しました。この時のコンビニでは、おにぎりとかパンとかがすでに売れ切れていました。長期化することが予想されましたから、その時のために、ある程度腐らないものがいいと思います。

④東京駅への移動中は、再び余震が起きてビルからの落下物を避けるように、そして余震によって山手線の擁壁の崩落もあるかもしれないと考えて、山手線に沿った歩道といえ、できるだけ車道側を歩いて東京駅に向かいました。

東京駅に着いて新幹線側の放送が聞こえる地下に入りました。
地震に対しては地下街は強固です。心配はガス爆発です。それと集団パニックによる避難行動です。
地下街でも比較的出口に近い、鉄道会社のアナウンスの聞こえる場所に陣取っていたら、お店の人が「今日はガスが止まってしまい、お店は開店休業。どうぞこの椅子に座って下さい」とお店の椅子を出してくれました。
私はその椅子に座って鉄道のアナウンスを聞いていました。

「震度は5程度のようだから、ある程度すると電車も運転を再開するだろう」と踏んでいました。ガスの匂いがしたら、すぐに地上に避難する覚悟でいました。

その地下街で見た光景です。
長蛇の列がどんどん伸びていました。何の列なのだろうかと観察すると、トイレに向かう人の列でした。鉄道会社が入場をシャットダウンしたため、駅構内のトイレが使えず、地下の使えるトイレに多くの人が殺到していたのです。

私はトイレを済ましていましたから、あと数時間は大丈夫だと確信がありました。

地下街で椅子に座っていると、隣にヘルメットを持った人がやってきました。
そのヘルメットには会社名が書かれており自宅まで帰るためにとりあえず鉄道会社の状況を確認し、無理であったら徒歩で帰るというお話でした。
ヘルメットに書かれた会社は大手の会社であり、さすがこのような災害の時にヘルメットが準備され頭を保護することをまず第一に考えて、自宅への帰宅を促していたのだと感心をしました。

新幹線は二時間近く遅れて、15時過ぎ発予定の列車が先行発進して、小田原迄、徐行運転を行うという放送がありました。そして、改札が開きました。
私は、先行列車を避け、次の発車案内のあった新幹線に乗り込みました。理由は自分自身の安全確保のためです。
確かに、小田原迄は徐行運転でしたが、小田原を過ぎたらトップスピードになり、名古屋の自宅には20時には着いていた記憶があります。

会社関係者から、私が東京に滞在中は、私の携帯が通じなかったと後で伺いました。
20時過ぎに「なかなか連絡が取れなかったが、今日は東京出張だったよな、大丈夫か」との連絡を受けましたが「無事名古屋に戻っています」と報告をしました。
後日、それら話を関係者にしたら「豆鉄砲を食らった鳩の様に」目を丸くして驚いていました。
しかし、これら行動は「危機管理学習のたまもの」と私は今でも考えています。

地震直後に、先方関係者と連絡をすぐ取ったこと、営業所の女性には「東京は激しく揺れたけど、身の安全は確保したから、これからできるだけ名古屋方面に向かう努力をする」と報告しておきました。その後の携帯の連絡は、通信の制限もあったのかつながらなかった状況が続いたと、後で会社関係者から報告を受けました。

ある程度地震のことを知っていたからこそ、あの日は無事に家族の元に戻れたと思いました。皆さんも、いざとなったら何が必要なのかをもう一度災害に対して勉強し直して、避難用リュックには何を入れた方がいいのかも考えてみましょう。

夏用と冬用の避難リュック、常時の持ち出し品を入れたリュックの三つを準備しておいた方がいいと考えているのは私だけかもしれません。季節によって常時用と二つのリュックサックを急いで持ち出すことができるでしょう。

日本列島は全体的に押されたり引っぱられたりと、10年から20年単位で呼吸をしています。押された時は内陸での地震が多発するように感じます。いわゆる直下型の地震です。引っぱられた時はプレートの跳ね上がりを誘発しているようにも感じます。いわゆる津波を伴う地震と考えられます。

