「欧米の轍を踏むな」論
「「欧米を反面教師に」と言うけれど 移民巡る比較がナンセンスなわけ」毎日新聞2025年12月23日
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記事冒頭にはこうある。
外国人の受け入れを巡る議論で、しばしば引き合いに出されるのが欧米の状況だ。
移民との共生に難航する姿を「日本は反面教師にすべきだ」として、排外主義的な言説にもつながっている。
「欧米を反面教師に」と言うけれど 移民巡る比較がナンセンスなわけ | 毎日新聞
確かに、「日本は外国人を受け入れた欧米を反面教師にすべきだ」とか「欧米と同じ轍を踏むな」「欧米の二の舞いになるぞ」的な言説は、今まで散々聞かされて聞き飽きたほどだ(そもそも外国人の「受け入れ」という表現そのものが問題なのだが、それについては後述する)。そこら辺のネトウヨは言うまでもなく、「外国人問題」についてちょっとひとこと語ってみようとする人が「欧米は外国人を受け入れて大変なことになっている。だから外国人の受け入れには慎重になるべきだ」というようなことを言っているのを何度聞いたかわからない。「大変なこと」の中身は、「犯罪の増加」「テロの増加」「排外主義の高まり」etc.である。「外国の情勢について俺は知ってるんだぞ」という、いわゆる「マウントを取ってくる」ニュアンスを感じることもしばしばだ。
この記事は、そうした「欧米と同じ轍を踏むな」論を批判する、移民政策の専門家である是川夕*1のインタビュー記事だ。だが、残念ながら、是川の主張は、批判の方向性はともかく、中身において納得できるものではなかった。
是川の主張を検討する前に、まず、典型的な「欧米と同じ轍を踏むな」論とそれに対する批判を紹介しておこう(この議論についてよく知っている方は、この節は飛ばして次節から読んでください)。
上野千鶴子の「欧米の轍を踏むな」論
2017年2月、上野千鶴子のインタビュー記事「平等に貧しくなろう」が、中日新聞・東京新聞に掲載された。その中で上野はこう言っている。
日本はこの先どうするのか。移民を入れて活力ある社会をつくる一方、社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。どちらかを選ぶ分岐点に立たされています。
移民政策について言うと、私は客観的に無理、主観的にはやめた方がいいと思っています。
この「社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国」として上野が念頭においているのが、すでに移民を「入れ」た「欧米」であることは十分想像できる。上野のこの主張に対しては移住連・貧困対策プロジェクトから公開質問状が出され、上野からの回答→移住連メンバーからの意見表明→上野の再回答という形でやりとりが続いた。
貧困対策プロジェクトと上野千鶴子さんのやりとり・まとめ
移住連の公開質問状は、最初のインタビュー記事で上野が「社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか」と発言していることに対して、こう指摘する。
治安悪化は、日本において特に頻繁に語られる移民への謬見です。実際には、日本で移民人口が増えたことによる治安悪化はまったく起こっていません。「治安悪化」というデマは、1990年代後半に警察とメディアが広めたもので、上野もそれを信じ込んでいるようです。今回の発言は、自らそうしたデマを広めていますが、それについてどうお考えでしょうか。
『中日新聞』『東京新聞』(2017年2月11日)「考える広場 この国のかたち 3人の論者に聞く」における上野千鶴子氏の発言にかんする公開質問状
また、同質問状は、上野の「客観的には、日本は労働開国にかじを切ろうとしたさなかに世界的な排外主義の波にぶつかってしまった」という発言を否定して、日本がすでに実質的な「労働開国」に踏み切っていること*2を指摘する。さらに、上野が「世界的な排外主義の波にぶつかってしまった」と「排外主義」があたかも日本の外からやってきたかのように主張していることを批判し、日本において、植民地主義支配から続く在日外国人にたいする差別やネットや路上ではびこっているヘイトスピーチについてどう考えるのか問いただす。
こうした移住連による批判に対する回答「人口減少か大量移民か?」の中で、上野は、日本にすでに相当数の外国人労働者が入ってきていること、外国人の犯罪率が高くないことはデータから「承知している」としつつ、自分の主張は「これまで」ではなく「これから」先の将来について論じたものだ、として、以下のように言う。
移民先進国で現在同時多発的に起きている「移民排斥」の動きにわたしは危機感を持っておりますし、日本も例外とは思えません。これから先、仮に「大量移民時代」を迎えるとしたら、移民が社会移動から切り離されてサバルタン化することや、それを通じて暴動やテロが発生すること(フランスのように…と書けばよかったんですね、事実ですから)、ネオナチのような排外主義や暴力的な攻撃が増大すること(ドイツのように)、排外主義的な政治的リーダーが影響力を持つようになること(イギリスのように)、また移民家事労働者の差別や虐待が起きること(シンガポールのように)などが、日本で起きないとは思えません。
