さとう大介オフィシャルブログ

秋田県鹿角市で活動するさとう大介の日々の思いを綴ります

ようやく慣れてきましたよ~(^-^;)

3月で更新が途絶えるとは・・・我ながら情けない・・・

とはいえ「まぁ・・・仕方ないっか!(>ω<)」と自分に甘いのです(ノ∀`*)

私生活と仕事の時間配分を少しずつ体が覚えてきました。ブログも楽しく更新していこっとw(ノ∀`*)

雨と雷が強くなってきたので、今日はここまでw雷でパソコンが壊れるかも・・・w

やっと雪が解けてきましたね^^v

怒涛の3月でしたw

はじめての選挙活動、はじめての当選、からの議会での所属の決定、からの新人議員研修、からの臨時議会・・・もろもろもろもろ。

毎晩、眠りに就こうと目をつむるといろいろな思考が頭を駆け巡り、眠りも浅く、夜中に目を覚ましてはスマホをいじったり、本を読んだり、パソコンに向かってみたり・・・久々に交感神経が活発になっていると感じる3月でした。

ですが、3月もようやく終盤。雪も解け始め、私の心も少しずつリラックスしてきたように感じます^^;

そして、雪が解け始める・・・そう。私のもう一つの仕事が始まります。

春収穫の開始と農作業の準備です。

雪の下にしていたニンジンは市場出荷を始めました。

雪の下のニンジンは甘くてとてもおいしいです。以前の記事で「寒締めホウレンソウ」 のことを書きましたが、冷たい環境下ではニンジンも生きていくために、体内不凍液化の現象が起こり、糖分の増加がおきているのかな?

この理屈で言えば、暖かくなり、時間が経つほど糖分は損なわれていくでしょうから、そんなおいしいニンジンを頂けるのは、産地に住んでいる人の特権ですよね^^ワーイ

あと「浸種」と言いますが、お米の種も今目覚めの作業を行っています^^

さあ、議員活動も農業も行政書士業もがんばります!

まだまだ三寒四温、健康に気をつけましょうね^^w

あ!そういえば3月は出会いと別れのシーズンでした!それすら忘れてましたw

みんな、卒業おめでとう!進学おめでとう!就職おめでとう!どんな道を歩んでも、その道は必ず次の自分の糧になります!みんなの人生に幸あれ!w^^w

東日本大震災を忘れません

もう14年前の出来事になってしまいました。でも私は生涯忘れられないと思います。

犠牲になってしまった皆様のご冥福を心からお祈りいたします。

被害を受けられた皆様の一日も早いご回復を心からお祈りいたします。

・・・・・

2011年3月4日(金)私は盛岡にいました。

私の研究室時代の恩師である平教授のご退職記念講演・祝賀会に参加していました。

平先生は学生からの人望も厚く、多くの研究室関係者が参加し、先生にお会いできたうれしさと、学生の頃に戻れたような懐かしさで、とても楽しい講演会・祝賀会でした。

3月11日(金)14時46分。私は、市役所1階フロアで勤務していました。

地震の揺れは、初期微動のそれから主要動になるに連れ、どんどん大きくなりました。

鹿角市震度計は市庁舎敷地内に設置されています。震度は「4」でした。

すぐに近くにあった課内のテレビをつけニュースを確認しました。震源地が「宮城県沖」と出ていたのを見て「宮城県沖の地震で鹿角が4?どんな地震なんだよ!」って思ったところで、市庁舎全体が停電となりました。

市庁舎の一部は蓄電池と自家発電で電気が確保されます。防災対応部署のテレビでニュースを見て、甚大な津波災害が発生を目の当たりにしました。

その後、家族の安否を確認してから避難所運営に向かったのを記憶しています。

担当していた避難所は錦木地区市民センターでした。暗い中、数人の職員で避難者が来た場合の備えをしていたように覚えています。記憶が定かではないのですが、避難者は特に来ることはなかったと思いました。