地震・雷・火事(・おやじ)はいつ起こるか分からない災害として過去から恐れられてきました。忘れた時にやってくる災害として言い伝えられてきました。
いざという時のために、持ち出し用のリュックを再チェックしていただき、自分を守り家族を守るために、避難のイメージを作っていただきたいと思っています。

■追伸
星印★(いいね)が本日累計100になりました。
ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

澤 我二 2025年12月25日 アップ メリークリスマス

 VOL-6-8 建設業に興味のある若者と共に(続編8)若い人はどこに向かおうとしているの?

 VOL-6-8 建設業に興味のある若者と共に(続編8)
若い人はどこに向かおうとしているの?

「今年の仕事の思い出」は2025年3月から派遣会社の教育室長になり、全く建設を知らない若者達に「建設とは何か」と教えながら、自分も悩みの世界に入り込んでしまったことでしょう。

建設分野を本心から目指したいと門戸を叩いた若者、
前職に区切りをつけたいと思っている若者、
キャリヤアップが建設分野はやりやすいと思っている若者、
いろいろな人が建設を目指してきています。
その建設を自分の生業と目指している若者に何を教えたらいいのか、1年近く悩みが尽きません。なぜなら、数カ月で音を上げてしまう若者もいるからです。
なぜなんだろうかと悩む日が続きます。
建築に関わらず「働くこと」は人生の大きな流れの中で行われていることを若者に教えています。「人としての人生」を「人生トラック」という概念を使って説明しています。
運動場のトラックを思い浮かべていただけると分かりやすいかもしれません。
今の自分が、生まれて今日まで「どの様に生きていたか、どの様に生活しているか、お父さんお母さんは今どうしているか、おじいちゃんおばあちゃんは今の自分を心配していないか」など問いかけをします。運動場のトラックと同様に「人生トラック」の周りには多くの応援者が自分を見守ってくれている筈です。

生まれた時をゼロ歳(0×0)、1歳(1×1)のお口は笑顔の素敵な天使、などなど「人生九九カレンダー」の考え方もお話しています。
人生100年(10×10)、その半分の49歳(7×7)を目指して人生のバックストレートをジェット機のように駆け抜けて欲しいとの思いを伝えます。
ちょうど若者のお父さんお母さんの年齢がバックストレートを一生懸命に走り抜けた方々というイメージを持ってもらうと「人生トラック」の概念図(再掲)の意味合いもよく理解していただくことができると思います。

おじいちゃんおばあちゃんは、第4コーナーを回って人生のホームストレートにいるでしょう。まだ走っている人も、もう歩いて観客に手を振っている人も、人生は様々だということも伝えています。

講義に先立ち、各自でノートを準備するように要望します。大抵の人はメモを取るくらいのことと思っているようです。ノートを一生懸命に書くということは、そのノートは人生の宝物になっていくということを伝えます。
文字を書くということは、長い人生でとても大切なことです。
携帯時代に文字を書くということは、面倒くさいことかもしれません。
しかし、実務ではノートにいろいろなことをしっかりと書き留めることの大切さを言い続けます。絵でもいいです。とにかくノートに学んだことを書き続けるのです。
今の若者の多くは文字を書くことをあまりしてきていないようにも感じます。
「もっと大きな丁寧な字で、しっかりと書きなさいね」
そんな小言が、つい出てきてしまいます。
「文字を大切にするという言葉」が、少しでもここにいる若者達の心に響くことを願うばかりです。

最後にもう一つ、私が常に思っていることがあります。
文字を書くということを含めて、自分のすべての行動は、その一つ一つに自分の心が決めて行われているということです。
良い方向に習慣が変われば、自分の行動も良い方向に変わっていくこと。
・そして、自分の行動が変われば、自分自身の人望がアップすること。
・その人の人望がアップすれば、自分を見てくれている人の心も変わること。
・そうすれば、自分の人生の新しい扉が開いていくこと。

新しい自分に向かって、来年も頑張れ!!若人たち!!