上野研究室 > ブログ > 人口減少か大量移民か? ちづこのブログNo.113 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
このやりとりを見ても、上野が典型的な「欧米と同じ轍を踏むな」論に陥っているのは否定できないだろう(「事実ですから」という表現には「マウントを取りに来ている」感もある)。しかし、この上野の「回答」の最大の問題点は、彼女のこうした事実認識にあるのではない。「回答」において上野はこう言っている。
ジェンダーやセクシュアリティと移民の問題が同じにできないのは、前者が選択できないのに対して、後者は政治的に選択可能だからです。(難民の問題は別です。)
上野研究室 > ブログ > 人口減少か大量移民か? ちづこのブログNo.113 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
出生率を政治的にコントロールすることはできないし、すべきではありませんが、移民は政治的に選択することができます。
上野研究室 > ブログ > 人口減少か大量移民か? ちづこのブログNo.113 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
「移民を政治的に選択することができる」とはどういうことだろうか。誰が「選択」するのか。上野が言うように、出生率を政治的にコントロールすることはできないし、すべきではない。にもかかわらず、国家は出生率を政治的にコントロールしようとしてきた。しかし、同じく、移民は政治的に選択することはできないし、すべきでもないにもかかわらず、国家はそれをしようとしてきたのである。上野はなぜ「移民」に関しては簡単に国家と同一化してしまうのだろうか。
この上野の回答に対して、岡野八代は以下のように応答している。
あたかも移民問題が、国策=主権国家が受け入れる・受け入れないを一方的に判断できる「裁量圏内」にあるという考え方は、すでに80年代以降、ずっと思想的には批判されてきた「主権」論だと理解しています。そもそも、この上野さんの「移民」の捉え方は、あまりに国家中心的すぎる。移民を、「受け入れ国家」が選択できる問題としてのみ、考えているからです。
エッセイ > 移民問題は、「選択の問題」か?--上野さんの回答を読んで 岡野八代 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
また、稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人の連名による意見表明はこう言っている。
上野さんの議論は、岡野さんも指摘されているとおり、移民管理における「国民主権」の全能性を信奉しているようにみえます。しかし実際には、主権は、全能な「至高の権力」ではなく、移民ネットワーク、国際規範、外交関係、社会の道徳規範などによって規定される社会的・歴史的産物にすぎません(Ngai 2004)。
エッセイ > 排外主義に陥らない現実主義の方へ――上野千鶴子さんの回答について 稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
つまり、移民を「政治的に選択」したり「政治的にコントロール」することなど実際は不可能なのだ。にもかかわらず、国家はそれをしようとしてきた。
主権が全能でないことは、各国に存在する非正規移民が端的に証明しています。とはいえ、日本の場合、国家、正確には入国管理局は、「至高の権力」としての主権であるかのように振る舞い、大幅な裁量のもと外国籍者を管理・追放してきました。また、マクリーン判決に代表されるように、裁判所もそうした「至高の権力」としての主権という神話を追認してきました。こうした状況において、「国民主権」の全能性を当然視する言説は、入管局の振る舞いにお墨付きを与え、民族的マイノリティを抑圧する政治的効果をもたらします。
エッセイ > 排外主義に陥らない現実主義の方へ――上野千鶴子さんの回答について 稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
また、稲葉らは、上野の回答の中の「わたしたちが外国の人たちにどうぞ日本に安心して移住してください、あなた方の人権はお守りしますから、と言えるかどうかも」という表現に見られるような、移民の行為者性(agency)を無視する上野のパターナリズムを批判している。しかし、稲葉らが言うように、「日本国民」が移民の人権を「お守り」したことなどなかったのである。移民の人権は、在日朝鮮人など移民当事者による闘いの中で獲得されてきたものでしかない*3。*4
是川夕の「欧米の轍を踏むな」論批判