停電が続く中、次に供給されなくなって困ったのは「燃料」でした。ガソリンスタンドに給油の長い列ができていました。

原発建屋が水素爆発を起こしたときは、本当にこの国が終わるかもしれないと、子どもたちの未来を案じた記憶が今でも蘇ります。

5月7日(土)私は宮古にいました。

「居ても立っても居られない」ずっとそんな思いをもっていました。地元では大きな被災もなく、徐々に生活に安定感を取り戻してきていた頃でした。

労働組合を通じて、宮古市のボランティア活動に参加しました。5月7日(土)から15日(日)までの9日間でした。

活動の内容は、津波でさらわれて所有者が分からない大切な家財の整理でした。

お位牌や家族のアルバム、子どもたちのランドセルや教科書などがあったと思います。

家や家財を流されても、命だけは無事でいて欲しい。そんな思いでした。

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自分の周りにいる人の幸せが、自分の幸せなんだと思います。

それが人の本性なんだと思います。

皆さんの『共感』にありがとう!

鹿角市議会議員選挙が終了いたしました。

多くの皆様のご支持・ご支援により、鹿角市議会へと押し上げていただきました。

心から、心から感謝申し上げます。ありがとうございました!m(_ _)m

しかしながら同時に、とても重い責任を感じております。

特に選挙期間直前に至るまで、鹿角市では様々なことがありました。

遊説中も選挙カーから申し上げておりましたが、私はまずは「明るい鹿角」「楽しい鹿角」を実現したい。そこからはじめて政策を議論できるのだと考えます。

どんな立場になろうと私の本質は変わりありません^^;「どうせ短い人生の時間を過ごすなら『悲しく泣いて』過ごすよりも『明るく笑って』過ごしたい」その程度の単純な考えです^^;でもとても大事なことだと思うんです。

まずは「明るく楽しい鹿角」そこから一緒にはじめていきましょう!

そしてともにイキイキ鹿角を創っていきましょう!^-^

これからもよろしくお願いいたします!(^0^)/

僕の願い

僕の子どもたちが、幸せでいてくれれればそれでいい。

その子たちが幸せであるために、その友人たちが幸せでいてくれればそれでいい。

その友人たちが幸せであるために、友人たちの家族が幸せでいてくれればそれでいい。

その家族が幸せであるために、世界がいつまでも平和であってくれればそれでいい。

地球がいつまでも美しい姿を見せてくれていたらそれでいい。

それが僕の幸せです。

重点施策「人生最後までイキイキ」を実現する

2月4日の記事で掲載した【討議資料】の内容をさらに深堀したものです。

私は、祖父や祖母、地域のお年寄りに相当可愛がられてきたと思います。(ま、実際可愛いかったしな~w。50のおっさんが言うことじゃないか^^;)

そのせいか、私は高齢者の方と話すのがとても楽しいし好きです。若いころからそうでしたし、今でも昔話を聴かせてもらうのがとても楽しいと感じます。

私の世代は「第2次ベビーブーム世代」と言われます。昭和40年代後半くらいでしょうか。そして私の親世代が「第1次ベビーブーム世代」と言われます。昭和25年前後の、戦後復興期の生まれ世代ですね。そして今、この世代の人たちが一斉に後期高齢者世代を迎えることは、報道等でご存じのことでしょう。

私が小学生のころの1980年代、社会の授業で「三世代同居が当たり前だった生活様式。今は核家族化が進み、父母と子の二世代同居になってきた・・・」みたいなくだりがあったなと今でも記憶しています。

また、医療の進歩とともに人の「長寿命化」も進展してきました。

さらに、現代は二世代同居よりもずっと進化し「家族の形が多様化」してきました。つまり、既存の法律・施策では、カバーできない事例も発生しつつあります。

私は、どんな方であっても、その人の人生を謳歌してもらいたいし、楽しく過ごしてもらいたい。そして、言うまでもなく皆がその権利を有しています。

私も行政書士の経験から相続案件、成年後見にも接します。どんな方であっても、幸せに人生を過ごしてもらいたいと思いますが、現実には法律・制度が現状に追いついておらないところもあり、法律の落とし穴や制度の落とし穴にはまりこみ、生活に困窮することも考えられます。

そのような方が絶対にこの鹿角に発生しないよう、社協・福祉部門とも協力し仕組みを考えて行きたいと思っています。

重点施策「自然環境を守る」を実現

2月4日の記事で掲載した【討議資料】の内容をさらに深堀したものです。

「温暖化と異常気象」これまでの経験則が通用しなくなってない!?