澤 我二 2025年12月24日 クリスマスイブ アップ

筆休め番外編 VOL-1-10 あの「松ぼっくり」はどのように使われた?

筆休め番外編 VOL-1-10 あの「松ぼっくり」はどのように使われた?

2025年、今年に福井でお世話になった「おばんざいの元・女将さん」に何をお礼したら良いか悩みました。
「そうだ、夏にゴルフ場で拾ってきた大きな松ぼっくりを送ろう」
そんなことを考えました。原価は?ごめんなさい。

今年のクリスマスもすぐそこにやってきています。
新しい年を迎えるためにも、クリスマスは今年の出来事に感謝し、年末を楽しむためにも大切なイベントかもしれません。

クリスマスリースの持つ意味は「筆休め番外編 VOL-1-9  自然の力を秘めている「松ぼっくり」に学ぶ」ブロブに書きました。
クリスマスリースの要約を再掲します。
①魔除け 
玄関に飾られることが多いリースには、家の中に悪魔が入らないようにヒイラギとかの棘のある葉を入れて、悪魔から家を守るという意味があります。
松ぼっくりにもとげがあることを知っていましたか?
②永遠の命・無限の愛の表現 
丸い形は始まりも終わりもないことから、「永遠の命」や「自然界から人への無限の愛(アガペー=見返りを求めず、他者の幸福を純粋に願う無償の愛)」を意味しています。
「幸せがいつまでも続きますように」という願いあるようです。
③今年の収穫感謝と来年の豊作祈念
リースに使われる松ぼっくりや姫リンゴなどの飾りには、「作物の豊富」「冬の寒さに負けず新しい春を迎える」という願いが込められていると言われています。
今年の収穫への感謝と来年の豊作を祈願するために松ぼっくりなどが使われるようになったとのことです。

今回「元・女将さん」はその松ぼっくりを使ってリースではなく、クリスマスからお正月に利用できる「アレンジ花籠」を作っていたようです。
その写真を送ってくれました。

すごーーい!!

福井に遊びに行ったお礼に何が良いのかと送った「ゴルフ場で拾ってきた只のもの」が、とても素晴らしく大変身していました。
現在福井市内のある茶店のカウンターとご自宅の食堂に鎮座しているとのことです。

花籠を見ていると忙しい年末ですが、心を新たに新年を迎える気持ちになったように感じます。
茶店のお客さんも、大きな松ぼっくりにもびっくりしているようです。
この花籠を見たお客さんの幸せな笑顔が垣間見えるような気持になりました。

澤 我二 2025年12月19日 番外編アップ

身近な防災知識  VOL-4-5 災害から自分の身を守るため(その5  自宅の耐震補強をしましたか?)

身近な防災知識 
VOL-4-5 災害から自分の身を守るため(その5  自宅の耐震補強をしましたか?)

先日12月8日の夜中23時15分頃の青森県東方沖の地震が発生しました。
青森県で最大震度6強、北海道と岩手県で最大震度5強で大きな地震で恐怖を感じた人も多かったと思います。
後発地震発生注意報も出されました。確かにこのエリヤは大きな地震の発生しているエリアです。
熊本地震の時も、二回目の地震の方がマグニチュードが大きかったこともあり、いつ起こるか分からない地震について注意をしておくことはとても大切だと思います。

地震の規模を示すマグニチュードが「1」違うと理論的には約32倍になると言われます。「2」違うと約1000倍の大きさになることになります。
それを模式的に表現してみました。よく見られる表現かもしれませんが地震の規模がM5とM8そしてM9の地震の規模の違いを実感してもらえるものと思います。

先週、建物が震度5程度には耐えられるように設計されているという話をしました。
これはあくまでも新耐震設計の建物であることを再度申し上げます。
新耐震設計のポイントは何だったのでしょう。