さて、冒頭でも触れたように、「移民政策の専門家」是川夕は、「欧米の轍を踏むな」論を批判し「欧米の議論をそのまま持ってきて、同じようなことが起きるからだめだというのは、ほとんど事実誤認です」と言う。その理由として、是川は、欧米と日本の外国人の「受け入れルート」の違いを指摘する。欧米の「受け入れ」は「権利に基づいた受け入れ」が主流だが、日本の「受け入れ」は「労働ルート」が主流で、だから日本は大丈夫、というわけだ。つまり是川は、「欧米は外国人を受け入れて大変なことになっている」までの認識においては、上野ら「欧米の轍を踏むな」論者と同じなのだが、ただ、「だから外国人の受け入れには慎重になるべきだ」ではなく「でも日本は違うから大丈夫」となるのだ。そもそも彼の語り口は、「受け入れ」という表現にあらわれているように、上野と同じく「移民は政治的にコントロール・選択できる」という前提を共有している。ただ結論が上野と違って「コントロールして受け入れを選択すべし」となっているだけなのだ。
また、この結論は、「権利に基づいた受け入れはするべきではない(欧米のようになるから)」と言っているに等しい。そもそも、「権利に基づいた受け入れ」とは何か。是川によると、旧宗主国への移動の権利を持って移動する旧植民地出身者のケース、シェンゲン協定*5に基づく権利によって移動する欧州市民のケース、難民条約で保障された庇護申請権によって移動する難民のケース、であるらしい。
「こうした人たちは仕事がなくても入ってきますし、家族でいきなり来ることも多い。そうすると、どうしても失業や貧困が問題になってくるわけです」
「欧米を反面教師に」と言うけれど 移民巡る比較がナンセンスなわけ | 毎日新聞
是川によると、欧米で現在移民排斥の動きが強まっているのは、「権利」を持つ人の流入は原則的に拒めないがゆえに、受け入れ側の事情に関係なく移民が入ってくるからだ、という。
是川の言い方は「日本は拒めない権利ルートの流入が少なくてラッキー」のようにも読めるが、日本に権利ルートの流入が少なく見えるのは、日本が、「拒めない」はずの権利を持つ人の移動を拒みまくってきたからである。歴史的に見ても、敗戦後日本は、特別な認可を受けた場合を除いて朝鮮半島からの日本への入国を禁止し、日本から朝鮮に帰国したが、故郷の政治的経済的混乱で生活できなくなったため、あるいは日本に残った家族と暮らすため日本に再入国しようとした朝鮮人を「不法入国者」として収容所*6に収容し、その後朝鮮に強制送還した。これが、旧植民地出身者の旧宗主国への移動の権利の侵害でなくてなんだろう。
また日本は1981年に難民条約に加入したが、よく知られているように、日本の難民認定率は極めて低い。難民条約を批准してから2021年まで40年間、日本は毎年、常に数人から数十人しか難民を認定していない*7。特に2011年から2021年までの難民認定率は、常に1%以下だった。
一方上野は、「難民の問題は別です」とか「日本の難民受け入れが極端に少ないことは是正すべき」と言っている*8。ということは、上野の立場は、「権利による受け入れは行うべきだが労働ルートの受け入れは行うべきではない」で、是川の立場は全く逆の「権利による受け入れは行うべきではないが労働ルートの受け入れは積極的に行うべき」だ、ということになる。
それはともかく、日本が労働ルートの「受け入れ」を増やしてもなぜ大丈夫なのだろうか?それは、日本には(労働ルートの)移民を受け入れる「移民政策」が十分備わっているからだ、と是川は言う。
日本は前述した永住型も一時滞在型も受け入れを増やしており、「機能的には移民国家としての条件を十分に備えている」という。
「短期から永住に至る在留期間の長短にかかわらず、あらゆる形態に対応する在留資格があります。かつ、長く住む人には参政権を除けば、基本的には全ての人権を保障しています。そういう意味で言うと、フルスペックの移民政策を既に持っています」
「欧米を反面教師に」と言うけれど 移民巡る比較がナンセンスなわけ | 毎日新聞
「あらゆる形態に対応する在留資格がある」というのが、まるで外国人のためにあるかのようにも読めるが、とんでもない話だ。「在留資格」とか「在留期限」は、1951年にポツダム政令として公布された「出入国管理令」(現在の入管法の起源の一つ)においてはじめて定められたものだが、「外国人は、こういう役割であればこの期間日本に居てもいいと認めてやる」というものだ。それは、強大な権限が与えられた入管によって恣意的に与えたり奪ったりされるものでしかない。1952年のサンフランシスコ講和条約発効の直前の4月19日、日本政府は、朝鮮人と台湾人は講和条約発効に際して日本国籍を失う、という通達を出した(欧米のような国籍選択の自由は与えられなかった)。植民地化されて一方的に「日本国籍」を押し付けられ、1947年の外国人登録令では外国人と「みなされ」ていた朝鮮人・台湾人は、「みなし」ではなく外国人とされ、入管法と外登法の対象となったのだが、彼ら彼女らには当初「在留資格」が無かったのである。日本政府は「法律第126号」と呼ばれる法律によって、当面の間、在留資格を持たずに彼ら彼女らが「在留することができる」とした。植民地化の結果日本にいる人たちなのに、お前らには「在留資格」に当てはまるものはなく出て行ってほしいが、当面は特別に「在留を認めてやる」というのだ。戦前に来日を余儀なくされ、長い間日本社会で生活してきた在日朝鮮人・台湾人(これは当時の外国人登録者の95%だった)は、入管法と、1955年から指紋押捺の義務も加わった外登法の対象となり、日本から退去させられうる不安定な立場を強いられることになった。朝鮮・台湾人の中には、戦争中軍属として徴用され、戦後BC級戦犯として裁かれた人もいたが、日本国籍がないことによって戦傷病者や戦没者遺族に対する保障から除外された。また、国・自治体の職員、国鉄などへの就職ができなくなった。公営住宅への入居などほとんどの社会福祉制度からも排除されることになった。広島長崎で被爆した朝鮮人も被爆者補償から除外された。