今年の冬は本当に雪が多いですね(*-*)昨年がとても少なかったせいか、特に感じます。

一般的に、空気の温度が高いと空気中に含まれる水蒸気量は増える>空気が運べる水の量が増える>水分の移動量が極端になる、と言えます。つまり、

水分が大量に蒸発する:砂漠化への傾向強める

水分が雨や雪となって大量に降る:極端な豪雨、豪雪

鹿角も数年にわたり、豪雨がひどかった年もありました。今年の雪だって「10年に1度の寒波・豪雪」が2回って・・・皆さんも「なんか変だな」と肌で感じているのではないでしょうか。

温室効果ガスとしてよく知られているのはCO2ですが、CO2濃度が高いことと気温上昇との因果関係は明確に示されています。さらに、世界各地の研究機関は、その調査から温室効果ガスとしてのCO2が、人間活動によって相当量生じている、人間活動が温暖化に多大な影響を与えていると警告しています。政府もこういった考えに基づき「地球温暖化対策計画」を策定し、鹿角市でも「地球温暖化対策実行計画」を策定し「2030年ゼロカーボンシティ」を宣言しています。

マイクロプラスチック・有機フッ素化合物(PFAS・PFOS)

人類は本当にすごい。石油などを原料として様々な素材を研究・開発してきました。その中でもプラスチックはペットボトルや食卓の容器、買い物袋など生活のあらゆる場面で欠かせなくなっています。有機フッ素化合物は、主に工業分野で使われることが多い化学物質で、かつては泡消火剤にも使われていたようです。

これらの人工物に共通するのは素材の安定性です。プラスチックも有機フッ素化合物もそう簡単には壊れません。冷蔵庫のプラスチック容器が1日もしないうちに壊れていては商品になりません。しかし、実はこの安定性が今は仇となっています。これらの物質がどれだけ細かくすりつぶされても環境中で分解されず、そのままの分子が空気中・水中に浮遊しているのです。

当然安定的な物質なので、生物体内では分解されず、環境中そして場合によっては生物体内へとそのまま蓄積していきます。

埋蔵資源への依存

私たちの経済活動は、もはや地球表面の資源だけでは足りないのです。かつて太陽エネルギーと地球の地質活動によって固定された石油を掘り起こし、燃料や各種素材の原料としています。私は農業に従事していますが、化学肥料を相当量投入します。当然、収量が上がるからです。では化学肥料の原料は?農業の三大栄養素は「N(窒素)」「P(リン酸)」「K(カリウム)」です。

N:主にアンモニアを原料とするが、その原料として天然ガスが必要。

P:リン鉱石が原料、主に中国から輸入

K:カリ鉱石が原料、主にカナダから輸入

これだけ資源が掘り出され、特に日本は輸入しています。

一方で、考える必要があるのは、どれだけ地球の表面から石油・N・P・Kが地下へと蓄積されているか?バランスがとれていれば問題ないのでしょうけど・・・

地球は使い捨てられない!

今の私たちの経済活動は、昔と比べて使い捨てが多くなってきているように感じます。実際、鹿角でもリターナブル瓶は温泉宿でしか見かけなくなったし、家電修理店は店舗が激減したように感じます。

この国は資源の少ない国ですから、一昔前は「リサイクル・再利用」ができないと成り立たない経済だったでしょう、今はグローバル経済の下、輸入して安く買う>廃棄して次の物を買う経済となっています。この繰り返しでは、地球が痛んでしまう。

懐古主義ではなく、物を大事に扱い、再利用できるものは再利用する「リサイクル」による鹿角の地域社会をもう一度実現したい・・・

次の世代にこの美しい世界を遺してしてやりたい、これがこの施策に対する思いです。