地震の研究上注目を集めた1950年頃の「河角マップ」という研究がありました。
河角廣氏によって1951年に作成された「日本の地震危険度を示した地図」と言われています。
これは、599年からの1350年間にわたる過去の被害地震データに基づき、ある一定周期の期間内でどのような強さの地震動があったのかを調べてまとめ研究成果でした。昔の文献によるデーターに信用性が薄いとの批判もありましたが、日本の国において今後周期的に起きる地震について予想される最大加速度の分布を示した地図でした。

東海地震震源域となる東海道ベルト地帯の中央で起こる大地震により、その被害は甚大となると予想され「東海沖が危ない」と言われ様々な検討がなされてきました。「河角マップ」を基本とし、東海沖で大きな地震が発生する可能性があると日本国全体が注意喚起の方向で動くきっかけになりました。
1978年に「大規模地震対策特別措置法」が制定され、静岡県下を中心に「ひずみ計」や「GPSなどの観測機器」を設置されてきました。

その時、この「河角マップ」では仙台沖にも強い地震が起きる可能性が高いことも指摘されていました。
そして、そのマップの指摘の通り、仙台沖にて大きな地震が起きました。
1978年6月12日に発生した「宮城県沖地震」です。

この時の地震は、仙台で震度5程度の地震でした。
それにもかかわらず、ピロティー式のマンションや腰壁のある小学校などの柱に大きな被害が出てしまいました。建築的に言うと「階高」が大きく変わった「建築の大破」に当たるものでした。
理論的には震度5程度では建物を再利用したいと思っていた時に、なぜこんなに大きな被害が出たのかが研究者の中でのテーマでした。

建物が予想以上に揺れた、柱の変化の許容が腰壁や垂れ壁によって妨げられた、柱などが地震の揺れに対して粘りを発揮されずにコンクリートの破壊が進んだ、などが議論となりました。それを基に1981年に建築基準法施行令が改正され、建物の耐震性に関する新耐震設計法が導入されました。震度6強から7程度の大地震でも建物が倒壊・崩壊せず、人命を守ることを目的とし「新耐震基準指針」が策定された経緯があります。

1995年1月17日の「兵庫県南部地震阪神淡路大震災)」で多くの被害者を出しながらも、新耐震設計法についてのその有効性について実証されたことはまだまだ記憶に新しいことです。
その大震災後に、旧基準の耐震性能であった新幹線などの橋脚などの補強、公共施設や病院など、新耐震基準に即したIS値を目標値として耐震補強がなされてきました。今日では、耐震補強を終えた建物も多くなりました。
その為か、この頃は震度5程度の地震の時に、建物に大きな被害が出たという報道は少なくなりました。地震の被害は、棚から商品が落ちて床に散乱したなどの報道がされているようになったと思われます。

このように、日々地震についての研究は進んでいるのですが、まだまだ耐震補強がなされていない建物も多く存在することは事実です。費用の面もありますので、耐震補強をしましょうと言っても様々な事情で補強ができないと思います。
しかし、自らの命を守るためにも自宅の耐震性能について理解し、耐震補強が必要だと判断されたときは、少なくとも自分の寝ている場所について「家具は固定されているか」「最悪の場合に備えてシェルターを設置できないか」などの自助のための努力をしていただきたいと思っています。

 

澤 我二 2025年12月18日 アップ

 

 

身近な防災知識 VOL-4-4 災害から自分の身を守るため(その4  ビルの上部からの落下物に注意)

身近な防災知識 
VOL-4-4 災害から自分の身を守るため(その4  ビルの上部からの落下物に注意)

先日12月8日の夜中23時15分頃の青森県東方沖の地震により、青森県で最大震度6強、北海道と岩手県で最大震度5強を観測しました。大きな地震でした。
津波も70㎝観測されたと言われています。
先週のブログの模式図の①地点より少し内陸で起きた地震でした。
震源が陸地に近かった分、大きな揺れになったと考えられます。
直下型の②の地震でなかったので、建物被害が若干少なかったのかもしれません。

