大牟田高校の駅伝部員の集団転校が報道され、話題になっています。
全国高校男子駅伝で5度の優勝を誇る強豪校の福岡・大牟田の選手が、4月に鳥取城北へ集団転校することが4日、スポーツ報知の取材で分かった。赤池健ヘッドコーチ(HC、52)の降格を決めた学校の対応に反対した選手の大部分が、赤池氏が4月から監督として就任する鳥取城北に転校する事態となった。
私は高校駅伝に詳しいわけでもないですし、この学校の事情も良く知らないので、この件についてコメントできる立場にありません。
今回のこの件で、2012年に起きた仙台育英の集団転校の件を思い出した方も多いようです。
この時は震災の影響&指導者の退任というダブルパンチで、有力選手のほとんどが愛知県の豊川高校に転校しました。これについても賛否はいろいろあったようですが、私がここで書きたいのはその後の仙台育英についてです。
有力選手がほとんど去ってしまった仙台育英を立て直したのは、現大東文化大監督の真名子さんでした。
結果、7年後の2019年、都大路で12年ぶりの全国制覇を達成します。
そして、その時の仙台育英のアンカーが、現中央大学主将でエースの吉居駿恭選手でした。
兄の大和選手も同様、地元愛知の学校には進学せず仙台育英を選んでこの時の都大路では3区を走りました。(なお吉居兄弟は三兄弟で、大和の双子の弟は中央大学ではなく中京大学へ進学)
吉居大和選手は高校時代は地元愛知の高校から、そして大学進学時は箱根常勝軍団の青学や駒澤からもスカウトが来ていました。ですがそれを断って、当時シード落ちしていた中央に入学を決めています。
そして、この吉居大和の中央大学への入学が、その後の中央大学を大きく変える転機になったと思います。
個人的に藤原監督は人格者の名監督だと思っていますが、その学校が強くなれる力というのは監督の指導力だけではなく、そして選手の力だけでもない、学校・指導者・選手のチーム力なんだなあと改めて感じられました。
私がマラソンより駅伝が好きなのは、その『チーム戦』だからなのですよね
そして、吉居選手もそうですが、今年國學院を卒業する平林選手も駒澤を選ばず國學院を選んでいますし、そこに行ける実力があるにもかかわらず常勝校に拘らない進学先選びというのは『中学受験で進学先を偏差値で選ばない』という点にも通じるなあ、とも思うのです。
自分に合った環境というのがどれだけその能力を伸ばすことが出来るのか、それは今年度の創価の吉田響選手の活躍を見て実感しました。
今回転校を選んだ選手たちも、転校せずにたった一人残った選手も、そして転校『して来られる』側の選手も、皆その能力を思う存分発揮できる高校生活になることを願います。