だから、是川の「長く住む人には参政権を除けば、基本的には全ての人権を保障しています」という発言は、それこそ「ナンセンス」である。現在もなお、長く日本に住む外国人に「基本的には全ての人権が保障されている」わけがないことは言うまでもないが、保障されている人権があるとしても、それは、在日朝鮮人をはじめとする外国人当事者たちの長い闘いの中で、文字通りゼロから勝ち取られてきたものでしかない。上野は「わたしたちが外国の人たちにどうぞ日本に安心して移住してください、あなた方の人権はお守りしますから、と言えない」がゆえに「移民政策はやめておけ」と言うのだが、是川は「わたしたちはあなた方の人権はお守りしています。フルスペックの移住政策があります。ですから、どうぞ日本に(労働ルートに限って)安心して移住してください」と言うのだ。
かつて世耕弘成は「フルスペックの人権」と言って炎上したが、是川が言うように日本に「フルスペックの移民政策」があるとするなら、それは「フルスペックの管理システム」でしかない。前述の稲葉らの意見表明にあったように「日本の場合、冷戦と植民地主義から引き継いだ差別構造・意識を背景にしてつくられた、入管法と外登法のセットによる外国人の「管理」、申請帰化による国籍取得などが、移民政策の根幹をなしてき」たのである*9。
さらに、是川の以下の発言もあきれるものだ。
国際的な視点に立てば、(日本では)欧米と違って労働ルートでの受け入れが機能しており、そこからあふれる非正規滞在者も少ない。
「欧米を反面教師に」と言うけれど 移民巡る比較がナンセンスなわけ | 毎日新聞
日本では労働ルートでの受け入れを長年表立っては認めていなかったのであり、1980年代にまず「受け入れ」られた外国人労働者は非正規滞在のオーバーステイである。ピークの1993年にはその数は30万にせまるほどだったが、当時彼ら彼女らは完全に黙認されていた。さんざん利用してきたにもかかわらず、日本は、2000年代になって突如彼ら彼女らを「不法滞在者」と呼んで追放しはじめる。現在政府入管は「ゼロプラン」なるもので非正規滞在者を「ルールを守らない外国人」として追放しようとしている。その中には、日本で長年働き、日本社会に定着し、家族ができたりして帰国することができないにもかかわらず、正規化もされず、収容や仮放免という無権利の状態で10年も20年も耐えてきた非正規滞在者が多く含まれているのだ。その「少ない」非正規滞在者に対する官製ヘイトが、現在日本の排外主義の起爆点となっている。「少ない」というなら、彼らに一刻も早く「権利」に基づいて「在留資格」を出すべきだ。
(文中敬称略)
*1:内閣府を経て国立社会保障・人口問題研究所の国際関係部長を務める、という経歴
*2:90年入管法改定において日系3世とその家族に「定住者」の在留資格を認めたこと、93年に設立された外国人技能実習制度など
*3:「在日コリアンの権利獲得の歴史ひとつ振り返っても、「日本国民」が彼・彼女らの人権を率先して「お守り」したことがあったでしょうか。むしろそれらの権利は、国際的な圧力にくわえ、当事者自身による身をかけた闘いによって獲得されてきたのではないでしょうか(朴君を囲む会編 1974; 田中 2013)。私たちが関わってきた移住者支援運動も、当事者による運動の蓄積の上に成立しており、上野さんのようなパターナリズムは規範として問題があるだけでなく事実としても間違いです。」 エッセイ > 排外主義に陥らない現実主義の方へ――上野千鶴子さんの回答について 稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
*4:上野は、稲葉らの批判に対する再回答の中では、いくつかの点で批判者の指摘に同意し、反省を表明している。 エッセイ > ブログ > ふくざつなことをふくざつなままに ちづこのブログNo.114 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network
*5:欧州連合(EU)域内の自由な移動を保証する。
*6:1946年からは長崎県佐世保市の「針尾収容所」、1950年からは長崎県大村市の「大村収容所」。
*7:2022年に、初めて認定数が202人と3桁に達したが、この増加はアフガニスタン大使館関係者などに対する例外的な対応によるものと見られている
*8:ちなみに、最初のインタビュー記事では上野は「難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していく(べき)」と主張しているので、批判への回答で主張が変わっている。
*9:エッセイ > 排外主義に陥らない現実主義の方へ――上野千鶴子さんの回答について 稲葉奈々子・髙谷幸・樋口直人 | ウィメンズアクションネットワーク Women's Action Network