前回のブログで地震のメカニズムについて触れました。
今回は地震の震度と建物の被害について考えてみましょう。
専門的になりますので分かりにくいかもしれません。
なるべくわかりやすく文章にしてみます。

地震の時に発表される震度階は現在は10段階です。最大震度は7までとなっています。
震度7を超える地震については、地震計がしっかりと記録できなかったり、建物がかなり激しく損傷している状況が考えられるため、最大震度は7までとなっています。

震度の大きさにより起きている災害の状況をある程度予想ができ、早期の救助活動の目安になっています。震度5を超えると、甚大な建物被害が起こっていると想定し、早期に救助活動などの対策を決めるために役立つものです。

さて、震度と建物被害の関係について模式図を作ってみました。

この世の中のことが「応力ひずみ曲線」で説明ができることが多くあります。
ゴムを両手で伸ばし、ある程度伸ばしても元に戻り、再びゴムとして利用できます。
その利用範囲を「弾性域」と言います。
更にゴムを思いっきり引っ張るとゴムは白く伸び、最後にはプチッと切れてしまいます。
この白くなり始めてプチッと切れるまでの状態を「塑性域」に位置している状態と言います。塑性域ではまだまだゴムらしい形を残していますが、元に形には戻りません。

新耐震設計では「生命及び財産を守る」という観点から、震度5程度までの揺れでは、ある程度補修すれば建物がまた使えるように建物に強度を持たせようとしています。
ところが震度6以上の揺れの時は、人命を守ることを優先として、建物の「崩壊機構」を考え、建物に被害があっても、中にいる人を守るために建物の空間を残したいという考え方になっています。外国の建物では「パンケーキのように」なってしまう映像が多いですが、日本の新耐震設計の建物はあそこまで大破しないように考えられています。

神戸の地震の時は旧耐震時代の建物と新耐震設計の建物が混在していました。
そのため、神戸の地震では新耐震設計の建物の信頼性について検証ができた地震でもありました。

神戸の地震から数十年が経ち、多くの街で新耐震設計による新しい建物もできてきました。また旧耐震時代の古い建物も、その多くが新耐震基準に近い建物にするために耐震補強が行われてきました。

震度5を超えると、建物の被害が目に付くようになります。
今回の地震でも建物のガラスが割れ、地面に散乱していたとの報告があります。
たまたま夜間で多くの人が外にいない時間だったこともあり、大きなけがをする人もいなかったようです。
もし、昼間だったらどうでしょう。
ビルの上部から、ガラスが降り落ちてきたら、人命にかかわるようなことになっていたと考えざるをえません。
地震の震度が5を超えると、どのようなことが起きるのでしょうか。
建物がある程度破損するという事実を知っておいて欲しいと思います。
12月8日夜の地震はM7.6、最大震度は6強、その後の津波が発生しました。津波の放送で多くの方が避難をしていただいたと報道されています。大きな地震だったにもかかわらず、人的被害が負傷者7名程度の発表であり、ほとんど人的被害がなかったことは軌跡だったかもしれません。負傷した方の早期の回復をお祈りしています。

多くの地震を学び、皆さんが自分の身を守るために、家具を固定したり、寝る場所にたんすなどの家具が無い所を選んだりと、自分の身を守る行動を続けてほしいと思っています。

過去の主な地震について一覧表にしてみました。

大きな揺れを感じたら、ビルの上部からガラスや外壁や看板が落ちてくると思います。地震と感じたら、ビル上部からの落下物に注意し、ガラス等の落ちてこないところに移動する、建物の中に一時避難する、または、庇の下に移動するなどの自助の行動パターンを常に考えておきたいものです。

 

        澤 我二 2025年12月11日 アップ